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第3章:灰色のユニフォーム
3-2:食堂の混沌
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結局、大地は蓮を部屋に残し、一人で食堂へと向かった。
居住エリアから食堂へと続く廊下は、同じ灰色のジャンプスーツを着た若者たちで溢れていた。同じ服を着ているはずなのに、不思議と誰が誰だか見分けがついた。その人が纏う雰囲気や、歩き方、姿勢が、服装という記号以上に、その人の個性を雄弁に物語っていたからだ。
食堂は、だだっ広い空間だった。工場の社員食堂を思わせる、飾り気のない長テーブルとパイプ椅子が整然と並べられている。配膳カウンターには、すでに食事を求めるクルーたちの列ができていた。
大地の目に、ひときわ目立つ一団が映った。
雨宮健吾を中心とした、数人の体育会系らしい男たちだ。健吾は、まるで昔から知っている仲間のように彼らに馴れ馴れしく話しかけ、早くも自分の派閥を形成しようとしているようだった。
「いいか、俺たちはチームだ!まずは飯を食って、体力をつけねえとな!」
その声は大きく、自信に満ちている。だが、誰もが彼に従っているわけではなかった。
「うっわ、何このメシ。マズそー」
配給されたトレーの上に乗った簡素な食事――麦飯、具の少ない味噌汁、そして魚の缶詰――を見て、佐藤結実が大声で文句を言った。
カウンターの内側で配膳をしていた、人の好さそうな顔の青年が、困ったように眉を下げる。彼は元料理人志望の坂本洋平(さかもと ようへい)だった。
「ご、ごめん。今日はこれしか食材がなくて……」
「言い訳してんじゃねえよ!食い物の恨みは恐いんだぞ、わかってんのか!」
結実の恫喝に、坂本はすっかり萎縮してしまっている。
その一方で、星乃しずくは、誰とも関わらず、一人で窓際の席に座っていた。彼女の周りだけ、空気が違う。誰も、彼女に声をかけることができない。彼女は、ただ無心に、そして驚くほど速く食事を口に運び、食べ終えると誰に挨拶することもなく、さっさと食堂を出て行った。それは、生きるための「作業」のように見えた。
大地は、どこにも属することができず、トレーを持って食堂の中をうろついた。健吾たちのグループは暑苦しいし、結実に絡まれるのもごめんだ。かといって、一人でいる勇気もない。
結局、彼は一番隅のテーブルで、同じように一人で食事をしていた、元農業高校生の大山五郎の向かいに、おずおずと腰を下ろした。大山は、大きな体を小さく丸め、不器用な箸使いで黙々と麦飯を口に運んでいた。大地が目の前に座ったことに気づいているのかいないのか、彼は一度も顔を上げなかった。
味は、なかった。
大地は、ただ腹を満たすためだけに、砂を噛むようにして食事を胃に流し込んだ。
チームワーク。運命共同体。三笠博士の言葉が、空々しく響く。
ここは、バラバラな個人の欲望と、不信と、諦めが渦巻く、混沌の坩堝だった。
食事を終える頃、食堂の入り口に三笠博士が現れた。
彼の姿を認めると、騒がしかった食堂が、水を打ったように静まり返る。
三笠は、マイクも使わずに、よく通る声で言った。
「最初の食事は、口に合ったかね?」
その問いに、何人かが皮肉な笑みを浮かべた。
「さて、今後の君たちの生活について、基本的なルールを伝える。起床は毎朝6時。点呼の後、朝食。午前中は基礎訓練。午後は、各自の専門分野に分かれてのシミュレーション訓練。夕食の後、22時には消灯だ。……質問は?」
誰も、手を挙げない。まるで、刑務所の規則説明を聞いているかのようだった。
「よろしい。明日の朝から、早速訓練を開始する。……ああ、それから一つ言い忘れていた」
三笠は、悪戯っぽく口の端を上げた。
「このプロジェクトには、脱落というルールがある。訓練の評価が著しく低い者、協調性を著しく欠く者は、クルーから外れてもらう。……そうなった者がどうなるか。それは、君たちの想像に任せよう」
その言葉は、彼らの間に、冷たい、決定的な楔を打ち込んだ。
ここは、馴れ合いのキャンプではない。
