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地底の星屑
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――りすかるえんでぽーねぐりふぁ。
「え? 何それ?」と思わず聞き返した。画用紙に描かれたミミズのような物体のことを指しているのは理解できたが、それが何なのか皆目見当つかない。
「だからね、リスカルエンデ・ポーネグリファっていうの。この星の地の底に棲んでいる竜で、体が石でできていて、暑い所もへっちゃらなのよ」
全く、子どもの想像力と言うものは計り知れない。これを小中学生の男の子が言うのなら、今時のゲームから思いついたのだろうと多少は合点がいくものの、五歳の幼女の口からでるとは思うまい。
「そのリスカル……何とかは、どんな竜なの?」
「リスカルエンデ・ポーネグリファね。石の体で、真っ白で、瞳はヒスイでできていて、溶岩の中をぐるぐる泳いでいるの」
「へぇ、じゃあ何を食べて生きているのかな?」
「何も食べないよ。何か食べている暇があったら、この星が死んじゃうもの。止まったら大変なことになっちゃう」
なるほど、地学関係のその手の図鑑でも読んだのか。兄は勉強熱心な人だった。娘にも普段から本を買い与えていたのだろう。
「止まったらダメだということは眠ってもダメなのかな?」
「うん。というか寝なくても良いの。竜にとってまだ夜じゃないから」
「夜じゃない?」
「うん。すっごい長生きで持ってる時間の長さが違うから」
中に大学生でも入っているのではなかろうか。相手は舌足らずな口調なのに賢者と会話しているような気分だ。
竜とも蛇とも判別できない稚拙な絵が、この子はまだ幼子なのだと安心させてくれる。この末恐ろしい知性と探究心を見習いたいものだ。
「すごいね。こんなのがいたら皆、大騒ぎするだろうね」
「本当にいるよ」
おくびもなく断言する彼女を微笑ましく思う。
「たしかに、この星の地下奥深くを実際に見た人はまだいないからいるかもしれないね」
「いるもん! あたし見たもん!」
姪は真摯な瞳でこちらを見つめて抗弁する。僕は機嫌を損ねては悪いと思い、半ば義務的に謝った。
「ごめんごめん。本当にいるんだね。お兄ちゃんが悪かったよ」
「信じてくれる? じゃ、指切り」
小さな手と小指を結ぶ。瑞々しい手指の弾力に慈しみを抱く。
「お兄ちゃんは本当に信じてくれるよね? パパ達はこの話を何回言っても信じてくれなかったんだよ?」
子どもの壮大な想像に大人が付いていけないのは仕方ない話だ。自分がこうして聞いてあげられるのは、単に時間があるからともいえるし、未だに子どものような精神構造だからともいえる。
「良いんだよ。お兄ちゃんからもパパ達に言っておくから安心しな。でも、そのリスカル何たらのことをどうやって知ったの? 本当に見たの?」
「リスカルエンデ・ポーネグリファ! お兄ちゃん、ちゃんと覚えてよ」
どうしてそうスッと名称が出てくるのだ。
「ごめんって。お兄ちゃんはそういうの苦手なんだ」
「もう……」と頬を膨らませつつも姪は答えてくれた。
「えっとね、あたしがママから生まれる前のことなんだけど……」
生まれる前の記憶がある子どもは少なからずいる。大人になっても覚えている人もいるというし、このくらいではまだ驚かない。
「私ね、私ができあがるちょっと前の時は真っ暗な中にきらきら宝石が光っているとこにいたの。次に真っ暗な中から声が聞こえて、誰かなぁって思ったら、そこにリスカルエンデ・ポーネグリファがいたの」
「…………」
極めて断片的且つ拙い説明を脳内で何とか咀嚼する。
常軌を逸していると一笑に付すこともできるが、僕はもう少し聞いてみたいと思った。必死に説明してくれている姿に応えたいとも思ったし、単純に好奇心が湧いたからでもある。
「えっと……それって、君がママのお腹の中に生まれる前の出来事ってことで良いんだよね?」
幼女はこくんと頷く。
「じゃあその真っ暗な所にいる時にリス……竜は何と言ったのかな?」
相変わらずうろ覚えなのを取り繕って尋ねた。
「わかんない。難しい言葉いっぱい言ってた。名前しかわかんなかった。でもね、パパみたいに優しそうだったよ」
「へぇ……。もしかしたらそれって神様みたいな存在かもしれないね」
「神様みたいな?」
大いなる大地の遥かなる奥底、そこには宇宙空間のような漠々たる闇と煌々と瞬く光の世界が広がっていて、無数の命の素がそこから生まれ、地上を目指す。
石の体を持つ白竜はそれを慈しみ、育み、やがて送り出す。僕たちはその末に生まれているのかもしれない。もしかしたらその逆も……。
「また会いたいな」
幼子は画用紙に視線を落として呟く。僕はぽんと小さな頭に手を当てて優しく諭す。
「良い子にして勉強を頑張ったら、必ず会えるさ」
「うん」
姪は目を輝かせて絵の続きを描き始めた。僕はそんな彼女を視界の端に置きつつ、自分の仕事を片付ける。しばらく経ってから様子を見たら、クレヨンを散らかしたまま眠りこけていた。
「おいおい、もうすぐママが迎えにくるぞ」
画用紙の方を見ると、うねうねとした竜の隣に二人の人のような物が付け足されている。片方は自分を描いたのだろう。もう片方は……。
絵を眺めるのもほどほどに、小さな体を抱きかかえてソファに寝かせる。適当なブランケットを掛けてやってから、コーヒーを淹れにキッチンに向かう。
静まり返って穏やかな寝息だけが響く部屋にパソコンの通知音が鳴る。ディスプレイにはメールのタイトルが表示されている。
