八千代を翔けて、愛う日まで

ゆらん

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65白桜黄白

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 一陽来復。雪は溶けて長い冬が終わる。
 春の訪れを告げる風が吹く。
 家の近くにある木蓮が咲いていた。他の木々にも若い新芽が出てきている。
「森の桜は、どうだろう」
「ここと森では風が違うよ。まだ、森の中は雪が残っているから危険だね。魔物の動きも活発になっているだろうしね」
 森の奥から、もっと向こうから、呼ばれている気がする。
 気がつけば、コハクはひとりで森の中に入っていた。けっこう奥まで来ていた。
 このまま進めば、桜の木の場所まで後少しだった。
 だけど、進むほど山道には雪が残っていた。魔物の気配も強くなる。
 なので、コハクは諦めて家に帰った。
 シロガネが玄関の前に立っていた。
「おつかれさま」
「ごめんなさい……。何か呼ばれている気がして、気がついたら……」
「怪我なくて良かったよ。あと一週間もすれば雪は溶けるかな。今度は、一緒に行こうか」
「うんっ。ありがとう……」
 シロガネは、コハクが無意識に森の中に入っていた事など見通していた。
 コハクはそっとシロガネの服を掴んだ。だから、シロガネがその手を取って、コハクを引きよせて抱きしめた。
「大丈夫だよ」
 それはコハクに言っているようでもあり、自身に言い聞かせているようでもあった。

 それから一週間後。
 コハクはシロガネと森の中を歩いていた。
 この一週間はとても暖かかった。山道の雪は溶けてなくなっていて、歩きやすかった。
 桜は、まだ小さな蕾だった。
「気をつけて行っておいで。何かあれば式神を飛ばすんだよ」
「うん、わかった。行ってきますっ」
 シロガネの許可を得て、コハクは森に入る。
 この間、通った道はシロガネが印と結界を施したので、何もコハクの行く手を阻まない。
 桜の木の蕾が大きく膨らんでいた。
 あと少しだ。

 春の音が聴こえる。
 その音に導かれて、コハクは風と共に空を飛んで森を目指した。
 コハクの目の前には、綺麗に咲き誇る桜の木が広がっていた。
 コハクは、パチリと目を開けて目覚めた。
 さっき見た夢が鮮明に思い出せる。
 桜の木に呼ばれている気がして、早く行かなければという気持ちで馳せる。
 今、シロガネは不在だった。昨晩から急用な案件が出来ていなかった。昼には帰ると言われていた。
「その時は、コハクにもわかるよ」
 シロガネはそう言っていた。
 そして、その時は、二人で一緒にと約束をしていた。だけど、シロガネがいない。
 シロガネを待たないといけないと、わかっているはずなのに、コハクを呼ぶ声に抗えない。
「シロガネ、シロガネっ。ごめんね」
 コハクは、外に飛び出した。
 庭に咲いている梅の葉に口をつけて呪を唱えて、ツバメの式神を空に飛ばした。

