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101話 迷い

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「あった。これだ」 

 その声で俺は書類をめくる手を止める。

 アステールが差し出した書類を受けとり、ざっと目を通す。ラナと知り合いらしき少女とピアスの男たちの情報を洗っているのだった。

「あの女の子、ラナと同郷だな」

「うむ。やはりもともと知り合いのようだ」

 ラナは昔、友達らしい友達もおらず引きこもっていたらしいが、あの少女はその例外なのだろうか。それならばどうしても助けたいとラナが考えるのは無理もない。

 あまり負担になり過ぎないように手早くことを勧めたいものだった。

「セレーネのほうはどうだ」

 事情を知る彼女に都市内の警備を任せている。

「あのバーを根城にしている男たちですが。ご命令通り監視をつけていますが、今のところ他の暗殺者たちと接触をとったような形跡はありません」

「そうか……監視を続けろ」

「はい」

 どうやら読みが外れた形になる。暗殺者たちも普通に考えれば協力するものだと考えていた。他にリーダー格となり得るものがいるのか、それとも。

 コンコン。ノックの音がして部屋に足を踏み入れたのはレストの傭兵、ザルドだ。用事があって前もって呼んでおいたのだ。

「悪いな。急に呼び出して」
 
「なあに、儲け話だったらいつでも歓迎さ」

 この男に挨拶や気遣いなどは無用だ、早速本題に入る。
 
「俺を狙う人間たちと接触できるか」

「あー。そりゃ無理だ」

「主様に歯向かうつもりか」

 セレーネは鋭い眼光でザルドを睨み、短剣に手を伸ばした。

「よせよ。物騒だな。歯向かうとかそういうんじゃねえよ。俺はレストの傭兵だ。依頼主に対して誠実でなければならない」

「貴様ら野良犬が誠実さだと」

「まったく頭のかってえエルフだな。そんなんだと婚期逃すぞ」

「余計なお世話だ!」
 
 怒鳴り声にもどこ吹く風でザルドはふふんと笑い、銀色のジッポライターと煙草を懐から取り出した。そこで俺はくぎを刺す。

「ここは禁煙だ」

 煙草は強い臭いで魔物避けの効果もあるため意外と愛用者は多い。同様にたいていの亜人も嫌う。嗅覚の鋭いものは即座に回れ右するほどだ。そんな理由で宿舎は全面禁煙である。

 仕方ねえなと、ザルドは空いた手で落ち着きなく頭を掻いた。

「これは鉄の掟だ。レストの長の呪術によって俺たちは縛られてる。こんな世界だ。それぐらいの安心感がなきゃ傭兵なんて誰も使わねえ。もしあんたの暗殺を依頼をされて金が支払われた場合、それは不可能だと伝える義務がある。もちろんあんたに不利益な情報を話したりはしないがな、だが断るってことは」

「それだけでも俺の依頼を受けていると言うようなものだな」

「そういうことだ」

 この男は他人を軽んじる面と掟を守る妙に律儀な面を持ち合わせていたが、心構えなどの単純なものではなかったのだ。互いに信義を守るためにかせられた呪であった。しかしザルドが使えないとやはりラナを囮にせざるを得ないわけだった。

 ふと外から子供のはしゃぐ声が外から聞こえてきた。亜人と人間が混じって遊んでいるのだ。かりそめに過ぎなくともこんな穏やかな時を壊そうとするものを俺は許すわけにはいかなかった。


 

 バサバサと翼をはためかせる音がした。空から綿毛のような羽根がひらりと舞い落ちる。ラナたちの様子を見に談話室にまで足を運んだのだが、室内では小鳥が飛び回っていた。

 ルシャとレイチェルが一緒に小鳥たちと戯れていたのだ。小鳥たちがルシャの口笛に合わせて空を駆け回るのを見て、レイチェルは歓声を上げた。

「わーお利口さん」

 レイチェルの肩にとまっている蝙蝠も自己主張するようにキーキー鳴いた。

「おまえもいい子よ。拗ねないの」

 そんなふうに遊んでいる傍らにて、ラナは椅子に座りながら眠り込んでいた。俺たちが入って来た時の扉の開閉音で目を覚まして挨拶するが、すぐにうつらうつらと舟をこぎはじめた。我に返るとぶんぶんと頭を振って目を覚まそうとする、しかし数分と経たずにまた瞼がおり始めた。

