八千代を翔けて、愛う日まで

ゆらん

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21月の雫

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 シロガネは、いつもと同じ時間に目が覚めた。
 同じだけど、同じでない朝。
 それは、シロガネの隣りで、コハクが眠っている事である。
 昨日、特別である事の話しを終えた後、コハクは普段と変わりなく過ごしていた。
 だけど、寝る時間が近づくにつれて、ソワソワと落ち着かない様子になった。
 それは、暗い夜が不安な心を蘇らせて、ひとりでいることを寂しくさせたからだ。
 そんなコハクの心に、シロガネは気がついていた。
「もう、寝る時間だね……」
「あのね、シロガネ。……たぶん、きっと、眠れない……」
「なら、眠れるまで、話しをしようか」
「一緒に、いてくれるの……」
「コハクと一緒にいたいな」
「うん、ありがとう。嬉しい」
 コハクとシロガネが瞳を合わせて笑いあう。
 二人の離れ難い気持ちは同じだ。
 だから、昨夜はシロガネの部屋にて、二人は楽しい話しをして一緒に過ごした。

 コハクの穏やかな寝顔を見つめれば、シロガネの心に優しい風が吹いて幸福感をもたらす。
 目覚めた朝、隣に誰かが眠っていることなど、もう無いと思っていた。
 それを言うならば、誰かと一緒に衣食住を共にするなど、二度と無いはずだった。
 しかし、コハクと出会って一緒に過ごせば、シロガネに欠けていた心が戻った。忘れていた温もりが蘇った。
 それは、シロガネにとってコハクが、唯一である証になる。
 人は、神の思召しと奇跡だと言うのか。
 だが、シロガネは真の神を知っている。
 だから、願わない。祈らない。
 奇跡とはいわさぬ。いうなれば、運命なのだ。
 などと、思考する自身をシロガネは自嘲する。
 健やかなコハクの寝息が聞こえた。
 見つめるだけで、自然と笑顔になれる。
 コハクの穏やかな寝顔に惹きつけられて、そっと髪を撫でて、頬にふれた。
 急ぐ用事もない。コハクが起きる時間まで待つ事にした。

 それから暫しの時が経つ。
 コハクといえば、目覚めてすぐに寝坊してしまったと思った。
 何故なら、陽差しが、いつもの起きる朝にしては明るすぎたからだ。眩しくて、起きたようなものだ。
 寝過ごしたと慌てて起き上がると、隣りにはシロガネがいた。しかも、シロガネが書物を読んでいた。
 コハクは驚いて、瞳を大きく開けて固まった。その様子にシロガネが満足そうに大きく微笑んだ。
「おはよう、コハク」
「おはよう、シロガネ……。どうして、ここにいるの?」
「うん? ここは私の部屋だよ。そして、コハクと一緒に寝坊しているだけさ」
「あっ、そうだ、昨日一緒に……。えっ、寝坊しているの?」
「そうだよ」
「め、めずらしね」
「そうだね」
「シロガネ……怒ってる?」
「うん? あぁ、そんな風に思ってしまったのかい。参ったなぁ……ごめんよ」
「ちがう、ちがう。僕の方こそ、変な言い方をして、ごめん。だって、起きたら隣りにシロガネがいて……、それに早起きのシロガネが、布団に入ったままだから、驚いてしまったんだ」
「全部、わかっているから、大丈夫だよ」
「……シロガネって、やっぱり意地が悪いよね」
「おやおや、むくれないでくれ」
 シロガネは戯けながら、コハクは拗ねながらも笑顔になる。

