禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り

結衣可

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第1話 禁書庫に現れた青年

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《登場人物》
  カミル・ローレン
   年齢:26歳
   身分:侯爵家の三男。学術に秀で、王国図書館の禁書庫管理者。
   外見:淡い金髪に灰色の瞳、細身で儚げ。
   性格:穏やかで真面目、人付き合いは苦手。恋愛に臆病。

  セドリック・ヴァレンティス
   年齢:21歳
   身分:宰相の長男。公爵家の嫡男であり、次期宰相候補。
   外見:黒髪に琥珀色の瞳、背が高く華やかな美貌。若さゆえの自信に満ちている。
   性格:押しが強く、自分の欲しいものは手に入れようとする。
   評判:男女問わずモテ、浮名が絶えない。世間では「遊び人」と噂されている。


 オルフェリス王国の中心、王都の中央にそびえる王国図書館。
 幾世代にもわたる王と宰相の庇護を受け、世界でも比類なき知識の集積地として知られる場所だ。
 その地下深くには「禁書庫」と呼ばれる区画がある。そこに眠るのは古代の魔術書や、歴代王家の密約の記録など──時に国家を揺るがすほどの秘密を秘めた文献ばかりだ。

 禁書庫に出入りを許される者は限られている。
 そして現在、その管理を一手に任されているのが、カミル・ローレンという一人の青年だった。

 侯爵家の三男として生まれ、学園で古代文字学を修めたのち、この職を与えられた。
 任を受けてからというもの、カミルは図書館の奥にある小さな自室に住み込み、ほとんど外に出ることなく日々を過ごしている。
 本と共に生きるのは性に合っていたし、外の喧騒から離れられるのも彼にとっては好都合だった。

 ──しかし、その静かな日常は、ある青年の訪問によって破られることになる。

 その日、禁書庫の重い扉の前に立ったカミルは、来訪者の名を聞き、思わず目を見開いた。

「セドリック・ヴァレンティス様……?」

 案内役の司書が頷き、後ろに控える青年を示す。
 黒髪に琥珀色の瞳。整った顔立ちに高貴な雰囲気をまといながら、年相応の若さと勢いを隠さない。
 宰相家ヴァレンティス公爵家の嫡男。次期宰相と目される存在が、禁書庫を訪れるなど滅多にないことだった。

「それでは、私カミル・ローレンが禁書庫のご案内を致します」

 抑揚の少ない声でカミルはそう告げ、深く頭を下げた。
 相手が誰であれ、彼にとっては任務の一環に過ぎない。

「あぁ、よろしく。確認したい記録があるんだ」

 まるで当然のように告げられ、カミルは小さく息を吐く。
 彼の立場を思えば逆らうことなどできないが、強引さに戸惑いを隠せなかった。

「……承知しました。お探しの分野は?」

「建国初期の条約記録だ。王と諸侯の間で交わされたものがあるだろ」

「畏まりました。では、こちらへどうぞ」

 カミルは静かに頷き、奥へと歩き出す。
 静寂の中、二人の足音だけが響く。
 セドリックは物珍しげに壁を見回しながら、やけに軽快な調子で声をかけてきた。

「ここは、息が詰まりそうなほど静かだな」

「ええ、限られた人間しか入ることができませんから」

「空気が冷たい。陽の光も入らないのか」

「記録を守るには、最も適した環境かと存じます」

「……お前も、ずっとここに住んでるのか?」

「ええ。学園を出てからは、ずっと」

「そうか」

 短く答えるカミルの声は淡々としていたが、内心では自分の私生活を聞かれたことに、ほんの少し心がざわついた。
 軽口に乗らされまいと、カミルは視線を前に戻す。

「ヴァレンティス様、こちらがそのお探しの記録にございます」

 求められるままに記録を差し出し、説明を加える。
 セドリックは驚くほど熱心に耳を傾け、時折的確な質問を返してきた。
 軽薄に見える噂とは裏腹に、彼の瞳には真剣さが宿っていた。

「……やはりここに来て正解だったな。文献だけでは分からないことまで、理解できた」

「お役立てたようで、こちらも大変嬉しく思います」

 淡々と返しながらも、カミルは胸の奥に小さな熱を感じていた。
 セドリックの視線が、自分の言葉に真っ直ぐ注がれている。
 それは久しく感じたことのない「必要とされている」という感覚だった。

 ──いや、この禁書庫は頻繁に訪れるようなところではない。おそらく、もう会うこともないだろう。
   彼も、彼の立場も、自分には関係のないこと。
   忘れよう。……少し、本当に少しだけ、……楽しかったけど。

 セドリックの視線を避けるように、目を伏せる。
 カミルは一礼すると、入退室記録の記入をするために禁書庫の出入り口にある受付に向かった。

 一方、セドリックは、初めて会ったこの青年の態度に不思議な居心地の悪さを覚えていた。
 誰もが彼を気に入り、笑顔を向け、取り入ろうとする。
 目の前の司書は、ただ冷静に職務を果たすだけで、余計な感情を見せなかった。
 なんとなく、それが面白くないセドリックは「また来る」と言い残して、禁書庫を後にした。
 
 こうして、禁書庫に生きる司書と、国政の未来を担う若き貴族の邂逅は始まった。
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