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第2章:落ちこぼれの箱舟
2-5:地下の箱舟
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三笠博士が重厚な二重扉を開くと、ひやりとした、完全に管理された空気が彼らの肌を撫でた。外の、埃っぽくて生温い世界とは全く違う、清浄な空気。それは、巨大な機械の肺から吐き出された、人工の呼吸だった。
「さあ、入りたまえ」
三笠に促され、若者たちはおずおずと、あるいは大胆に、一人、また一人と扉の向こう側へと足を踏み入れていく。高森大地が最後の一人として中に入ると、背後で重い扉がゆっくりと閉まり始めた。
ゴウッ……という地響きのような音と共に、分厚い金属の扉が閉じていく。そして、最後にガコン、という鈍い金属音が響き渡り、完全な密閉を告げた。
その音は、彼らがもう二度と、あのセピア色の空の下へは戻れないことを意味する、無慈悲な宣告のようだった。
ホールにいた数人のメンバーが、びくりと肩を震わせる。星乃しずくは、無意識にか、自分の首筋をそっと押さえた。まるで、見えない首輪でもはめられたかのように。
目の前に広がるのは、下へと続く長い長い通路だった。壁も床も、継ぎ目のない滑らかな金属で覆われ、等間隔に埋め込まれたLEDライトが、手術室のように無機質な光を放っている。
「ついてきたまえ。ここからは、君たちの新しい家であり、学校であり、そして方舟となる場所だ」
三笠を先頭に、25人の若者たちは黙ってその通路を進んだ。誰一人、言葉を発しない。ただ、自分たちの足音だけが、金属の床に反響していた。
数分ほど歩いただろうか。通路は、巨大な円形のホールへと繋がっていた。
「……うわ」
誰かが、思わず声を漏らした。大地も、息を呑んだ。
そこは、地下に建造されたとは思えないほど、広大な空間だった。五階建てのビルがすっぽりと収まりそうな高い吹き抜け。壁には、大小様々なモニターが埋め込まれ、複雑なデータやグラフを映し出している。頭上には、太いパイプやダクトが網の目のように走り、この巨大施設の生命線であることを示していた。そして、ホールの中心には、この施設の全体模型と思われる、精巧なジオラマがガラスケースの中に鎮座していた。
「すげえ……」佐藤結実が、初めて感嘆の声を上げた。彼女の目は、剥き出しの配管やダクトの機能美に釘付けになっている。「金、かかってんな」
雨宮健吾は、そんな結実とは対照的に、施設の構造を分析するように鋭い視線を四方へ走らせていた。非常口の位置、監視カメラの数、警備システムの有無。彼の頭の中では、すでにこの施設の脆弱性がスキャンされているかのようだった。
「ここが、この施設の心臓部、中央管制エリアだ。君たちはこれから、この地下施設で生活し、訓練を積んでもらうことになる」
三笠は、ホールの壁の一つを指さした。そこには「居住エリア」と書かれたプレートがあった。
「まずは、君たちの部屋へ案内しよう。これからは、君たちを『メンバー』ではなく『クルー』と呼ぶ。いいね?」
三笠に導かれ、彼らは居住エリアへと足を踏み入れた。そこは、ホテルのように同じデザインのドアがずらりと並んだ、長い廊下だった。
「部屋は、二人一組、あるいは三人一組の相部屋だ。割り振りはすでに決めてある。ドアのプレートに名前が書いてあるから、確認したまえ」
その言葉に、再び不満の声が上がった。
「相部屋だあ?冗談だろ!」
「プライバシーはねえのかよ!」
「ない」と、三笠はきっぱりと言い切った。「これより、君たちは一つの船に乗る運命共同体だ。プライバシーよりも、チームワークを優先してもらう。……それから、もう一つ」
彼は立ち止まり、スタッフの一人が押してきた大きなカートを指さした。カートの上には、くすんだ灰色のジャンプスーツが山積みになっている。
「これは、君たちがこれから着用する船内服だ。私物――特に、スマートフォンをはじめとする外部との通信が可能な電子機器は、全て回収させてもらう」
その瞬間、それまでで最も大きな反発が起きた。
「ふざけんな!スマホまで取り上げる気か!」
「これがないと、死んじまう!」
「その通り」と三笠は冷徹に言った。「だから、回収するのだよ。君たちの“過去”は、ここで一度死んでもらう。スマホは、君たちを過去に縛り付ける、最も強力な鎖だ。それに、セキュリティ上のリスクもある。いいね、全員、提出したまえ」
有無を言わせぬその口調に、誰もが言葉を失った。
スタッフが、無表情に回収ボックスを持って一人ひとりの前に立つ。
ある者は舌打ちしながら乱暴にスマホを放り込み、ある者は名残惜しそうに画面を一度だけ撫でてから、そっとボックスに入れた。
大地も、ポケットから自分のスマートフォンを取り出した。画面には、昨夜見た母親の不在着信が一件、表示されている。
これが、あの世界との、最後の繋がり。
大地は、数秒間それを見つめた後、静かに電源を落とし、ボックスの中へ滑り込ませた。カタン、と軽い音がして、彼の過去との扉が閉じた。
やがて、全員の私物が回収され、代わりに灰色のジャンプスーツと、部屋のカードキーが渡された。
大地の部屋は「B-07」。同室者は、橘涼介と、工藤蓮だった。
カードキーでドアを開けると、そこには簡素なベッドが三つと、小さな机、そしてクローゼットだけがある、殺風景な部屋が広がっていた。窓はない。
