銀月の聖女は穢れた勇者に唇を捧ぐ ~浄化の儀式は、快感に濡れる始まりの契約~

どえろん

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第2話:聖女様は、初めての『味』を忘れられない

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 しん、と静まり返った儀式の間。
 僕の呪いが浄化された証である光の粒子が、ゆっくりと消えていく。後には、気まずい沈黙と、彼女の甘い吐息の残り香だけが漂っていた。

「……あの、聖女様。大丈夫ですか?」

 床に座り込んだまま、呆然としているセシリア様。俺は震える足でなんとか立ち上がると、そっと手を差し伸べた。
 その瞬間、彼女の肩がビクッと大きく跳ねた。

「ひゃっ……!? さ、触らないで……ください……っ」

 俺の手を避けるように後ずさり、潤んだ瞳でこちらを睨みつけてくる。だが、その声はか細く震えていて、まったく迫力がない。むしろ、怯える小動物のようで、庇護欲をそそられる。

「すみません……。でも、顔色が悪いから……」
「だ、誰のせいだと……! こ、これは義務です。世界を救うための、仕方のない犠牲……。あなたも、勘違いしてはいけません。決して、今日のことを他言しないように」

 早口でまくし立てる姿は、必死に平静を装っているのが見え見えだった。いつもの氷のような仮面は、もう完全に剥がれ落ちている。熟れた果実のように赤い耳が、何よりの証拠だ。

「はい。もちろんです。……その、本当に、ありがとうございました。あなたのおかげで、助かりました」

 俺はただ、心の底からそう言った。
 下心なんて一切ない、純粋な感謝の言葉。
 だが、その言葉が、彼女の心の壁を、また一枚砕いてしまったようだった。

「……っ、どうして……あなたは……」
「え?」
「なぜ、そんな……優しい目を、するのですか……。私は、あなたに……あんな、辱めを……」

 セシリア様の声が、涙で濡れていく。
 彼女はずっと、自分を責めていたのだ。聖女でありながら、穢れた行為をしてしまった、と。そして、あろうことか、感じてしまった、と。

「辱めなんて、思ってませんよ。俺にとっては、命の恩人です」
「でも……っ!」
「それに……」

 俺は言葉を続ける。
「……感じてくれたのが、少し、嬉しかった、なんて言ったら……怒りますか?」

 しまった、と思った。完全に墓穴だ。
 案の定、セシリア様の顔がカッと赤く染まり、わなわなと震え始めた。

 その時だった。

「――セシリア様! ご無事ですか!」

 儀式の間の重い扉が、凄まじい勢いで開かれた。
 そこに立っていたのは、白銀の鎧に身を包んだ、眉目秀麗な騎士だった。歳の頃は二十代前半だろうか。セシリア様と同じ銀髪を短く刈り込み、鋭い蒼い瞳が、室内の惨状――いや、俺たちの様子を捉えて、険しく細められた。

「き、騎士団長……! なぜ、ここに……」
「不浄な気配が消えたのを察知しましたので。……しかし、これはどういう状況ですかな?」

 騎士団長は、ゆっくりと歩みを進めてくる。
 床に座り込んだまま涙目になっている聖女様。その服は少し乱れている。
 そして、その前に立つ、下半身のローブがはだけたままの俺。
 ……うん、どう見てもアウトだ。言い逃れのしようがない。

「……貴様か。異世界から来たという勇者は」
 地を這うような低い声。その蒼い瞳には、明確な敵意と殺意が宿っていた。
「セシリア様に……貴様、一体何をした?」

「ま、待ってください! これは、その、浄化の儀式で……!」
「浄化だと? このような……このような破廉恥な姿で、か!」

 騎士団長が腰の剣に手をかけた。魔力がビリビリと肌を刺す。こいつ、本気だ。
 まずい、殺される――!

 俺が覚悟を決めた、その瞬間。

「やめなさい、アレクシス!!」

 セシリア様が、俺の前に庇うように両腕を広げて立ちはだかった。
 その小さな背中が、やけに大きく見えた。

「セ、セシリア様……? なぜ、そ奴を庇うのですか」
「彼は勇者です! そして……わたくしの、大切な……」
 彼女は一瞬言葉を詰まらせ、そして、決意を固めたように叫んだ。
「わたくしが、命を懸けて守ると決めた、お方です! あなたに、指一本触れさせるわけにはいきません!」

 その言葉は、儀式の間にいる全員の胸を打った。
 騎士団長は驚愕に目を見開き、そして俺は――俺の心臓は、さっきとは違う意味で、激しく高鳴っていた。

 その夜。
 聖女に与えられた自室のベッドの上で、セシリアは一人、自分の唇にそっと触れていた。
 頬はまだ熱い。身体の奥に、知らない熱がまだ燻っている。

(あの人の、マナの味……)

 浄化の儀式は、一方的にマナを与えるだけではなかった。
 彼の源泉からほとばしった奔流を、セシリアはすべて受け止めた。その時、彼の生命力、彼の魂の欠片が、セシリアの身体の中にも流れ込んできたのだ。
 それは、太陽のように温かくて、少しだけ、しょっぱい味がした。

(……忘れられない)

 それは聖女の身体に刻まれた、初めての“快感”の記憶。
 そして、初めて繋がった、男性の温かさ。
 義務だったはずの儀式は、セシリアの心と身体に、甘くて消えない“呪い”を、新たに刻み付けていた。

【続く】
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