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78話 求めるもの
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煙草に火を灯すとフィルターが焦げるジジジという音が耳に届く。ニースは薄暗いバーで酒を飲んでいた。場末の粗末な店だった。パラディソスの姫の誘拐に失敗してからもう半年ほどが経過していた。化物じみた者たちを相手にして、すっかり組織は壊滅状態に陥っていた。
だがニースは暢気にくつろいでいた。最近の根城にしていたバーで仲間たちとポーカーに興じていると、ニースの前に立ちふさがった影があった。店に入るなり真っすぐにここに向かってきた。辺境の地には似つかわしくない上品な少女が眉を吊り上げて、テーブルに手を置いた。
「ニース・ラディットですね」
「さて。何の話だか」
ニースは平然ととぼけてみせた。周囲にはイリナ姫とその護衛たちが勢揃いしていた。さらに軍人たちが店の入り口を固めている。絶体絶命の状況だった。
「一つ賭けをしませんか」
唐突にイリナはそんなことを口にした。
「別に遊んでいくなら断りはしないぜ」
席を開けろと、仲間に指示する。
「この勝負。あなたには真実をかけてもらいましょう」
「真実?」
「これは譲歩です。強引にあなたの正体を明かすこともできる。貴方を拘束し、すべての情報を得ることも。だけど前にも言ったように、私は争いをしたいわけじゃない。この地に平穏をもたらし、残虐王を倒したいのです。それにはあなたの自発的な協力が必要です。平和的に勝負といきましょう」
ふっと苦笑する。とんだ甘ちゃんだった。
「いいだろう。勝負しようじゃないか」
懐から新しい煙草を取り出して口に咥えた。
テーブルの上に互いの手札が開かれると、イリナ姫は固まった。
「残念、今回もあんたの負けだ」
無情にも告げる。二十戦ほどが経過したが今のところニースの圧勝だった。小さな取りこぼしはあるが、大きな勝負では一度も負けていなかった。
「納得いきません!」
イリナは憤慨した様子で喚いていた。
「イカサマです。どう考えても! 私の手が見えているとしか思えません!」
「そういうのは証拠をとらえてから言うもんだぜ。お嬢ちゃん」
「お嬢ちゃんはよしてください」
またしても掛け金を回収する。少女から巻き上げた金貨が山のように積み上げてあった。
「うー」
悔しそうに呻いた。大人しそうに見えるが負けず嫌いなところがある。
「で。もうやめとくかい」
最初の威勢はどこやら完全なる金づると化していた。やはりパラディソスの姫だ。世間知らずのお嬢さまだが唸るほど金を持っている。
「もう一勝負です!」
姫は机を叩き言い放った。その時、馬鹿でかい剣を抱えた青年が呆れたようにため息をついて少女に耳打ちした。男の言葉で少女は表情を変えた。
──ばれたか。
ここまでだな、と煙草を灰皿に押し付けて火を消した。イリナの言う通りニースはイカサマをしていた。後ろのバーテンが彼女のカードを盗み見て、サインを送るという実に簡単なイカサマだ。煙草を吸っていたのはサインを出すように伝える仕草を自然に混ぜ込むためだった。
もうずいぶんと稼がせてもらった。もはやここから逆転の目はないと分かっているはずだ。逃げるための時間ももう十分に稼いだ。あとは適当に遊んでやればいいだろう。
「俺はもう帰って寝る。もうそろそろ終わりしておいたほうがいい」
「はい」
剣士は帰っていったが下手な真似はできない。世に名をはせるレギル・シルセスとロイス・サステナが護衛についている。それに彼女自身の力も侮れない。いくら雑兵を集めたところで役に立ちはしないだろう。
「一つ提案があります」
