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103話 釣り
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「リリーちゃんは友達だったんです」
ラナはあらたまってルシャたちにも事情を話し始めた。
「中学にあがってから知り合ったんです。男子のからかいや、女子の嫌がらせから守ってくれる優しい女の子でした。おかげで初めて学校が楽しかったです。ずっとひとりぼっちだったから、友達ができて凄く幸せでした」
ラナはとても懐かしそうにそう語る。だがしばらくしてその顔が曇った。
「だけど、ある時に好きな人がいるっていう話になって。応援してほしいって」
「あー。痴情のもつれね」
「そ、そこまでじゃないけどね」
レイチェルの言葉を苦笑いして否定する。
「私も何とか二人を応援しようとしてたんですけど……。ある日その男の子が私のことが好きだって言うんです」
「そこから愛の逃避行が始まるんですか?」
「話の腰を折るんじゃない」
二人に注意してラナに話を続けるように促した。
「ううん。断ったの。リリーちゃんにも悪かったから」
それなら揉め事が起きるとは思えないが、などと考えるほど俺は人を清廉な生き物だとは思っていなかった。
「でもその次の日」
──ラナがいつも通りに学校に行くと、教室の様子がおかしかったという。リリーと知り合う前のように冷たい、それどころかそれ以上の悪い空気が渦巻いていた。
『お、おはよう』
ラナはすぐにそう挨拶をした、だがリリーはそれを無視して、教室から出ていった。そんな彼女をラナは慌てて追いかけていったのだ。
『リリーちゃん。待って。私何かしちゃったかな? それなら謝るから』
『変な噂があるんだよね』
唐突に告げて、訳の分からないラナにさらに言い募った。
『昨日二人で一緒にいたんだってね』
『そ、それは。そうだけど……』
『彼に告白したんだってね。付き合ってほしいって。ラナのほうが私よりずっと相応しい相手だ、なんて言ったらしいじゃない』
『ち、ちが。私そんなこと』
『友達だと思ってたのに』
ばちんという音とともに目の前に火花が飛び散ったような熱さをラナは感じて、やや遅く認識した。叩かれたのだと。
結局それから誤解が解けることはなく、二人は互いに疎遠になっていった──。
「それから、学校のみんなに虐められました。女の子みんな敵です。もともとリリーちゃんがいなければ友達なんていなかったんですけど」
「許せないわね。振られたからって嘘つくなんて屑よ、屑」
「なんたるかっこ悪い人ですか! 悪党の風上にもおけません! ですよね、マスター」
「そうだな」と適当に返答する。
「それでもう不登校になって。助けてくれたのはお祖母ちゃんだけでした。本当にあの時は外に出るだけで気分が悪くなって。人目につくのが、どうしても怖くて」
トラウマが蘇ったのかラナはぶるぶる身体を震わせた。話もちょうど区切りがつき、それ以上続けることはなかった。
「いずれ彼女たちを捕縛するつもりだ。君はどうしたい」
「リリーちゃん本当は凄くいい子なんです。いつも優しくて、大好きだったんです。なのに私のせいであんなに苦しませてしまって。……だから前みたいに笑ってほしくて」
君のせいじゃない、そう言って納得できるような性格ならもともとこんなに自分を責めることもないだろう。百万言を費やすよりもただ一度の行動をするべきだ、その後押しをするだけでいい。
「ちゃんと話し合いたいです。どんな結末になったとしても。今度は逃げずに向き合ってみます」
ラナの表情にはもう曇りはなかった。
そう簡単に願いが叶うことはないと承知している。そこまでこの世界は優しくはない。だがそんな世界でも他人に優しくできる人がいうのなら、どうにか傷つかないですむようにしてやりたかった。
薄暗い室内で沸き上がった粗野な笑い声が耳を打つ。青白い灯りに照らされていくつもの影が揺らめていた。俺は最近入り浸っている安っぽいバーにまたも足を運び、そんな店内の様子を静かに眺めていた。バカ騒ぎをする客層のせいもあるのか、どうも肌に合わないところだ。
「まったく。やかましいな」
「おいおい。今は問題起こすのはまずいだろ」
