銀月の聖女は穢れた勇者に唇を捧ぐ ~浄化の儀式は、快感に濡れる始まりの契約~

どえろん

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第5話:聖女様の温もりは、俺だけの『聖域』になる

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 アレクシスとの模擬戦に勝利した翌日から、城の空気は明らかに変わった。
 俺を見る騎士たちの目に、侮りや疑いの色はもうない。代わりに、好奇と、そして畏敬に似た何かが宿っていた。俺自身の力ではなく、聖剣と、そしてセシリア様との共鳴がもたらした結果だということは、俺自身が一番よく分かっている。

 そして、最も大きな変化は、俺とセシリア様の間に訪れていた。

「……おはよう、ございます」
「……おはよ、ございます」

 朝の訓練場。ぎこちない挨拶を交わし、どちらからともなく手を差し出す。
 指が触れ合った瞬間、以前よりも遥かに鮮明なマナの奔流が、俺たちの身体を駆け巡った。それはもう、ただのエネルギーの流れじゃない。彼女の心の揺らぎ――俺に触れる瞬間の、ほんの少しの期待と、たくさんの恥じらい――が、さざ波のように俺の心に流れ込んでくる。

(……あたたかい、です……あなたの、心……)
(セシリア様のほうこそ……なんか、花畑みたいないい匂いがする……心なのに)

 声に出さずとも、思考が、感情が、溶け合うように伝わってしまう。
 俺たちは顔を見合わせて、カッと赤面した。もう手を繋ぐだけで、お互いの心が半ば丸裸にされてしまうような感覚。これは……訓練どころじゃない。

「……勇者カイト、聖女セシリア。陛下がお呼びである」

 気まずい沈黙を破ったのは、苦虫を百匹は噛み潰したような顔をしたアレクシスだった。どうやら俺たちの心の会話までは聞こえていないようだが、俺とセシリア様が手を繋いだまま真っ赤になっているのを見て、眉間のシワをさらに深くしていた。

「――王都近郊の、ミラの村が魔物に襲われている」

 玉座の間で、国王陛下は重々しく告げた。
「ただの魔物ではない。魔王軍の尖兵と思われる、強大な個体だ。討伐隊を差し向けたが、返り討ちに遭った。……勇者よ、聖女よ。これが、お前たちの初陣となる」

 初陣。その言葉の重みに、俺は息を呑んだ。
 俺が、人を……いや、魔物を殺す? ゲームや漫画の世界じゃない。現実で?
 俺の不安を感じ取ったのか、隣に立つセシリア様が、俺の手を、いつの間にか繋いでいた自分の手に、きゅっと力を込めた。温かいマナと一緒に、(大丈夫です)という強い意志が流れ込んでくる。

「陛下。まことに僭越ながら、セシリア様の護衛として、このアレクシスも同行をお許し願いたい」
「うむ。よかろう。勇者の初陣だ、万全を期せ」

 こうして、俺とセシリア様、そしてお目付け役のアレクシスの三人で、ミラの村へ向かうことになった。

 揺れる馬車の中。
 俺とセシリア様が隣り合って座り、その向かいにアレクシスが腕を組んで座っている。空気が、重い。
 セシリア様は、小さな魔道具――読書用の、文字が淡く光る板だ――に視線を落としているが、明らかに内容は頭に入っていない。時折、チラチラと俺の横顔を盗み見ているのが分かる。

(……怖く、ないのですか?)

 不意に、彼女の心の声が流れ込んできた。手を繋いでいないのに。
 俺たちの繋がりは、もう物理的な接触がなくても、近くにいるだけで微かに作用するようになっていた。

(……怖いよ。めちゃくちゃ怖い)
 俺は心の中で答える。
(でも、セシリア様が隣にいてくれるから。不思議と、やれるって気もするんだ)

 俺の答えに、彼女の肩がほんの少しだけ震えたのが見えた。
 彼女は魔道具から顔を上げず、小さな声で、しかしはっきりと呟いた。

「……わたくしも、です。あなたがいるなら、怖くありません」

 その言葉を聞いたアレクシスの額に、青筋が浮かび上がったのを、俺は見逃さなかった。

 ミラの村は、想像以上に悲惨な状況だった。
 家々の壁には巨大な爪痕が残り、村人たちは怯えきって、広場に集まっていた。
 村長の話によると、魔物は夜になると現れ、村で一番魔力の高い人間を狙うのだという。そして、この村で今、一番魔力が高いのは――間違いなく、聖女であるセシリア様だ。

「……私が、囮になります」

 作戦会議の場で、セシリア様はきっぱりと言い放った。
 当然、アレクシスは猛反対した。だが、それが最も確実な方法であることも、皆が理解していた。

 その夜。
 村で一番頑丈な石造りの教会に、俺とセシリア様は二人きりで立てこもった。アレクシスは教会の外で、他の騎士たちと迎撃態勢を整えている。
 蝋燭の灯りだけが揺れる、静かな堂内。窓の外は、闇に包まれている。
 隣に座るセシリア様の身体が、小さく震えているのが伝わってきた。

「……寒いですか?」
「い、いえ……。武者震いです」

 強がる彼女が、愛おしい。
 俺は、彼女の冷たくなった手を、そっと握った。
 だが、マナの繋がりが、なぜか弱い。彼女の恐怖が、マナの流れを阻害しているのだ。

(これじゃ、聖剣の力は引き出せない……!)

 どうすればいい? どうすれば、彼女の恐怖を取り除ける?
 その時、俺の脳裏に、図書館で読んだ古文書の一節が蘇った。
『――二つの魂は溶け合い、一つとなるべし』

 俺は意を決して立ち上がると、彼女の前に跪き、そして、震える彼女の身体を、背後から優しく抱きしめた。訓練の時とは違う。彼女のすべてを守るように、包み込むように。

「ひゃっ……!? ゆ、勇者……な、何を……っ」
「大丈夫。俺がいます」

 彼女の耳元で、囁く。
「俺の心臓の音、聞こえますか? 俺も、セシリア様と同じくらい、怖くて、震えてる。でも、二人なら、きっと大丈夫」

 俺の胸と、彼女の背中がぴったりと合わさる。
 トクン、トクン……。
 俺の鼓動が、彼女に伝わっていく。彼女の震えが、少しずつ収まっていくのが分かった。
 恐怖も、不安も、決意も、温もりも、すべてがマナを通じて混ざり合い、溶け合っていく。俺と彼女の境界線が、曖昧になっていく。

 彼女の身体から、力が抜けた。俺の腕の中に、完全に身を預けてくる。
 そこは、世界で一番安全で、温かい場所。俺だけの『聖域』。

 その瞬間。

 ドッゴォォォォン!!

 教会の扉が、内側から吹き飛んだ。
 月明かりを背に、巨大な影が姿を現す。獣の頭、蝙蝠の翼、そして蛇の尾を持つ、禍々しいキメラ。その血に飢えた瞳が、俺たち――いや、俺の腕の中で甘く蕩けかけている聖女を、捉えた。

【続く】
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