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第7話 事情と純情(2)
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話は少し遡る。
鳥羽光輝と浅見奏汰がアプリを通じて初めて出会ってから二週間ほど経った。光輝は奏汰への脈がないと悟り、落ち込んだ日々を過ごしていた。
学業を疎かにすることはなかったが、新たな男に会おうとか、何か楽しいことをしようという気持ちになれずただ学校に行っては授業を受けて家で家事と課題をするだけの毎日だった。
そんな折に光輝は懐かしい声を聞いた。2限が終わり、昼休みの喧騒に包まれたキャンパスを歩いているところだった。
「鳥羽!」
と自分を呼ぶ声に振り返ると、人懐こい顔をした男がこっちに向かって走ってきた。
「佐伯…?」
「やっぱり鳥羽じゃん!何回か似てる奴いるなって思ってたんだ」
佐伯、と呼ばれた男ははしゃいで興奮していた。そして、離れた場所にいる連れの男たちに
「わりぃ、俺こいつと飯食うからまた後でな」
と告げた。
「なんだよ、勝手に。俺のことはもう放っておけよ」
光輝はあからさまに嫌な顔をした。彼は高校時代に一番仲が良かった友人だった。高校三年になるととある事情で疎遠になってしまった為、同じ大学にいるとは知らなかった。
「学食奢ってやるから、ちょっと話そうよ」
と言って光輝を学食の方に誘導していく。
「何を」
「聞きたいことあんだよ」
「……」
「まさか鳥羽が同じ学校いると思わなかったな。もっといいとこ目指してると思った。学部は法学部?俺は経済だよ」
佐伯はあっけらかんと光輝の触れられたくないところを突いてきた。本当に再会を喜んでいるらしかった。
「どうだっていいじゃん。第一志望落ちたんだよ。それより本題何?」
と言うと佐伯から笑顔がなくなった。そして意を決したように
「お前、やっぱりアイツとなんかあったんだろ」
と言った。光輝はやっぱりそこか。と思った。予想はしていた。
「なんで」
「なんでとかなくない?卒業式のアレ、噂になりまくってたよ」
『卒業式のアレ』とはアレの事だろう。光輝はぼんやりと3ヶ月ほど前の高校卒業式を思い起こす。卒業式後の校門の近くで好きだった男にキスをした。色んな奴が見ている前で。半分嫌がらせで半分未練を断ち切るためだった。
「あの時みんなカメラ起動してたから動画まで撮れてた奴いたし」
そんなセンセーショナルな動画、さぞ拡散されたに違いない。
「ふーん…」
けれどどうでも良かった。高校の時の思い出はもう思い出したくない。
光輝は可もなく不可もないそばを啜る。なぜか唐揚げもついていた。
「別に。もう関係ねぇし。あいつもそういうの気にする奴じゃないよ」
佐伯はカレーを食べていた。お子様舌の佐伯はカレーとかハンバーグとかオムライスをよく食べていた。たまに一緒に安いファミレスに一緒に行っていた事を思い出して懐かしくなる。
「どういう関係だったんだよ。まさか付き合ってたの?」
佐伯はずけずけと聞いてくるが、噂の真相を知りたいわけではないのは分かっていた。心配しているのだ。
「分かんない」
しかし余計なお世話でしかない光輝はぶっきらぼうに答えた。
「分かんないって…」
「話すような事じゃないから話したくない」
高校三年生の夏に好きな人ができた。初体験までした。だけど振られてしまった。事実を並べるとそれだけだが、あの恋はそれだけで片付けられるような出来事ではなかった。言葉にし難いし、まして他人などには話すことはできない。
「なんか、辛い事あったなら話していいよ」
「何も辛くないけど」