俺の独り言を拾ったのはザルドだった。脛に傷を持つ男だ、この空間にすっかり馴染んでいた。
「お前は俺を何だと思ってるんだ。別に何もしやしない。争いごとをむやみに起こすわけじゃない」
「そりゃ初耳だ。戦闘大好き人間だと思ってた」
会話中に近づいてくる人影を察知して適当に話を続けろと目でザルドに合図する。見かけは和やかに談笑する俺たちのもとに訪れる男がいた。品のないピアスをいくつもつけた青年だ。彼はこの店のオーナーであり、書類で確認した名前はベインという。
「ちょっといいか。あんたらレストの傭兵じゃないか」
「ああ。そうだ。ここでの依頼を終えてな。もう帰るところだ」
ザルドが応対する。俺もようやくきたかと気を引き締めた。
こんなところでザルドと二人でいたのはもちろん理由がある。結局は俺も彼ら潜伏した罪人の男たちと接触することに決めた。仲間に入って情報をすべて聞き出すことが手っ取り早いのだ。既に部下を一人潜入させてはいるが、俺もいたほうが臨機応変に動ける。
そしてどうやって接触するか、その方法は端的に言えば釣りになる。俺がザルドと行動をともにしているのはその手段だ。
「悪いが傭兵の証を見せてもらえるか」
「ほらよ」
彼がポケットから無造作に取り出したのは鉄のチェーンがついた硬貨だった。人間の頭蓋骨をモチーフにした紋章が刻印がされている見慣れぬものだ。身分を証明する魔道具になる。普通の傭兵は首から下げているそうだが、この男はそんな可愛げなどないらしい。
だがもの自体は間違いなく本物のため疑われようもない。オーナーの青年も特に疑問に思うこともなく納得したようだった。
これが今回の狙いだ。ザルドと口裏を合わせることでやつらの中に入り込む。
「待って。傭兵なんて信用できるの」
後ろについていたウェイトレスの少女、リリーがこそこそと口にする。
「大丈夫だ。親父に聞いたことがある。レストの誓いは絶対の掟だ。依頼主を裏切ること、傭兵を裏切ること、そのどちらも不可能だって話だ。もしレストの傭兵が依頼主を裏切って殺したりすれば、呪われる。逆もそうだ」
彼はだからと言葉を続ける。
「こうやって先に前金渡しておけば安心だ。仮の依頼主になれる」
指で弾かれた硬貨が宙を舞う。俺はそれをしっかり目で捉えていた。
さすが監獄都市の事情に明るいようだが、感心してはいられない。障害となるのはまさにここだ。契約を成立させるわけにはいかない。
二枚放られた銅貨を空中で掴み取る、そしてこっそり手の中に隠していたものとすり替えてザルドに手渡した。
気づかれてはいない。怪しむような素振りはなかった。成功だ。
「あんたらの実力が知りたい。何番だ」
「運がいいな、あんたら。俺様は何と20番台だぜ」
ザルドは答え、そして次にわざとらしく俺のほうを手で示す。
「そしてこの御仁はなんと一桁でいらっしゃる」
ザルドは今明確な嘘をついている。だが問題ない、レストの傭兵と依頼主との間に結ばれる呪術契約は金銭対価を受け取ることによって生じる。つまり今ザルドは完全に信用された状態で好きに嘘をつける、まるで水を得た魚のように俺の隣で噓八百を並べ立てていた。
「詳しい話は奥でしよう」
「ああ。俺が話を聞いておく。先に戻って準備しておけ」
「了解だ」
ザルドをさっさと追い出し、その間際に青年たちの死角でザルドの傭兵の証を受け取る。さりげなく手首に巻いて、見えるような位置に置いておく。これにて偽傭兵の完成だった。もはや看過されるはずがなかった。
場所を応接室に移し、青年は椅子にどっかりと座り込むと重々しく口を開いた。
「市長を殺すのに協力してほしい」
「受けよう。金はそれなりにもらうがな」
「さすが話が早いな」
「それで使えるやつは何人いるんだ。市長は亜人と手を組んで強力な氏族が常に護衛についている。駒は多いほうがいい」
「分かる範囲では俺たちの他に5人いる」
「名前は?」
彼がいくつか口にしたその前は資料の中にいた人間たちだ。だが即座に捕縛することはしない。保険としてダミー情報を言った可能性もあるからだ。
「これで全部か?」
彼は少し困ったように顎に手を当てた。
「それが俺たちも分からん。監獄都市にいた時、農業ブロックや工業ブロック出身だったら顔を知ってるんだがな。重罪犯が集まる棟は他のところは違うやつがまとめてるから知らないんだよ」
