プロジェクト・ニッケルクロム ―銀色の方舟―

どえろん

文字の大きさ
8 / 30
第2章:落ちこぼれの箱舟

2-4:不協和音

しおりを挟む
 三笠の言葉は、まるで石のようにホールの中央に投じられ、若者たちの心に静かな、しかし深い波紋を広げていた。

「……反逆者、ね」

 最初に沈黙を破ったのは、出口に向かいかけていた佐藤結実だった。彼女は足を止め、振り返ると、三笠を嘲るように鼻を鳴らした。

「あんた、口だけは達者だな、ジジイ。そんなもん信じるかよ。どうせ俺たちをモルモットか何かみたいに使うだけだろ。そうだろ、橘さんよ」

 結実は、同じく出口付近で立ち止まっていた元クライマー、橘涼介に話を振った。橘は、まるで氷で作られた彫刻のように整った顔をわずかに歪め、冷静に、しかし刺すような視線を三笠に向けた。

「非論理的だ。あまりにも。成功確率、資金源、技術的な裏付け、何一つ提示されていない。これは、ただの壮大な自殺計画だ。僕は、命を賭けるなら、もう少しマシなものに賭けたい」

 橘の言葉は、多くの者の本音を代弁していた。そうだ、あまりにも馬鹿げている。成功するはずがない。
 結実と橘に同調し、数人が再び出口へと歩き出そうとした。今度こそ、この奇妙な集会は解散するかに思われた。

 その時だった。
「――待て」
 地を這うような低い声が、彼らの足を止めた。
 声の主は、雨宮健吾だった。彼は、誰よりも強く三笠に反発していたはずの男だった。だが今、その瞳には怒りとは違う、獰猛な光が宿っていた。

「……自殺計画、結構じゃないか」
 健吾は、ゆっくりと三笠の方へ向き直った。
「どうせ、ここにいる俺たちは、生きていても死んでいるようなものだ。違うか? 夢を絶たれ、社会から弾かれ、ただ息をしているだけのゾンビだ。……俺は、そうだ」

 その告白は、彼の強固な鎧の隙間から漏れ出た、生々しい本音だった。

「ゾンビのまま滅びゆく地球で朽ち果てるのと、最後の最後に、世界の運命ってやつに一発殴りかまして死ぬのと、どっちがマシか。……俺は、後者を選ぶ。あんたの言う『反逆者』とやらが、どんなものか知らねえが、面白そうだ。やってやるよ」

 健吾は、三笠に向かって言い放った。それは、このプロジェクトに対する最初の「宣誓」だった。

 健吾の言葉は、空気を変えた。
 彼の絶望が、逆説的に、この場所にいる意味を照らし出したのだ。
 結実は忌々しげに舌打ちしたが、その場から動かなかった。橘は、健吾の非論理的な決断を理解できないというように、眉をひそめて黙り込んだ。

 そして、その連鎖は続く。
「……あたしも」
 小さな、しかし凛とした声が響いた。星乃しずくだった。彼女はいつの間にかヘッドホンを首にかけ、その虚ろだった瞳で、まっすぐに三笠を見ていた。

「あたしは……もう、誰かに人生を決められるのはうんざり。世界の終わりくらい、自分の意志で選んでみたい」

 元国民的アイドルが放ったその言葉は、健吾の絶望とはまた違う、強い意志の光を放っていた。

 一人、また一人と、残ることを決意していく。
 農業高校出身で、黙々と土をいじることだけが取り柄だった大山五郎おおやま ごろうは、「この星で死ぬより、新しい星で土を耕せる可能性があるなら」と呟いた。
 吃音持ちで、誰とも話せなかった小鳥遊ひまりは、おずおずと一歩前に出て、深々と頭を下げた。それが彼女の「イエス」だった。

