パーティーの仲間に冤罪を着せられた最強の剣士が魔王になって復讐をはたすまでの物語

一発逆転

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閑話 アステールの憂鬱

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 アステールは椅子に座って窓からぼうと外の景色を眺めていた。それはエルとルシャが亜人の集落から旅立ってからまだ1週間も経過していない時期のことだった。

 どうにも仕事が手につかず、ぼんやりすることが増えた。アステールは窓際でしばらくそうしていると、はっとして窓枠に身を乗り出すようにして立ち上がる。視界の端に出て行った人の影を見たきがして。

 しかしそれは思い描いた相手のはずがなくて、落胆して椅子に座り直す。そこでアステールはぶんぶんと頭を振った。

「いかん。いかんぞ。私は何をやってるんだ」

 窓際に座り込み、物憂げな顔をして来るはずのない来訪者の影を待つなぞ。いい歳してこれでは恋に患う小娘ではないか。

「肉体年齢に引かれてるのか?」

 以前の自分はこれほど精神を揺らがせていただろうか。

「いやいや。私は自制心ある大人だ。責任感があり、慎みある大人だ」

 アステールは勢いよく立ち上がる。こんな馬鹿なことで時間を浪費している暇はないのだった。

 まずは様子を見に行く必要がある場所があった。腑抜けになってしまっているのはアステール一人ではないのだから。

 亜人の集落の中には神々をまつる神殿があった。中に足を踏み入れ、祈りの間に近づくなり叫び声が聞こえてきて、はあとため息を付く。祭壇の前ではレゾットが祈りを捧げるように両手を組んで、膝立ちになっている。

「王よ。なぜ我らをお見捨てになったのですか!」

 ボロボロと涙を零し、天井に向かって叫んでいる。

「主様。私めの何が至らなかったのでしょうか!」

 エルが出て行ってしまってからレゾットはずっとこの調子だった。おかげで変な噂を立てないようにこの場は立ち入り禁止にするしかなかった。

「レゾット」

「あなた様を失えば、私はどうすれば良いのでしょう」

 まったく聞こえた様子もなく訳の分からない言葉を吐いている。

「レゾット!」

「アステール」

 二度目の呼びかけで、ようやく気付いたとばかりに目を向ける。

「だから! 主様が出て行ったのはそういった理由ではないと言っているだろ!」

 酷くぼんやりした虚ろな眼でこくこくレゾットは頷いた。

「諜報活動だ。人間たちのな」

「それならばなぜ私にお声をかけてくださらなかったのか」

 もっともな正論にぐうの音も出ない。諜報と暗殺のエキスパートである彼を連れていかないというのは妙な話だ。

「主様に必要とされてないと思うと私は悲しくて悲しくて」

「お、お前は私の副官として必要だと判断されたんだろう」

「……副官。本当にそうでしょうか」

 レゾットは信じていた神に裏切られたでもしたように悲壮感たっぷりに語る。

「心配ない。お前の力は我々にとって必要だ。主様もそう言っていた」

「ほ、本当ですか!」

 現金なものでそう伝えると喜色満面のにやけ面を見せた。

「それで主様はいつ戻るんですか」

「そ、それは知らんが」

 アステールは眼を泳がせて答える。

「ああ。死のうかな」

 レゾットは不穏なことを言い始めた。狂言などではなく、ごそごそと懐から短剣を取り出そうとしている。

「やめんか!」

 すぱーんと頭をはたく。なぜレゾットはいつもこう極端なのか。

「諜報活動と工作をしているのだ。何の心配もいらん」

「本当に、本当ですね」

「ああ。本当だ」

「ならば見てみませんか。主様が何をやっておられるか」

 レゾットは懐から何やら水晶玉を取り出した。
 それは主に遠視や予知などに使われる魔具であった。

「主様は私の魔具をつけておられます。遠視で見られます」

「……いいとも。そうすればよかろう」

 もはや後には引けないアステールは頷くしかなかった。もとい彼らの行方に純粋に興味があったとも言える。のぞき見など本来ならばアステールの矜持が許さない。しかしこれはレゾットからの提案であるから、渡りに船なのであった。



 机の上に乗せた水晶玉の中にはとある光景が映し出された。少し古びた、こじんまりした一室だった。そこにはしっかりと出ていった二人の姿が確認できた。ルシャはのんきに毛づくろいをしている。

 そして……猫耳の亜人の姿もあった。おそらく猫族のハーフだろうとあたりをつける。

「猫の娘がいるな」

「かなり親しそうですね」

 確かに好意をあらわにしているようにも見えた。

「まあ、そう見えんこともないな」

 なぜか断定できず、少しささくれ立った言葉が出た。
 パッと口を押える。──私は自制心ある大人。

 何度も心の中で念じる。相手は亜人の王だ。そもそも関係性はアステールはただの部下に過ぎない。つまらない嫉妬心を抱くことや束縛することなどあってはならないのだ。

「英雄色を好むと言うしな」

 残虐王は女遊びが派手な人間ではなかったが、それなりにはやはりあったものだ。そう、気にするほどのことではないのだ。と悶々とした感情を抑え込もうとしていたアステールの耳に届いた言葉が一つ。

『最初見た時に、天使みたいだと思った』

 そう言われたルシャの幸せそうな表情を見て、少し胸が痛んだ。ハーフである彼女をついて行かせたのにもちゃんと理由がある。問題はないことだ。なのに、もやもやする。

『お前を最初に一目見た時から』

 思い出すのは印象深く記憶に残る言葉。

『これほど美しいものは他にはいないと思っていた』

 あんなこと言っておいて。むっとして頬が膨らんだ。

 誰にでもほいほい言ってるんじゃないか?

 死に際の男の一切の曇りのない言葉は心に突き刺さった。そのため力のほとんどを捨てる覚悟で彼の命を繋いだのだ。

 机に突っ伏して腕で顔を隠す。穏健派のまとめ役ともあろうものがこんな幼稚で不満気な態度など部下の前で見せるわけにはいかない。アステールの気持ちなど知る由もなく、エルたちは楽しげに会話をしていた。彼らの影の映る水晶玉をつつと指でなぞる。

 ──会いに行きたいな。

 全てを放り出してそうできたら、どれほど。

「……はっ。私は何をやっているんだ」

 アステールは水晶をしばらくの間ぼんやりと眺めて、ようやく正気に戻った。隣のレゾットは未だに水晶玉を食い入るように眺めていた。まさか自分はレゾットと同レベルなのかと愕然とした思いだった。

「駄目駄目だ。次に会う時にこんなに腑抜けていたら」

 己の強さを見せしめること、それが龍種と生まれた者の流儀だ。今回の久々の再開では感情が高ぶるあまりに少々羽目を外し過ぎていた。次に会う時は毅然とした態度を見せなくてはならない。凛としたかっこいい振る舞いを見せるのだ。

 アステールはそう心に決めて、レゾットの目の前から水晶玉を取り上げたのだった。

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