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43アヤメとシオンの出会い
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戦乱の世にて、国と国の勝敗が決する。
敗北した国は滅びて、王は死に至る。
領土は、戦勝国の一部となり、地図は塗り替えられる。そして、その国で生まれて生きてきた者たちは、奴隷となって虐げられた。
それは、亡国の皇女も同じく等しくだった。
ある亡国の皇女は美麗に反して武芸に秀でていた。その腕をもって戦場で敵の兵士を幾千人も屠った。
その強くて美しい女神のような姿に、敵兵たちは恐れ慄くも、見惚れずにはいられなかった。
敗戦国の皇女として捕縛されても皇族として生きてきた誇りを持って、命乞いなどするはずもない。
通常ならば、真っ先に処刑されてもおかしくはなかった。
しかし、敗戦国の皇女は元国民から絶大な信望があった。万が一にでも死刑とすれば、奴隷となっても亡国の民たちは許しはしない。
命をかけて、決起するであろう。
ならば、敗戦国の皇女を生かせて、有効に利用するが得策だと勝国の王は考えた。
美麗ゆえに夜伽をさせれるのも良し。更なる領土を拡大する為に、戦士とし戦わせるのも良し。いかようにも出来るだろう。
だが、素直に命に従うはずもない。
なので、元国民たちの命を盾にとることにする。それだけでは物足りない。命令に背かないように敗戦国の皇女の首に、呪法の首輪を装着させて縛り付けた。
敗戦国の皇女は、同じ悲しみを持つ者たちと戦わなければならない。
その苦痛は血の涙となる。
決して忘れない。許されない。
敗戦国の皇女は、守るべきものたちを守る為に、一人で全ての業を背負った。
時は過ぎて宣戦布告を受けた小国がある。
その小国は戦をせずに従属する道を選んだ。
力の差は歴然。始めから負ける戦ならば無血で戦を終えるしかない。
国と民を守るために、この判断をしたのは王ではなく皇子であった。
何もせずに降伏するのかと、家臣や側近たちが皇子を咎める。
だが、皇子は意思を変えなかった。その姿は皆が知る今まで皇子ではなかった。
いつもの曖昧な物言いと態度は無くなり、人の顔色をうかがってばかりの頼りなさは消えた。
自身の意見など持たない木偶だと、家臣や側近から嘲笑されていたはずの姿はなかった。
胸を張り頑な思いを抱く皇子の顔と声は、今まで一度足りとも誰も見た事のないものだ。
その凛々しい姿に皆が驚愕する。
民を助ける為に従属しようとも、王と王族に連なる者たちや将たちに命の保証はない。
それは上に立つ者の宿命である。だが、それでも助かる命は多い方がよい。
皇子は命をかけて交渉にある決意を持った。
護るために、この身を捧げることに躊躇はない。
勝国からすれば、結局は戦って敗北した国も戦わず従属した国も同じだ。
違いがあるなら、死者の数と瓦礫の山の数だろう。
戦禍が広がる中、戦地にて敗戦国の皇女と従属国になろうとする皇子が出会う事になる。
これもまた運命なのだ。
「戦う前に降参だと」
使者からの伝令に、この戦場の指揮をしている上級大将が驚いている。
「はい、従属すると申しております」
兵士の言葉に、作戦会議で集まっていた将校たちがザワつく。
その場の様子を周りから離れた場所から見つめて佇む美麗な女がいた。その美しさは男ばかりの戦場には不釣り合いである。
「戦わずに降るとは哀れなり」
「我らの圧倒的な兵力に戦いたのでしょう」
副将たちが口々に言う。
「如何いたしますか」
伝令を伝えた兵士が確認する。
「ほっておけ。無視して、このまま兵を侵攻させよ」
上級大将が兵士に命を下した。
すぐさま兵士が了承の返事をしようしたが、それは遮られた。
「お待ちになって」
後方で佇んでいた女が、声を高らかに柔らかく響かせた。
「なにようだ」
上級大将は訝しがる。
「罠かもしれませんわ。私くし一人で乗り込んで様子をうかがいましょう。いいえ、制圧しましょう。その前に、本意を確認するのも良いかと。誠に従属を望んでいるならば、素直に王の首を差し出すはずですわ」
