パーティーの仲間に冤罪を着せられた最強の剣士が魔王になって復讐をはたすまでの物語

一発逆転

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104話 意地

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 暗殺計画の決行時刻となったのは夜半のことだ。満点の月明かりに照らされている町中には人気はない。ラナには市長を夜半に呼び出せという指示をしたためだ。この時刻に女性から家に誘われれば男なら一人で来るとで思ったのだろう。

「来た」

 誰かがそう囁いた。この計画のために集まった偽りの仲間たちの男たちだ。暗闇の中で動く影がある。周囲を警戒したように歩く人影が足早に現れて、ラナの家の中へと入っていった。実際は俺はここにいるため、それはレイチェルが扱う影人形だ。

「部屋に入って少ししたら踏み込むぞ。みんな周囲を固めろ」

 家の鍵は用意してある。音もなく忍び込むことが可能だった。暗殺手法としてはラナに毒殺させるという手もあるが、殺人等のあまりに強い拒絶反応がある命令を出すと、暗示が解ける可能性もある。何より自分たちの手でやったほうが確実だった。

 指示を受けて男たちが散会していく。狙い通り暗殺者の全員集合になった。俺も自分の所定の位置へと足を向ける。真っ先に踏み込む先頭の位置だ。殺しを傭兵にやらせれば、ことが発覚したあとにはもう犯人はいないわけだ。

「おい。クソ傭兵野郎。お前が先に行け」

「口が悪いな」

 俺の相方は重警備棟のリーダーであった刺青の男だ。荒事に慣れていることもあり、彼が暴走しないように見張る役目もかねているのだ。どうにも先の一件でずいぶんと嫌われてしまったらしい、別に構わないことだが。

 そろそろ時間も時間だ、俺も動き出すべきだろう。

「あれは」

 俺はあさってのほうを指で指してみせる。

「なんだ?」

 男が背中を向けた瞬間、俺は彼の後頭部をぶん殴った。「がっ」とうめき声をあげて男はなすすべなく昏倒する。かなり古典的な手法だったが、油断した相手を制圧する容易い仕事だった。

「信頼を裏切るっていうのはあまりいい気分じゃないな。敵とはいえ」

 だがやることに変わりはない。

「1人も逃すな」

 隠れていた仲間たちに伝令を送ると、闇夜の中でいくつもの影が動き出した。



「誰かが裏切ったのよ」

「くそ。いったい誰が」

 俺がもと居た場所にとんぼ返りし、リリーたちのところに到着すると、リリーとベインの二人はもめにもめていた。当然といえば当然か。彼らからしてみればどこから情報が漏れたか不思議であろう。仲間たちが襲われていく状態に動揺を隠せていなかった。

「っ。考えても仕方ないわね。逃げましょう」

「ああ。そうだな」

 話がまとまって逃亡を企てたところで、彼らはようやく俺の存在に気付いた。特に気配を消していたわけでもないため、それだけ注意力が逸れていたということだ。

「まさかあんたが」

「馬鹿な! 傭兵が裏切れるわけがない」

 ベインの表情は心底疑問に思っているようなものだった。

「その通りだ。レストの傭兵は依頼主を裏切れない。だが残念ながら俺は傭兵じゃない」

 言うが早いか一気に踏み込んだ。抜刀せずに剣の鞘を腹部に打ち込む。

「くそ。てめえ」

「悪いな」

 ベインが倒れ、ただ一人残されたリリーは動揺をあらわにした。だが数拍の間にて我に返り、即座に臨戦態勢をとった。戦い慣れていないわりには素早い行動だ。

「アーススパイク」

 リリーが唱えることで俺の周囲の足元の土が剣状に成形され、刺し貫かんとせり上がった。肩と足に向けた2本の土の槍が迫る、だがそれを体をずらして軽く避ける。やはり戦い慣れてはいない、急所を狙わないところも甘さが垣間見えた。

「やめておけ。君では俺は倒せない」

 リリーは歯の根を鳴らし俺を睨みつけた。

 土水火風の四元素に光と闇を加えたものが魔術の基本の属性になる。この外にあるのが生の神に由来する聖属性、そして死の神のもとにある呪い。さらに暗示などに代表される虚無系統であり、時空間魔術もここに入る。そして最後が既存の魔術系統の枠組みで分類できない未知のもの、それが暗黒系統の魔術だ。主に個人が保有する特異な魔術などが全部ここにぶち込まれている。