 コハクは歩みを止める事はなく森の奥に進んだ。
「呼んでる……はやく行かなきゃ」
 誰に聞かせるわけもなく。コハクは大きな独り言を吐いた。
 シロガネがつけてくれた印を辿りながら目的の場所に向かう。
 あと少し、一歩前にと大きく踏み出した。
 鬱蒼とした森は開けて、暖かな春空が広がり、光が射している。
 大きな桜の木が一本。綺麗な花を満開に咲かせていた。
 風が爽やいで、花びらが舞う。
 幻想的な風景を懐かしく思いながら見惚れていた。
 いつか見た光景だと親近感で包まれていた。
 桜の木の前にコハクは立つ。そっと触れた。 
 その瞬間。
 桜が光輝いて、コハクの頭にたくさんの記憶が流れて来た。
 コハクの右目が光る。琥珀色の瞳の奥にある藍色が輝く。
 瞬きすると右目から藍玉が溢れた。
 藍玉が地面に落ちて、パリンと割れた。キラキラと輝く中から人影が現れた。
 人影が次第に、はっきりとした姿が顕になる。
 いつも魔物から守ってくれた守護者に会えると微笑んだ。
 藍玉に封印されていたのは……。
 コハクが朗らかに告げる。
「君の名は、浅葱あさぎ
 空気が動く。桜が揺れた。
「お帰り黄白」
 長い髪を後で結んでいる端麗な顔の武人が微笑んでいた。
「ただいま」
 次に左目の黄色が輝く。
 瞬きすると左目から黄玉が溢れた。
 黄玉が地面に落ちて、パリンと割れた。キラキラと輝く中から人影が現れた。
 黄玉に封印されていたのは……。
 コハクが高らかに告げる。
「君の名は、山吹やまぶき
「遅いぞ、黄白」
 乱れた短髪に強面の武人が無愛想で膨れっ面だ。
「全てを思い出したよ。ずっと待たせてごめん。そして、ありがとう。それで白桜は……」
 コハクの記憶が全て戻って封印が解かれた瞬間。桜の木の上空から黒い大きな穴が現れた。
 その中からは、禍々しい気配がする。
 突如、黒い矢のような物がコハクを狙ってに降り注いだ。
 浅葱が刀を素早く抜刀する。半円を描けば氷が現れて防壁となり、コハクに届く前にそれらを全て跳ね除けた。
 続け様に再び黒い矢のような物が降り注ぐ。 
 山吹が太刀を振るう。雷撃で全てを消し去った。
 さらに強い力の禍々しい物が来る。
 今度は刀のような形で、コハクを狙って襲いかかる。
「黄白に従えし五行を司る者たちに命じる。その力を持って悪しき物へ聖なる力を放て」
 コハクが呪を唱えた。
 虹色の剣が幾つも現れて対抗すれば、襲いかかる刀を消滅させた。
 三度目が来る。
 浅葱と山吹が空に向かって睨む。
 強烈な闇と圧倒的な力が体を震わせる。
 コハクは呪を、浅葱と山吹は刀で、三人は力を合わせて跳ね除けた。
 少し間が空く。
 これで終わりかと気を抜いた瞬間、今までの比にはならない禍々しい痛烈な呪詛の気配を感じる。
 再び三人で跳ね除けよう構えた。
 だが、先ほどまでの攻防とは比でない呪詛の力が襲う。
 浅葱が氷剣で凍らせる。山吹が雷撃で退ける。連撃と貫通で押し通す。
 踏ん張る。押し返せない。
 ジリっと押される。
 浅葱も山吹も封印されていたので、感覚が取り戻せてない。コハクも本来の力を発揮する事が出来ていない。
 それでもコハクは浅葱と山吹の援護をする為に、気力と体力に攻撃力の向上させる呪を唱えた。
 三人と禍々しい物の間に、突如、特大の水の渦が舞った。
 渦は壁となりコハクたちと禍々しい物を遮った。その壁が消えれば、目の前には……。
「スイセンっ」
 コハクが驚きと喜びの声を上げた。
 コハクはツバメの式神をシロガネに飛ばして、ここに来る事を伝えていたのだった。
 コハクの大切で大好きな人の声がする。
 高らかに呪を唱えながら、シロガネがコハクに近づいた。
 まだ、禍々しい物は退けない。
 次にザクロとアヤメが現れて、スイセンと共に禍々しい物に飛びかかる。シオンとゲンゲが後衛に着く。
 其々の技を駆使して攻防している。
「コハク。彼らが抑えている間に、呪いを取り除くんだ。コハクの本来の力を取り戻しなさい」
 シロガネが指示した。
「シロガネ。みんな、ありがとう」
 コハクが桜の木に先程と同じように触れた。 
 桜が光ると体に呪力が流れてくる。
 コハクを包む光が消えれば、青年の姿をしたコハクがいた。
 コハクであって、コハクでない。
 彼は黄白(こうはく)である。
「浅葱、山吹。白桜を呼び戻すから、力を貸して欲しい」
 コハクに似た低い声。大人びた口調だ。
 黄白が右手で浅葱と、左手で山吹と手をつなぐ。浅葱の右手と山吹の左手が桜木に触れた。   
 黄白が呪を唱える。
「我が名は黄白。我が眷属の水神の浅葱と雷神の山吹と共に願い奉る。神白桜、目覚めよ」
 浅葱と山吹から白桜の気が黄白に伝わる。
 桜の木から光が溢れる。
『黄白』
 白桜の声が聞こえた。
「白桜の依代、神月の黄白、ここに参る」
 黄白が胸に腕を組んで祈り捧げた。
『その願い叶えよう』
 黄白は白桜の力を手に入れた。
 そして、最上級の呪により最後の呪詛を完膚なきまでに消し去った。
 終わった……。
 黄白はフゥと息を吸い込んだ。
「黄白」 
「浅葱、山吹ありがとう」
 山吹は既に外していたが、浅葱が繋いでいた黄白の手を強く握って離さない。
「えっと……。離しても大丈夫だよ」
「駄目だ」
「浅葱、どうしたの」
 黄白は山吹をチラッと見て目で訴える。
「誰かに取られて拗らせているんだよ」
「取られてなど、いない」
 黄白は何の事かさっぱりだった。
 コホンと咳をしながら、シロガネが近くに立っていた。
 黄白が、浅葱の手を振って離そうとするが、浅葱は離さない。
「山吹、お願い」
 黄白が告げれば、山吹は仕方がないと慣れた手つきで浅葱を捕まえて、コハクから引き剥がした。
「お邪魔だったかな」
 シロガネが、よそよそしい。
「全然、違うからね。勘違いしないでね」
「何をかな」
 いつもなら、シロガネを見上げていた目線が近い。だからなのだろうか。
 少し冷たい言い方に感じて黄白は震える。
 それでも伝えないといけない。
「シロガネ、僕は黄白という。貴方が見つけて名を付けてくれたコハクの姿では、なくなった……」
「コハク。オウハク。良く似てる響きだね」
「シロガネ」
「私の本当の名は白銀」
「ハクギン」
「この姿も本物か偽物か。だから小さいか大きいかなんて、大した事ないよ」
「シロガネっ」
 コハクは手を伸ばしてシロガネの裾を持った。だからシロガネは、その手を取る。
「ほら、大きくなっても泣き虫は変わらないね」
 記憶と力を取り戻して黄白の姿であっても、シロガネの前ではコハクのままだ。
 コハクは一筋の波を流した。
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