「協力しないのか?」
「そんなまともな頭のやつが監獄都市にぶち込まれねーってことだ。特に重警備棟はいかれた野郎が多かった。殺人鬼とかマフィアとか職業殺し屋とかやべえやつらばっかだ。幸い向こうのボスだったやつがいるんだが、話なんてまったくできねえんだよ」
「そっちは俺が話を付けよう。居場所を教えてくれ」
立ち上がり、さっさと向かおうとする俺を呼び止めた声があった。
「待ちなさいよ。私もついて行くわ」
リリーが肩を張ってそう言い放った。
「監視なら必要ない。待っていればすぐ終わる。もう日が沈んでる。女性が出歩くのは良くない」
「悪いけど私は自分以外信じてないの」
俺と話し合いをする気はないのか、それだけ言って歩き出した。
「案内するから少し離れてついてきなさい」
「了解しましたとも。お嬢さん」
さっさと片付けるかと思い、ふと奇妙な話だと思った。自分の暗殺計画のために邁進するなんて。
先行くリリーの背中は小さく頼りない、佇まいからしてもそれほど武闘派とも思えなかった。俺を警戒してはいるのは間違いないが、訓練を受けているものの動きではなかった。すこし険悪な態度を除けば雰囲気はどこにでもいるような女の子だ。傍目には犯罪を犯してこんな場所に来たとは思えない。
「君は何をしてここに」
答えがなかったため言葉を重ねる。
「安心しろ。他に話しはしない」
「しつこいわね。ただの喧嘩よ。運悪く相手に大怪我させちゃってね」
リリーは肩越しに少しだけ振り返って答えた。基本的にこの年齢で監獄都市に来るには初犯ではないだろう。荒んだ生活を送っていたに違いない。
「あの彼とはどういう関係なんだ」
「助けてあげたのよ」
「助けた?」
「囚人同士のちょっと大きなごたごたがあってね。仲間に裏切り者がいて殺されるところだったの。彼って意外と甘いから、身内を疑わないのよ」
「……そうか」
「もういい? 無駄話はしたくないの」
「悪かった、もう結構だ」
もはや日も落ちきり、街灯もそれほど多くない自由都市は暗闇に包まれていた。昼間とは違い、寂しさを感じるほど静かだった。
だが案内にしがたって到達した工房の窓からは強い光が発せられ、カン、カンと鉄を叩く鍛造の音色が聞こえてきた。きたる祭事に向けてフル稼働中となっていた。
「ほらあそこで作業してるやつ、あいつよ」
指さした先にいたのは顔に大きな刺青のある屈強そうな男だった。黙々と作業する真面目な態度であったが確かに間違いないだろう、目が違う。人殺しの目をしていた。
「武器を手に入れるためにここに潜り込んでるのよ。人手が足りないから入りやすいしね。……って、ちょっと。何やって」
制止を振り切り俺はシャッターのあいた工房に無遠慮に歩み寄った、そして近くの手頃な男に声をかける。
「悪いが近くに宿がないか教えてくれないか?」
全員が俺に注目した、当然狙いの男もそうだった。その瞬間に刺青の男の背後の影が蠢き、音もなく彼を影に引きずり込んだ。近くに潜んでいるレイチェルの魔術だ。一切の光が届かぬ闇夜の世界に引きずりんむ。地の利もあり、影の中ではアステールやルシャたちが待ち構えている、問題なく制圧することだろう。
誰にも気づかれずに目的をはたすと、工場の男に礼を言って会話を終わらせ、リリーのもとに戻った。
「終わったぞ」
「……やるじゃない」
リリーは呆気に取られたように口を開け、それだけをようやく言ったのだった、
「さすがレストの傭兵だ。優秀だな」
えらく上機嫌でピアスの男、ベインは言う。まさかここまで早く方がつくとは思っていなかったようだ。先ほどから感心しきりだった。
「お世辞はいいさ。今後の話をしよう」
視線だけで指示した先には拘束した男が椅子に座らせてあった。何度も暴れるため、ひときわ念入りに縛られている。絶体絶命の状況でも怯えた様子はない辺り、修羅場をくぐってきたということだ。
「俺たちに協力してもらう」
「小僧が調子に乗るんじゃねえ。殺してやろうか」
ベインはわずかに怯んだように後退した。
「悪い話じゃない。計画がある」
「計画だと」
「ああ。こいつに市長をおびき出してもらう」