橘は、まるで汚いものに触るかのようにジャンプスーツを摘み上げると、無言でベッドの上に放り投げた。工藤蓮は、部屋に入るなり隅にあるベッドに潜り込み、壁の方を向いて丸くなってしまった。
大地は、自分のベッドに腰を下ろした。
手には、ざらりとした感触の、灰色のジャンプスーツ。
それは、これから始まる新しい生活の、そして、失われた自由の象徴のようだった。
地下の、窓のない部屋。閉ざされた世界。
本当に、ここから宇宙へ行けるのだろうか。
いや、それ以前に、自分はここで生きていけるのだろうか。
重く、冷たい不安が、大地の心にゆっくりと沈み込んでいった。
「さあ、入りたまえ」
三笠に促され、若者たちはおずおずと、あるいは大胆に、一人、また一人と扉の向こう側へと足を踏み入れていく。高森大地が最後の一人として中に入ると、背後で重い扉がゆっくりと閉まり始めた。
ゴウッ……という地響きのような音と共に、分厚い金属の扉が閉じていく。そして、最後にガコン、という鈍い金属音が響き渡り、完全な密閉を告げた。
その音は、彼らがもう二度と、あのセピア色の空の下へは戻れないことを意味する、無慈悲な宣告のようだった。
ホールにいた数人のメンバーが、びくりと肩を震わせる。星乃しずくは、無意識にか、自分の首筋をそっと押さえた。まるで、見えない首輪でもはめられたかのように。
目の前に広がるのは、下へと続く長い長い通路だった。壁も床も、継ぎ目のない滑らかな金属で覆われ、等間隔に埋め込まれたLEDライトが、手術室のように無機質な光を放っている。
「ついてきたまえ。ここからは、君たちの新しい家であり、学校であり、そして方舟となる場所だ」
三笠を先頭に、25人の若者たちは黙ってその通路を進んだ。誰一人、言葉を発しない。ただ、自分たちの足音だけが、金属の床に反響していた。
数分ほど歩いただろうか。通路は、巨大な円形のホールへと繋がっていた。
「……うわ」
誰かが、思わず声を漏らした。大地も、息を呑んだ。
そこは、地下に建造されたとは思えないほど、広大な空間だった。五階建てのビルがすっぽりと収まりそうな高い吹き抜け。壁には、大小様々なモニターが埋め込まれ、複雑なデータやグラフを映し出している。頭上には、太いパイプやダクトが網の目のように走り、この巨大施設の生命線であることを示していた。そして、ホールの中心には、この施設の全体模型と思われる、精巧なジオラマがガラスケースの中に鎮座していた。
「すげえ……」佐藤結実が、初めて感嘆の声を上げた。彼女の目は、剥き出しの配管やダクトの機能美に釘付けになっている。「金、かかってんな」
雨宮健吾は、そんな結実とは対照的に、施設の構造を分析するように鋭い視線を四方へ走らせていた。非常口の位置、監視カメラの数、警備システムの有無。彼の頭の中では、すでにこの施設の脆弱性がスキャンされているかのようだった。
「ここが、この施設の心臓部、中央管制エリアだ。君たちはこれから、この地下施設で生活し、訓練を積んでもらうことになる」
三笠は、ホールの壁の一つを指さした。そこには「居住エリア」と書かれたプレートがあった。
「まずは、君たちの部屋へ案内しよう。これからは、君たちを『メンバー』ではなく『クルー』と呼ぶ。いいね?」
三笠に導かれ、彼らは居住エリアへと足を踏み入れた。そこは、ホテルのように同じデザインのドアがずらりと並んだ、長い廊下だった。
「部屋は、二人一組、あるいは三人一組の相部屋だ。割り振りはすでに決めてある。ドアのプレートに名前が書いてあるから、確認したまえ」
その言葉に、再び不満の声が上がった。
「相部屋だあ?冗談だろ!」
「プライバシーはねえのかよ!」
「ない」と、三笠はきっぱりと言い切った。「これより、君たちは一つの船に乗る運命共同体だ。プライバシーよりも、チームワークを優先してもらう。……それから、もう一つ」
彼は立ち止まり、スタッフの一人が押してきた大きなカートを指さした。カートの上には、くすんだ灰色のジャンプスーツが山積みになっている。
「これは、君たちがこれから着用する船内服だ。私物――特に、スマートフォンをはじめとする外部との通信が可能な電子機器は、全て回収させてもらう」
その瞬間、それまでで最も大きな反発が起きた。
「ふざけんな!スマホまで取り上げる気か!」
「これがないと、死んじまう!」
「その通り」と三笠は冷徹に言った。「だから、回収するのだよ。君たちの“過去”は、ここで一度死んでもらう。スマホは、君たちを過去に縛り付ける、最も強力な鎖だ。それに、セキュリティ上のリスクもある。いいね、全員、提出したまえ」
有無を言わせぬその口調に、誰もが言葉を失った。
スタッフが、無表情に回収ボックスを持って一人ひとりの前に立つ。
ある者は舌打ちしながら乱暴にスマホを放り込み、ある者は名残惜しそうに画面を一度だけ撫でてから、そっとボックスに入れた。
大地も、ポケットから自分のスマートフォンを取り出した。画面には、昨夜見た母親の不在着信が一件、表示されている。
これが、あの世界との、最後の繋がり。
大地は、数秒間それを見つめた後、静かに電源を落とし、ボックスの中へ滑り込ませた。カタン、と軽い音がして、彼の過去との扉が閉じた。
やがて、全員の私物が回収され、代わりに灰色のジャンプスーツと、部屋のカードキーが渡された。
大地の部屋は「B-07」。同室者は、橘涼介と、工藤蓮だった。
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