パーティーの仲間に冤罪を着せられた最強の剣士が魔王になって復讐をはたすまでの物語

一発逆転

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102話 覚悟

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 ラナはごくりと喉を鳴らす。緊張し過ぎて脂汗をかいていた。

 市長室から飛び出したあと、ラナがすぐに向かったのは親友のところだ。リリーの姿が見えなかったため、他の店員に話しかける。本当は知らない人に話しかけるのですら苦手だった。

「……すいません。オーナーに用事があるんですけど」

 見るからに怖い外見をした人はさらに苦手だ。昔に虐められていた記憶が蘇って身体が震える。それでもきちんと話し合わなければいけなかった。

 オーナーに大事な話があると伝えると、店の奥のとある部屋に通された。椅子つ机がある以外はほとんど何もない殺風景な部屋だった。窓もなくじめじめとした居心地の悪い場所だった。

 椅子に腰かけて少し待っているとオーナーの男がリリーと一緒に入ってきた。

「急に押しかけてきてどうした。市長と約束でもとりつけてきたか」

「いいえ」

 言葉を少し迷う、人の頼みを断ることに抵抗感があった。思い出すのは幼い頃のことだ。両親が亡くなって親戚中をたらい回しにされた時は本当に辛い日々だった。役に立たないと思われたら捨てられてしまうのだという、そういう思いがあった。だが思い切って口にする。

「ごめんなさい。信頼を裏切ることはできません」

「友達のことなんてどうでもいいってわけか。大人しそうに見えて強かじゃねえかよ」

 ピアスの男は鼻で笑った。

「違います。お金は私が立て替えます」

「どうやって払う気だよ。体でも売るか?」

「お店を畳めばある程度は。残りも全部必ず用意してきます」

 祖母からもらった髪飾りもある。友達のために使うのならば、きっと納得してくれるだろうと思った。大切な人たちのためにラナができることはこれぐらいだった。

「駄目だ。そんなはした金がほしいわけじゃねんだよ」

「ごめんなさい。他のことなら何でもします」

 頭を下げて頼み込む。

「考えを変える気はないってことか」

「ただお話がしたいというのなら私が必ず取り次ぎます。騙すような真似はしないで、きちんとお話を通すのでは駄目ですか」

「強情だな」
 
 他に説得する方法などなく、ただずっと頭を下げ続ける。だが急に身体を押されて尻もちをついた。
 
「たく。ほんと使えない」

 茫然として顔を上げる。

「リリーちゃん?」

「全部あんたが悪いのよ。私がこんな場所に来るはめになったのだって」
 
 リリーはいつになく憎々し気に吐き捨てた。ショックを受けるよりも状況が理解できなくて言葉を失った。

「良かったのか、リリー」 

「ふん。もういいわ。騙しても意味ないみたいだからね。暗示に切り替えて」

「暗示は見るやつが見ればすぐ分かるから使いたくなかったんだけどな、まあしょうがねえか」

「あとは任せた」と傍に控えていた男に命令を下して彼らは部屋から出ていった。残ったのは蔑むような嫌な目をした男とラナだけだった。
 
「リリーちゃん、待って!」
 
 踏み出しかけた足を止める、男に扉を塞がれたからだ。

「さて、大人しく言うことを聞くつもりはあるか」

「嫌です」

 きっぱりと断る。男の横を通り過ぎようと踏みだすと、目の前を革靴が塞いだ。咄嗟に腕で受け止めるが止めきれずに軽く吹き飛ばされた。壁に激突して、ぐらぐらと視界が揺れる。

「俺はアレーテイアじゃ人身売買やってたんだよ。お前みたいな亜人のガキを何人も躾て商品にしてきた。あんまり強情言ってると痛くするぜ」

 痛いのは慣れていた。ひとりぼっちは、もっとずっと辛い。

 逃げなくてはならない。友人たちに迷惑をかけないためにも。そのための手はあった。亜人が呼吸するように使う、身体能力を跳ね上げる技術があった。それを使えばきっと。

『変な耳』

『人間じゃないの?』

 昔を思い出すと、恐怖を覚えて体が芯から冷えてしまう。仲間外れにされるのが怖くて人前で使うことはなかった。人目を引くものはすべてがコンプレックスだった。だが甘えてなどいられなかった。何とか気力を奮い立たせて立ち上がった。

「いいぜ。すぐに分からせてやる。獣野郎」

 男は腰から下げていた鞭を手に取った。まともに当たれば相当痛い。だがそれだけだ。攻撃を受けて立ち止まらなければ逃げられる。

 覚悟を決めて踏み込んだ、同時に男の鞭が振るわれる。絶対に止まらないと決めていたが予想外のことに思わず立ちすくむ。男の振り下ろす腕がぴたりと止まっていた。

「そこまでにしておけ」

 それは聞き慣れた声だった。

「どうしてここに?」 

 いるはずのない人がそこにた。

 ◇◇◇◇◇◇

 俺はただならぬ様子のラナのあとを追い、バーに忍び込んでいた。気配を殺して様子を伺っていたのだが、ラナの危険を察知して踏み込んだ。

 あまり姿は晒したくなかったが仕方あるまい。悔いるよりも行動だ。手早くこの場を収めるしかなかった。まずは防音の風魔術を使う。助けを呼ばれるわけにはいかなかったからだ。

「何だお前は!」

 突然の乱入者に男は唾を飛ばして怒鳴った。

「邪魔すんじゃねえ!」

 男は自由なほうの腕で俺に殴りかかる、だが無駄だ。掴んだ腕を捻り上げると簡単に拳は逸れていった。俺は男の無防備な顔面に一撃を入れる。受け身も取れずに男は地面に叩きつけられ気を失った。

「無抵抗の女子供を殴るんじゃない」

 戦場に立つならばともかく。

 のびた男の首筋に手を当てる。脈はある、死んではいないようだった。すぐにこの男を処理する必要があった。どうするかと彷徨わせた視線の先でラナと目が合う。彼女はわずかに肩を震わせた。

「大丈夫か?」

「あ、あの、私」

「今はいい。試すようなことをして悪かったな」

 すぐにセレーネと連絡を取って人を寄越すように伝えた。俺の乱入のタイミングが良すぎるため普通に考えれば監視は看過される。何とか誤魔化さなければならなかった。
 
 しばらくすると突如として空中に黒い炎がともった。小さな灯りはどんどん大きく燃え上がり、中から黒い体毛と山羊の頭を持つ人間が現れた。

「よく来た」

「ご命令とあらば当然です」

 男は恭しい態度でお辞儀した。

「こいつに入れるか?」

「ええ、問題ありません。主導権を奪うとなるとかなり強引になりますが」

「いい。やれ」

 山羊の男は全身が黒い炎に包まれて、その姿が陽炎のように溶けていく。炎は生きているようにうねり、気絶した男にまとわりついた。

「あの、この方は?」

「魔族だ。知的生物の心に入り込むことができる」

 神話に出てくる悪魔の末裔などと言われているが、まったくそんなことはない。隙のある心に入り込み操ることができる。本来はかなり時間をかける必要があるが、かなり格下のため強引にしても問題はなかった。

 やがて完全に気絶していた男がむくりと起き上がった。彼が払うように手を振るとまとわりついていた火の粉が消えていく。

「おっと。主様。この体痛いです」

 たいそう痛そうに血まみれの顔を撫でる。

「悪いな。ここは任せる。上手く誤魔化して絶対に扉を開けるなよ。どうしても無理だと判断したら連絡しろ」

「お任せを」

 仰々しい態度で跪いた。それを見届けて俺は魔術を展開する。世界が揺らめくような感覚とともに一瞬後には市長室に転移していた。あらかじめ転移用の魔方陣を刻んでおいたのだ、緊急の移動に利便性が高い。