「経験者は語るか」
上級大将は嘲笑する。女は気にすることもなく続ける。
「それに、無駄に兵士を疲労させる必要はございませんわ。無血で制圧できれば、王も喜ばれる事でしょう。貴方様の評価は上がり、名声を高められるかと」
「なるほど」
上級大将は顎に手をやり思案する。
「では、貴様に命じる。無血で王の首を取ってこい」
「仰せのままに」
女は大袈裟に首を垂れた。
従属の意を伝える使者を送った後は、返信を待つのみになる。
その間、やれる事をやるだけだ。
皇子の指示の元、城内では地位の低い者たちの身の安全を考えて城から出て行かせた。
また国民にも従属する旨を知らせて、この国から逃げる段取りをさせる。
城や国に残るは、それ相応の肩書きがある者たちだけとなる。
その中には、助かりたいが為に逃げ出す者もいたが、皇子はそれを咎めなかった。
残ったのは、国に忠誠を誓う者や誇りと自尊心のある者たちとなる。
本当の戦士たちだ。
だからこそ、皇子は彼らの命を救いたい。
叶うならば、王である父親や王妃の母親に、一族も助けたいと願う。
しかし、従属を選んだ時点で交渉できる身ではない。それでも何か方法があればと考えるが、思いつかないままである。
今からする事は命乞いだ。
一国の皇子が情けないと皆が笑うだろうか。それでも、無駄に命を奪われてなるものか。その決心だけは確かな思いであった。
我が身一つだけで、事を収拾が出来ればと淡い思い抱きつつ、無駄に足掻く覚悟で挑む。
「皇子、使者の方が来られたようだ……」
経験豊富な大将が何かを言い淀む姿は珍しい。
「何かあったのですか」
「たった一人。しかも女だ」
皇子も予想外な事に驚いた。
「如何、致す」
「誰であろうとも、何人であろうも関係ありません。丁重にお迎えして下さい」
大将が頭を軽く下げて、この場を去った。
まもなくして、一人の女性が現れた。
その美麗は一目瞭然。周囲の者たちを魅了して惑わすものだ。しかし、それだけはない。相反する強烈な覇気を秘める瞳に、たじろぐ。
皇子の全てが震えた。その強さに惹かれる。
「まずは、こちらの意向をそちらの大将殿にお伝えして頂いた事に感謝致します。そして、その返答を伝えて頂く為に、足労頂き誠に申し訳ございません。申し遅れましたが、私はこの国の皇子、シオンと申します」
シオンは高鳴る鼓動を抑えて、務めて冷静にゆっくりと声をかけてから頭を下げた。
返答を待って、頭を上げようと思っていたが、一向に応えが返ってこない。
暫しの沈黙に耐えかねて、シオンは少し頭を動かして上目遣いで使者の女性の様子を確認する。
パチリと目が合って、シオンは慌てた。直ぐに直立不動となる。
その様子が可笑しかったのか、女性の笑い声がした。
「あのぉ……」
「貴方、本当に皇子様なのかしら?」
「本当です! 本人です! 影武者とかではありません」
「そう言われても、私くしは貴方と会うのは初めてでしてよ」
「ここいる皆の者が証明致します」
「それこそ、当てにならなくてよ。皆で口車を合わせれば良いのですもの」
どうも揶揄われている様な気がする。
それでも、シオンはどうすれば信じてもらえるのか悩む。
「あっ家系図、あとは肖像画などで……」
「大きな城だというのに、人が少ないわね」
証明する話題はどこかへと消えて、女はもう興味がない様子で周りを見渡している。
「皆、戦が始まるのを恐れて立ち去りました」
「逃したの間違いではなくて?」
シオンは微かに肩を揺らした。
「私は臆病者で木偶な皇子だと皆が存じております。逃げ出してしまうのは当然です」
「それでも、貴方とそれなりの地位の将は残っているようね。守るべきは民の命。一国の王ならば、そう考えるのは当たり前よ。にもかかわらず、ここには、王がいない。何故かしら」
「王は持病がございまして、この場に同席出来ませんでした。申し訳ございません」
「それでは其方の従属の願いは叶わないわ」
「それはなぜですか!」
いきなり本題を振られて、シオンは焦って声に力が入った。
「ここに王がいない。それは覚悟がない証。首を差し出す気はないってことね」
この場に小波が立つ。