 その後、二人は朝昼兼用にて、朝食にしては豪華な食事を一緒に準備をする。
 食事を楽しみながら、長閑な時間を過ごした。
 午後から、二人は仕事部屋にいた。
 コハクは、書物を読んでいる。
 シロガネは、仕事の資料を整理していた。
 二人は一緒にいる事をごく自然に、当たり前のように選んで行動していた。
 紙をめくる音、紙に文字を書く音が、静かな部屋で小さな背景音楽になる。
 二人共々、自分のするべきことに集中していた。
 シロガネの手が止まった。
 コハクの手も止まった。
 互いに相手を見た、その瞬間。
 二人の間で、何かが現れる気配を察する。
 ゆらりと空気が動けば、姿を現したのはユリだった。
「お邪魔いたしますわ」
「ユリっ」
「いったい何用かな」
「まぁ、シロガネさまったら。先日、お留守の時に、あたくしがコハクさまと仲良くなったので、妬かれていらっしゃるのね。そんな怖い顔をなされていては、コハクさまに嫌われましてよ」
 あるはずがないことを言われて、コハクもシロガネも驚く。一瞬の間の後、慌てふためく。
「そんなことあるわけないよ」
「そんなことあるわけないだろ」
 二人は同じ言葉を同時に発した。
「まぁ、まぁ、仲が良くて、うらやましいですわ」
 ユリが、声を高くてして笑えば、シロガネは降参したような溜め息つく。
「妬いたか……。ある意味、そうかもしれないな。俺の知らないところで、皆がコハクに会いに来ては、親交を深めているのだから」
「まぁ、随分と素直なこと」
「で、用件はなんだ」
「そんなに、せっつかないで下さいませ。コハクさまに、これをお渡ししたくて」
 ユリが、両手を前に差し出すように広げると、手を中に何かが現れた。
「それは何?」
「月の雫ですわ」
「キラキラと光って、綺麗だね」
 ユリの手の平には、涙として描かれる形の石がある。半透明だが光の反射で虹色に輝き変わる。
「満月の夜に咲く花。その名は月ノ華と呼ばれている。そして夜露が落ちれば、涙の形の石になる。それが月の雫で、幻の宝石だよ」
 シロガネは、静かに月の雫の説明をした。
「そんなにも、珍しいものなんだ」
 ユリが、コハクの手をとって月の雫を渡した。何故だろうと、コハクは思いながらも、手の中で美しく光輝く石を見惚れて眺めた。
「この石をコハクに差し上げてますわ」
「えっ、ダメだよ。とても貴重な石なんでしょ。ボクはもらえない」
「この石は、呪力を溜めることが出来ます。ずっと制御されているのは、大変でしょうから。流れ出る呪力を月の雫で溜めれば、万が一の時に使えます。呪力は、あるに越したことはないでしょう。そして、特別に、あたくしの蘇生呪術を施しております」
「そせい?」
「ユリ!」
 シロガネが、声で荒げた。
 コハクは体を震わせて、いつもと違うシロガネを凝視した。
「シロガネさま。そんなに大きな声を出して、コハクさまが驚いていらっしゃるでは、ありませんか」
「何故だ」
「あたくしは、シロガネさまに命を救われた。そして、お救いしました。しかしながら、二度目はありません。ですからコハクさまに託すのですわ」
「ボクに……託す?」
「ええ、さようですわ」
「シロガネの命?」
「はい、そうですよ」
「ユリ。もう、よい」
「良くないっ!」
 コハクは大きな声で遮った。
 力強く否定する言葉を吐く姿に、シロガネはひどく驚く。
 今まで一度も見たことがない。
 不穏な空気が漂うのは、致し方がない。
「続けて、ユリ」
 真剣な表情でコハクが促す。
 シロガネは、もはや何も言わずに成り行きを見守る。それを受けてユリは話し始めた。
「万が一です。シロガネさまの身に、命に関わる重要な出来事が起こった場合には、コハクさまの力が必要となるでしょう」
 ユリが、一呼吸置いて、コハクをジッと見つめる。その瞳は、先日と同じように見定めていた。だから、コハクは応える。
「ボクは全身全霊を持って、この命をかけてシロガネを救うよ」
「それを聞いて安心しました。まさに、シロガネさまの命を救うならば、コハクさましかいないと考えております。しかしながら、それは、コハクさまを命の危険に晒すことになるかもしれません。それは、シロガネさまの本意に背くことになります。式神である以上、主人の命に背けません。なので、その時が訪れた場合、どのように対処するのか。全ての判断は、コハクさまにかかっております。だから、この月の雫をコハクさまにお預け致しますの」
「ユリの蘇生術式を入れた月の雫を、ボクの呪力で染めて使えるようにするんだね」
「はい。もしもの時は、お使い下さいませ」
「シロガネの命が危ないのはボクのせいなんだね」
 シロガネは二人の話しを静かに聞いている。
「おそらく、コハクさまの存在は危ういです」
「ユリ……それぐらいにしてくれ」 
「申し訳ございませんでした。後は、おまかせ致しますわ。失礼致します」
 ユリが深々と頭を下げたまま消えた。
 ジッと鋭い眼差しで、ユリがいた場所をコハクが見つめている。そんなコハクに、シロガネが申し訳なさそうに声をかけた。
「コハク、すまない」
 振り返ったコハクは、シロガネを睨むように見つめた。
「シロガネ、ちゃんと説明して」
「少し待て、私も動揺しているのだ」
 シロガネに対してコハクが、こんなにも怒気を表したことは今までなかったことだ。
 シロガネが寂しげに微笑んでいる。
 いつもの凛としたシロガネの様子から想像出来ないほどに、狼狽えているのがわかった。
 だから、コハクはそれ以外は何も言わずに頷いた。
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