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第4章:仮想の墓標
4-5:見せしめ
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チーム・アルファがドームの隅で立ち尽くす中、次のチーム・ブラボーがシミュレーターへと乗り込んでいった。
チーム・ブラボーの船長役は、元クライマーの橘涼介だった。彼のチームは、驚くほど冷静だった。橘は、健吾のような怒号を飛ばすことなく、淡々と、しかし的確な指示をクルーに与えていく。
「センサー、前方デブリの拡散予測を3秒後まで。航法士、予測ルートをパターンBに切り替えろ。機関士、推力70%で姿勢制御スラスタにエネルギーを回せ」
その指示は、まるで精密機械のようだった。感情はない。だが、それゆえにクルーも落ち着いて自分の役割に集中できていた。
結果、チーム・ブラボーは船体損傷率を28%に抑え、制限時間内にミッションをクリアした。
『ミッション・コンプリート』
合成音声が響き渡ると、ドーム内にかすかな安堵のため息が漏れた。
その後も、チーム・チャーリー、チーム・デルタ、チーム・エコーと、シミュレーションは続いていく。
もちろん、全てのチームが完璧だったわけではない。あるチームは損傷率が45%を超え、ギリギリでのクリアだった。またあるチームは、内部での口論が絶えなかった。
だが、それでも。
ミッションに失敗し、赤い『FAILED』の文字を見たのは、チーム・アルファだけだった。
大地たちは、見せしめだった。
三笠博士は、彼らの無様な失敗を他のクルーたちに見せつけることで、この訓練が本物であること、そしてチームワークを欠いた者には容赦ない結末が待っていることを、雄弁に示したのだ。
他のクルーたちが向ける視線は、もはや軽蔑だけではなかった。そこには、恐怖と、そして「ああはなるまい」という強い警戒心が混じっていた。チーム・アルファは、この地下施設における「負け犬」の烙印を、初日にして押されてしまったのだ。
午前の訓練が終わり、食堂へと向かう足取りは、鉛のように重かった。
昼食の配膳カウンターに並んでいても、誰もチーム・アルファのメンバーに近づこうとはしない。まるで、彼らから「失敗」が伝染するとでも言うように、彼らの周りだけぽっかりと空間が空いていた。
テーブルも、自然と5人だけで固まることになった。
だが、そこに会話はなかった。
健吾は、まるで親の仇を討つかのように、乱暴に麦飯をかき込んでいる。その目は、誰とも合わせようとしない。
しずくは、午前中よりもさらに固く心を閉ざし、食事を栄養補給の作業として淡々とこなしている。
結実は、椅子に浅く腰掛け、貧乏ゆすりをしながら、時折、健吾を殺意のこもった目つきで睨みつけていた。
大山は、すっかり萎縮してしまい、箸を持つ手が小刻みに震えている。
そして大地は、そんな地獄のような食卓で、味がしない食事をただ胃に詰め込んでいた。
息が、詰まる。
この5人で、また午後の訓練を乗り越えなければならない。その事実が、絶望的な重みをもって彼にのしかかった。
食事が終わる頃、結実が、ついに堪えきれないというように、ガタンと音を立てて椅子から立ち上がった。
「やってらんねえ」
彼女は、健吾を指さして言い放った。
「元凶はてめえだ、独裁者キャプテン。てめえのせいで、あたしまで減点されちまったじゃねえか。どう落とし前つけてくれんだ、あぁ?」
「……なんだと?」
健吾が、低い声で応じた。その瞳には、危険な光が宿っている。
「自分の役目も果たせねえ奴が、偉そうに口をきくんじゃない」
「てめえがちゃんと操縦できてりゃ、あたしだって動けたんだよ!」
「お前の反抗的な態度が、チームの和を乱したんだ!」
一触即発。
二人の間に、バチバチと激しい火花が散る。食堂にいた他のクルーたちが、遠巻きに、興味本位でその様子を眺めていた。
大地は、止めなければ、と思った。だが、声が出ない。体が、動かない。
大山が、おろおろと二人を見比べている。
その時だった。
「……みっともない」
氷のように冷たい声が、二人の間に割り込んだ。星乃しずくだった。
彼女は、食べ終えた食器をトレーに乗せると、静かに立ち上がった。
「犯人探しをして、何になるの。失敗したのは、全員の責任。それだけのことでしょ」
その言葉は、正論だった。だが、あまりにも冷たく、誰の心にも響かなかった。
「次の訓練で、同じ失敗をしなければいい。……もっとも、あなたたちにそれができるとは思えないけど」
そう言い残し、しずくは誰にも構わず、一人で食堂を後にしてしまった。