 すぐに再度セレーネに連絡し、ラナの代役ができる変身能力を持つもの、もしくは幻覚、幻影などそれに類する力を持つ亜人を呼ぶように命令した。相手の思惑通りに事を進ませれば一網打尽にするチャンスが生まれる。ラナに演技でやってもらうのは難易度が高すぎるだろう。

 座るように言って俺は温かい飲み物を用意する。湯気の立つカップを差し出すとラナは礼を言って受け取った。そこで俺もようやく一息ついた。ゆっくりと温かい味わう。ラナはやはりというか猫舌らしい。カップを両手で持ってちびちび飲み始めた。

「少しは落ち着いたか」

「……はい。ありがとうございます」

 少し俯いたまま言葉に迷っているようだった。

「怒って、ますよね?」

「そうだな」と肯定する。自分で自分を責めすぎる真面目なタイプは多少叱ってやったほうがいいものだ。

「どうしてすぐ俺に相談しなかった。自分一人で手が余る時は周りに助けを求めるべきだ」

「そ、それは」

「俺はそんなに頼りなかったか?」 

「そんなことは!」

 身を乗り出して否定した。

「ただ、私が臆病だっただけなんです」

「どうして助けを求めない。前もそうだったな」

 看守に絡まれても助けてと言わなかった。なぜそこまで助けを求めるのを恐れる必要があるのだろうか。

「最近凄く楽しいです。こんなに幸せなのは初めてだったんです。だから怖くなりました。また誰からも必要とされなくなったらどうしようって。ひとりぼっちになったらどうしようって。迷惑をかけたら見捨てられちゃうんじゃないかと思ったんです」

 きゅっと唇を結んだ。

「誰かから必要とされていたかったんです。ずっと。役に立っていれば私のことを見てくれから」

 ラナは自嘲気味に笑った。

「馬鹿ですね。そんなふうにしたって友達になれるわけじゃないのに。エルさんに言われて気づきました」

「確かにそうだ」

 そう言いつつ立ち上がって扉へ向かう。

「だが人が人を好きになるきっかけにはなってくれるものだ」

 扉を開けると、ルシャとレイチェルがバツの悪そうな顔で佇んでいた。聞き耳を立てていたのだ。セレーネから彼女らに伝わったのだろう。

「ほら、中に入ったらどうだ」

 どうやら俺が怒ってないと分かると二人は遠慮なく上がり込んだ。

「あ! ラナさん。怪我してます。大丈夫ですか?」

「どこの誰にやれたの!?」

「ルシャちゃん。レイチェルちゃん。どうして」

 ラナは二人のいきなりの登場に目を丸くした。

「ラナさんの様子がおかしいから心配してたんです。何か困ったことがあったら何でも相談してください」

「そうよ。悩み事があったらすぐ言いなさいよ。水臭いわね。あんな様子でいられちゃ迷惑なのよ。気になってしょうがないんだから」

 大粒の涙がラナの頬を伝うと、ルシャとレイチェルはびっくりして顔を見合わせた。  

「レイちゃんが冷たいこと言うからですよ」

「わ、私のせい?」

 レイチェルは困り顔でおろおろとする。

「違うの。嬉しくて」
 
 ラナは目の端の涙を拭って言う。

「みんなに会えて良かった」

「何よ急に、もう」

 そうやって三人は照れくさそうに笑い合う。 
 
「困った時は周りに頼ればいい。助けたいと思ってる人がいるんだから」 

 そう告げるとラナは静かに頷いた。

「私もう一度リリーちゃんと話したいです。助けてくれませんか」

「よく分からないけど分かったわ」

「はい。任せてください」

 若いというのはいいものだ。いろいろな可能性を秘めている。彼ら彼女らが正しき道に進めることを願いたいものだった。
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