 誰もが、それぞれの絶望を抱え、そして、それぞれの理由で最後の希望に手を伸ばそうとしていた。

 その中で、高森大地は、ただ立ち尽くしていた。
 反逆者? 未来を掴む? そんな大それた言葉は、空っぽの彼には響かなかった。
 だが。

(ここにいれば、俺は……)

 母の泣き顔が、脳裏をよぎる。
 コンビニの無機質な光が、蘇る。
 何者でもなく、ただ息をしているだけの、空っぽな自分。

(ここにいれば、俺は“何か”になれるんだろうか)

 たとえそれが、壮大な茶番の登場人物の一人だとしても。
 たとえ、数ヶ月後に宇宙の藻屑と消える運命だとしても。
 無価値なまま、誰かを悲しませながら死んでいくよりは、ずっといい。

 それは、英雄的な決意ではなかった。
 やはり、ただの逃避だったのかもしれない。
 だが、その逃避の先には、今まで見たことのない景色が広がっている予感がした。

 大地は、震える足で、一歩前に出た。
 そして、かろうじて声を絞り出した。
「……俺も、やります」

 その声は小さく、誰の耳に届いたかもわからなかった。
 だが、三笠博士は、確かに大地を見て、深く頷いた。

 最終的に、その場を去る者はいなかった。
 理由は様々だった。絶望から、好奇心から、あるいは、ただ他にいく場所がなかったから。
 だが、結果として、25人の若者は、この荒唐無稽な方舟に乗ることを選んだのだ。

 三笠は、満足そうに全員の顔を見渡した。
「……よろしい。では、改めて言おう」

 彼は、背後の重厚な扉を指さした。
「この扉の先が、君たちの新しい世界だ。一度入れば、打ち上げの日まで二度と外へは出られん。覚悟は、いいかね?」

 返事をする者はいなかった。
 だが、その沈黙は、25人全員の、無言の肯定だった。
 三笠が扉を開くと、その先には、地下へと続く長い長い通路が、まるで未来への入り口のように、暗い口を開けていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

シスターヴレイヴ!~上司に捨て駒にされ会社をクビになり無職ニートになった俺が妹と異世界に飛ばされ妹が勇者になったけど何とか生きてます~

尾山塩之進
ファンタジー
鳴鐘 慧河(なるがね けいが)25歳は上司に捨て駒にされ会社をクビになってしまい世の中に絶望し無職ニートの引き籠りになっていたが、二人の妹、優羽花(ゆうか)と静里菜(せりな)に元気づけられて再起を誓った。 だがその瞬間、妹たち共々『魔力満ちる世界エゾン・レイギス』に異世界召喚されてしまう。 全ての人間を滅ぼそうとうごめく魔族の長、大魔王を倒す星剣の勇者として、セカイを護る精霊に召喚されたのは妹だった。 勇者である妹を討つべく襲い来る魔族たち。 そして慧河より先に異世界召喚されていた慧河の元上司はこの異世界の覇権を狙い暗躍していた。 エゾン・レイギスの人間も一枚岩ではなく、様々な思惑で持って動いている。 これは戦乱渦巻く異世界で、妹たちを護ると一念発起した、勇者ではない只の一人の兄の戦いの物語である。 …その果てに妹ハーレムが作られることになろうとは当人には知るよしも無かった。 妹とは血の繋がりであろうか? 妹とは魂の繋がりである。 兄とは何か? 妹を護る存在である。 かけがいの無い大切な妹たちとのセカイを護る為に戦え!鳴鐘 慧河!戦わなければ護れない!

