呪いで猫にされた騎士は屈強な傭兵に拾われる

結衣可

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第4話 膝の上

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朝の光が差し込み、暖炉の火は細く赤く残っていた。
ロウガンが椅子でうたた寝している膝の上では、黒猫アッシュが丸くなっていた――昨夜ずっと、そこで眠っていたのだ。

ロウガンは眠りの浅い男だ。
猫が寝返りを打つたび、反射的に胸元で支えたり、毛布をかけ直していた。

(……なんで俺は、こんなに世話焼いてんだかな)

自分でも不思議だ。
寝息を立てる黒猫の小ささと、丸めた背中の弱々しさを見ると――どうしても放っておけなかった。
アッシュがちいさく動いた。

「……にゃ……」

その声で、ロウガンはゆっくり目を開けた。

「おはよう。……猫のほうか」

指先でそっと頭を撫でると、黒猫は満足げに喉を鳴らし――ぱちん、と光が弾けた。

次の瞬間には。

「……っ!」

ロウガンの膝の上に、黒髪の青年が向かい合うように座って現れた。

顔は真っ赤。
肩は震え、俯いて、必死に顔を隠す。

「お、おい! 人間に戻ってんぞ。大丈夫か?」

「だ、大丈夫じゃない!!」

ベッドに転がるかのようにロウガンの膝から転げ落ち、耳まで真っ赤の状態で床に座り込んだ。

「な、なんで……俺、お前の膝の上で……!?」

「いや……猫のときに膝に乗って、そのまま寝たんだろ?」

「そ、そうだけど!!……あんたがずっと乗せてるなんて思わないだろ」

「仕方ない、お前が寄ってくるんだから」

ロウガンは妙に優しい声で言う。

「人のときも猫のときも、お前は本当に可愛いな」

「やめろって!!」

寝台の毛布を引っ張り、赤くなった顔を隠そうとそれを頭から被った。
その姿は、王国騎士団の騎士だったとは到底思えないほど可愛い。
ロウガンは、ふ、と笑った。

(……なるほど。猫のときは甘えんぼ、人のときはこんなに照れ屋。どっちも……悪くねぇ)

むしろ、愛しさがじわじわと胸に広がっていく。
そんなことを言えば、アッシュは爆発するだろう。

***

午後、ロウガンは薬草を煎じ、アッシュの傷の手当てをしていた。

「ほら、服をまくれ。全部脱がなくていいから」

言うより先にロウガンの手がアッシュの服に触る。
慌てて、アッシュは身体を引く。

「わかったから、自分でやる……!」

人間姿のアッシュは、とにかくツンが強い。
眉間に皺を寄せ、ぷいと顔を背ける。

しかし、ロウガンが脇腹に触れると――

「っ……!」

肩が跳ね、背中がびくっと震える。

「どした?」

「な、なんでもない!!触り方が……猫のときと同じで……っ」

「いちいち触り方なんて変えてない」

「わかってる!!」

叫ぶが、その叫び方がまた、本当に可愛い。
ロウガンは苦笑しながら、薬を塗り、丁寧に包帯を巻いた。

「よし、終わりだ」

「……ふん……」

アッシュがそっぽを向いた瞬間――
ロウガンの膝のあたりで、ふわりと光が走った。

「あ」

「っ!? また!? ま、待――」

アッシュは黒猫になっていた。

「にゃっ……!!」

真っ赤な顔で睨んでいた青年が、前足をちょこんと揃えてこちらを見上げている。
ギャップがあまりにも酷い。

「……お前、変身、唐突すぎないか?」

「にゃうっ!!」

怒っているらしい。
でも怒り方が可愛すぎて伝わらない。

「人間のときあれだけ威勢がいいのに……猫になるとこうか」

「にゃっ……ぅ……!」

背を丸めて、甘える準備をしているのが丸わかりだ。
アッシュ本人は抵抗しているつもりなのだろうが――体は、ロウガンの足元に寄っていってしまう。

「……来るんだな、やっぱり」

「にゃ……」

「いいぞ。ほら」

ロウガンが手を広げると、アッシュはほんの一瞬ためらったあと――ちょこん、と胸元に飛び乗った。

「にゃっ……」

「甘えんぼだな」

「にゃあああ!!」
 (※怒っているつもり)

尻尾はぶんぶん振られているし、喉は鳴りっぱなしだ。
ロウガンは目を細め、黒い毛並みをゆっくり撫で続ける。

「そういや、お前昼間に猫になるのはこれが初めてだな。夜だけじゃないのか……」

「……(確かに、夜だけだと思っていた)」

「きっかけがあるのか、あるいは……いや、考えても仕方ない」

「……にゃ~」

「ふっ、俺は……やっぱり、どっちも好きだな」

「にゃ!?!?」

アッシュの体がびくっと震えた。
そのまま丸くなり、顔を尻尾で隠すようにして伏せる。
耳の先まで赤いのが分かる。

「人間でも可愛いし、猫でも可愛い。どっちの姿でも……お前はお前だ」

「……にゃ……」

胸の奥がきゅっとつまるような音がして、
アッシュはロウガンの胸元にそっと額を押し付けた。

(――なんで……こんなに……優しいんだ。こんな奴のこと、好きになったら……だめなのに……)

