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第5話 守られるということ
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春の陽射しは穏やかで、青空には白い雲が流れていた。
その日、王城から半日ほど離れた村を視察するため、リオネルは従者や近衛を伴って石畳の街道を進んでいた。
沿道には多くの村人が集まっている。
行列に向けられる視線は希望に満ち、子どもたちは小さな花を振り、大人たちは深々と礼を取る。笑い声や呼び声が次々と上がり、祭りのような熱気に包まれていた。
リオネルは軽く歩みを緩め、手を振り返す。
差し出される小さな手をそっと握り、温かな言葉をかける。その笑顔に人々の緊張が解けていく。
その様子を、カインは半歩後ろで警戒しながら見守っていた。黒い近衛服の背筋は弓のように伸び、視線は群衆の隅々まで走る。
――穏やかに見えたのは、ほんの一瞬だった。
遠くから、馬のいななき。
次いで、車輪が石を削る激しい軋み。
視界の端に、制御を失った荷馬車が突進してくるのが見えた。御者は必死に手綱を引いているが、速度は落ちない。進路の先には――歩みを緩めて村人に笑顔を向けるリオネルの姿。
「――殿下!」
叫ぶより早く、カインの体が動いた。
人混みを鋭くかき分け、リオネルの腕を掴む。
そのまま強く抱き寄せ、近くの石造りの壁際へと押し込むように庇った。
耳元を掠める、風を裂く音。
石畳を削りながら駆け抜ける車輪の轟音。
舞い上がる埃が白く二人を包み、視界が一瞬霞む。
リオネルは息を呑み、硬直した。
前にはカインの胸板、背後には冷たい壁。
両腕に囲われ、逃げ場がない。
「お怪我は!?」
耳元で響く声は、普段の冷静さとは違って震えていた。
焦り、安堵――抑えきれない感情が混じっている。
「だ……大丈夫……」
搾り出すように返した声は、自分でも驚くほどかすれていた。
胸板越しに伝わる鼓動と熱。囲われた狭い空間に満ちる息遣いに、頭がくらくらする。
ほんの数秒なのに――永遠にも思える沈黙が流れた。
カインはゆっくりと体を離したが、片手はリオネルの肩に残し、真っ直ぐに視線を合わせる。
「……殿下。危険な場所では、決して立ち止まらないでください」
叱責の形を取った言葉。瞳の奥にあるのは怒りではなく、不安と安堵が複雑に入り混じった色だった。
息が触れそうなほど近い。
リオネルは小さく瞬きをして、そして微笑んだ。
「……うん。ごめん、カイン」
謝罪と同時に浮かんだ笑みは、守られた安心と、胸の奥に広がる熱の混じったもの。頬にかすかな赤みが差す。
カインは息を呑んだ。
理性が止めなければ、そのまま手を強く引き寄せていたかもしれない。
だからこそ、視線を逸らし、表情を固く整える。
「行きましょう」
歩き始めても、肩に置かれた手はすぐには離れなかった。
群衆のざわめきに戻っていくその中で、二人の間だけに別の鼓動が響いていた。
村の入り口が見えてきたころ、リオネルはふと気づく。
肩に残る手の重み。耳に焼き付いた声。そのすべてがまだ自分を包んでいる。
(……カインに守られるのって、なんか……嬉しいのに落ち着かない)
心の奥でその感覚を反芻しながら、リオネルはそっと横を向いた。
カインは表情ひとつ変えずに前を見据えている。その歩幅は無意識に自分に合わせられているようで、ぎゅっと胸が締め付けられるような感覚になる。
春の風が二人の間をすり抜け、花びらをひらひらと舞わせる。
その白い花びらは、肩先に触れては消え、けれど胸に残る温度だけは決して消えなかった。
その日、王城から半日ほど離れた村を視察するため、リオネルは従者や近衛を伴って石畳の街道を進んでいた。
沿道には多くの村人が集まっている。
行列に向けられる視線は希望に満ち、子どもたちは小さな花を振り、大人たちは深々と礼を取る。笑い声や呼び声が次々と上がり、祭りのような熱気に包まれていた。
リオネルは軽く歩みを緩め、手を振り返す。
差し出される小さな手をそっと握り、温かな言葉をかける。その笑顔に人々の緊張が解けていく。
その様子を、カインは半歩後ろで警戒しながら見守っていた。黒い近衛服の背筋は弓のように伸び、視線は群衆の隅々まで走る。
――穏やかに見えたのは、ほんの一瞬だった。
遠くから、馬のいななき。
次いで、車輪が石を削る激しい軋み。
視界の端に、制御を失った荷馬車が突進してくるのが見えた。御者は必死に手綱を引いているが、速度は落ちない。進路の先には――歩みを緩めて村人に笑顔を向けるリオネルの姿。
「――殿下!」
叫ぶより早く、カインの体が動いた。
人混みを鋭くかき分け、リオネルの腕を掴む。
そのまま強く抱き寄せ、近くの石造りの壁際へと押し込むように庇った。
耳元を掠める、風を裂く音。
石畳を削りながら駆け抜ける車輪の轟音。
舞い上がる埃が白く二人を包み、視界が一瞬霞む。
リオネルは息を呑み、硬直した。
前にはカインの胸板、背後には冷たい壁。
両腕に囲われ、逃げ場がない。
「お怪我は!?」
耳元で響く声は、普段の冷静さとは違って震えていた。
焦り、安堵――抑えきれない感情が混じっている。
「だ……大丈夫……」
搾り出すように返した声は、自分でも驚くほどかすれていた。
胸板越しに伝わる鼓動と熱。囲われた狭い空間に満ちる息遣いに、頭がくらくらする。
ほんの数秒なのに――永遠にも思える沈黙が流れた。
カインはゆっくりと体を離したが、片手はリオネルの肩に残し、真っ直ぐに視線を合わせる。
「……殿下。危険な場所では、決して立ち止まらないでください」
叱責の形を取った言葉。瞳の奥にあるのは怒りではなく、不安と安堵が複雑に入り混じった色だった。
息が触れそうなほど近い。
リオネルは小さく瞬きをして、そして微笑んだ。
「……うん。ごめん、カイン」
謝罪と同時に浮かんだ笑みは、守られた安心と、胸の奥に広がる熱の混じったもの。頬にかすかな赤みが差す。
カインは息を呑んだ。
理性が止めなければ、そのまま手を強く引き寄せていたかもしれない。
だからこそ、視線を逸らし、表情を固く整える。
「行きましょう」
歩き始めても、肩に置かれた手はすぐには離れなかった。
群衆のざわめきに戻っていくその中で、二人の間だけに別の鼓動が響いていた。
村の入り口が見えてきたころ、リオネルはふと気づく。
肩に残る手の重み。耳に焼き付いた声。そのすべてがまだ自分を包んでいる。
(……カインに守られるのって、なんか……嬉しいのに落ち着かない)
心の奥でその感覚を反芻しながら、リオネルはそっと横を向いた。
カインは表情ひとつ変えずに前を見据えている。その歩幅は無意識に自分に合わせられているようで、ぎゅっと胸が締め付けられるような感覚になる。
春の風が二人の間をすり抜け、花びらをひらひらと舞わせる。
その白い花びらは、肩先に触れては消え、けれど胸に残る温度だけは決して消えなかった。
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