残された健吾と結実は、振り上げた拳の行き場を失い、気まずそうに互いから視線をそらした。
最悪の空気だけが、その場に重く、澱のように沈殿していた。
チーム・アルファは、もう内側から崩壊を始めていた。
チーム・ブラボーの船長役は、元クライマーの橘涼介だった。彼のチームは、驚くほど冷静だった。橘は、健吾のような怒号を飛ばすことなく、淡々と、しかし的確な指示をクルーに与えていく。
「センサー、前方デブリの拡散予測を3秒後まで。航法士、予測ルートをパターンBに切り替えろ。機関士、推力70%で姿勢制御スラスタにエネルギーを回せ」
その指示は、まるで精密機械のようだった。感情はない。だが、それゆえにクルーも落ち着いて自分の役割に集中できていた。
結果、チーム・ブラボーは船体損傷率を28%に抑え、制限時間内にミッションをクリアした。
『ミッション・コンプリート』
合成音声が響き渡ると、ドーム内にかすかな安堵のため息が漏れた。
その後も、チーム・チャーリー、チーム・デルタ、チーム・エコーと、シミュレーションは続いていく。
もちろん、全てのチームが完璧だったわけではない。あるチームは損傷率が45%を超え、ギリギリでのクリアだった。またあるチームは、内部での口論が絶えなかった。
だが、それでも。
ミッションに失敗し、赤い『FAILED』の文字を見たのは、チーム・アルファだけだった。
大地たちは、見せしめだった。
三笠博士は、彼らの無様な失敗を他のクルーたちに見せつけることで、この訓練が本物であること、そしてチームワークを欠いた者には容赦ない結末が待っていることを、雄弁に示したのだ。
他のクルーたちが向ける視線は、もはや軽蔑だけではなかった。そこには、恐怖と、そして「ああはなるまい」という強い警戒心が混じっていた。チーム・アルファは、この地下施設における「負け犬」の烙印を、初日にして押されてしまったのだ。
午前の訓練が終わり、食堂へと向かう足取りは、鉛のように重かった。
昼食の配膳カウンターに並んでいても、誰もチーム・アルファのメンバーに近づこうとはしない。まるで、彼らから「失敗」が伝染するとでも言うように、彼らの周りだけぽっかりと空間が空いていた。
テーブルも、自然と5人だけで固まることになった。
だが、そこに会話はなかった。
健吾は、まるで親の仇を討つかのように、乱暴に麦飯をかき込んでいる。その目は、誰とも合わせようとしない。
しずくは、午前中よりもさらに固く心を閉ざし、食事を栄養補給の作業として淡々とこなしている。
結実は、椅子に浅く腰掛け、貧乏ゆすりをしながら、時折、健吾を殺意のこもった目つきで睨みつけていた。
大山は、すっかり萎縮してしまい、箸を持つ手が小刻みに震えている。
そして大地は、そんな地獄のような食卓で、味がしない食事をただ胃に詰め込んでいた。
息が、詰まる。
この5人で、また午後の訓練を乗り越えなければならない。その事実が、絶望的な重みをもって彼にのしかかった。
食事が終わる頃、結実が、ついに堪えきれないというように、ガタンと音を立てて椅子から立ち上がった。
「やってらんねえ」
彼女は、健吾を指さして言い放った。
「元凶はてめえだ、独裁者キャプテン。てめえのせいで、あたしまで減点されちまったじゃねえか。どう落とし前つけてくれんだ、あぁ?」
「……なんだと?」
健吾が、低い声で応じた。その瞳には、危険な光が宿っている。
「自分の役目も果たせねえ奴が、偉そうに口をきくんじゃない」
「てめえがちゃんと操縦できてりゃ、あたしだって動けたんだよ!」
「お前の反抗的な態度が、チームの和を乱したんだ!」
一触即発。
二人の間に、バチバチと激しい火花が散る。食堂にいた他のクルーたちが、遠巻きに、興味本位でその様子を眺めていた。
大地は、止めなければ、と思った。だが、声が出ない。体が、動かない。
大山が、おろおろと二人を見比べている。
その時だった。
「……みっともない」
氷のように冷たい声が、二人の間に割り込んだ。星乃しずくだった。
彼女は、食べ終えた食器をトレーに乗せると、静かに立ち上がった。
「犯人探しをして、何になるの。失敗したのは、全員の責任。それだけのことでしょ」
その言葉は、正論だった。だが、あまりにも冷たく、誰の心にも響かなかった。
「次の訓練で、同じ失敗をしなければいい。……もっとも、あなたたちにそれができるとは思えないけど」
そう言い残し、しずくは誰にも構わず、一人で食堂を後にしてしまった。
残された健吾と結実は、振り上げた拳の行き場を失い、気まずそうに互いから視線をそらした。
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