パーティーの仲間に冤罪を着せられた最強の剣士が魔王になって復讐をはたすまでの物語

一発逆転

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98話 人々の生活

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 自由都市アクアはだいたい区画を東西南北、中央に区切られ、それぞれ住宅地、農業区、工業区、商業区と区分されている。中央には自警団の拠点や役所や学校などの重要施設、裕福なものの邸宅が並んでいる。

 ウィルは二人の仲間をともなって主に住宅地を見回っていた。問題が起っていないか、もしくはその火種がないか、自警団に所属している身分でもあるウィルはそのような活動に携わっていた。最近は問題が特に多いのだ。新たに加わった人々の様子見と監視など、事情を知っている人間がやらなければいけないことは多々あった。市長代行からも頼まれている、役に立たねばならないと意気込んでいた。

 さらに元からの問題として亜人と人間の種族間の壁がある。やはり亜人と人間が共同で過ごし始めて、最初は互いに恐る恐るといった様子で距離が遠かった。だがその空気も少しずつ変わってきていた。亜人にはほとんど人間と姿が変わらないものも多数いるのだ、徐々に慣れも生じてきてのだった。

 それでも問題が起きないわけではない。軋轢や考え方の差異、それらは人間同士でも発生し得るもの。ましてや種族が違うとなれば尚更だろう。

「ちょっと休憩しようか」

 ウィルは日照りにあてられて汗ばんだ額を拭う。

「そうだね」

「そうしようか」

 答えたのはいつぞやタイラントベアに襲われていた三人組の冒険者だ。一人は抜けたらしく、最近はもっぱらウィルと一緒にいることが多かった。おさげの女の子はアイラ、軽装鎧の男の子のほうはリクという。16歳のウィルよりもひとつ下だ。歳も近く何かと気が合った。

 それぞれ近くの手ごろな日陰に腰掛け、ウィルも木の根元に座り込む。

「にしても、すげーよな」

 リクが唐突に言う。遠くを見つめる彼の視線の先には巨大な蛇の肉を担ぐ人々の姿があった。以前、討伐した巨大な蛇を非常食にするため自由都市まで運び、さらに腐らないように氷漬けにされていたのだが、今はそれを解体し始めているのだ。

「あんなでっかいの倒しちゃうんだもんね」

 外にある蛇の巨体を市民の誰でも見ることができた。神話に出てきてもおかしくないレベルの怪物だ。村と生贄の少女を救った話など、娯楽の少ない自由都市ではいい話題の種になっていた。

「ウィルは一緒だったんだろ。よくついていったよな」

「確かに今思えばそうだね」

 あの時はただただ必死だった。誰かに認めてもらいたいと、自分に価値があるのだと証明した買ったのだと思う。ただそれも一種の逃避にすぎなかったのだと、あの時に学ぶことができた気がした。

「ところでよ、イリナ様と一緒だったんだろ。どうだったよ。俺らはあの時全然余裕なんてなかったけどさ、生で会えるって凄いことだぜ」

「やっぱり美人だったね」

 お姫様とお近づきになりたいなど、男ならば一度は考えることだ。だが実際に会ってみれば、もう住む世界が違うことがはっきり分かる。恐れ多くてとてもそんな真似はできない。

「市長の周りには美人が多いよなー。どうしたらあんな人たちが集まるんだろうな。俺の周りなんかアイラだけだもんな」

 残念そうな目でアイラを見つめると、反撃とばかりに彼女は言う。

「まずはやっぱり人柄が良くないとね。市長みたいに素敵じゃないと。あんな大人の落ち着きと魅力がないとね」

「お前にもイリナ様みたいな色気と凛々しさがあればな」

 バチバチと火花を散らすが、これも結局は痴話げんかの一種だ。裏の事情など聞かされていない彼らはウィルの気疲れなど知らず、なんとも呑気なものだった。少し蚊帳の外になったウィルは樹の幹にもたれかかる。すると、

