八千代を翔けて、愛う日まで

ゆらん

文字の大きさ
9 / 79

09穏やかな、日々

しおりを挟む
 森は太陽の陽射しを浴びて、草木が生い茂り緑で溢れかえっていた。
 暖かなで心地よい風と一緒に虫が飛ぶ。青い空と白い雲の間を鳥が羽ばたく。
 小さな動物たちが可愛らしい姿を見せた。

 ある日の森の中に、コハクとシロガネがいた。
 結界の先の森の中を散策している。
 薬になる草や花を摘んだり、呪術に必要な材料を採取する為だった。
 シロガネは、退魔士の他にも薬師の仕事もしていた。
 野原や森の隅だけで遊んでいるコハクにとって、森の中、奥に向かって入っていくのは初めてだったを
 まだまだ、奥には程遠いので魔物に出会うことも、そうそうないだろう。
 もしも、魔物と出会ってもシロガネがいるので安心だ。
 そもそも、シロガネの呪力に恐れて、大概の魔物は近づかないし、無闇に襲って来ない。
 しかし、恐れゆえに襲いかか場合もある。
 戦いこそが、魔物の本能だからだ。
 そんな魔物をコハクひとりでは、相手に出来ないのは明白である。
 だからこそ、今はまだ、難しくても、いつかの時に備えて、森を知って魔物の気配に慣れるのが今回の目的であった。

「けっこう森の中まで来たけど、まだ魔素を感じないね」
「ついこの間、大きな浄化が行われたからね。まだ、その力が影響が少し残っているみたいだから、皆、奥に引っ込んでいるのだろうね」
「シロガネが浄化したの?」
「違うよ」
「じゃあ、誰がこの森を浄化したの?」
「さぁね、誰なのか、何者なんだろうね」
「シロガネでも、わからないの?」
「わからないよ」
「でも、シロガネって、何でも知っているようだから……」
「知っている事と、わかる事は違うからね。状況や物事を把握して、知識や経験から推測して動く。その時に、自分にとって都合の良い方へと駒が進むように、立ち振る舞っているから、そう見えているだけだよ。それにね、人の心ひとつで、思い通りには行かなくなるものさ」
「すごく、難しいことをしているね」
「そんなこともないんだけどね」
 そんな話しをしながら、二人は森の中の散策を楽しんだ。
 コハクにとって、シロガネと一緒に何かをすることが、何よりも楽しかった。 

 ある日の二人は、台所にいた。
 いい匂いに、二人は包まれている。
 ジャムや果物のシロップ漬け、野菜や魚の甘酢漬けに、肉の味噌漬け、などなど保存食を作っていた。
 または、下処理をした魚や肉、蒸した野菜を冷凍庫で凍らせていた。
「シロガネってまめだよね」
「そうかい」
「だって、光の道があるから、すぐに買い物に行けるし、冷蔵に冷凍庫もあるのに、ひと手間加えたり手作りするところ」
「好みの味に出来るし、時間がある時に用意していれば、忙しくてもすぐに作れるからね」
「そうだね」
「最近は、コハクが手伝ってくれるから、すぐに出来るから助かっているよ」
「うん、いっぱい手伝って覚えなきゃ」
「料理の方も手伝ってくれるようになって、少しずつ出来るようになったね」
「朝ご飯の用意は、バッチリだよ」
 コハクの得意げな表情に、シロガネは可笑しくなる。
「卵焼きはどうかな?」
「あれは、まだ……、練習中」
「そうだね、頑張って」
 シロガネが、笑うのを我慢しているので、面白くないと、コハクは拗ねた。
 美味しい音と匂いは、幸せな時間を作る。

 ある日の午後、二人はシロガネの仕事部屋にいた。
 シロガネは、机に向かって書類などの書き物をしている。
 コハクは、本棚にある古めかし雑学的な書物を手に取って読んでいた。
 今ある事柄とは少し違ったり、全然違ったり、知っていること知らないこと等、色々と書かれていた。
 知らないことでも知っている感覚になったりするのは、思い出せない記憶のせいだ。
 それでも、新しいことを知る喜びの方が勝った。
 コハクは、夢中で本を読んで過ごした。
 その様子をシロガネが、そっと盗み見て愉しんだ。
 二人の間に静かな時が過ぎていく。
 言葉が無くても、呼吸と心音が思いを奏でて伝い合う。