「いちゃもんか?」
「いえ。カードチェンジを要求します」
「ま、いいさ」
──間抜けなお嬢ちゃんだな。
剣士もイカサマの内容までは分かっていなかったのだろう。もう引き時だと告げただけだったのかもしれない。おそらくカードに仕掛けがあるとでも考えたのだ。だがそんな証拠が残り、下手をしたら相手に利用されかねない真似などしないのがニースの性質だった。
新しいカードが用意され、手札が配られるとイリナ姫はすぐにカードの裏側をほとんど手で覆った。やはりイカサマを警戒しているが中身には気づいていない。何か印がついたカードか裏側から中身が見える特殊カードとでも思っているのだ。
「ベットは?」
「これが最後の勝負にしましょう。今までのお金を全部賭けてください」
「断るって言ったら?」
まったくメリットのない提案だ。断るのが当然であった。
「その代り、この勝負私が負けたら」
イリナ姫は胸元に手を当てて言い放つ。
「貴方のどんな命令に従いましょう」
片眉を上げて目の前の少女を見つめる。透き通るように白い肌、目鼻立ちはくっきりして、神々が自分の姿に似せて彼女を産み落としたとのかと思うばかりに端正な顔立ちをしている。目を奪われるほど美しい少女だ。気品のある佇まいといい、成長すれば美姫となるだろう。世俗の穢れに染まらず、ひときわ精霊に愛された無垢な花だ。彼女を蹂躙し汚し尽くせば、怒れる精霊はニースの前に姿を現すのかもしれないと、そう思った。
「そんな口約束じゃねえ」
「精霊と神々と私の名誉に誓って、契約魔術を立てましょう」
あらかじめ準備していたようで、手早く魔術のスクロールを差し出した。ニースは考えるふりをしながら煙草に火をつけてサインを送る。役は同じだが数字が勝っている。必勝だった。
「いいだろう。俺が負けたらどんな質問にも答えてやるよ」
「私が負けたらあなたに従いましょう」
一呼吸置いて、同時に発声する。
「「我ら契約をなす」」
ばれていたとしても五分と五分だ。こんなお遊びでパラディソスの姫を手中に収められるとしたら美味しすぎる話だ。この世を揺るがす圧倒的な悪になることだろう。
「じゃあ勝負だな。ほれ」
躊躇いもなくカードを晒す。11の3カードだ。イリナはわずかに吐息をもらし、カードを机に置いた。手でカードをスライドさせていく。サイン通りだ、イリナ姫は6のスリーカード、これでニースの勝利だった。そう思っていた。だが違う、手が離れ最後の一枚が開けられると役が明らかになる。
「フルハウスです。私の勝ちですね」
イリナが勝ち誇ったように言うのをニースはぼんやりと聞き流した。
「あんたの手は3カードのはずじゃ?」
「それはこれのことですか」
彼女は一枚のカードを見せた。裏面の柄の違うそのカードは先ほどまで使用していたデッキのものだった。
「さっきのカードチェンジの時に隠しておいたのか」
手元にひそませたカードを一枚重ねて背後のバーテンに見せていた。それで手を誤認させたのだ。カードを手で覆っていたのは万が一にも隠したカードをニースに見えないようにするため。
「ふふん。貴方たちの悪巧みなど御見通しだったのですよ!」
意趣返しなのか得意気に言い放った。
「だが賭けだっただろ。お嬢ちゃんにも」
あくまでも手札を隠せるだけで必勝というわけではない。十分にニースに勝つ目があった。
「ええ」とイリナは頷いた。
「だけど私は信じているんです。絶望から縋る者にではなく、決して諦めずに立ち向かうものにこそ希望は与えられると。神々は微笑んでくれるのだと」
ここが終わりなのかもしれない、ふとそんな予感がした。神々がとうとうニースの前に裁きの使者を遣わしたのではないかと。
「さあ、約束通り喋ってもらいますよ! それとお金も没収です!」