「おいこら! いい加減どけよ!」

 甲高い声が聞こえてキョロキョロと辺りを見回す。だが声の主らしい人影はなかった。

「おい。無視してんじゃねえぞ!」

「うわ!」

 急に座っていた木の根が動いて、つんのめりそうになる。何だ何だと驚いて目を向ければ、バキリと樹の幹に大きな空洞が空いて、目と口のようなものを形作っていた。人面樹だろう、魔物にしか見えない恐ろしい姿だった。

「食うぞ、こら」 

「す、すいません」

 口が裂けたような凄い形相で睨まれてウィルはたじろぐ。ウィルが悪かったとはいえ、物騒な発言を受けてアイラとリクも警戒心をあらわにしていた。

「大丈夫だよ。トレント族は人間みたいに大きな動物は消化でない。小さな虫とかを捕まえて食べてるんだ。彼はギギという」

「ルディスさん」

 後ろを振り向けば眼鏡をかけた青年が立っていた。人々の信頼も厚く、自警団にも長く所属することもありウィルの先輩にあたる。亜人と人間の間に立って積極的に調停役を担ってくれている、大変な役目だろうに、むしろ生き生きとして見えた。

「ドライアドっていうのはいないんですか?」

 樹に宿る美しい妖精、そちらのほうが聞き馴染みがあった。

「ありゃ魔物だ」

「……魔物。どう違うんですか?」

「どう違うって言われてもな。考えたこともなかったぜ」

 頭を掻くように細い木の枝がしなり、ガサガサと葉音を立てる。

「その答えは、まともな意思疎通ができるかどうかの違いだけだ。魔物は正確には魔力を備えた野生動物っていうことになる。意外と曖昧でね。人間からすれば亜人のいくつかの種族を魔物扱いしてるほどだ。亜人が言う魔物とは少しニュアンスの違う言葉になるだろうね。ドライアドっていうのは精霊だから、今はもういないと言われている。現存するのはただの人をおびき寄せて餌にする魔物だ」

 ルディスが解説を引き継ぎ、単純明快に説明してくれた。この辺りの博識さが信頼を集める理由でもあった。

「悪かったね。この子たちも悪気はなかったんだ許してもらえないか」

 慌てて三人一緒に謝罪すると、

「仕方ねえな」

 許してもらえて一安心だった。ふうとウィルは息を吐く、自分たちが問題を作っていては笑い話にもならないのだ。面倒を増やしてしまうところだった。

 行きかう人々が慌ただしさを宿し、休憩は終わる。

「何でも喧嘩らしいぞ」

 囁き合う言葉を拾って事態を把握した。どうやら出番だ。

「急ぎましょう」

 

 年季を感じる煉瓦で作られた民家が軒を連ねている道を走る。やがて住宅街の道端で数人の男と、大きな人影が何やら言い争っているのが目に入った

「どうしたんですか?」

 人垣に近づいてが声をかけると、2メートルを優に超える大きな人影が振り向いた。

 その顔は毛むくじゃらの……ウィルから言わせれば猪のような造形をしていた。茶色の体毛と突き出た鼻。喋るたびに動かす口には鋭い牙が二本ある。分かりやすく恐ろしさを覚える風貌ではあったが、意外と優しそうな瞳をしていた。

「それが、うちのペットのことでさ」

 彼が指を差した先には黒い犬がいた。短い体毛と発達した四肢が目に付いた。その体長もかなりのものだ。2メートルを超えている。しなやかな体つきは野生を感じさせ、鎖などに繋がれておらず野放しだ。人々の剣呑な様子を気にした素振りもなく、のん気に欠伸をしている。その口には鋭い牙が生え揃っていた。

