16 / 30
第4章:仮想の墓標
4-3:敗者の沈黙
しおりを挟む
『SIMULATION FAILED』
無慈悲な赤い文字が、暗いコクピットの中で唯一の光源だった。それは、墓石に刻まれた死亡宣告のように、彼らの最初の挑戦が完全な失敗に終わったことを告げていた。
誰も、動かなかった。
耳鳴りがするほどの静寂の中、それぞれの席で、5人の若者はそれぞれの敗北を噛み締めていた。
雨宮健吾は、キャプテンシートのアームレストを、指の関節が白くなるほど強く握りしめていた。その顔は、屈辱と、抑えきれない怒りで赤く染まっている。彼の脳裏では、シミュレーションの全ての瞬間が、忌ま々しい残像となって繰り返し再生されていた。自衛官候補生時代、最終選抜で犯したたった一つのミス。あの時と同じ、全てが指の間から滑り落ちていく感覚。二度と味わうものかと思っていた絶望が、今、彼の喉元に再び食らいついていた。
星乃しずくは、ディスプレイから目を離さず、高速でログデータをスクロールしていた。その横顔は、完璧な能面のようだった。悲しみも、悔しさも、そこからは一切読み取れない。まるで、この失敗は自分とは無関係だとでも言うように。だが、その硬直した指先だけが、彼女の内なる動揺を微かに物語っていた。信じていた人間に裏切られ、スポットライトの下から引きずり下ろされたあの日から、彼女は感情を殺すことで自分を守ってきた。今も、その見えない鎧が、彼女の心を固く閉ざしている。
「……くだらねぇ」
佐藤結実は、忌々しげに吐き捨てると、自分のコンソールをブーツの爪先で蹴り上げた。ガツン、という鈍い音が響く。彼女の怒りは、自分以外の全てに向けられていた。自分一人ではどうにもならない状況。結局、誰かと組めばこうなる。他人のミスに、自分の未来が巻き込まれていく。それは、彼女が最も嫌うことだった。
そして、高森大地は、ただ凍りついていた。
(俺のせいだ)
隣で大山が震え、致命的な情報を報告できなかった時、自分がもっと強く彼の背中を押すべきだった。いや、自分が彼の代わりにモニターを見て、危険を叫ぶべきだったのだ。だが、恐怖で声が震え、足がすくみ、何もできなかった。結局、自分はここでも、コンビニで万引きを見て見ぬふりをした時と、何一つ変わらない。無力で、空っぽな傍観者だ。
「ご……ごめん……なさい……」
隣から、蚊の鳴くような声が聞こえた。大山五郎が、その大きな体をありったけ小さくして、涙を流していた。「お、俺が……ちゃんと、言えなかったから……」
その謝罪は、誰の心にも届かなかった。それは、もはや彼一人の責任ではなかったからだ。
プシュー、という空気の抜ける音と共に、シミュレーターのハッチが開いた。
外の、ドームの眩しい光が、暗闇に慣れた目に突き刺さる。そして、光と共に流れ込んできたのは、他の20人のクルーたちの、冷ややかな視線だった。
彼らは、まるで舞台の上で無様に転んだ役者を眺める観客のように、黙ってチーム・アルファを見つめていた。同情はない。そこにあるのは、軽蔑と、安堵。「自分たちじゃなくてよかった」という、残酷な安堵感だ。
橘涼介が、壁に寄りかかったまま、小さく、しかし全員に聞こえる声で呟いた。
「3分28秒か。……自己崩壊の新記録としては、なかなかのものだな」
その言葉が、チーム・アルファの心に、最後の追い打ちをかけた。
無慈悲な赤い文字が、暗いコクピットの中で唯一の光源だった。それは、墓石に刻まれた死亡宣告のように、彼らの最初の挑戦が完全な失敗に終わったことを告げていた。
誰も、動かなかった。
耳鳴りがするほどの静寂の中、それぞれの席で、5人の若者はそれぞれの敗北を噛み締めていた。
雨宮健吾は、キャプテンシートのアームレストを、指の関節が白くなるほど強く握りしめていた。その顔は、屈辱と、抑えきれない怒りで赤く染まっている。彼の脳裏では、シミュレーションの全ての瞬間が、忌ま々しい残像となって繰り返し再生されていた。自衛官候補生時代、最終選抜で犯したたった一つのミス。あの時と同じ、全てが指の間から滑り落ちていく感覚。二度と味わうものかと思っていた絶望が、今、彼の喉元に再び食らいついていた。
星乃しずくは、ディスプレイから目を離さず、高速でログデータをスクロールしていた。その横顔は、完璧な能面のようだった。悲しみも、悔しさも、そこからは一切読み取れない。まるで、この失敗は自分とは無関係だとでも言うように。だが、その硬直した指先だけが、彼女の内なる動揺を微かに物語っていた。信じていた人間に裏切られ、スポットライトの下から引きずり下ろされたあの日から、彼女は感情を殺すことで自分を守ってきた。今も、その見えない鎧が、彼女の心を固く閉ざしている。