ニースは指をパチンと鳴らす。その瞬間、すべての電気が落ちた。視界が奪われた瞬間に金を引っ掴んで逃げだした。逃亡用の隠し扉に一直線だ。右眼の義眼は高性能な代物だ、暗視機能があった。
「こらあ! 卑怯者っ!!!」
背後からの叫びを無視してさっさと退散した。
だがニースは暢気にくつろいでいた。最近の根城にしていたバーで仲間たちとポーカーに興じていると、ニースの前に立ちふさがった影があった。店に入るなり真っすぐにここに向かってきた。辺境の地には似つかわしくない上品な少女が眉を吊り上げて、テーブルに手を置いた。
「ニース・ラディットですね」
「さて。何の話だか」
ニースは平然ととぼけてみせた。周囲にはイリナ姫とその護衛たちが勢揃いしていた。さらに軍人たちが店の入り口を固めている。絶体絶命の状況だった。
「一つ賭けをしませんか」
唐突にイリナはそんなことを口にした。
「別に遊んでいくなら断りはしないぜ」
席を開けろと、仲間に指示する。
「この勝負。あなたには真実をかけてもらいましょう」
「真実?」
「これは譲歩です。強引にあなたの正体を明かすこともできる。貴方を拘束し、すべての情報を得ることも。だけど前にも言ったように、私は争いをしたいわけじゃない。この地に平穏をもたらし、残虐王を倒したいのです。それにはあなたの自発的な協力が必要です。平和的に勝負といきましょう」
ふっと苦笑する。とんだ甘ちゃんだった。
「いいだろう。勝負しようじゃないか」
懐から新しい煙草を取り出して口に咥えた。
テーブルの上に互いの手札が開かれると、イリナ姫は固まった。
「残念、今回もあんたの負けだ」
無情にも告げる。二十戦ほどが経過したが今のところニースの圧勝だった。小さな取りこぼしはあるが、大きな勝負では一度も負けていなかった。
「納得いきません!」
イリナは憤慨した様子で喚いていた。
「イカサマです。どう考えても! 私の手が見えているとしか思えません!」
「そういうのは証拠をとらえてから言うもんだぜ。お嬢ちゃん」
「お嬢ちゃんはよしてください」
またしても掛け金を回収する。少女から巻き上げた金貨が山のように積み上げてあった。
「うー」
悔しそうに呻いた。大人しそうに見えるが負けず嫌いなところがある。
「で。もうやめとくかい」
最初の威勢はどこやら完全なる金づると化していた。やはりパラディソスの姫だ。世間知らずのお嬢さまだが唸るほど金を持っている。
「もう一勝負です!」
姫は机を叩き言い放った。その時、馬鹿でかい剣を抱えた青年が呆れたようにため息をついて少女に耳打ちした。男の言葉で少女は表情を変えた。
──ばれたか。
ここまでだな、と煙草を灰皿に押し付けて火を消した。イリナの言う通りニースはイカサマをしていた。後ろのバーテンが彼女のカードを盗み見て、サインを送るという実に簡単なイカサマだ。煙草を吸っていたのはサインを出すように伝える仕草を自然に混ぜ込むためだった。
もうずいぶんと稼がせてもらった。もはやここから逆転の目はないと分かっているはずだ。逃げるための時間ももう十分に稼いだ。あとは適当に遊んでやればいいだろう。
「俺はもう帰って寝る。もうそろそろ終わりしておいたほうがいい」
「はい」
剣士は帰っていったが下手な真似はできない。世に名をはせるレギル・シルセスとロイス・サステナが護衛についている。それに彼女自身の力も侮れない。いくら雑兵を集めたところで役に立ちはしないだろう。
「一つ提案があります」
「いちゃもんか?」
「いえ。カードチェンジを要求します」
「ま、いいさ」
──間抜けなお嬢ちゃんだな。
剣士もイカサマの内容までは分かっていなかったのだろう。もう引き時だと告げただけだったのかもしれない。おそらくカードに仕掛けがあるとでも考えたのだ。だがそんな証拠が残り、下手をしたら相手に利用されかねない真似などしないのがニースの性質だった。