「差し出す覚悟ならばあります! どうか、私の首で、今回の件を承諾して頂けたらと思います」
「あまい!」
女の透き通る大きな声が響く。
その声に威圧された将たちが剣を手に取った。
「皆、刀を納めよ。剣に手を取った時点で、其方たちが敵う相手はないのは明白だ」
あらっと声が出そうな表情を女がした。
一泊。
「差し出す首は、皇子ではなくて王よ」
それが理。命がけの国同士の話し合いなのだから当然である。
いつものシオンならば、項垂れるだろうか。
「それでも、私以外の者が死ぬのは嫌なのです。皆を救いたい」
濁りのない瞳は強さを持って凛とした姿。
初めて見る。否、この戦が始まって知った皇子の強さと意思を、今一度目の当たりにした家臣たちの心が震えた。
「私くしも同じよ」
小さな呟きに、シオンがハッと息を潜める。
「だけど、貴方の命を差し出しても、他の者たちの命を守られる保証はないわ。例え、王であってもね」
その通りである。対等でない時点で、保証などありはしない。全てが無に等しい。
「やはり、私は愚かな木偶のようです」
「いいえ。ここにいる将たちは、貴方の志を共感して残ったはず。それは先ほどの刀を手にした件でわかりますわ。全ての命を掬い上げるのは難しいわ。一人なら尚のこと。だけど、皆が力を合わせれば、より多くの命を救えるわ。生きなさい。生きて戦って守って救いなさい。貴方には、それが出来る腕があるでしょ」
「何故……あなたは一体……」
「そういえば、名乗っていませんでしたわね。失礼。私くしの名はアヤメ」
シオンもその場にいる将も凍りつく。
戦場においてその名を知らぬ者はいない。
「あなたがアヤメ……さま」
「様は要らないわ。ねぇ、戦う準備は出来ていて」
シオンが瞬きをする。何故、それを言うのか。知っているのか。
シオンはアヤメに嘘はつきたくなかった。恐る恐る本当の事を言う。
「万が一を考えて、民は皆、避難しております。故に、志同じく。籠城して戦うだけの兵士はおります」
「それで良くてよ。彼の方のおかげね」
「彼の方とは……もしや……」
「その話はまた。この戦いが終えてからしましょう」
アヤメが、とびっきりの笑顔を見せた。
敗北した国は滅びて、王は死に至る。
領土は、戦勝国の一部となり、地図は塗り替えられる。そして、その国で生まれて生きてきた者たちは、奴隷となって虐げられた。
それは、亡国の皇女も同じく等しくだった。
ある亡国の皇女は美麗に反して武芸に秀でていた。その腕をもって戦場で敵の兵士を幾千人も屠った。
その強くて美しい女神のような姿に、敵兵たちは恐れ慄くも、見惚れずにはいられなかった。
敗戦国の皇女として捕縛されても皇族として生きてきた誇りを持って、命乞いなどするはずもない。
通常ならば、真っ先に処刑されてもおかしくはなかった。
しかし、敗戦国の皇女は元国民から絶大な信望があった。万が一にでも死刑とすれば、奴隷となっても亡国の民たちは許しはしない。
命をかけて、決起するであろう。
ならば、敗戦国の皇女を生かせて、有効に利用するが得策だと勝国の王は考えた。
美麗ゆえに夜伽をさせれるのも良し。更なる領土を拡大する為に、戦士とし戦わせるのも良し。いかようにも出来るだろう。
だが、素直に命に従うはずもない。
なので、元国民たちの命を盾にとることにする。それだけでは物足りない。命令に背かないように敗戦国の皇女の首に、呪法の首輪を装着させて縛り付けた。
敗戦国の皇女は、同じ悲しみを持つ者たちと戦わなければならない。
その苦痛は血の涙となる。
決して忘れない。許されない。
敗戦国の皇女は、守るべきものたちを守る為に、一人で全ての業を背負った。
時は過ぎて宣戦布告を受けた小国がある。
その小国は戦をせずに従属する道を選んだ。
力の差は歴然。始めから負ける戦ならば無血で戦を終えるしかない。
国と民を守るために、この判断をしたのは王ではなく皇子であった。
何もせずに降伏するのかと、家臣や側近たちが皇子を咎める。
だが、皇子は意思を変えなかった。その姿は皆が知る今まで皇子ではなかった。
いつもの曖昧な物言いと態度は無くなり、人の顔色をうかがってばかりの頼りなさは消えた。