喉がまた甘く鳴ってしまう。
ロウガンはその音に気づき、優しく笑った。

「……かわいいな」

「にゃあああ!!///」

(もう無理……羞恥で死ぬ……)

黒猫アッシュは、悶絶しながらも離れられず、ロウガンの胸で丸くなって震えていた。

***

夕方、暖炉の火がオレンジ色の息を立て、部屋の影を揺らしていた。
アッシュは、昼間の変身騒動の疲れからか、猫の姿で毛布の上にちょこんと座っていた。
ロウガンは椅子に腰掛けて、剣の刃こぼれを研いでいたが――ちら、と何度も視線がアッシュに向かってしまう。

(……動作の一つ一つが、なんでこんなに可愛いんだ)

毛づくろいをして、耳をぴんと立てて、尾を揺らして。
ただそれだけなのに、ロウガンの胸は変にざわつく。

「……おい、寝るならあったかいとこ行けよ」

声をかけると、黒猫がこちらを見上げる。

「にゃ」

たった一音。その声が妙に甘く聞こえる。

「……なんだ、その声」

耳が勝手にふわっと緩む。
そして――アッシュが、ぴょん、と跳んで、当然のようにロウガンの 膝の上に乗った。

「……おま……」

「にゃー……」

(……っ、あったか……)

膝の上で丸くなる黒猫。
喉を小さく鳴らしながら、尻尾をゆるく巻いている。
ロウガンは固まった。

(……いや、無理だろ、これ……)

「アッシュ、お前……あのな……」

声は出たが、膝は動かない。
動かせない。

「……膝の上なんかで寝るなよ。俺が動けねぇだろ」

「……にゃ……」

(返事が……反則級に可愛い……)

喉がころころ鳴り始める。
ロウガンの胸はどうしようもなく緩み、剣の手入れなんて完全に忘れてしまった。

「あ~……まじか……」

天井を見上げて息を吐く。
顔は自然と笑ってしまう。

「……ほんとに、甘えんぼなんだな、お前」

「にゃぁ……」

言葉に反応して、アッシュがロウガンの太ももに頬をすり寄せる。

(……やばい……猫の姿でよかったかもしれない……)

ロウガンは慌てて顔を手で覆う。
でも、アッシュは気にせず喉を鳴らし続ける。

「……膝の上でそんな顔するなよ……」

完全に負けていた。

喉を鳴らす音。
膝に伝わる体温。
全部が、ロウガンの理性を優しく溶かしていく。

どれくらい時間が経っただろう。
やがてアッシュの体の重みが微かに沈み――完全に、眠った。

「……寝ちまったか」

ロウガンは小さくため息をついた。

(動けねぇ……)

けれど、不思議と苦にならない。

(むしろ……ずっとこうしててもいいんじゃねぇか、って思ってる俺がいるのがもっと問題だ)

頭を撫でる。
アッシュは眠りながら小さく反応し、喉を鳴らす。

「……可愛いなぁ」

夜が深まる頃、ロウガンはそっと椅子から立ち上がった。
膝の上の黒猫を落とさないように両手で抱き上げ、寝台へ。

「よしよし……ほら、毛布の中のほうがあったかいだろ」

寝台に寝かせ、胸元に毛布をかける。
そのすぐそばにロウガン自身も横たわって、黒猫を抱き寄せる。
気づけば、猫を胸に抱いたまま、ロウガンも眠りに落ちていた。

***

夜明けにアッシュはゆっくり目を開け――自分が ロウガンに抱き締められて寝ていることに気づいた。

「………………」

しばらく思考が止まった。
人間の姿に戻った自分を、ロウガンが腕の中に抱いている。
そして、ロウガンの胸元に顔が近すぎる。

(……ちょ……え……?)

(……なんで……俺が……こいつの腕の中で……?)

記憶をたどる。
昨夜膝に乗って、そのまま寝た。
その後、抱きかかえられて?寝台に?

(……終わった……)

顔が真っ赤になる。

「アッシュ……」

寝ぼけ声が上から聞こえた。
ロウガンがアッシュの肩を抱いたまま、ゆっくり目を開けた。

「……おはよう」

「っ!!!??」

アッシュは反射的に飛び退こうとして――傷が痛んで、前屈みになった。

「お、おい! 動くな、傷が!」

「ち、ちが……っ! 違うんだ……これは……!!」

アッシュは真っ赤な顔で毛布を掴み、布団の中に潜り込む。

「そんなに恥ずかしがらなくてもいいだろ……」

ロウガンは苦笑しながら、毛布をそっと引く。

「猫のときは、いつも俺にべったりじゃないか」

「言うな!!」

アッシュの悲鳴が家に響き渡った。

(こんな……こんな……恥ずかしすぎる……!!)

しかしロウガンは、アッシュの震える肩を見ると、そっと言った。

「……どっちでもいいさ。猫でも、人でも。お前が寄ってくるなら、抱き締めるだけだ」

「……っ!」

布団の中で、アッシュの心臓が爆発的に跳ねた。

(やめろ……そんなこと言うな……っ離れられなくなるだろ……)

震える喉の奥で、ほんの小さく――

ごろ……。

「……今、鳴ったか?」

「鳴ってない!!!!!」

朝の静けさが、二人のやり取りにやさしく溶けていった。

――こうして、甘くて恥ずかしすぎる同居生活は、さらに深まっていくのだった。
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