「だってお前、前はもうちょっと明るかったじゃん。見かけるたび暗い顔してさ。今も。俺のせいでしょ」
佐伯は食事する手を止めて俯いてしまった。泣きそうになっているのかもしれない。こんな生徒たちが溢れ返ってる学食で泣くのだけはやめてくれ、と光輝は少し焦る。佐伯は涙もろいのだ。
「……まあ…お前がきっかけだけど、こうなったのは俺のせいだよ」
佐伯は高校二年の終わりに光輝に「もしかしてゲイ?」と尋ねてきたのだ。光輝は初めてそれを否定しなかった。
しかしその数日後には光輝が同性愛者であるという事実は学年中に知れ渡っていた。別に佐伯が言いふらしたわけではない。佐伯の別の友人がそれを佐伯から聞き出したせいだ。
佐伯はずっとそれを気に病んでいた。泣いて謝ってくれた。だから許すしかなかった。
「…………」
光輝は当時の事を思い出して胸がざわつく。別に知れ渡ってしまった事はどうでも良かった。それより佐伯が罪悪感から光輝と距離を取った事に傷ついているのだった。
「……あのさ。天文サークル入んねぇ?」
佐伯は突然思いがけない事を言ってきた。
「は?やだよ」
光輝は驚いて唐揚げを落としそうになった。
「勉強と家事で忙しいし、バイトもしたいし余った時間は……彼氏探したいもん」
光輝は最後照れたように言った。こういう浮ついたことを友人に言ってみたかった。恋バナのようなものがしてみたかった。
「え……」
佐伯は一瞬フリーズする。彼氏というワードに驚いたのか、光輝がそんな事を言い出すと思わなかったのか、あるいはどちらもか。
ちょうどそばを食べ終わった光輝は固まった佐伯を無視して食器をお盆にまとめ出した。
「俺もう友達とかいらねぇんだわ。ご馳走様」
そして佐伯を置き去りにして席を立った。
「ちょっと!鳥羽!!」
また飯食おうなー!と叫んでいるが振り返らなかった。
(友達はもういい。俺は彼氏が欲しい。とにかくパートナーが欲しいんだ)
とはいえ、今はその気も起きないのだが。
「鳥羽ー!!」
放課後になるとまた佐伯がどこからともなく現れた。今度は一人だった。この広いキャンパスでよく見つけられるものである。
「お前なんなんだよ」
「今日部会あるんだよ。一緒に行こうよ」
「嫌だって」
「俺一年の幹事やってんだよ」
だからなんなんだ。と思う。
「いや本当に楽しいから!星癒されるから!毎月山小屋行ったり飲み会あったりして楽しいから」
佐伯はとにかく光輝に楽しい思いをさせたいらしい。罪滅ぼしがしたいのは明白だった。
「彼氏できるかもよ」
佐伯はこれなら効くだろ、と言わんばかりの悪戯っぽい笑顔で言ってきた。案の定、光輝は少しだけ心が揺らぐが
「いや、できないだろ…」
と我に返った。そんなサークルごときで同性同士のカップルができるなら世の中カップルだらけだ。
「つまんなかったら抜けて良いから!」
あまりにもしつこいので、光輝は根負けしてしまった。
「わかったよ…」
佐伯は嬉しそうにはしゃいだ。
佐伯は会議室や部室が集まる学生会館に光輝を連れて行った。鳥羽を探していたせいで遅刻気味だ、と言って走らされた。
「遅れてすみません!」
と佐伯が勢いよく扉を開けると、数人の男女がこちらを見た。その場にいるのはほとんど先輩らしく一年生とは違った大人っぽい空気感を持っていた。しかし皆一様に文化部特有の穏やかそうな雰囲気を纏っており、光輝でさえも一瞬にして居心地の良さを感じ取った。
「おー、お疲れ」
と佐伯に声をかけてきた男の方を見る。そして光輝の心臓は瞬間的に破裂しそうに高鳴った。
ふわふわのパーマをかけた茶色い髪。
大きめのラウンドのメガネ。
やや垂れ目な整った顔。
長身。
間違いない。