ベインの合図で表れたのは男女の二人組だ。1人はラナで、もう1人は部下の魔族が憑依している男だった。リリーとラナの間で会話が発生する可能性がある以上、偽物では見破られる危険性もある。本人の志願もあって、今ラナは生身でこの場にいた。
もし彼女に大きな怪我をさせれば周囲に不信に思われる。乱暴されるようなことはないはずだ。それに魔族の男もいる、魔族は聖属性に弱いため、そこは注意する必要があるが、ラナを守ることぐらいはできるだろう。
「間違いはないんだろうな」
「ご要望通りにしておいた。問題ない」
魔族の男は俺に向かって意味ありげに口の端を吊り上げた。多少目立ちたがり屋なところが悪癖と聞いたがまさにその通りだった。
「そいつは何だ」
「市長の女だ。ずいぶんと信用されてるってな。今は暗示で大人しくさせてる」
「ほう……」
刺青の男はラナを検分するようにじっくりと見つめ、やがて承諾した。
「分かった。協力してやるよ」
「よし。助かるぜ」
ラナは暗い瞳で、元気がなさそうにずっと俯いたままだった。そんな彼女に対してリリーは背中を向けていて、一切目を合わせようとしなかった。
「いろいろわだかまりもあるが、ひとまず忘れようぜ。ことがすめば俺ら全員はれて自由の身だ」
微妙な空気をかき消すようにベインは宣言する。それでわずかな緊張感の中、目的をともにする人々の気持ちは一丸となったような気がする。
狙いが俺の暗殺でないのなら応援してやりたいとも思える。だが申し訳ないが──躊躇は一切ないが──彼らを絶望の淵に叩き落とさせてもらうとしよう。
ラナはあらたまってルシャたちにも事情を話し始めた。
「中学にあがってから知り合ったんです。男子のからかいや、女子の嫌がらせから守ってくれる優しい女の子でした。おかげで初めて学校が楽しかったです。ずっとひとりぼっちだったから、友達ができて凄く幸せでした」
ラナはとても懐かしそうにそう語る。だがしばらくしてその顔が曇った。
「だけど、ある時に好きな人がいるっていう話になって。応援してほしいって」
「あー。痴情のもつれね」
「そ、そこまでじゃないけどね」
レイチェルの言葉を苦笑いして否定する。
「私も何とか二人を応援しようとしてたんですけど……。ある日その男の子が私のことが好きだって言うんです」
「そこから愛の逃避行が始まるんですか?」
「話の腰を折るんじゃない」
二人に注意してラナに話を続けるように促した。
「ううん。断ったの。リリーちゃんにも悪かったから」
それなら揉め事が起きるとは思えないが、などと考えるほど俺は人を清廉な生き物だとは思っていなかった。
「でもその次の日」
──ラナがいつも通りに学校に行くと、教室の様子がおかしかったという。リリーと知り合う前のように冷たい、それどころかそれ以上の悪い空気が渦巻いていた。
『お、おはよう』
ラナはすぐにそう挨拶をした、だがリリーはそれを無視して、教室から出ていった。そんな彼女をラナは慌てて追いかけていったのだ。
『リリーちゃん。待って。私何かしちゃったかな? それなら謝るから』
『変な噂があるんだよね』
唐突に告げて、訳の分からないラナにさらに言い募った。
『昨日二人で一緒にいたんだってね』
『そ、それは。そうだけど……』
『彼に告白したんだってね。付き合ってほしいって。ラナのほうが私よりずっと相応しい相手だ、なんて言ったらしいじゃない』
『ち、ちが。私そんなこと』
『友達だと思ってたのに』
ばちんという音とともに目の前に火花が飛び散ったような熱さをラナは感じて、やや遅く認識した。叩かれたのだと。
結局それから誤解が解けることはなく、二人は互いに疎遠になっていった──。
「それから、学校のみんなに虐められました。女の子みんな敵です。もともとリリーちゃんがいなければ友達なんていなかったんですけど」
「許せないわね。振られたからって嘘つくなんて屑よ、屑」
「なんたるかっこ悪い人ですか! 悪党の風上にもおけません! ですよね、マスター」
「そうだな」と適当に返答する。
「それでもう不登校になって。助けてくれたのはお祖母ちゃんだけでした。本当にあの時は外に出るだけで気分が悪くなって。人目につくのが、どうしても怖くて」
トラウマが蘇ったのかラナはぶるぶる身体を震わせた。話もちょうど区切りがつき、それ以上続けることはなかった。
「いずれ彼女たちを捕縛するつもりだ。君はどうしたい」