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

日本国 召喚獣管理省 関東庁 召喚獣総合事案即応科。

wakaba1890
ファンタジー
召喚獣。 それは向こう側とされる所から、10歳を迎えた日本人の子供の下に召喚されるモンスターのことである。 初代天皇・神武天皇が日本を建国した際に書かれた絵画には彼は金鵄と呼ばれる金色に輝く鵄(とび)と契約したのが原初となっている。 そして、縄文、弥生、古墳、飛鳥、平安、戦国時代から近代から今に至るまで、時代を動かしてきた人物の側には確かに召喚獣は介在していた。 また、奇妙な事に、日本国に限り、齢10歳を迎えた日本在住の日本人にのみ体のどこかから多種多様な紋章が発現し、当人が念じると任意の場所から召喚陣が現れ、人ならざるモンスターを召喚される。 そして、彼らモンスターは主人である当人や心を許した者に対して忠実であった。 そのため、古来の日本から、彼ら召喚獣は農耕、治水、土木、科学技術、エネルギー、政治、経済、金融、戦争など国家の基盤となる柱から、ありとあらゆる分野において、今日に至るまで日本国とアジアの繁栄に寄与してきた。 そして、建国から今まで、国益の基盤たる彼ら数万種類以上をも及ぶ召喚獣を取り締まり管理し、2600年以上と脈々と受け継がれてきた名誉ある国家職がーーーーー国家召喚獣管理官である。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

N -Revolution

フロイライン
ライト文芸
プロレスラーを目指す桐生珀は、何度も入門試験をクリアできず、ひょんな事からニューハーフプロレスの団体への参加を持ちかけられるが…

 神典日月神示 真実の物語

蔵屋
歴史・時代
 私は二人の方々の神憑りについて、今から25年前にその真実を知りました。 この方たちのお名前は 大本開祖•出口なお(でぐちなお)、 神典研究家で画家でもあった岡本天明(おかもとてんめい)です。  この日月神示(ひつきしんじ)または日尽神示(ひつくしんじ)は、神典研究家で画家でもあった岡本天明(おかもとてんめい)に「国常立尊(国之常立神)という高級神霊からの神示を自動書記によって記述したとされる書物のことです。  昭和19年から27年(昭和23・26年も無し)に一連の神示が降り、6年後の昭和33、34年に補巻とする1巻、さらに2年後に8巻の神示が降りたとされています。 その書物を纏めた書類です。  この書類は神国日本の未来の預言書なのだ。 私はこの日月神示(ひつきしんじ)に出会い、研究し始めてもう25年になります。  日月神示が降ろされた場所は麻賀多神社(まかたじんじゃ)です。日月神示の最初の第一帖と第二帖は第二次世界大戦中の昭和19年6月10日に、この神社の社務所で岡本天明が神憑りに合い自動書記さされたのです。 殆どが漢数字、独特の記号、若干のかな文字が混じった文体で構成され、抽象的な絵のみで書記されている「巻」もあります。 本巻38巻と補巻1巻の計39巻が既に発表されているが、他にも、神霊より発表を禁じられている「巻」が13巻あり、天明はこの未発表のものについて昭和36年に「或る時期が来れば発表を許されるものか、許されないのか、現在の所では不明であります」と語っています。 日月神示は、その難解さから、書記した天明自身も当初は、ほとんど読むことが出来なかったが、仲間の神典研究家や霊能者達の協力などで少しずつ解読が進み、天明亡き後も妻である岡本三典(1917年〈大正6年〉11月9日 ~2009年〈平成21年〉6月23日)の努力により、現在では一部を除きかなりの部分が解読されたと言われているます。しかし、一方では神示の中に「この筆示は8通りに読めるのであるぞ」と書かれていることもあり、解読法の一つに成功したという認識が関係者の間では一般的です。 そのために、仮訳という副題を添えての発表もありました。 なお、原文を解読して漢字仮名交じり文に書き直されたものは、特に「ひふみ神示」または「一二三神示」と呼ばれています。 縄文人の祝詞に「ひふみ祝詞(のりと)」という祝詞の歌があります。 日月神示はその登場以来、関係者や一部専門家を除きほとんど知られていなかったが、1990年代の初め頃より神典研究家で翻訳家の中矢伸一の著作などにより広く一般にも知られるようになってきたと言われています。 この小説は真実の物語です。 「神典日月神示(しんてんひつきしんじ)真実の物語」 どうぞ、お楽しみ下さい。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』

処理中です...