自身の意見など持たない木偶だと、家臣や側近から嘲笑されていたはずの姿はなかった。
胸を張り頑な思いを抱く皇子の顔と声は、今まで一度足りとも誰も見た事のないものだ。
その凛々しい姿に皆が驚愕する。
民を助ける為に従属しようとも、王と王族に連なる者たちや将たちに命の保証はない。
それは上に立つ者の宿命である。だが、それでも助かる命は多い方がよい。
皇子は命をかけて交渉にある決意を持った。
護るために、この身を捧げることに躊躇はない。
勝国からすれば、結局は戦って敗北した国も戦わず従属した国も同じだ。
違いがあるなら、死者の数と瓦礫の山の数だろう。
戦禍が広がる中、戦地にて敗戦国の皇女と従属国になろうとする皇子が出会う事になる。
これもまた運命なのだ。
「戦う前に降参だと」
使者からの伝令に、この戦場の指揮をしている上級大将が驚いている。
「はい、従属すると申しております」
兵士の言葉に、作戦会議で集まっていた将校たちがザワつく。
その場の様子を周りから離れた場所から見つめて佇む美麗な女がいた。その美しさは男ばかりの戦場には不釣り合いである。
「戦わずに降るとは哀れなり」
「我らの圧倒的な兵力に戦いたのでしょう」
副将たちが口々に言う。
「如何いたしますか」
伝令を伝えた兵士が確認する。
「ほっておけ。無視して、このまま兵を侵攻させよ」
上級大将が兵士に命を下した。
すぐさま兵士が了承の返事をしようしたが、それは遮られた。
「お待ちになって」
後方で佇んでいた女が、声を高らかに柔らかく響かせた。
「なにようだ」
上級大将は訝しがる。
「罠かもしれませんわ。私くし一人で乗り込んで様子をうかがいましょう。いいえ、制圧しましょう。その前に、本意を確認するのも良いかと。誠に従属を望んでいるならば、素直に王の首を差し出すはずですわ」
「経験者は語るか」
上級大将は嘲笑する。女は気にすることもなく続ける。
「それに、無駄に兵士を疲労させる必要はございませんわ。無血で制圧できれば、王も喜ばれる事でしょう。貴方様の評価は上がり、名声を高められるかと」
「なるほど」
上級大将は顎に手をやり思案する。
「では、貴様に命じる。無血で王の首を取ってこい」
「仰せのままに」
女は大袈裟に首を垂れた。
従属の意を伝える使者を送った後は、返信を待つのみになる。
その間、やれる事をやるだけだ。
皇子の指示の元、城内では地位の低い者たちの身の安全を考えて城から出て行かせた。
また国民にも従属する旨を知らせて、この国から逃げる段取りをさせる。
城や国に残るは、それ相応の肩書きがある者たちだけとなる。
その中には、助かりたいが為に逃げ出す者もいたが、皇子はそれを咎めなかった。
残ったのは、国に忠誠を誓う者や誇りと自尊心のある者たちとなる。
本当の戦士たちだ。
だからこそ、皇子は彼らの命を救いたい。
叶うならば、王である父親や王妃の母親に、一族も助けたいと願う。
しかし、従属を選んだ時点で交渉できる身ではない。それでも何か方法があればと考えるが、思いつかないままである。
今からする事は命乞いだ。
一国の皇子が情けないと皆が笑うだろうか。それでも、無駄に命を奪われてなるものか。その決心だけは確かな思いであった。
我が身一つだけで、事を収拾が出来ればと淡い思い抱きつつ、無駄に足掻く覚悟で挑む。
「皇子、使者の方が来られたようだ……」
経験豊富な大将が何かを言い淀む姿は珍しい。
「何かあったのですか」
「たった一人。しかも女だ」
皇子も予想外な事に驚いた。
「如何、致す」
「誰であろうとも、何人であろうも関係ありません。丁重にお迎えして下さい」
大将が頭を軽く下げて、この場を去った。
まもなくして、一人の女性が現れた。
その美麗は一目瞭然。周囲の者たちを魅了して惑わすものだ。しかし、それだけはない。相反する強烈な覇気を秘める瞳に、たじろぐ。
皇子の全てが震えた。その強さに惹かれる。
「まずは、こちらの意向をそちらの大将殿にお伝えして頂いた事に感謝致します。そして、その返答を伝えて頂く為に、足労頂き誠に申し訳ございません。申し遅れましたが、私はこの国の皇子、シオンと申します」