 俺は既存の魔術の知識はほぼ網羅している。基本属性を無音詠唱も詠唱破棄もしないのでは、負ける要素がなかった。

 俺への攻撃を諦めたリリーは逃げ出そうとするも、近づく小さな足音を捉えてそちらに視線を移す。そこにいたのは。

「……ラナ」

「リリーちゃん」

 少しの距離を置いて二人は向き合った。

「どうやったか知らないけど、あんたの仕業ね」

「まだ間にあうよ。こんなことはやめて。罪を重ねちゃ駄目だよ」

「説教するつもり? 言っとくけど、ここまでコケにされて、引き下がれると思ってるの」

 今の彼女は怒りのあまり感情的になっている、こうも絶体絶命の状況では本音は出てこないであろう。

「彼女は君に任せる。好きに話してみるといい」

「ありがとうございます」

 ラナはぺこりと頭を下げた。

 俺はピアスの男の背中に触れ、転移魔術で彼を飛ばすとその場から離れる。といっても本当に二人きりにはしない。気配を消して様子を窺っていた。何か不測の事態があれば割って入るが、そうでなければこの場はラナに任せるつもりだった。

「いったいなんのつもり」
 
 リリーは訝し気に眉をひそめる。何らかの罠があるのではと辺りに視線を巡らしていた。

「ごめんなさい」

 唐突な言葉にリリーも呆気に取られたようだった。

「傷つけてごめんなさい。私がもっとしっかりしてれば良かったのに。だけど誤解なの。私はリリーちゃんを裏切ったりしてない」
 
 その必死な懇願に対してリリーは、

「馬鹿じゃないの。どこまでおめでたいのよ。あんた」

 乱暴に吐き捨てた。

「あんたみたいなどんくさいのと本気で友達になるわけないでしょ。男ってみんな優しいふりをした女の子が好きなのよ。だからわざわざ面倒見てやってたの。他人の顔色伺ってばっかりで、本当は苛々させられてたのよ」
 
 言葉を失っているラナに対して続ける。

「あの噂のことなら私が流したのよ。ラナが迫ったってね。あんたが調子に乗ってるからよ」

「リリーちゃん」

 唇を震わせて、今にも泣き出しそうだった。信じていたものに裏切られたばかりか、過去の思い出までもが汚されたのだ。その悲しみは計り知れない。

「それじゃ私は逃げさせてもらうわ。あんたが馬鹿で良かった」

 ラナは目元を拭って、逃げようとする彼女の前に立ちふさがった。

「ごめんね。それはできないよ」

「できないならどうするつもりなのよ。あんたに何ができるっていうの」

 つむじ風が巻き起こり、砂を持ちあげながらうなりを上げる。すぐに砂渦となってラナの身体に襲い掛かる。視界を奪うような魔術だが、風に飛ばされて大小の石が飛んでくる。

「っ」

 砂や石は守護壁が弾いていた、だが風に乗って飛んでくるのはそれだけではない。守護壁を通り抜ける小型の刃物がラナの腕を切り裂いて、はじけ飛んだ鮮血が点々と地面を濡らす。ラナは苦し気に顔を歪めた。

「ほら。何もできないでしょ。他人に頼ってばかりで自分で何かを変えようとはしない。あんたを見てるとむかつくのよ!」

  リリーの怒声にラナも負けじと答えた。

「確かに前はそうだったと思う。でも今は違うよ」

「そんな簡単に変われるわけない!」

 リリーは言葉とともに両の手に小刀を握り、同時に放った。刃物は風に乗って四方八方から降り注ぐ。咄嗟にラナは得意魔術である光の盾を生み出したて身を守った。バチバチと電流が走るような音がして小刀が弾かれる。彼女の得意とする光と聖属性が複合された防御魔法だ。

「意地張ってないで前みたいにさっさと逃げなさいよ。今までずっとそうやってきたじゃない!」

 リリーに防壁を突破する手段はないだろう。だが守ってばかりではじり貧だ。ならばどうするか、ラナの答えは前に踏み出すことだった。防御魔法を消し去って短刀や石礫の間隙に向かって突っ込んだ。
 