「リリーちゃん本当は凄くいい子なんです。いつも優しくて、大好きだったんです。なのに私のせいであんなに苦しませてしまって。……だから前みたいに笑ってほしくて」
君のせいじゃない、そう言って納得できるような性格ならもともとこんなに自分を責めることもないだろう。百万言を費やすよりもただ一度の行動をするべきだ、その後押しをするだけでいい。
「ちゃんと話し合いたいです。どんな結末になったとしても。今度は逃げずに向き合ってみます」
ラナの表情にはもう曇りはなかった。
そう簡単に願いが叶うことはないと承知している。そこまでこの世界は優しくはない。だがそんな世界でも他人に優しくできる人がいうのなら、どうにか傷つかないですむようにしてやりたかった。
薄暗い室内で沸き上がった粗野な笑い声が耳を打つ。青白い灯りに照らされていくつもの影が揺らめていた。俺は最近入り浸っている安っぽいバーにまたも足を運び、そんな店内の様子を静かに眺めていた。バカ騒ぎをする客層のせいもあるのか、どうも肌に合わないところだ。
「まったく。やかましいな」
「おいおい。今は問題起こすのはまずいだろ」
俺の独り言を拾ったのはザルドだった。脛に傷を持つ男だ、この空間にすっかり馴染んでいた。
「お前は俺を何だと思ってるんだ。別に何もしやしない。争いごとをむやみに起こすわけじゃない」
「そりゃ初耳だ。戦闘大好き人間だと思ってた」
会話中に近づいてくる人影を察知して適当に話を続けろと目でザルドに合図する。見かけは和やかに談笑する俺たちのもとに訪れる男がいた。品のないピアスをいくつもつけた青年だ。彼はこの店のオーナーであり、書類で確認した名前はベインという。
「ちょっといいか。あんたらレストの傭兵じゃないか」
「ああ。そうだ。ここでの依頼を終えてな。もう帰るところだ」
ザルドが応対する。俺もようやくきたかと気を引き締めた。
こんなところでザルドと二人でいたのはもちろん理由がある。結局は俺も彼ら潜伏した罪人の男たちと接触することに決めた。仲間に入って情報をすべて聞き出すことが手っ取り早いのだ。既に部下を一人潜入させてはいるが、俺もいたほうが臨機応変に動ける。
そしてどうやって接触するか、その方法は端的に言えば釣りになる。俺がザルドと行動をともにしているのはその手段だ。
「悪いが傭兵の証を見せてもらえるか」
「ほらよ」
彼がポケットから無造作に取り出したのは鉄のチェーンがついた硬貨だった。人間の頭蓋骨をモチーフにした紋章が刻印がされている見慣れぬものだ。身分を証明する魔道具になる。普通の傭兵は首から下げているそうだが、この男はそんな可愛げなどないらしい。
だがもの自体は間違いなく本物のため疑われようもない。オーナーの青年も特に疑問に思うこともなく納得したようだった。
これが今回の狙いだ。ザルドと口裏を合わせることでやつらの中に入り込む。
「待って。傭兵なんて信用できるの」
後ろについていたウェイトレスの少女、リリーがこそこそと口にする。
「大丈夫だ。親父に聞いたことがある。レストの誓いは絶対の掟だ。依頼主を裏切ること、傭兵を裏切ること、そのどちらも不可能だって話だ。もしレストの傭兵が依頼主を裏切って殺したりすれば、呪われる。逆もそうだ」
彼はだからと言葉を続ける。
「こうやって先に前金渡しておけば安心だ。仮の依頼主になれる」
指で弾かれた硬貨が宙を舞う。俺はそれをしっかり目で捉えていた。
さすが監獄都市の事情に明るいようだが、感心してはいられない。障害となるのはまさにここだ。契約を成立させるわけにはいかない。
二枚放られた銅貨を空中で掴み取る、そしてこっそり手の中に隠していたものとすり替えてザルドに手渡した。
気づかれてはいない。怪しむような素振りはなかった。成功だ。
「あんたらの実力が知りたい。何番だ」
「運がいいな、あんたら。俺様は何と20番台だぜ」
ザルドは答え、そして次にわざとらしく俺のほうを手で示す。
「そしてこの御仁はなんと一桁でいらっしゃる」
ザルドは今明確な嘘をついている。だが問題ない、レストの傭兵と依頼主との間に結ばれる呪術契約は金銭対価を受け取ることによって生じる。つまり今ザルドは完全に信用された状態で好きに嘘をつける、まるで水を得た魚のように俺の隣で噓八百を並べ立てていた。
