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第13話:聖女様の『視界』は、俺と一つに重なって
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王都を出発して、数日が過ぎた。
俺たちは、ひたすら北を目指して馬を進めている。
首都周辺ののどかな田園風景はとうに消え、人の手が入らない、荒々しい大自然が俺たちの行く手を阻んでいた。空には灰色の雲が垂れ込め、風は日増しに冷たさを増していく。
魔王軍の領域が、近い。肌で、そう感じられた。
俺とセシリアは、隊列の先頭で馬を並べていた。
言葉を交わすことは、ほとんどない。だが、俺たちの心は、常に会話を続けていた。
(カイト、見てください。あの山の稜線……古文書で読んだ、『嘆きの巨人』の寝姿に似ています)
(本当だ。……なぁ、セシリア。あんたの知識があると、ただの景色が物語に見えてくるな。面白い)
(ふふ……あなたの目を通して見るこの世界は、毎日が新しい発見に満ちていて、とても新鮮です)
彼女の心が、嬉しそうに揺れるのが伝わる。
『生命の同調』は、俺たちの感覚を、もはや分かちがたいレベルで融合させていた。
俺が前方を見れば、その光景が、まるで自分の目で見ているかのように、彼女の意識にも映し出される。俺が何かを口にすれば、その味が、彼女の舌にも微かに伝わる。
それは、究極の共感。至上の親密さ。
時折、彼女が見ている書物の文字が、俺の脳裏に勝手に流れ込んできて、少し困惑するけれど。
その日の午後、俺たちは、不気味なほど静まり返った森に足を踏み入れた。
鳥の声も、獣の気配も、一切しない。ただ、枯れ葉を踏む俺たちの馬の蹄の音だけが、陰鬱に響いていた。
「……おかしい。何かが、この森の生命力を吸い上げているようです」
セシリアが、心の中で俺に警告を発した。
その時だった。
「――全員、構えよ! 敵襲!」
後方で、アレクシスの鋭い声が響いた。
森の暗がりから、無数の赤い目が、俺たちを狙っていた。
飛び出してきたのは、森に住むはずの鹿や猪、そして熊。だが、その姿は禍々しく変貌していた。身体はどす黒く染まり、目からは血の涙を流し、口からは腐臭を放っている。
カインの魔力に汚染され、凶暴化した森の獣たちだった。
「ぐっ……! キリがないぞ!」
騎士たちが次々と剣を振るうが、獣たちは痛みを感じていないかのように、次々と襲いかかってくる。
俺は聖剣を抜き、セシリアを背後にかばうように馬を操った。
「セシリア! こいつらの核はどこだ! あんたの目なら、見えるだろ!」
「はい……! 森の、中心……一番、魔力が淀んでいる場所です!」
俺は、彼女の視界を、俺の視界に重ねる。
すると、鬱蒼とした木々の向こうに、一本だけ、黒紫色の邪悪なオーラを放つ、巨大な枯れ木が見えた。あの木が、汚染の発生源だ。
「アレクシス! ここは任せる! 俺とセシリアは、元凶を叩く!」
「御意! お気をつけて!」
俺はセシリアの手を掴むと、馬を走らせ、森の奥深くへと突っ込んでいった。
枝が顔を打ち、ぬかるみに足を取られそうになる。だが、俺たちは一心同体。俺が馬を操り、セシリアが最短ルートを指示する。二人の思考は、完璧にシンクロしていた。
やがて、開けた場所にたどり着く。
そこには、周囲の木々の養分を吸い尽くしたかのように、一本の巨大な枯れ木がそびえ立っていた。その幹には、あの時と同じ、黒紫色の魔石が、心臓のように埋め込まれて、禍々しい脈動を繰り返している。
「あれを、浄化します!」
「ああ!」
俺たちは馬から飛び降り、二人で枯れ木に向き合う。
手を繋ぐ。マナが繋がり、混ざり合い、増幅されていく。
「……俺たちの力、見せてやろうぜ」
「はい、あなた……!」
俺は聖剣を、セシリアは祈りの印を結んだ両手を、同時に枯れ木へと突き出した。
「聖域浄化!!」
俺と彼女から放たれた、純白の光の奔流。
それは、螺旋を描きながら一つとなり、巨大な浄化の槍となって、枯れ木の幹に埋め込まれた魔石を貫いた。
――キィィィィィンッ!