「何がペットだよっ。それはブラックハウンドっていう凶暴な魔物じゃないかっ」

 人間の住民たちが言う。

「こんなに可愛いでねえか。凶暴なんて嘘さ。こいつは大人しいから飼いやすくて有名な魔獣なんだ」

 話からすると、隣人とペットのことで争っているようだ。
 
「それはあんたらの種族が頑丈だからなんだよっ。あんたらにとっちゃペットでも俺らには危険な魔物なんだっ。皆いつ襲われるか気が気じゃないんだよっ」

「そんなことしねえ。こいつは人を襲ったりしねえ。俺の家族なんだ。深い愛情でつながってるんだ。何年も俺を待っててくれて、ようやく会えたんだ。もう離れたりしねえ」

「ふざけるなよっ。そんな化け物放っておいて何かあったら責任とれるのかよっ」

「責任なんていくらでも取ってやるさ。あんたらこそ思い込みで俺の可愛いイオを侮辱するのはやめてくれねえか」

「なんだとぉ」

 売り言葉に買い言葉で次第に彼らは殺気立っていく。

「みんな、まずは落ち着──」

 解決方法はともかく役目を思い出して声を出したところで。

「駄目です!」

 その空気を霧散させたのは一つの声だった。

「仲間同士で喧嘩はしちゃ駄目です」

 純白に輝く翼を持つ幻想的な少女、ルシャだ。いつも笑顔を浮かべる人懐こい人柄もあり、住民の中にはファンが多いのだとか。自分たちよりも小さな女の子が真摯に訴えるその光景に、大人たちは恥ずかしそうにして落ち着きを取り戻した。

「みんな、ひとまず落ち着け」

 続いての声で一斉に空気が引き締まった。市長代行であるエル・デ・ラントも顔を見せたのだ。思わず口を閉ざすような威圧とでもいうべきか、迂闊に近寄れば切り裂かれとる思える鋭さ、彼にはそんな雰囲気がある。

 市長代行が無警戒に魔獣に歩み寄ったことで、人々のざわめきが広がった。小さな悲鳴や息を飲む音がする。だが何事もなく、ぽんと軽くブラックハウンドの頭に手を乗せる。掌の中から強い光がこぼれて、ブラックハウンドの全身を包み込んでしまった。やがて光が消え去ると、ブラックハウンドはエル・デ・ラントに首を垂れるように座り込んだ。