新しいカードが用意され、手札が配られるとイリナ姫はすぐにカードの裏側をほとんど手で覆った。やはりイカサマを警戒しているが中身には気づいていない。何か印がついたカードか裏側から中身が見える特殊カードとでも思っているのだ。
「ベットは?」
「これが最後の勝負にしましょう。今までのお金を全部賭けてください」
「断るって言ったら?」
まったくメリットのない提案だ。断るのが当然であった。
「その代り、この勝負私が負けたら」
イリナ姫は胸元に手を当てて言い放つ。
「貴方のどんな命令に従いましょう」
片眉を上げて目の前の少女を見つめる。透き通るように白い肌、目鼻立ちはくっきりして、神々が自分の姿に似せて彼女を産み落としたとのかと思うばかりに端正な顔立ちをしている。目を奪われるほど美しい少女だ。気品のある佇まいといい、成長すれば美姫となるだろう。世俗の穢れに染まらず、ひときわ精霊に愛された無垢な花だ。彼女を蹂躙し汚し尽くせば、怒れる精霊はニースの前に姿を現すのかもしれないと、そう思った。
「そんな口約束じゃねえ」
「精霊と神々と私の名誉に誓って、契約魔術を立てましょう」
あらかじめ準備していたようで、手早く魔術のスクロールを差し出した。ニースは考えるふりをしながら煙草に火をつけてサインを送る。役は同じだが数字が勝っている。必勝だった。
「いいだろう。俺が負けたらどんな質問にも答えてやるよ」
「私が負けたらあなたに従いましょう」
一呼吸置いて、同時に発声する。
「「我ら契約をなす」」
ばれていたとしても五分と五分だ。こんなお遊びでパラディソスの姫を手中に収められるとしたら美味しすぎる話だ。この世を揺るがす圧倒的な悪になることだろう。
「じゃあ勝負だな。ほれ」
躊躇いもなくカードを晒す。11の3カードだ。イリナはわずかに吐息をもらし、カードを机に置いた。手でカードをスライドさせていく。サイン通りだ、イリナ姫は6のスリーカード、これでニースの勝利だった。そう思っていた。だが違う、手が離れ最後の一枚が開けられると役が明らかになる。
「フルハウスです。私の勝ちですね」
イリナが勝ち誇ったように言うのをニースはぼんやりと聞き流した。
「あんたの手は3カードのはずじゃ?」
「それはこれのことですか」
彼女は一枚のカードを見せた。裏面の柄の違うそのカードは先ほどまで使用していたデッキのものだった。
「さっきのカードチェンジの時に隠しておいたのか」
手元にひそませたカードを一枚重ねて背後のバーテンに見せていた。それで手を誤認させたのだ。カードを手で覆っていたのは万が一にも隠したカードをニースに見えないようにするため。
「ふふん。貴方たちの悪巧みなど御見通しだったのですよ!」
意趣返しなのか得意気に言い放った。
「だが賭けだっただろ。お嬢ちゃんにも」
あくまでも手札を隠せるだけで必勝というわけではない。十分にニースに勝つ目があった。
「ええ」とイリナは頷いた。
「だけど私は信じているんです。絶望から縋る者にではなく、決して諦めずに立ち向かうものにこそ希望は与えられると。神々は微笑んでくれるのだと」
ここが終わりなのかもしれない、ふとそんな予感がした。神々がとうとうニースの前に裁きの使者を遣わしたのではないかと。
「さあ、約束通り喋ってもらいますよ! それとお金も没収です!」
ニースは指をパチンと鳴らす。その瞬間、すべての電気が落ちた。視界が奪われた瞬間に金を引っ掴んで逃げだした。逃亡用の隠し扉に一直線だ。右眼の義眼は高性能な代物だ、暗視機能があった。
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