プロジェクト・ニッケルクロム ―銀色の方舟―

どえろん

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第4章:仮想の墓標

4-3:敗者の沈黙

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『SIMULATION FAILED』

 無慈悲な赤い文字が、暗いコクピットの中で唯一の光源だった。それは、墓石に刻まれた死亡宣告のように、彼らの最初の挑戦が完全な失敗に終わったことを告げていた。

 誰も、動かなかった。
 耳鳴りがするほどの静寂の中、それぞれの席で、5人の若者はそれぞれの敗北を噛み締めていた。

 雨宮健吾は、キャプテンシートのアームレストを、指の関節が白くなるほど強く握りしめていた。その顔は、屈辱と、抑えきれない怒りで赤く染まっている。彼の脳裏では、シミュレーションの全ての瞬間が、忌ま々しい残像となって繰り返し再生されていた。自衛官候補生時代、最終選抜で犯したたった一つのミス。あの時と同じ、全てが指の間から滑り落ちていく感覚。二度と味わうものかと思っていた絶望が、今、彼の喉元に再び食らいついていた。

 星乃しずくは、ディスプレイから目を離さず、高速でログデータをスクロールしていた。その横顔は、完璧な能面のようだった。悲しみも、悔しさも、そこからは一切読み取れない。まるで、この失敗は自分とは無関係だとでも言うように。だが、その硬直した指先だけが、彼女の内なる動揺を微かに物語っていた。信じていた人間に裏切られ、スポットライトの下から引きずり下ろされたあの日から、彼女は感情を殺すことで自分を守ってきた。今も、その見えない鎧が、彼女の心を固く閉ざしている。

「……くだらねぇ」
 佐藤結実は、忌々しげに吐き捨てると、自分のコンソールをブーツの爪先で蹴り上げた。ガツン、という鈍い音が響く。彼女の怒りは、自分以外の全てに向けられていた。自分一人ではどうにもならない状況。結局、誰かと組めばこうなる。他人のミスに、自分の未来が巻き込まれていく。それは、彼女が最も嫌うことだった。

 そして、高森大地は、ただ凍りついていた。
(俺のせいだ)
 隣で大山が震え、致命的な情報を報告できなかった時、自分がもっと強く彼の背中を押すべきだった。いや、自分が彼の代わりにモニターを見て、危険を叫ぶべきだったのだ。だが、恐怖で声が震え、足がすくみ、何もできなかった。結局、自分はここでも、コンビニで万引きを見て見ぬふりをした時と、何一つ変わらない。無力で、空っぽな傍観者だ。

「ご……ごめん……なさい……」
 隣から、蚊の鳴くような声が聞こえた。大山五郎が、その大きな体をありったけ小さくして、涙を流していた。「お、俺が……ちゃんと、言えなかったから……」

 その謝罪は、誰の心にも届かなかった。それは、もはや彼一人の責任ではなかったからだ。

 プシュー、という空気の抜ける音と共に、シミュレーターのハッチが開いた。
 外の、ドームの眩しい光が、暗闇に慣れた目に突き刺さる。そして、光と共に流れ込んできたのは、他の20人のクルーたちの、冷ややかな視線だった。

 彼らは、まるで舞台の上で無様に転んだ役者を眺める観客のように、黙ってチーム・アルファを見つめていた。同情はない。そこにあるのは、軽蔑と、安堵。「自分たちじゃなくてよかった」という、残酷な安堵感だ。

 橘涼介が、壁に寄りかかったまま、小さく、しかし全員に聞こえる声で呟いた。
「3分28秒か。……自己崩壊の新記録としては、なかなかのものだな」

 その言葉が、チーム・アルファの心に、最後の追い打ちをかけた。
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