「詳しい話は奥でしよう」
「ああ。俺が話を聞いておく。先に戻って準備しておけ」
「了解だ」
ザルドをさっさと追い出し、その間際に青年たちの死角でザルドの傭兵の証を受け取る。さりげなく手首に巻いて、見えるような位置に置いておく。これにて偽傭兵の完成だった。もはや看過されるはずがなかった。
場所を応接室に移し、青年は椅子にどっかりと座り込むと重々しく口を開いた。
「市長を殺すのに協力してほしい」
「受けよう。金はそれなりにもらうがな」
「さすが話が早いな」
「それで使えるやつは何人いるんだ。市長は亜人と手を組んで強力な氏族が常に護衛についている。駒は多いほうがいい」
「分かる範囲では俺たちの他に5人いる」
「名前は?」
彼がいくつか口にしたその前は資料の中にいた人間たちだ。だが即座に捕縛することはしない。保険としてダミー情報を言った可能性もあるからだ。
「これで全部か?」
彼は少し困ったように顎に手を当てた。
「それが俺たちも分からん。監獄都市にいた時、農業ブロックや工業ブロック出身だったら顔を知ってるんだがな。重罪犯が集まる棟は他のところは違うやつがまとめてるから知らないんだよ」
「協力しないのか?」
「そんなまともな頭のやつが監獄都市にぶち込まれねーってことだ。特に重警備棟はいかれた野郎が多かった。殺人鬼とかマフィアとか職業殺し屋とかやべえやつらばっかだ。幸い向こうのボスだったやつがいるんだが、話なんてまったくできねえんだよ」
「そっちは俺が話を付けよう。居場所を教えてくれ」
立ち上がり、さっさと向かおうとする俺を呼び止めた声があった。
「待ちなさいよ。私もついて行くわ」
リリーが肩を張ってそう言い放った。
「監視なら必要ない。待っていればすぐ終わる。もう日が沈んでる。女性が出歩くのは良くない」
「悪いけど私は自分以外信じてないの」
俺と話し合いをする気はないのか、それだけ言って歩き出した。
「案内するから少し離れてついてきなさい」
「了解しましたとも。お嬢さん」
さっさと片付けるかと思い、ふと奇妙な話だと思った。自分の暗殺計画のために邁進するなんて。
先行くリリーの背中は小さく頼りない、佇まいからしてもそれほど武闘派とも思えなかった。俺を警戒してはいるのは間違いないが、訓練を受けているものの動きではなかった。すこし険悪な態度を除けば雰囲気はどこにでもいるような女の子だ。傍目には犯罪を犯してこんな場所に来たとは思えない。
「君は何をしてここに」
答えがなかったため言葉を重ねる。
「安心しろ。他に話しはしない」
「しつこいわね。ただの喧嘩よ。運悪く相手に大怪我させちゃってね」
リリーは肩越しに少しだけ振り返って答えた。基本的にこの年齢で監獄都市に来るには初犯ではないだろう。荒んだ生活を送っていたに違いない。
「あの彼とはどういう関係なんだ」
「助けてあげたのよ」
「助けた?」
「囚人同士のちょっと大きなごたごたがあってね。仲間に裏切り者がいて殺されるところだったの。彼って意外と甘いから、身内を疑わないのよ」
「……そうか」
「もういい? 無駄話はしたくないの」
「悪かった、もう結構だ」
もはや日も落ちきり、街灯もそれほど多くない自由都市は暗闇に包まれていた。昼間とは違い、寂しさを感じるほど静かだった。
だが案内にしがたって到達した工房の窓からは強い光が発せられ、カン、カンと鉄を叩く鍛造の音色が聞こえてきた。きたる祭事に向けてフル稼働中となっていた。
「ほらあそこで作業してるやつ、あいつよ」
指さした先にいたのは顔に大きな刺青のある屈強そうな男だった。黙々と作業する真面目な態度であったが確かに間違いないだろう、目が違う。人殺しの目をしていた。
「武器を手に入れるためにここに潜り込んでるのよ。人手が足りないから入りやすいしね。……って、ちょっと。何やって」
制止を振り切り俺はシャッターのあいた工房に無遠慮に歩み寄った、そして近くの手頃な男に声をかける。
「悪いが近くに宿がないか教えてくれないか?」
全員が俺に注目した、当然狙いの男もそうだった。その瞬間に刺青の男の背後の影が蠢き、音もなく彼を影に引きずり込んだ。近くに潜んでいるレイチェルの魔術だ。一切の光が届かぬ闇夜の世界に引きずりんむ。地の利もあり、影の中ではアステールやルシャたちが待ち構えている、問題なく制圧することだろう。