「……くだらねぇ」
佐藤結実は、忌々しげに吐き捨てると、自分のコンソールをブーツの爪先で蹴り上げた。ガツン、という鈍い音が響く。彼女の怒りは、自分以外の全てに向けられていた。自分一人ではどうにもならない状況。結局、誰かと組めばこうなる。他人のミスに、自分の未来が巻き込まれていく。それは、彼女が最も嫌うことだった。
そして、高森大地は、ただ凍りついていた。
(俺のせいだ)
隣で大山が震え、致命的な情報を報告できなかった時、自分がもっと強く彼の背中を押すべきだった。いや、自分が彼の代わりにモニターを見て、危険を叫ぶべきだったのだ。だが、恐怖で声が震え、足がすくみ、何もできなかった。結局、自分はここでも、コンビニで万引きを見て見ぬふりをした時と、何一つ変わらない。無力で、空っぽな傍観者だ。
「ご……ごめん……なさい……」
隣から、蚊の鳴くような声が聞こえた。大山五郎が、その大きな体をありったけ小さくして、涙を流していた。「お、俺が……ちゃんと、言えなかったから……」
その謝罪は、誰の心にも届かなかった。それは、もはや彼一人の責任ではなかったからだ。
プシュー、という空気の抜ける音と共に、シミュレーターのハッチが開いた。
外の、ドームの眩しい光が、暗闇に慣れた目に突き刺さる。そして、光と共に流れ込んできたのは、他の20人のクルーたちの、冷ややかな視線だった。
彼らは、まるで舞台の上で無様に転んだ役者を眺める観客のように、黙ってチーム・アルファを見つめていた。同情はない。そこにあるのは、軽蔑と、安堵。「自分たちじゃなくてよかった」という、残酷な安堵感だ。
橘涼介が、壁に寄りかかったまま、小さく、しかし全員に聞こえる声で呟いた。
「3分28秒か。……自己崩壊の新記録としては、なかなかのものだな」
その言葉が、チーム・アルファの心に、最後の追い打ちをかけた。
0
あなたにおすすめの小説
走馬灯ループ〜1話「25秒」で読める140字連載小説〜
ユキノ
SF
タイムリープ、パラレルワールド、SF要素。学園、百合、メイド、ラブコメ要素。伏線、謎解き、ミステリー要素。異能力、アンドロイド、ファンタジー要素。1話140文字にすべて盛り込んだ全678話。ノンストップで毎日毎時投稿。25周年カップ開催期間で完結。この内容紹介も140文字でした。
25光年のそらをゆく
忠行
SF
人は一人では生きられない――。
それは人間が一人で生きてゆくには食料の生産をはじめとするライフラインの確保が困難だからで、それさえクリアできたのならば独りのほうが幸福ではないか。
他者など煩わしいだけ。
おのれ独りがいればいい。
真の意味での〝人間〟は一人も存在しない、筆者の理想とする世界を書きます。
剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末
松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰
第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。
本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。
2025年11月28書籍刊行。
なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ヒーローにされそう! 【完結】
野守
SF
ときは令和25年。ほんのちょっとだけ未来の物語。
車椅子で生活する中学生の樹生は、変わり者の伯父から怪しげな電動車椅子をもらう。AI搭載、自家発電可能、カーナビみたいな多機能タブレット付き! ……と自慢げに紹介されたけど、明らかにオカシイ。特にこのAIは絶対変だ。なんでも「樹生をヒーローにする」という目的を組み込まれているらしいのだが……?
謎多きAIに振り回される、カオスな日々はどこへ行く⁉
※作中に登場するアイテムは、実在する人工臓器・義肢装具に着想を得た「架空の発明品」です。あくまでもフィクションとしてお楽しみください。
※他サイトにも掲載しております。
異世界宇宙SFの建艦記 ――最強の宇宙戦艦を建造せよ――
黒鯛の刺身♪
SF
主人公の飯富晴信(16)はしがない高校生。
ある朝目覚めると、そこは見たことのない工場の中だった。
この工場は宇宙船を作るための設備であり、材料さえあれば巨大な宇宙船を造ることもできた。
未知の世界を開拓しながら、主人公は現地の生物達とも交流。
そして時には、戦乱にも巻き込まれ……。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる