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最終話 新しい年のはじまりに
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最近の聡さんが、少し変わった。
優しいのは前からだけど、今のそれは“恋人”みたいで、見るたびに胸がくすぐったくなる。
朝、コーヒーを淹れているとき。
いつもなら「ありがとう」だけだったのに、今は、カップを受け取るときに、必ず指先が俺の指に触れる。
ほんの一瞬、指の腹が擦れるだけ。
それだけで心臓がバクンと跳ねる。
「蒼、砂糖入れた?」
「はい。……いつも通りです」
「そうか。お前の入れ方が一番ちょうどいい」
何気なく言う声が低くて優しい。
褒め言葉が自然すぎて、逆にずるい。
顔が熱くなっているのを悟られたくなくて、慌てて背を向けた。
「急に静かになったな」
「なんでもないです!」
「そう?」
“そう?”って、そんな柔らかい声で言わないでほしい。
2杯目のコーヒーを落とす音が、やけに大きく聞こえる。
昼過ぎ、洗濯物を干していたとき。
椅子を使おうとしてバランスを崩しかけた瞬間、後ろから腰を支えられた。
「危ない」
あまりに自然に背中から抱きとめられて、動けなくなった。
距離が、近い。
背中に当たる聡さんの胸の温かさと、耳のすぐ後ろに落ちた声の低さ。
「……っ、聡さん……」
「無理して手ぇ伸ばすな。届かないときは呼べ」
「す、すみません……」
「謝るな」
支えられたまま、手首を軽く包まれる。
その掌の熱が、ゆっくり肌に染みていく。
あまりにも穏やかな触れ方で、逆に息が詰まりそうだった。
(だめだ……心臓がもたない……)
顔まで真っ赤になっているのを見られたくなくて、小さく「ありがとう」とだけ言うと、聡さんは短く「あぁ」と答え、そのまま頭をぽん、と撫でた。
それがもう限界だった。
夜、ソファで隣に座ってテレビを観ているときも、いつの間にか距離が近くなっている。
「寒いか?」
「だいじょ……」
言いかけた瞬間、聡さんの手が俺の肩にブランケットをかけた。
「……ほら」
「ありがとうございます」
「ちゃんとあったまれ」
気づけば、聡さんの肩にもたれていた。
重さを預けるのが怖くなくなっていた。
(……怖くはないけど、平気じゃない。心臓がうるさい)
体の中がずっと熱くて、息を吸うたびに、聡さんの匂いがする。
「蒼」
「……はい」
「また顔、赤い」
「これは、その……暖房のせいです」
「そうか?」
「たぶん……」
そう言いながらも、聡さんが少し笑って、俺の頬に指を滑らせた。
ほんの数秒の触れ方なのに、その優しさが胸の奥を一瞬でとかしていく。
「お前が可愛くて、たまに困る」
その一言で、完全に呼吸が止まった。
恥ずかしくて、でも嬉しくて、胸の奥がどうしようもなく熱くなる。
返事ができなくて黙っていると、聡さんが耳元に顔を寄せて、低く囁いた。
「……倒れるなよ」
「た、倒れません……」
「そうか」
彼の笑い声がすぐ近くで聞こえる。
その音だけで、もう本当に倒れそうだった。
***
大晦日の夜、神社の参道には人が多く、冷たい空気と甘い香りが混ざっていた。
境内の灯りが雪の粒を照らして、少し幻想的に見える。
人混みの中、聡さんの手を握る。
最初は“はぐれないように”って言い訳のつもりだった。
でも、指を絡めた瞬間に、その温かさが胸の奥まで伝わってきて、もう離したくなくなっていた。
「寒くないか?」
「平気です。聡さんの手、あったかいですから」
「そうか」
淡い息を白く吐きながら、聡さんが小さく笑った。
その横顔を見上げるたびに、心臓が静かに鳴る。
おみくじを引いたら、蒼は“中吉”。
聡さんは“吉”。
さりげなく比べ合って、蒼が少し得意げに笑った。
「俺のほうが運いいですね」
「どうだろうな。
“良縁を大切に”って書いてあるぞ。お前、誰かいるのか」
「……聡さんがいるので」
さらっと言ったつもりだったのに、聡さんの動きが一瞬止まった。
それでも何も言わず、そのまま歩き出す。
人混みを抜けるころには、夜風が頬に刺さるほど冷たくなっていた。
「……手、冷えてるんじゃないか」
聡さんが立ち止まり、蒼の手を包み直した。
「さっきより冷たいな」
「人混みで離れちゃったから……」
「もう離れるなよ、俺から」
その言葉に、胸が一瞬きゅっとなる。
寒さのせいだけじゃない。
参道を抜けて、街灯がぽつぽつ続く静かな道に出た。
さっきまでの喧騒が嘘みたいに、ふたりの足音だけが響く。
「蒼」
「はい」
「去年、お前と暮らし始めたころ、
まさかこんなふうに年を越すなんて思ってなかった」
「……俺もです」
「最初は、“元カノの弟”って、それだけのはずだった」
「はい」
「でも、気づいたら、お前のいる部屋が“帰る場所”になってた」
静かな声だった。
夜風が二人の間を通り抜けて、その言葉だけが温かく残る。
聡さんが、ゆっくり立ち止まった。
街灯の下で振り返って、まっすぐに蒼を見た。
「……好きだ」
たった3文字なのに、世界が一瞬止まったみたいだった。
聡さんの目は真っ直ぐで、酔いも冗談もなく、ただ静かに揺れていた。
「遅くなってごめん。でも、ちゃんと言葉にして伝えたかった」
「……っ」
胸の奥が一気に熱くなる。
どうしてこんなにあたたかいのに、涙が出そうになるんだろう。
震える声で、なんとか答えた。
「俺も……好きです」
聡さんの表情が、少し緩んだ。
そして、繋いだ手を強く握り直した。
「これからも一緒に年を越していこう」
「……はい」
遠くで除夜の鐘が鳴っていた。
新しい年の最初の音を聞きながら、蒼は心の中でひとつ願いをかけた。
――この人の隣で、ずっと笑っていられますように。
***
カーテンの向こうで、東の空が少しずつ明るくなっていた。
冬の夜明けは遅いけれど、今日だけは眠れずに目が覚めてしまった。
隣では、聡さんが穏やかな寝息を立てている。
枕にかかる髪が少し乱れていて、寝顔はいつもよりもずっと柔らかい。
――昨夜、「好きだ」と言ってくれた。
その言葉を思い出すたびに、胸の奥がじんわりと温かくなる。
夢じゃない。ちゃんと覚えている。
あの声も、指の温度も。
このまま、もう一度“おはよう”を伝えたかった。
小さく息を吸って、そっと身を寄せる。
寝顔を見つめながら、少しだけ唇を近づけた。
触れる寸前――
「……蒼」
目を開けた聡と、視線がぶつかった。
「……っ、ご、ごめんなさい、起こしてしまって……!」
「いい」
低い声。
笑っているのか、本気で照れているのか分からない。
聡さんの手が静かに伸びてきて、蒼の頬を包んだ。
「……途中で止められると、気になるだろ」
そう言って、ゆっくりと唇が触れた。
最初は軽く。
けれど、離れる間もなく、もう一度、深く。
柔らかいのに、確かな重みがある。
息が混じって、胸の奥に熱がゆっくりと広がっていく。
息を整える間もなく、聡さんが額を蒼の額に寄せた。
「……可愛いな」
その一言で、体の力が抜けてしまった。
「寝起きにこんな可愛い顔見せられたら、堪らないな」
「そんなこと……」
恥ずかしくて、でも、視線を逸らせなくて、顔がどんどん熱くなる。
「……蒼」
「はい」
「このまま、もう少しだけ」
手がそっと背中に回って、蒼はその胸に顔をうずめた。
聡さんの心臓の音が、耳の奥で静かに響いている。
「……聡さん」
「ん」
「好きです」
「知ってる」
答えは短くて、でも、十分だった。
「蒼、少し口開けて」
「?」
「は、そっか、そうだよな。じゃあ、そのままでいい」
聡さんはそう言うと、蒼に覆いかぶさるように体勢を変え、軽めのキスを落とす。
蒼の唇を食むように少しずつ、深くしていく。
聡さんは舌先でノックをするようにトントンと、合図されて、ほんの少し蒼は口を開いた。
滑り込ませるように聡さんが舌を侵入させ、逃げそうになる蒼のそれを絡め取っていく。
「……んっ……ふ……」
息継ぎの合間に漏れる蒼の声が甘く、頭に響く。
蒼の手が聡さんのシャツをぎゅっと掴むと、キスが止んだ。
力が抜けて、ぼやけた目で、聡さんを見ると、優しく頬を撫でられる。
「蒼、好きだ」
「はい……はい、俺も大好きです」
朝の光が少しずつ強くなっていく。
窓の外では鳥の声。
ふたりの影がひとつになって、
部屋の中にやわらかな温度が満ちていた。
優しいのは前からだけど、今のそれは“恋人”みたいで、見るたびに胸がくすぐったくなる。
朝、コーヒーを淹れているとき。
いつもなら「ありがとう」だけだったのに、今は、カップを受け取るときに、必ず指先が俺の指に触れる。
ほんの一瞬、指の腹が擦れるだけ。
それだけで心臓がバクンと跳ねる。
「蒼、砂糖入れた?」
「はい。……いつも通りです」
「そうか。お前の入れ方が一番ちょうどいい」
何気なく言う声が低くて優しい。
褒め言葉が自然すぎて、逆にずるい。
顔が熱くなっているのを悟られたくなくて、慌てて背を向けた。
「急に静かになったな」
「なんでもないです!」
「そう?」
“そう?”って、そんな柔らかい声で言わないでほしい。
2杯目のコーヒーを落とす音が、やけに大きく聞こえる。
昼過ぎ、洗濯物を干していたとき。
椅子を使おうとしてバランスを崩しかけた瞬間、後ろから腰を支えられた。
「危ない」
あまりに自然に背中から抱きとめられて、動けなくなった。
距離が、近い。
背中に当たる聡さんの胸の温かさと、耳のすぐ後ろに落ちた声の低さ。
「……っ、聡さん……」
「無理して手ぇ伸ばすな。届かないときは呼べ」
「す、すみません……」
「謝るな」
支えられたまま、手首を軽く包まれる。
その掌の熱が、ゆっくり肌に染みていく。
あまりにも穏やかな触れ方で、逆に息が詰まりそうだった。
(だめだ……心臓がもたない……)
顔まで真っ赤になっているのを見られたくなくて、小さく「ありがとう」とだけ言うと、聡さんは短く「あぁ」と答え、そのまま頭をぽん、と撫でた。
それがもう限界だった。
夜、ソファで隣に座ってテレビを観ているときも、いつの間にか距離が近くなっている。
「寒いか?」
「だいじょ……」
言いかけた瞬間、聡さんの手が俺の肩にブランケットをかけた。
「……ほら」
「ありがとうございます」
「ちゃんとあったまれ」
気づけば、聡さんの肩にもたれていた。
重さを預けるのが怖くなくなっていた。
(……怖くはないけど、平気じゃない。心臓がうるさい)
体の中がずっと熱くて、息を吸うたびに、聡さんの匂いがする。
「蒼」
「……はい」
「また顔、赤い」
「これは、その……暖房のせいです」
「そうか?」
「たぶん……」
そう言いながらも、聡さんが少し笑って、俺の頬に指を滑らせた。
ほんの数秒の触れ方なのに、その優しさが胸の奥を一瞬でとかしていく。
「お前が可愛くて、たまに困る」
その一言で、完全に呼吸が止まった。
恥ずかしくて、でも嬉しくて、胸の奥がどうしようもなく熱くなる。
返事ができなくて黙っていると、聡さんが耳元に顔を寄せて、低く囁いた。
「……倒れるなよ」
「た、倒れません……」
「そうか」
彼の笑い声がすぐ近くで聞こえる。
その音だけで、もう本当に倒れそうだった。
***
大晦日の夜、神社の参道には人が多く、冷たい空気と甘い香りが混ざっていた。
境内の灯りが雪の粒を照らして、少し幻想的に見える。
人混みの中、聡さんの手を握る。
最初は“はぐれないように”って言い訳のつもりだった。
でも、指を絡めた瞬間に、その温かさが胸の奥まで伝わってきて、もう離したくなくなっていた。
「寒くないか?」
「平気です。聡さんの手、あったかいですから」
「そうか」
淡い息を白く吐きながら、聡さんが小さく笑った。
その横顔を見上げるたびに、心臓が静かに鳴る。
おみくじを引いたら、蒼は“中吉”。
聡さんは“吉”。
さりげなく比べ合って、蒼が少し得意げに笑った。
「俺のほうが運いいですね」
「どうだろうな。
“良縁を大切に”って書いてあるぞ。お前、誰かいるのか」
「……聡さんがいるので」
さらっと言ったつもりだったのに、聡さんの動きが一瞬止まった。
それでも何も言わず、そのまま歩き出す。
人混みを抜けるころには、夜風が頬に刺さるほど冷たくなっていた。
「……手、冷えてるんじゃないか」
聡さんが立ち止まり、蒼の手を包み直した。
「さっきより冷たいな」
「人混みで離れちゃったから……」
「もう離れるなよ、俺から」
