パーティーの仲間に冤罪を着せられた最強の剣士が魔王になって復讐をはたすまでの物語

一発逆転

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85話 危機

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 イリナにとって監獄都市は懐かしさを感じる場所のはずだった。だが久々にこの目にすると酷く狭苦しいような、息がつまる感覚がした。陰鬱として、そこかしこ壁ばかりで気がめいってくる。

「イリナ様。その子は」

 都市内部に入る門をくぐったところで衛兵に止められた。リゼッタ、残虐王から預かった少女を連れているからだ。

「私が預かった子よ」

「念のため調べさせてもらいます」

「なら私も一緒に」 

 まだ幼いリゼッタ一人では心細いだろうとそう発言する。

「大丈夫です。イリナさん」

「本当に?」

「はい」

 落ち着いた様子で頷いた。やはり年齢離れしたしっかりした子だ。

「ええ。それならあとでね。部屋に案内するから」

「ありがとうございます」

 衛兵の詰め所でリゼッタを待とうとすると、レギルが追いかけてきた。

「二人にしてもらえるか」

 看守長は一礼してその場を辞していった。

「イリナ、あの男に何かされたりは」

「大丈夫よ。丁重に扱ってくれたわ」

 イリナは何度も思う、この選択は良かったのか悪かったのか。人間としてみれば明らかに損失であり、パラディソスの第一王女としても失格だと言わざるを得ない。

 己の立場と価値を考えない無謀な行為の結果だ。そしていつでも逃げ出すことができたのにそうしなかった、そんなイリナの性格と、それをなぜか知り尽くしていた残虐王。

「ニースは。ニースはどうなった。まさかやつが本当に」

「死んでしまったわ」

 告げると、レギルは衝撃のあまり放心したように座り込んだ。

「レギル」

 周囲に誰もいないことを入念に確認して小声で問いかける。

「知らなくていいことって何」

「ま、まさか。聞いたのか」

 レギルの表情は驚愕に歪んでいた。唇を戦慄かせ、今まさに刃を突きつけられたかでもしかたのように、その全身を硬直させていた。

「いいえ。残虐王はそうとしか教えてくれなかった」

「ならば知らないほうがいい。君と言えど軽々と首を突っ込むべきではない」

「私はパラディソスの姫なのよ」

 世界統一連合の中心国家パラディソスの第一王女すら知れないことがあるという。とても不穏で、そして邪悪な臭いを強烈に放っていた。

「確かに君には権利があるのだろう。しかしそれまでは余計な詮索はしないほうがいい。それが君のためだ」

 それだけ言って会話を強引に打ち切った。彼のそむけた背にはそれ以上聞いてくれるなという拒絶に満ちていた。

 ◇◇◇◇◇◇

「さて」

 イリナは人目がないかきょろきょろ辺りを見渡し、安全を確認すると手早く所長室の鍵を開けて中に入った。

 今日はレギルが本国に呼び戻されて留守にしているのだった。きっとイリナの暴走のせいで、つけを払った彼はいま頃こってりと絞られているだろう。立場が悪くなっていることも大いに考えられた。

 それも申し訳ない気もしたが、自分の行いについて後悔をするつもりはなかった。後悔して悔むことなど許されはしないのだ。ただ己の信念に従って突き進むのみ。

 今日はレギルのことを調べるには千載一遇の好機であった。レギルはおそらくイリナよりも深く何かを知っている。そして残虐王が告げた裏切りのこと。何か手がかりでもないかとイリナは彼のおらぬ間にこっそりと所長室へと入り込んだのだ。王女ともあろうものが人のものを物色など、まるで盗賊だ。笑い話にもならない。

 慎重な彼のことだ、誰でも手に触れられるような場所に大切なものを置いておくはずがない。そして自分のいない場所に置いておくことも。隠しているものがあるのなら自分の手の届く範囲にあるはずだ。

 これ見よがしに置いてある大きな金庫は間違いなく大したものは入っていない。荒らさないように本棚や机を確認していくが特に怪しいものはなかった。

 次は机の引き出しを開けて中身を物色する。やはり目ぼしいものはない。すぐに見つけ出せるとも思っていなかったが、やはりレギルは慎重な人間だ。他人に見られて困るものなど置いてないのかもしれない。
 
 コンコン。ノックの音がして心臓が跳ねあがった。はっとして息を殺しじっと身をひそめる。

「レギル署長。いらっしゃいますか」

 しばらくすると、またもノックの音がした。まずい状況だった。なんとか言い訳もきくだろうが、レギルを嗅ぎまわっていたことが知られるのは良くない。咄嗟に引き出しを閉じて元通りに全てを片づけていく。

「入りますよ」

 鍵束の鍵がぶつかり合う音が聞こえる。鍵が回されてロックが開いた。

 ──速く──速く。焦りに手が震える。

 そしてノブが回された。もう駄目だ、イリナは最悪の事態を覚悟した。そこで。

「すいません」

「あ?」

 外から聞こえてきたのはリゼッタの声だった。

「道に迷ってしまって。客室はどちらに行けばいいでしょうか」

「あっちに行って右だ」

「でもあっちは階段で」

「いいんだよ。客室はもう2階下だ。それから真っすぐ向かえば分かる」

 感謝の念がわき上がった──あとでいっぱい好きなもの奢ってあげます。ささっと手早く片づけを終わらせる。そして窓に走ると鍵を開けて外に出た。所長室は高い場所にある、人目につかないように身をかがめて、近くの窓にまで進んだ。

 窓には鍵がかかっている、しかし。『開錠』の魔術を唱える。ニースから習ったものが役に立つとは。ますます盗賊じみてきた。

 人気のないことを確認して身を滑り込ませる。そして急いでまた所長室へととんぼ返りした。

「姫。なぜここに?」

 何食わぬ顔で姿を見せると、見たことのない看守たちが立っていた。

「レギルと話があったのだけど。婚約者候補の部屋を訪ねて何かおかしいかしら」

 おそらく彼らは署長室の鍵が一本ないことに気が付いてレギルが帰ってきたと思ったのだろう。だからこそ一度もっともらしい理由をつけて顔を出す必要があった。

「なるほど。それもそうですね。しかし署長はまだ留守のようですね」

「ところで貴方たちこそ何者です。なぜここに。名ぐらい名乗ったらどうですか」

 些細な反撃のつもりで彼らの不作法を咎める。

「これは申し遅れました。私は高位看守のゼクトと申します。以後お見知りおきを。署長室の鍵がなかったものでレギル様がお帰りかと思いましてね」 

『中央政府危機管理課から派遣されました。リナスとお呼びを』

 二人目は顔を全て隠す仮面をかぶり、鈍いガラガラ声だった。

「彼は酷い火傷を負っているんです、それで声もね」

 異様な雰囲気を発する不気味な男だった。その全身から発する気配は、憎悪や怨念と言った負の感情だ。

「何のために派遣されてきたのかしら」

『ふふふ。この世の危機は多く、意外と身近に潜んでいるものです。レギル署長もだいぶお手をわずらわせているようで』

 地の底から響いてくるような、背筋が冷える笑いだった。

『我々はそれを解決するものです』 

 彼らの登場はいったい何をこの世界にもたらすのか。漠然とした不安が胸によぎった。
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