男は光輝の視線に気づくと目を合わせてきた。
視線が交わる。それが引き金となって
「カ、カナタさん!?」
と思わず名を呼んでしまった。
「!?」
こうして光輝と奏汰は再会してしまったのだった。
鳥羽光輝と浅見奏汰がアプリを通じて初めて出会ってから二週間ほど経った。光輝は奏汰への脈がないと悟り、落ち込んだ日々を過ごしていた。
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そんな折に光輝は懐かしい声を聞いた。2限が終わり、昼休みの喧騒に包まれたキャンパスを歩いているところだった。
「鳥羽!」
と自分を呼ぶ声に振り返ると、人懐こい顔をした男がこっちに向かって走ってきた。
「佐伯…?」
「やっぱり鳥羽じゃん!何回か似てる奴いるなって思ってたんだ」
佐伯、と呼ばれた男ははしゃいで興奮していた。そして、離れた場所にいる連れの男たちに
「わりぃ、俺こいつと飯食うからまた後でな」
と告げた。
「なんだよ、勝手に。俺のことはもう放っておけよ」
光輝はあからさまに嫌な顔をした。彼は高校時代に一番仲が良かった友人だった。高校三年になるととある事情で疎遠になってしまった為、同じ大学にいるとは知らなかった。
「学食奢ってやるから、ちょっと話そうよ」
と言って光輝を学食の方に誘導していく。
「何を」
「聞きたいことあんだよ」
「……」
「まさか鳥羽が同じ学校いると思わなかったな。もっといいとこ目指してると思った。学部は法学部?俺は経済だよ」
佐伯はあっけらかんと光輝の触れられたくないところを突いてきた。本当に再会を喜んでいるらしかった。
「どうだっていいじゃん。第一志望落ちたんだよ。それより本題何?」
と言うと佐伯から笑顔がなくなった。そして意を決したように
「お前、やっぱりアイツとなんかあったんだろ」
と言った。光輝はやっぱりそこか。と思った。予想はしていた。
「なんで」
「なんでとかなくない?卒業式のアレ、噂になりまくってたよ」
『卒業式のアレ』とはアレの事だろう。光輝はぼんやりと3ヶ月ほど前の高校卒業式を思い起こす。卒業式後の校門の近くで好きだった男にキスをした。色んな奴が見ている前で。半分嫌がらせで半分未練を断ち切るためだった。
「あの時みんなカメラ起動してたから動画まで撮れてた奴いたし」
そんなセンセーショナルな動画、さぞ拡散されたに違いない。
「ふーん…」
けれどどうでも良かった。高校の時の思い出はもう思い出したくない。
光輝は可もなく不可もないそばを啜る。なぜか唐揚げもついていた。
「別に。もう関係ねぇし。あいつもそういうの気にする奴じゃないよ」
佐伯はカレーを食べていた。お子様舌の佐伯はカレーとかハンバーグとかオムライスをよく食べていた。たまに一緒に安いファミレスに一緒に行っていた事を思い出して懐かしくなる。
「どういう関係だったんだよ。まさか付き合ってたの?」
佐伯はずけずけと聞いてくるが、噂の真相を知りたいわけではないのは分かっていた。心配しているのだ。
「分かんない」
しかし余計なお世話でしかない光輝はぶっきらぼうに答えた。
「分かんないって…」
「話すような事じゃないから話したくない」
高校三年生の夏に好きな人ができた。初体験までした。だけど振られてしまった。事実を並べるとそれだけだが、あの恋はそれだけで片付けられるような出来事ではなかった。言葉にし難いし、まして他人などには話すことはできない。
「なんか、辛い事あったなら話していいよ」
「何も辛くないけど」
「だってお前、前はもうちょっと明るかったじゃん。見かけるたび暗い顔してさ。今も。俺のせいでしょ」