その言葉に、胸が一瞬きゅっとなる。
寒さのせいだけじゃない。
参道を抜けて、街灯がぽつぽつ続く静かな道に出た。
さっきまでの喧騒が嘘みたいに、ふたりの足音だけが響く。
「蒼」
「はい」
「去年、お前と暮らし始めたころ、
まさかこんなふうに年を越すなんて思ってなかった」
「……俺もです」
「最初は、“元カノの弟”って、それだけのはずだった」
「はい」
「でも、気づいたら、お前のいる部屋が“帰る場所”になってた」
静かな声だった。
夜風が二人の間を通り抜けて、その言葉だけが温かく残る。
聡さんが、ゆっくり立ち止まった。
街灯の下で振り返って、まっすぐに蒼を見た。
「……好きだ」
たった3文字なのに、世界が一瞬止まったみたいだった。
聡さんの目は真っ直ぐで、酔いも冗談もなく、ただ静かに揺れていた。
「遅くなってごめん。でも、ちゃんと言葉にして伝えたかった」
「……っ」
胸の奥が一気に熱くなる。
どうしてこんなにあたたかいのに、涙が出そうになるんだろう。
震える声で、なんとか答えた。
「俺も……好きです」
聡さんの表情が、少し緩んだ。
そして、繋いだ手を強く握り直した。
「これからも一緒に年を越していこう」
「……はい」
遠くで除夜の鐘が鳴っていた。
新しい年の最初の音を聞きながら、蒼は心の中でひとつ願いをかけた。
――この人の隣で、ずっと笑っていられますように。
***
カーテンの向こうで、東の空が少しずつ明るくなっていた。
冬の夜明けは遅いけれど、今日だけは眠れずに目が覚めてしまった。
隣では、聡さんが穏やかな寝息を立てている。
枕にかかる髪が少し乱れていて、寝顔はいつもよりもずっと柔らかい。
――昨夜、「好きだ」と言ってくれた。
その言葉を思い出すたびに、胸の奥がじんわりと温かくなる。
夢じゃない。ちゃんと覚えている。
あの声も、指の温度も。
このまま、もう一度“おはよう”を伝えたかった。
小さく息を吸って、そっと身を寄せる。
寝顔を見つめながら、少しだけ唇を近づけた。
触れる寸前――
「……蒼」
目を開けた聡と、視線がぶつかった。
「……っ、ご、ごめんなさい、起こしてしまって……!」
「いい」
低い声。
笑っているのか、本気で照れているのか分からない。
聡さんの手が静かに伸びてきて、蒼の頬を包んだ。
「……途中で止められると、気になるだろ」
そう言って、ゆっくりと唇が触れた。
最初は軽く。
けれど、離れる間もなく、もう一度、深く。
柔らかいのに、確かな重みがある。
息が混じって、胸の奥に熱がゆっくりと広がっていく。
息を整える間もなく、聡さんが額を蒼の額に寄せた。
「……可愛いな」
その一言で、体の力が抜けてしまった。
「寝起きにこんな可愛い顔見せられたら、堪らないな」
「そんなこと……」
恥ずかしくて、でも、視線を逸らせなくて、顔がどんどん熱くなる。
「……蒼」
「はい」
「このまま、もう少しだけ」
手がそっと背中に回って、蒼はその胸に顔をうずめた。
聡さんの心臓の音が、耳の奥で静かに響いている。
「……聡さん」
「ん」
「好きです」
「知ってる」
答えは短くて、でも、十分だった。
「蒼、少し口開けて」
「?」
「は、そっか、そうだよな。じゃあ、そのままでいい」
聡さんはそう言うと、蒼に覆いかぶさるように体勢を変え、軽めのキスを落とす。
蒼の唇を食むように少しずつ、深くしていく。
聡さんは舌先でノックをするようにトントンと、合図されて、ほんの少し蒼は口を開いた。
滑り込ませるように聡さんが舌を侵入させ、逃げそうになる蒼のそれを絡め取っていく。
「……んっ……ふ……」
息継ぎの合間に漏れる蒼の声が甘く、頭に響く。
蒼の手が聡さんのシャツをぎゅっと掴むと、キスが止んだ。
力が抜けて、ぼやけた目で、聡さんを見ると、優しく頬を撫でられる。
「蒼、好きだ」
「はい……はい、俺も大好きです」
朝の光が少しずつ強くなっていく。
窓の外では鳥の声。
ふたりの影がひとつになって、
部屋の中にやわらかな温度が満ちていた。
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