――第二次地底探査プロジェクトの詳細につきまして。
〈完〉
「え? 何それ?」と思わず聞き返した。画用紙に描かれたミミズのような物体のことを指しているのは理解できたが、それが何なのか皆目見当つかない。
「だからね、リスカルエンデ・ポーネグリファっていうの。この星の地の底に棲んでいる竜で、体が石でできていて、暑い所もへっちゃらなのよ」
全く、子どもの想像力と言うものは計り知れない。これを小中学生の男の子が言うのなら、今時のゲームから思いついたのだろうと多少は合点がいくものの、五歳の幼女の口からでるとは思うまい。
「そのリスカル……何とかは、どんな竜なの?」
「リスカルエンデ・ポーネグリファね。石の体で、真っ白で、瞳はヒスイでできていて、溶岩の中をぐるぐる泳いでいるの」
「へぇ、じゃあ何を食べて生きているのかな?」
「何も食べないよ。何か食べている暇があったら、この星が死んじゃうもの。止まったら大変なことになっちゃう」
なるほど、地学関係のその手の図鑑でも読んだのか。兄は勉強熱心な人だった。娘にも普段から本を買い与えていたのだろう。
「止まったらダメだということは眠ってもダメなのかな?」
「うん。というか寝なくても良いの。竜にとってまだ夜じゃないから」
「夜じゃない?」
「うん。すっごい長生きで持ってる時間の長さが違うから」
中に大学生でも入っているのではなかろうか。相手は舌足らずな口調なのに賢者と会話しているような気分だ。
竜とも蛇とも判別できない稚拙な絵が、この子はまだ幼子なのだと安心させてくれる。この末恐ろしい知性と探究心を見習いたいものだ。
「すごいね。こんなのがいたら皆、大騒ぎするだろうね」
「本当にいるよ」
おくびもなく断言する彼女を微笑ましく思う。
「たしかに、この星の地下奥深くを実際に見た人はまだいないからいるかもしれないね」
「いるもん! あたし見たもん!」
姪は真摯な瞳でこちらを見つめて抗弁する。僕は機嫌を損ねては悪いと思い、半ば義務的に謝った。
「ごめんごめん。本当にいるんだね。お兄ちゃんが悪かったよ」
「信じてくれる? じゃ、指切り」
小さな手と小指を結ぶ。瑞々しい手指の弾力に慈しみを抱く。
「お兄ちゃんは本当に信じてくれるよね? パパ達はこの話を何回言っても信じてくれなかったんだよ?」
子どもの壮大な想像に大人が付いていけないのは仕方ない話だ。自分がこうして聞いてあげられるのは、単に時間があるからともいえるし、未だに子どものような精神構造だからともいえる。
「良いんだよ。お兄ちゃんからもパパ達に言っておくから安心しな。でも、そのリスカル何たらのことをどうやって知ったの? 本当に見たの?」
「リスカルエンデ・ポーネグリファ! お兄ちゃん、ちゃんと覚えてよ」
どうしてそうスッと名称が出てくるのだ。
「ごめんって。お兄ちゃんはそういうの苦手なんだ」
「もう……」と頬を膨らませつつも姪は答えてくれた。
「えっとね、あたしがママから生まれる前のことなんだけど……」
生まれる前の記憶がある子どもは少なからずいる。大人になっても覚えている人もいるというし、このくらいではまだ驚かない。
「私ね、私ができあがるちょっと前の時は真っ暗な中にきらきら宝石が光っているとこにいたの。次に真っ暗な中から声が聞こえて、誰かなぁって思ったら、そこにリスカルエンデ・ポーネグリファがいたの」
「…………」
極めて断片的且つ拙い説明を脳内で何とか咀嚼する。
常軌を逸していると一笑に付すこともできるが、僕はもう少し聞いてみたいと思った。必死に説明してくれている姿に応えたいとも思ったし、単純に好奇心が湧いたからでもある。
「えっと……それって、君がママのお腹の中に生まれる前の出来事ってことで良いんだよね?」
幼女はこくんと頷く。
「じゃあその真っ暗な所にいる時にリス……竜は何と言ったのかな?」
相変わらずうろ覚えなのを取り繕って尋ねた。
「わかんない。難しい言葉いっぱい言ってた。名前しかわかんなかった。でもね、パパみたいに優しそうだったよ」
「へぇ……。もしかしたらそれって神様みたいな存在かもしれないね」
「神様みたいな?」
大いなる大地の遥かなる奥底、そこには宇宙空間のような漠々たる闇と煌々と瞬く光の世界が広がっていて、無数の命の素がそこから生まれ、地上を目指す。
石の体を持つ白竜はそれを慈しみ、育み、やがて送り出す。僕たちはその末に生まれているのかもしれない。もしかしたらその逆も……。
「また会いたいな」
幼子は画用紙に視線を落として呟く。僕はぽんと小さな頭に手を当てて優しく諭す。
「良い子にして勉強を頑張ったら、必ず会えるさ」
「うん」
姪は目を輝かせて絵の続きを描き始めた。僕はそんな彼女を視界の端に置きつつ、自分の仕事を片付ける。しばらく経ってから様子を見たら、クレヨンを散らかしたまま眠りこけていた。
「おいおい、もうすぐママが迎えにくるぞ」
画用紙の方を見ると、うねうねとした竜の隣に二人の人のような物が付け足されている。片方は自分を描いたのだろう。もう片方は……。
絵を眺めるのもほどほどに、小さな体を抱きかかえてソファに寝かせる。適当なブランケットを掛けてやってから、コーヒーを淹れにキッチンに向かう。
静まり返って穏やかな寝息だけが響く部屋にパソコンの通知音が鳴る。ディスプレイにはメールのタイトルが表示されている。
――第二次地底探査プロジェクトの詳細につきまして。
〈完〉
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