「な。馬鹿」
 
 いくつもの刃先がラナの体を掠めて傷つけていく。足の傷で態勢を崩して石畳に手をついた。その拍子に鋭い石の破片が掌に食い込んで柔らかい肉がバッと裂ける。それでも歯を食いしばってさらに進んだ。危険な短剣のみを躱し、それ以外は身に受けながら。そして手を伸ばして、面食らって棒立ちだったリリーの手を掴んだ。

「ほら、たどり着けたよ」

 ラナは軽く息を乱しながらも微笑んだ。こうも至近距離ではリリーは魔術を解かねばならなかった。
 
「どこに、そんな力が」  

「これはね、マナを操って身体能力を上げる亜人由来の力だよ。今まで使ってなかったんだ。……人間じゃないって思われたくなかったから。でも、もう否定しようとは思わない。こんな私でも受け入れてくれる人たちがいるって分かったから」

 リリーはラナを睨みつけて体を震わせていた。

「リリーちゃん。もうやめよう。市長さんには私が一緒に謝るから」

「何なのよ、あんたは! いったい何がしたいのよ!」

 ラナは罵声を怯むことなく受け止めた。

「昔の優しいリリーちゃんに戻ってほしい」

「あんなの演技だって言ってるでしょ!」

「全部が嘘だったなんて思えない。全部演技だなんて信じたくない。初めて家族以外の人に優しくしてもらえて、私凄く嬉しかったんだよ。虐められてたら助けてくれたし、お弁当忘れたらおかずを分けてくれた。お礼にお菓子あげたら美味しいって言ってくれた。一緒に遊んで、他愛もない話をして、ちょっとしたことで一緒に笑っていられた」

 涙声になりながらも、いつまでも変わらぬその言葉にさすがにリリーも二の句が継げないようだった。

「だから助けてあげたい。本当に辛い時に助けあえるのが友達だと思うから」

 リリーの捕まえていた手を両手で握る。

 愚直さとはなぜこうも美しいのだろうかと思う。愚かなまでにひたむきだ。俺には持ちえない輝きだった。

 しばらく二人は黙って向き合って、リリーはよろとふらついた。一気に身体から力が抜けたかのように地面に崩れ落ちた。深く下に目を落として語る。

「私は割り切ったのよ。自分の命のためなら他人を犠牲にしてもいいって。……なのに何であんたはそうなのよ。いっつも」

 張り詰めていたものが切れたように力のない声だった。

「何で許すのよ。私のせいで学校やめて、こんなところまでくることになったんでしょ。せめて嫌いなさいよ。惨めになるじゃない」 

「私がそうしたいから」
 
 大人しいのに頑固とでもいうか、一度決めたら折れない性格をしている。リリーも完全に根負けしたようだ。呆れたように顔を手で覆う。そしてそっぽを向いて呟く。

「私が好きだった子いるでしょ。彼、問い詰めたら話した。あの噂流したの自分だって。嘘だったって」

 ラナはハッと目を見開いた。

「やっぱり、リリーちゃんが噂を流したのって嘘だったんだね」

「ふん。そんなみみっちいことするわけないでしょ。あったまきたからあいつぶん殴ってやったわよ」

 そういえば監獄都市にいた理由を「喧嘩で運悪く相手に大怪我させた」などと言っていた。

「私が馬鹿だったせいであんたに酷い目をあわせた。私には無理だったのよ、今さら。何もなかったみたいな顔であんたを騙すのも協力させるのも。だったら恨まれたほうがいい。嫌って恨んでくれたら楽だったのに」

 リリーはぽつりと口にした。もう完全に観念したのだろう。続いた言葉は。

「私監獄都市に戻るわ。ちゃんと刑期をつとめてアレーテイアに帰る」

「でも、ここで真面目に暮らすことだって」

「一緒にはいられない。いたくもない。私はここにいるべきじゃない。罪を犯してこの場所に来て、ここでもまたそうしようとしてた。ちゃんと罰は受けないと」
 
 意思が固いことを知って説得を諦めたようだ。

「リリーちゃん。また会おうね。いつか絶対、あっちで」

「ほんと馬鹿じゃないの」

 最後にもう一度視線を合わせて、リリーは身をひるがえした。その時彼女はかすかに笑っていたように見えた。立ち去るその姿をラナはずっと見送っていた。

 こうして今夜の暗殺劇は終わりを告げたのだった。

 
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