 二人だけの穏やかな日々が流れる。
 それは心地よくて暖かくて、まるで悠久から連なる調べのようだ。
 しかしシロガネは、このままの状態で良いのだろうかと悩みだした。
 それは、コハクの話し相手がシロガネしかいないこと。
 それに、外に遊びに行っても相手がいない。
 そして、シロガネが仕事に行けば、ひとりっきりである。
 コハクは記憶喪失だ。
 記憶を取り戻すための何か、キッカケは必要ではないだろうか。
 同じ毎日の繰り返しだけでは、そのキッカケを得る機会がない。
「コハク、ひとりで寂しくないかい?」
「ひとりじゃないよ。シロガネがいるから、寂しくなんてないよ」
「だけど、話し相手は私しかいない。遊ぶにもひとりだ。しかも、私は仕事でいない時もあって、ひとりの時が多いだろう。年相応の経験が必要じゃないだろうか」
 すると、コハクが少し眉をひそめた。
 ふーんと息を吐いて拗ねた風を装う。
「年相応かぁ……。いくつか、わからないのに?」
 それを受けてシロガネは息を呑んだ。
「そういえば……そんな事を言ったな」
 シロガネはバツが悪そうに、困惑な表情した。
「大丈夫だよ」
「だが、誰かと一緒に経験して学べる事もある」
「そうかもしれないね。でも、この間、森の結界を広げてくれたから、散策するのが楽しいんだ。またまだ、知らないことがたくさんあって、新しい発見もあるよ」
「それは、良かった」
 以前、コハクと二人で森の散策をした時に、シロガネは進んだ分だけ結界を広げていた。
 コハクが自由に動ける場所を増やした。
「それからシロガネの話しは、すっごく為になる事ばかりだからね。それから、仕事に行っている時は、覚えた家事を頑張れる良い機会だよ」
「コハク……」
「ボクは、きっと、こんなにも、のんびりと自由に過ごした事がない気がするんだ」
 コハクが微笑みながら、はっきりと答えた。
 それは記憶がなくても、今まで自由に外で出たり、遊んだりしたことが無かったと、感覚的に分かった。
 もしも記憶が戻ってしまったら、こんな風に過ごせるのだろうか。
 そう思うと、この時間はコハクにとって、かけがえのない貴重な大切な物であった。
 それに……。
 誰かと一緒じゃなくて、シロガネと一緒がいいんだ。
 その気持ちをシロガネに伝えたい。
 だけど、それを伝えてしまうのは、少々重たい気がした。
 こんな事を思うなんて、記憶がなくて、シロガネが優しいから、依存してしまっているのではないだろうか。
 それは、きっと、シロガネの負担となって迷惑になってしまう。
 そんなことをコハクは思って、そっと心の内に閉じ込めようとした。
「私もコハクと一緒に何かをするのが楽しんだよ」
 コハクが、隠そうとした気持ちをシロガネが言葉にして伝えてくれた。
 コハクの心を察したのか、そんなことはわからない。
 そうだとしても、そうじゃなくても、同じなのだと言ってくれた。
 だから、コハクは素直になれる。
「ボクも、シロガネと一緒がいいんだ」
 穏やかな日々が二人を包む。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

邪魔はさせない

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 病棟で知り合った2人。生まれ変わって異世界で冒険者になる夢を叶えたい!

転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。  仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!  原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!  だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。 「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」  死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?  原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に! 見どころ ・転生 ・主従  ・推しである原作悪役に溺愛される ・前世の経験と知識を活かす ・政治的な駆け引きとバトル要素(少し) ・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程) ・黒猫もふもふ 番外編では。 ・もふもふ獣人化 ・切ない裏側 ・少年時代 などなど 最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~

水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。 死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!? 「こんなところで寝られるか!」 極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く! ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。 すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……? 「……貴様、私を堕落させる気か」 (※いいえ、ただ快適に寝たいだけです) 殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。 捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!

【蒼き月の輪舞】 モブにいきなりモテ期がきました。そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!

黒木  鳴
BL
「これが人生に三回訪れるモテ期とかいうものなのか……?そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!そして俺はモブっ!!」アクションゲームの世界に転生した主人公ラファエル。ゲームのキャラでもない彼は清く正しいモブ人生を謳歌していた。なのにうっかりゲームキャラのイケメン様方とお近づきになってしまい……。実は有能な無自覚系お色気包容主人公が年下イケメンに懐かれ、最強隊長には迫られ、しかも王子や戦闘部隊の面々にスカウトされます。受け、攻め、人材としても色んな意味で突然のモテ期を迎えたラファエル。生態系トップのイケメン様たちに狙われたモブの運命は……?!固定CPは主人公×年下侯爵子息。くっついてからは甘めの溺愛。

森で助けた記憶喪失の青年は、実は敵国の王子様だった!? 身分に引き裂かれた運命の番が、王宮の陰謀を乗り越え再会するまで

水凪しおん
BL
記憶を失った王子×森の奥で暮らす薬師。 身分違いの二人が織りなす、切なくも温かい再会と愛の物語。 人里離れた深い森の奥、ひっそりと暮らす薬師のフィンは、ある嵐の夜、傷つき倒れていた赤髪の青年を助ける。 記憶を失っていた彼に「アッシュ」と名付け、共に暮らすうちに、二人は互いになくてはならない存在となり、心を通わせていく。 しかし、幸せな日々は突如として終わりを告げた。 彼は隣国ヴァレンティスの第一王子、アシュレイだったのだ。 記憶を取り戻し、王宮へと連れ戻されるアッシュ。残されたフィン。 身分という巨大な壁と、王宮に渦巻く陰謀が二人を引き裂く。 それでも、運命の番(つがい)の魂は、呼び合うことをやめなかった――。

処理中です...