誰にも気づかれずに目的をはたすと、工場の男に礼を言って会話を終わらせ、リリーのもとに戻った。
「終わったぞ」
「……やるじゃない」
リリーは呆気に取られたように口を開け、それだけをようやく言ったのだった、
「さすがレストの傭兵だ。優秀だな」
えらく上機嫌でピアスの男、ベインは言う。まさかここまで早く方がつくとは思っていなかったようだ。先ほどから感心しきりだった。
「お世辞はいいさ。今後の話をしよう」
視線だけで指示した先には拘束した男が椅子に座らせてあった。何度も暴れるため、ひときわ念入りに縛られている。絶体絶命の状況でも怯えた様子はない辺り、修羅場をくぐってきたということだ。
「俺たちに協力してもらう」
「小僧が調子に乗るんじゃねえ。殺してやろうか」
ベインはわずかに怯んだように後退した。
「悪い話じゃない。計画がある」
「計画だと」
「ああ。こいつに市長をおびき出してもらう」
ベインの合図で表れたのは男女の二人組だ。1人はラナで、もう1人は部下の魔族が憑依している男だった。リリーとラナの間で会話が発生する可能性がある以上、偽物では見破られる危険性もある。本人の志願もあって、今ラナは生身でこの場にいた。
もし彼女に大きな怪我をさせれば周囲に不信に思われる。乱暴されるようなことはないはずだ。それに魔族の男もいる、魔族は聖属性に弱いため、そこは注意する必要があるが、ラナを守ることぐらいはできるだろう。
「間違いはないんだろうな」
「ご要望通りにしておいた。問題ない」
魔族の男は俺に向かって意味ありげに口の端を吊り上げた。多少目立ちたがり屋なところが悪癖と聞いたがまさにその通りだった。
「そいつは何だ」
「市長の女だ。ずいぶんと信用されてるってな。今は暗示で大人しくさせてる」
「ほう……」
刺青の男はラナを検分するようにじっくりと見つめ、やがて承諾した。
「分かった。協力してやるよ」
「よし。助かるぜ」
ラナは暗い瞳で、元気がなさそうにずっと俯いたままだった。そんな彼女に対してリリーは背中を向けていて、一切目を合わせようとしなかった。
「いろいろわだかまりもあるが、ひとまず忘れようぜ。ことがすめば俺ら全員はれて自由の身だ」
微妙な空気をかき消すようにベインは宣言する。それでわずかな緊張感の中、目的をともにする人々の気持ちは一丸となったような気がする。
狙いが俺の暗殺でないのなら応援してやりたいとも思える。だが申し訳ないが──躊躇は一切ないが──彼らを絶望の淵に叩き落とさせてもらうとしよう。
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[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品]
冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた!
物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。
職人ギルドから追放された美少女ソフィア。
逃亡中の魔法使いノエル。
騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。
彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。
カクヨムにて完結済み。
( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
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パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
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【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
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