生き残りを賭けた、選別の場なのだと。
食堂を出て、自室へと戻る足取りは、来た時よりもさらに重くなっていた。
居住エリアから食堂へと続く廊下は、同じ灰色のジャンプスーツを着た若者たちで溢れていた。同じ服を着ているはずなのに、不思議と誰が誰だか見分けがついた。その人が纏う雰囲気や、歩き方、姿勢が、服装という記号以上に、その人の個性を雄弁に物語っていたからだ。
食堂は、だだっ広い空間だった。工場の社員食堂を思わせる、飾り気のない長テーブルとパイプ椅子が整然と並べられている。配膳カウンターには、すでに食事を求めるクルーたちの列ができていた。
大地の目に、ひときわ目立つ一団が映った。
雨宮健吾を中心とした、数人の体育会系らしい男たちだ。健吾は、まるで昔から知っている仲間のように彼らに馴れ馴れしく話しかけ、早くも自分の派閥を形成しようとしているようだった。
「いいか、俺たちはチームだ!まずは飯を食って、体力をつけねえとな!」
その声は大きく、自信に満ちている。だが、誰もが彼に従っているわけではなかった。
「うっわ、何このメシ。マズそー」
配給されたトレーの上に乗った簡素な食事――麦飯、具の少ない味噌汁、そして魚の缶詰――を見て、佐藤結実が大声で文句を言った。
カウンターの内側で配膳をしていた、人の好さそうな顔の青年が、困ったように眉を下げる。彼は元料理人志望の坂本洋平(さかもと ようへい)だった。
「ご、ごめん。今日はこれしか食材がなくて……」
「言い訳してんじゃねえよ!食い物の恨みは恐いんだぞ、わかってんのか!」
結実の恫喝に、坂本はすっかり萎縮してしまっている。
その一方で、星乃しずくは、誰とも関わらず、一人で窓際の席に座っていた。彼女の周りだけ、空気が違う。誰も、彼女に声をかけることができない。彼女は、ただ無心に、そして驚くほど速く食事を口に運び、食べ終えると誰に挨拶することもなく、さっさと食堂を出て行った。それは、生きるための「作業」のように見えた。
大地は、どこにも属することができず、トレーを持って食堂の中をうろついた。健吾たちのグループは暑苦しいし、結実に絡まれるのもごめんだ。かといって、一人でいる勇気もない。
結局、彼は一番隅のテーブルで、同じように一人で食事をしていた、元農業高校生の大山五郎の向かいに、おずおずと腰を下ろした。大山は、大きな体を小さく丸め、不器用な箸使いで黙々と麦飯を口に運んでいた。大地が目の前に座ったことに気づいているのかいないのか、彼は一度も顔を上げなかった。
味は、なかった。
大地は、ただ腹を満たすためだけに、砂を噛むようにして食事を胃に流し込んだ。
チームワーク。運命共同体。三笠博士の言葉が、空々しく響く。
ここは、バラバラな個人の欲望と、不信と、諦めが渦巻く、混沌の坩堝だった。
食事を終える頃、食堂の入り口に三笠博士が現れた。
彼の姿を認めると、騒がしかった食堂が、水を打ったように静まり返る。
三笠は、マイクも使わずに、よく通る声で言った。
「最初の食事は、口に合ったかね?」
その問いに、何人かが皮肉な笑みを浮かべた。
「さて、今後の君たちの生活について、基本的なルールを伝える。起床は毎朝6時。点呼の後、朝食。午前中は基礎訓練。午後は、各自の専門分野に分かれてのシミュレーション訓練。夕食の後、22時には消灯だ。……質問は?」
誰も、手を挙げない。まるで、刑務所の規則説明を聞いているかのようだった。
「よろしい。明日の朝から、早速訓練を開始する。……ああ、それから一つ言い忘れていた」
三笠は、悪戯っぽく口の端を上げた。
「このプロジェクトには、脱落というルールがある。訓練の評価が著しく低い者、協調性を著しく欠く者は、クルーから外れてもらう。……そうなった者がどうなるか。それは、君たちの想像に任せよう」
その言葉は、彼らの間に、冷たい、決定的な楔を打ち込んだ。
ここは、馴れ合いのキャンプではない。
生き残りを賭けた、選別の場なのだと。
食堂を出て、自室へと戻る足取りは、来た時よりもさらに重くなっていた。
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