佐伯は食事する手を止めて俯いてしまった。泣きそうになっているのかもしれない。こんな生徒たちが溢れ返ってる学食で泣くのだけはやめてくれ、と光輝は少し焦る。佐伯は涙もろいのだ。
「……まあ…お前がきっかけだけど、こうなったのは俺のせいだよ」
佐伯は高校二年の終わりに光輝に「もしかしてゲイ?」と尋ねてきたのだ。光輝は初めてそれを否定しなかった。
しかしその数日後には光輝が同性愛者であるという事実は学年中に知れ渡っていた。別に佐伯が言いふらしたわけではない。佐伯の別の友人がそれを佐伯から聞き出したせいだ。
佐伯はずっとそれを気に病んでいた。泣いて謝ってくれた。だから許すしかなかった。
「…………」
光輝は当時の事を思い出して胸がざわつく。別に知れ渡ってしまった事はどうでも良かった。それより佐伯が罪悪感から光輝と距離を取った事に傷ついているのだった。
「……あのさ。天文サークル入んねぇ?」
佐伯は突然思いがけない事を言ってきた。
「は?やだよ」
光輝は驚いて唐揚げを落としそうになった。
「勉強と家事で忙しいし、バイトもしたいし余った時間は……彼氏探したいもん」
光輝は最後照れたように言った。こういう浮ついたことを友人に言ってみたかった。恋バナのようなものがしてみたかった。
「え……」
佐伯は一瞬フリーズする。彼氏というワードに驚いたのか、光輝がそんな事を言い出すと思わなかったのか、あるいはどちらもか。
ちょうどそばを食べ終わった光輝は固まった佐伯を無視して食器をお盆にまとめ出した。
「俺もう友達とかいらねぇんだわ。ご馳走様」
そして佐伯を置き去りにして席を立った。
「ちょっと!鳥羽!!」
また飯食おうなー!と叫んでいるが振り返らなかった。
(友達はもういい。俺は彼氏が欲しい。とにかくパートナーが欲しいんだ)
とはいえ、今はその気も起きないのだが。
「鳥羽ー!!」
放課後になるとまた佐伯がどこからともなく現れた。今度は一人だった。この広いキャンパスでよく見つけられるものである。
「お前なんなんだよ」
「今日部会あるんだよ。一緒に行こうよ」
「嫌だって」
「俺一年の幹事やってんだよ」
だからなんなんだ。と思う。
「いや本当に楽しいから!星癒されるから!毎月山小屋行ったり飲み会あったりして楽しいから」
佐伯はとにかく光輝に楽しい思いをさせたいらしい。罪滅ぼしがしたいのは明白だった。
「彼氏できるかもよ」
佐伯はこれなら効くだろ、と言わんばかりの悪戯っぽい笑顔で言ってきた。案の定、光輝は少しだけ心が揺らぐが
「いや、できないだろ…」
と我に返った。そんなサークルごときで同性同士のカップルができるなら世の中カップルだらけだ。
「つまんなかったら抜けて良いから!」
あまりにもしつこいので、光輝は根負けしてしまった。
「わかったよ…」
佐伯は嬉しそうにはしゃいだ。
佐伯は会議室や部室が集まる学生会館に光輝を連れて行った。鳥羽を探していたせいで遅刻気味だ、と言って走らされた。
「遅れてすみません!」
と佐伯が勢いよく扉を開けると、数人の男女がこちらを見た。その場にいるのはほとんど先輩らしく一年生とは違った大人っぽい空気感を持っていた。しかし皆一様に文化部特有の穏やかそうな雰囲気を纏っており、光輝でさえも一瞬にして居心地の良さを感じ取った。
「おー、お疲れ」
と佐伯に声をかけてきた男の方を見る。そして光輝の心臓は瞬間的に破裂しそうに高鳴った。
ふわふわのパーマをかけた茶色い髪。
大きめのラウンドのメガネ。
やや垂れ目な整った顔。
長身。
間違いない。
男は光輝の視線に気づくと目を合わせてきた。
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