「もう大丈夫だ。正式な主従関係を結んだ。安全は俺が保証する」

 そして猪の男に続ける。

「悪いな。勝手なことをして」

「構わないです。拒絶しようと思えばできるのにイオはしてなかった。こいつの意思なら仕方ねえことです」

 人々が納得するならそれでいいと、ブラックハウンドの頭を撫でる。家族だという言葉が嘘ではないように愛情がこもって見えた。

「この子は利口だ。しかし悪気がなくても子供たちがこんな大きな魔獣にじゃれ付かれたらひとたまりもない。守るべきものがある彼らの気持ちも汲んでやってくれ」

 猪の男は大きく頷いて住民たちに向き直った。

「……悪かったよ。主様にまで迷惑をかけるなんて」

「そして、大切なものへの侮辱はするべきではない」

 それはブラックハウンドを化け物と叫んだことを指していた。住民たちも申し訳なさそうにして口々に謝罪した。

「よし。和解といこう。遺恨は残さないように」

 どうやら丸く収まったと、ほっとした空気が周囲に流れ、やがて人並みもまばらになっていった。

「いや、お見事です。市長」

「勘弁しろ。ルディス」

 茶化すようなルディスの言葉に苦笑いを返した。そしてルシャが気さくな笑顔でウィルたちに近寄ってくる。

「こんにちはルディスさん。ウィルさん。それにあなたたちはこの前の……」

「この前はありがとうございます」

「あ、ありがとうございます」

 リクのほうはともかくアイラは完全にあがっていた。見るからに落ち着きなく挙動不審だった。市長代行からやや怪しげに見つめられたアイラは、完全に凍りついていた。

「ところで、みなさんは何してたんですか?」

「僕らは見回りを」

「私もついて行っていいですか?」

「どうする?」と仲間を伺えば、
 
「私は構わないけど」

「俺も、もちろん」

 断る理由もなく快く了承する。

「それじゃあ一緒に行こう」

「ありがとうございます!」

 ルシャはぺこりと頭を下げて「マスター。行ってもいいですか?」と続ける。

「別にそれぐらい俺の許可は必要ないだろう」

「いえいえ、弟子たるもの本来は常にお傍を離れず、衣食住の世話をなんでもこなすものなのです」

「……ぜひやめてもらいたいものだな」

 少し笑う。鋭さと甘さ、この二人はセットでいることで、絶妙なバランスが取れていた。

「大丈夫なのか。迷子になったりしないだろうな」

「それなら私もついていきます」

 一緒にいた猫族とのハーフの女の子、ラナが提案すると、市長代行は逆に心配ごとが増えたように目を細めた。わずかに悩んだ素振りを見せて。

「……分かった。俺はもう戻る。ご苦労だったな」

「はい。お疲れ様です」

 そのまま踵を返した、その次の瞬間には音もなく消え去っていた。肩の力が抜けて、ウィルは無意識に緊張していたのだと感じた。

 リクもアイラも同じようなものだが、さらに顕著なものがいた。トレント族のギギは完全に樹になり切って存在を消し去っていた。

「ギギさん。どうしたんですか?」

「どうしたもこうしたもねえよ。よくお前ら人間はあの人と馴れ馴れしくできるもんだよ。俺らみたいな弱い亜人にゃ恐れ多くてな」

「確かに少し威圧感はあるけど」

「そんなことじゃない。隠してなきゃ敏感な感覚を持つやつはすぐに力を感じる。あの人はただの人間じゃない。神々の力を宿した神人だ。それも三大神の一柱の時空間の神の」

「三大神って?」

「そんなことも知らねえのかよ。生の神、死の神、時空の神だ。時空間の神が最古の神だが、彼らは基本的に同格の存在だ。もとは一つの存在だったと言われてる」

 もうアレーテイアでは学校で神話を習うような時代ではない。初耳の話だった。もっと話を聞こうと口を開きかければ、ギギの関心は既に別のところに移っていた。細い木の指先に小さな花を摘み、ラナに差し出していた。

「美しいお嬢さん。俺と付き合ってくれませんか」

「えっと。ごめんなさい」

「そ、そんな。俺の何が駄目なんだ」

 きっと樹なところだろう。

「種族が違うもんね」
 
「たったそれだけのことで?」

「結構大きな違いだって」

 アイラもリクも無理な話だと断言する。

「いえ、そういうことじゃないんですけど。まだお互いによく知らないですし、急に言われても」

 困ったように口ごもりながらもラナは言う。

「やっぱり重要なのは気持ちだと思うんです。多少の種族の違いなんて好きだったら関係ないんです。亜人と人間が一緒に添い遂げるのも……できるかな、なんて。思ったり、してます」

 言葉はどんどん尻すぼみになり、最後は恥ずかしそうに俯いて言った。

「うむ。良いことを言うものだな。どこぞの頭に筋肉がつまってる野獣にも聞かせてやりたいものだ」

「思うに枯れ木のようなエルフでも、相手がトレントならぴったりなのではないかな。行き遅れたエルフに紹介してやらねばな」

 通りすがりのハイエルフと獅子族がそう嫌みを言い合いながら横を通り過ぎていった。仲直り計画の一環で強制的にこのコンビで見回りをさせられているそうだが逆効果のような気もした。

 落ち込んでいたギギだったが何かに気づいたようにはっと時計に目を向けた。

「おっと、そろそろガーデニング教室の時間だ」

「トレントがガーデニングを?」

 樹木が庭木を手入れするのは想像を絶する異様な光景だった。

「いや、少しバランスが悪いから整えてもらう」

「あ、そっちか」
 
 床屋にオーダーするような台詞を残してトレントのギギは去っていったのだった。そんなふうに意外とのんびりと時間は過ぎていった。
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