「疲れてるのか?」

 突然の質問にラナはびっくりして飛び起きた。

「す、すいません。ちょっと最近夜遅くまで働いてて」
 
 薄化粧で誤魔化しているが目の下にクマができて、フラフラして危なっかしい。

「仮眠でもとるといい」

「え、あの。私なら大丈夫で──」

「大丈夫じゃない」

「は、はいぃ」

 遮って言い放つとラナは押されるように頷いた。これほど押しに弱い性格だから頼み事も断れないのだろう。

 アステールがラナのもとに近寄って言う。

「1人じゃ危ない。私が送ろう」

「あ、ありがとうございます」

「ラナ。年頃の女の子が無理はいかんぞ。寝不足は美容の敵だ」

 そうやってラナが連れて行かれる様子をレイチェルたちはじーっと食い入るように見つめていた。心配と奇異が入り混じった視線だ。ルシャもレイチェルもさすがに異常に気が付いていた。

「ラナはどうしたんでしょうか。はっきり言って変です」

「何だか元気なさそうです。心配です」

 話すわけにもいかない。この二人の動きはあらゆる意味で読みにくい。

「あの様子まさか……」

「ルシャ。何か分かったの?」

 まさか何か感づいたかと、やや不安が過り……まったくそんな必要はなかったなと思い直す。

「痴情のもつれというやつでは」

 ルシャにしてはいい線いっているがきっと言ってみたかっただけだろう。

「まさか私と主様が愛を育んでる様子を見て嫉妬してるってこと!?」

「はい。女の子が悩んでる時はだいたい人間関係のことだって父上から聞いたことがあります」

「そんな。知らないうちに傷つけちゃってたなんて」

 俺はその的外れな会話をしている二人に割り込む。

「ラナは今少し個人的な事情があってな。俺が見ておくから心配するな」

「了解です。マスター」

 それだけ言って去りかけた間際レイチェルに呼び止められる。

「主様。ラナをお願いします」

 微笑する。レイチェルもずいぶんと丸くなったものだ。排他的にふるまい、周りを敵ばかりにしては生きづらい。人は一人では生きられないのだから。

 彼女が変わるきっかけを作ってくれたイリナ姫たちには感謝はつきなかった。俺は本当に周りの人々に恵まれていると思う。

「任せておけ」

 彼女たちのためにも脅威の芽を確実につむこと、それこそが俺ができる唯一のことだと信じていた。 



 閑散としたバーではラナが深刻な顔をして席についている。以前ラナが友達と会っていた例のバーだが、昼間から店を開けているらしく、この時間帯はカフェをやっているようだ。しかし人は少なく、数人しかいない。それでもラナは猫耳が人目につくことを嫌ってかフードを被っていた。

 今日も今日とてストーカー業にいそしむ俺は一人カウンター席で時間を潰していた。

 不用心とも思えるが問題ない、俺の変装を見破る相手がいたとしたらそいつは捕縛対象だ。捕まえてしまえばいい。正体不明の相手から狙われることには慣れている、敵であることさえ分かればあとは倒すだけで良かった。

 たたた、と小走りの靴音が遠くから聞こえてきた。どんどんと足音は近づいて、体いっぱいに大荷物を抱えている女の子が店に飛び込んできた。食材や酒瓶の類が入った紙袋をいくつも持って、足元がおぼつかない様子は見ていて不安になる。そしてその不安は的中し、入り口の小さな段差で躓いた。

「きゃ」

 俺の真正面でばら撒かれた品を空中でキャッチする。

「わ、すごい! ……じゃなかった、ありがとうございます!」

 目が合うと少女は「あ」と声をあげた。

「この前のお兄さんだ」

「手伝おうか。女の子が1人で運ぶ量じゃない」

「わー。お兄さんいい人ですね。でも大丈夫です。私の仕事ですから」

 無理に食い下がる必要もなく荷物を返す。受け取ったのは小さな手だった。彼女は買ってきた品々を店の奥に運ぶと、ラナの正面に座った。二人は最近度々会っている、ラナが寝不足なのもリリーを手伝って働いているからだ。

「お待たせ、ラナ」

「リリーちゃん。怪我してるの?」

「あ、ちょっとね」

 リリーが机に手をついた時、袖口から手首に巻かれた包帯がのぞいていた。普通に考えたらあのピアスの男にやられたと考えるのが妥当だ。

「やっぱりエルさん……市長さんに話したほうがいいと思う。凄くいい人だからきっと何とかしてくれるよ」

「できるの? 誓約の腕輪してるんだよね。あの人のことは話さないようにって言われてるんでしょ」

「うん。そうだけど。これただ痛いだけのタイプだから、我慢すれば大丈夫かなって」

「ラナが我慢強いのは知ってるけどさ。やめたほうがいいよ。廃人になったって話もあるから」

「そ、それは怖いね」
 
「私も人に言えないようになってるから無理だし」

 なるほどと納得する、俺に相談にこない理由はこういう事情があったようだ。どうせ友達のために後先考えずに同意したのだろう。

 リリーのほうも呪のこもった首輪をしている。いわゆる奴隷の首輪という魔道具になるのだろう。

 人に首輪をかけるとは反吐が出る行いだ。

「また来てたのか」

 はっと少女二人に緊張が走る。店の奥から現れたのはこの店のオーナーをやっているピアスをした男だ。額には刺青を入れ、髪はくすんだ茶色でアッシュカラーに近かった。典型的な不良少年というやつだ。

「で、返答は。いつまで時間かけてるんだよ」

「……」

 ラナは答えない、答えられなかったのだ。
 
「ふん。役に立たねえ友達を持ったな、リリー」

「ラナに酷いこと言わないで」 

「本当のことだろうが。こんなんじゃ市長様にもいずれ愛想つかされるんじゃねえか。使えねえやつだってな」

 ラナは反論することなく青ざめた顔で黙り込んでいた。いったいどうしたことだろう、男の言葉に過剰なまでに反応していた。

「ごめん、ラナ。今日はもう帰って」
 
「う、うん」

 リリーに言われてラナは逃げるように立ち去った。出口に向かう最中に俺とすれ違い、かすかに見えた。瞳を潤ませているのが。今にも泣き出しそうな表情をしていた。
 
 

 それから数日が経ち、祭日の予定日まで残すところあと数日となっていた。住民たちも出店の準備や有志による各地方のお祭りを再現する試みもあり、慌ただしさを増してきていた。
 
 その間ある程度の進展はあった。何人か破壊工作をするものを捕まえることができたのだ。こっそりと魔術の陣を書くもの、危険な魔術の触媒などを買いあさるものを捕まえた。そちらは簡単に足がついた。この小さな都市内でそんな怪しい動きをすればすぐに俺の耳に入る。この辺りは結局はいつ捕まえようと変わらない、厄介なのは尻尾を隠して虎視眈々と潜み続ける相手だ。

「あ、あの。お話が」
 
 偶然ラナと二人きりになると、彼女はそう切り出した。 

「構わない。なんだ?」

 しばらく言い淀んでいたが、やがて顔をあげた。
 
「私の友達と会ってもらえませんか」

「友達?」

「はい。親友です。昔喧嘩しちゃって、ずっと会っていなかったんですけど最近また偶然会えて、それで仲直りできたんです。……だけど今その子が困ってて、どうにか助けてあげたくて。でも私じゃ何もできないから、その子と会ってもらいたくて」

 つっかえつっかえに、わずかに言葉を震わせながらも必死に語る。

「私役立たずだったのに、いつも優しくしてくれて。だからどうしても恩返ししたいんです」

「……役立たずだったら何なんだ?」

 この言葉にラナは過剰に反応していたように見えた。聞き返したことでラナはぼうっとした表情で俺を見た。

「普通は面倒くさいって思ったり、一緒にいるのは嫌だったりします。役に立たないと無視されて、見捨てられてしまいます」

 ラナは目を逸らして、辛そうに口にする。

「じゃあ赤子のことをみんな嫌うか?」

「……いいえ」

「役に立つとか立たないとか、それは利害だ。利で付き合うのは真の友人とはいえない。突き詰めていえば傭兵と依頼主のような仮の関係だ。友人を助けたいという思いは間違ってない。立派な考えだ。だが利で繋ぎとめた関係は利益しだいですぐ傾くことになる」

 友人がろくにいない俺が言うのも説得力がないかもしれないが。

「でも、それなら私は何をするべきなんですか」

「するべきかじゃない。その人のために何ができるか、何をしたいかだ。俺は君を助けてやりたい。それは役に立つとかなんて関係ないことだ。確かに君がいて俺はずいぶん助かってるが、純粋に君は俺の友人だから助けたい」

「お友達、なんですか。私なんかが」

 自己肯定感の低さとでもいうか。ややネガティブなところがある。今までよほど辛い目にあってきたのだろうと思う。

「ああ。友人であり続けるためには信頼を裏切らないことだ。俺はそれ以外の何かを求めたりはしない。できることならばいつまでも君の友人でありたいと思ってる」

「ずっと、お友達なんですか?」

「ああ」

「……なんかちょっと複雑です」
 
 ううむ。若い子の考えはさっぱり分からない。だが話し合ったことで多少なりとも迷いは晴れたようだった。

「すいません。今の話は忘れてください」

 ラナは急にそう言うと、踵を返して扉から出ていった。かと思えばもう一度顔を見せる。

「ありがとうございました!」

 律儀にもそれだけ言って走っていった。
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