午前2時、 コンビニの灯りの下で

結衣可

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後日談② 二人の休日

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 窓の外から、やわらかな日差しが差し込んでいた。
 時計の針は九時を少し過ぎている。
 カーテンの隙間から差し込む光が、ベッドの上の白いシーツを照らしていた。

 智也は寝返りを打って、隣を見る。
 海が眠っていた。
 穏やかな寝息と、少し乱れた前髪。
 大学院に進んでからも変わらず忙しい日々を過ごしているから、
 休日くらいはゆっくり寝かせておいてあげたい――
 そう思いながらも、つい頬がゆるむ。

(寝顔、可愛いな……)

 腕を伸ばして、彼の頬に落ちた髪をそっと払う。
 触れた指先から、微かに体温が伝わる。
 その温かさが、胸の奥に沁みていく。
 海がわずかに眉を動かし、まぶたを震わせた。

「……智也さん?」

 寝ぼけた声。
 智也は笑って、耳元に口を寄せた。

「おはよう、海くん」

「……おはようございます」

 目を開けた海が、まだぼんやりした表情で微笑む。

「よく寝てたね」

「智也さんが、隣にいるから……」

「え?」

「安心して寝すぎました」

 まだ半分眠っているような声。
 その言葉に、智也の心臓が跳ねた。

「……ほんとにもう、すぐそういうこと言う」

「事実ですから」

「朝から照れるんだって」

 海は眠たげに笑って、布団に顔を半分うずめた。

「朝ごはん、食べよ?作るから」

「智也さんが作ってくれるの、嬉しいです。……でも、もう少しだけこうしてていいですか」

 海がそっと腕を伸ばし、智也の腰に手を回した。
 寝起きのまま抱き寄せるその仕草が、あまりに自然で優しい。
 智也は少し笑って、その胸の中に収まった。

「ふふ、海くんは甘え上手だね」

「智也さんが甘え上手なの、うつったんです」

「なにそれ……」

「冗談です。でも、あなたの隣にいると、僕も素直になれます」

 囁く声が、胸の奥をじんと温める。
 智也は海の髪に手を滑らせながら、小さく息を吐いた。

「……ねぇ、海くん」

「はい」

「同棲してから、毎朝がこんな風に穏やかで、なんか夢みたい」

「夢じゃないですよ」

「そう?」

「だって、智也さんの温もりがちゃんとある」

 そう言って、海は軽く唇を重ねた。
 朝の光の中で、柔らかなキス。
 時間がゆっくりと止まったように感じた。
 唇を離したあと、海が照れたように笑った。

「さ、朝ごはんの準備してくるね」

「はい、お願いします」

 立ち上がる智也の背中を、海が見つめる。
 その視線は、やさしくて、どこまでも愛しそうだった。

 しばらくして、キッチンからパンの香ばしい匂いが広がる。
 テーブルに座ると、コーヒーの香りが重なった。
 窓の外では、桜の花びらがまだ少しだけ残っていて、
 風に乗って、静かに舞い落ちていた。

「海くん」

「はい?」

「こういう朝が、ずっと続けばいいね」

「続きますよ。だって僕たち、もう一緒に暮らしてるんですから」

 智也は笑って、マグカップを掲げた。

「ふふ、これからもよろしく」

「はい。……何度でも、よろしくお願いします」

 コーヒーの湯気が、二人の間でやわらかく揺れる。
 朝の光の中で、ふたりの小さな日常が静かに続いていった。

***

 夕方、休日らしい静けさの中、智也はシャツの袖をまくって洗い物をしていた。
 キッチンの水音の向こうから、ふと声が届く。

「……あの、智也さん」

「うん?」

「最近……なんか、智也さん、色気がすごいです」

 手を止めて振り返ると、ソファに座った海が真顔だった。

「え?」

「いや、本気で言ってます。
 会社でも絶対モテてると思うし、外歩いてるときも、
 通りすがりの人が見てます」

 突然の言葉に、智也は思わず吹き出した。

「何それ、いきなり」

「僕、心配です」

「心配って……」

「智也さん、知らないうちに人を惹きつけるんですよ。
 笑ったときとか、ちょっと疲れた顔とか、全部……」

 海の声が少し掠れた。
 珍しく視線を逸らしながら、続ける。

「……僕以外の人にも、そんな顔見せてるのかなって思うと、
 ちょっと落ち着かなくて」

 智也はその言葉に、胸がくすぐったくなる。

「……海くん」

「はい」

「そんなこと言うなんて、かわいいね」

「可愛いとかじゃなくて、本気で……」

「本気で嫉妬してる?」

「はい」

 真剣な声。
 その素直さが愛しくて、智也は手を拭いて海のもとへ歩み寄った。
 ソファに腰を下ろし、少し身をかがめて目を合わせる。

「……じゃあ、ちゃんと教えておくね」

「なにを、ですか」

「色気が出てるって言うなら、その理由」

 そう言って、智也は海の頬に手を伸ばした。
 指先が触れると、海が小さく息を呑む。

「……俺ね、最近毎日、海くんと一緒にいるでしょ?」

「はい」

「それが嬉しくて、たぶん顔に出てるだけ」

「……顔に出てる?」

「そう。幸せな顔」

 智也の声は穏やかだった。

「だからもしそれが“色気”に見えるなら、
 それは全部、海くんのせい、だね」

 海の目が少し見開かれ、頬がゆっくり赤く染まっていく。

「……僕の、せい」

「うん。好きな人のこと考えてる時間が増えると、
 自然にこうなるんじゃない?」

 海は一瞬、言葉を失ったように黙り込んで、小さく笑った。

「ずるいです、智也さん」

「どこが?」

「そんな言い方されたら、もう何も言えません」

 智也が少し笑って、軽く唇を触れるように重ねた。
 短くて、やさしいキス。
 離れると、海が小さな声で呟く。

「……それでも、他の人には見せないでほしいです」

「ん?」

「その笑い方も、その目も、俺だけに見せて」

 甘くて、真剣な声。
 智也はそのまま彼の髪を撫でて、そっと笑った。

「大丈夫、海くんの前だけだよ」

「約束です」

「約束」

 ふたりの指が触れ合い、自然に絡まる。
 窓の外では、夕日が街を金色に染めていた。
 その光の中で、海が小さく息をつきながら言った。

「……やっぱり、僕が一番心配です」

「なんで?」

「こんなに好きになるなんて、思ってなかったから」

 智也は少し驚いて、それから笑った。

「それは僕も同じだよ」

 そう言って、もう一度彼を抱き寄せる。
 お互いの体温がゆっくりと混ざり合い、
 小さな部屋の中が、まるで春の午後みたいに温かくなっていった。
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