シオンは高鳴る鼓動を抑えて、務めて冷静にゆっくりと声をかけてから頭を下げた。
返答を待って、頭を上げようと思っていたが、一向に応えが返ってこない。
暫しの沈黙に耐えかねて、シオンは少し頭を動かして上目遣いで使者の女性の様子を確認する。
パチリと目が合って、シオンは慌てた。直ぐに直立不動となる。
その様子が可笑しかったのか、女性の笑い声がした。
「あのぉ……」
「貴方、本当に皇子様なのかしら?」
「本当です! 本人です! 影武者とかではありません」
「そう言われても、私くしは貴方と会うのは初めてでしてよ」
「ここいる皆の者が証明致します」
「それこそ、当てにならなくてよ。皆で口車を合わせれば良いのですもの」
どうも揶揄われている様な気がする。
それでも、シオンはどうすれば信じてもらえるのか悩む。
「あっ家系図、あとは肖像画などで……」
「大きな城だというのに、人が少ないわね」
証明する話題はどこかへと消えて、女はもう興味がない様子で周りを見渡している。
「皆、戦が始まるのを恐れて立ち去りました」
「逃したの間違いではなくて?」
シオンは微かに肩を揺らした。
「私は臆病者で木偶な皇子だと皆が存じております。逃げ出してしまうのは当然です」
「それでも、貴方とそれなりの地位の将は残っているようね。守るべきは民の命。一国の王ならば、そう考えるのは当たり前よ。にもかかわらず、ここには、王がいない。何故かしら」
「王は持病がございまして、この場に同席出来ませんでした。申し訳ございません」
「それでは其方の従属の願いは叶わないわ」
「それはなぜですか!」
いきなり本題を振られて、シオンは焦って声に力が入った。
「ここに王がいない。それは覚悟がない証。首を差し出す気はないってことね」
この場に小波が立つ。
「差し出す覚悟ならばあります! どうか、私の首で、今回の件を承諾して頂けたらと思います」
「あまい!」
女の透き通る大きな声が響く。
その声に威圧された将たちが剣を手に取った。
「皆、刀を納めよ。剣に手を取った時点で、其方たちが敵う相手はないのは明白だ」
あらっと声が出そうな表情を女がした。
一泊。
「差し出す首は、皇子ではなくて王よ」
それが理。命がけの国同士の話し合いなのだから当然である。
いつものシオンならば、項垂れるだろうか。
「それでも、私以外の者が死ぬのは嫌なのです。皆を救いたい」
濁りのない瞳は強さを持って凛とした姿。
初めて見る。否、この戦が始まって知った皇子の強さと意思を、今一度目の当たりにした家臣たちの心が震えた。
「私くしも同じよ」
小さな呟きに、シオンがハッと息を潜める。
「だけど、貴方の命を差し出しても、他の者たちの命を守られる保証はないわ。例え、王であってもね」
その通りである。対等でない時点で、保証などありはしない。全てが無に等しい。
「やはり、私は愚かな木偶のようです」
「いいえ。ここにいる将たちは、貴方の志を共感して残ったはず。それは先ほどの刀を手にした件でわかりますわ。全ての命を掬い上げるのは難しいわ。一人なら尚のこと。だけど、皆が力を合わせれば、より多くの命を救えるわ。生きなさい。生きて戦って守って救いなさい。貴方には、それが出来る腕があるでしょ」
「何故……あなたは一体……」
「そういえば、名乗っていませんでしたわね。失礼。私くしの名はアヤメ」
シオンもその場にいる将も凍りつく。
戦場においてその名を知らぬ者はいない。
「あなたがアヤメ……さま」
「様は要らないわ。ねぇ、戦う準備は出来ていて」
シオンが瞬きをする。何故、それを言うのか。知っているのか。
シオンはアヤメに嘘はつきたくなかった。恐る恐る本当の事を言う。
「万が一を考えて、民は皆、避難しております。故に、志同じく。籠城して戦うだけの兵士はおります」
「それで良くてよ。彼の方のおかげね」
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アヤメが、とびっきりの笑顔を見せた。
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