魔石が甲高い悲鳴を上げて砕け散る。
すると、枯れ木から黒い瘴気が抜け、森全体に、温かい光が広がっていった。
死んでいたはずの木々に、みるみるうちに緑の葉が芽吹き、地面には可憐な花が咲き始める。
鳥のさえずりが、森に戻ってきた。
「……やった、な」
「はい……!」
俺たちは、顔を見合わせて微笑み合った。
これが、俺たちの力。破壊だけじゃない。世界を、生命を、癒し、育む力。
だが、安堵したのも束の間だった。
砕け散った魔石の欠片から、微かに、しかしはっきりと、声が聞こえてきた。
『……やるじゃないか、セシリア。そして、どこぞの馬の骨……』
それは、冷たく、そしてどこか嘲笑うような、若い男の声。
カインの声だ。
『僕の可愛い妹を誑かした罪は、重いぞ……。歓迎の準備は万端だ。早くおいで……お前たちの“愛”とやらが、どこまで通じるか、試してあげるからさ……』
その声と共に、魔石の欠片は、塵となって消えた。
宣戦布告。
俺は、隣で静かに震えるセシリアの手を、強く、強く握りしめた。
【続く】
俺たちは、ひたすら北を目指して馬を進めている。
首都周辺ののどかな田園風景はとうに消え、人の手が入らない、荒々しい大自然が俺たちの行く手を阻んでいた。空には灰色の雲が垂れ込め、風は日増しに冷たさを増していく。
魔王軍の領域が、近い。肌で、そう感じられた。
俺とセシリアは、隊列の先頭で馬を並べていた。
言葉を交わすことは、ほとんどない。だが、俺たちの心は、常に会話を続けていた。
(カイト、見てください。あの山の稜線……古文書で読んだ、『嘆きの巨人』の寝姿に似ています)
(本当だ。……なぁ、セシリア。あんたの知識があると、ただの景色が物語に見えてくるな。面白い)
(ふふ……あなたの目を通して見るこの世界は、毎日が新しい発見に満ちていて、とても新鮮です)
彼女の心が、嬉しそうに揺れるのが伝わる。
『生命の同調』は、俺たちの感覚を、もはや分かちがたいレベルで融合させていた。
俺が前方を見れば、その光景が、まるで自分の目で見ているかのように、彼女の意識にも映し出される。俺が何かを口にすれば、その味が、彼女の舌にも微かに伝わる。
それは、究極の共感。至上の親密さ。
時折、彼女が見ている書物の文字が、俺の脳裏に勝手に流れ込んできて、少し困惑するけれど。
その日の午後、俺たちは、不気味なほど静まり返った森に足を踏み入れた。
鳥の声も、獣の気配も、一切しない。ただ、枯れ葉を踏む俺たちの馬の蹄の音だけが、陰鬱に響いていた。
「……おかしい。何かが、この森の生命力を吸い上げているようです」
セシリアが、心の中で俺に警告を発した。
その時だった。
「――全員、構えよ! 敵襲!」
後方で、アレクシスの鋭い声が響いた。
森の暗がりから、無数の赤い目が、俺たちを狙っていた。
飛び出してきたのは、森に住むはずの鹿や猪、そして熊。だが、その姿は禍々しく変貌していた。身体はどす黒く染まり、目からは血の涙を流し、口からは腐臭を放っている。
カインの魔力に汚染され、凶暴化した森の獣たちだった。
「ぐっ……! キリがないぞ!」
騎士たちが次々と剣を振るうが、獣たちは痛みを感じていないかのように、次々と襲いかかってくる。
俺は聖剣を抜き、セシリアを背後にかばうように馬を操った。
「セシリア! こいつらの核はどこだ! あんたの目なら、見えるだろ!」
「はい……! 森の、中心……一番、魔力が淀んでいる場所です!」
俺は、彼女の視界を、俺の視界に重ねる。
すると、鬱蒼とした木々の向こうに、一本だけ、黒紫色の邪悪なオーラを放つ、巨大な枯れ木が見えた。あの木が、汚染の発生源だ。
「アレクシス! ここは任せる! 俺とセシリアは、元凶を叩く!」
「御意! お気をつけて!」
俺はセシリアの手を掴むと、馬を走らせ、森の奥深くへと突っ込んでいった。
枝が顔を打ち、ぬかるみに足を取られそうになる。だが、俺たちは一心同体。俺が馬を操り、セシリアが最短ルートを指示する。二人の思考は、完璧にシンクロしていた。
やがて、開けた場所にたどり着く。
そこには、周囲の木々の養分を吸い尽くしたかのように、一本の巨大な枯れ木がそびえ立っていた。その幹には、あの時と同じ、黒紫色の魔石が、心臓のように埋め込まれて、禍々しい脈動を繰り返している。
「あれを、浄化します!」
「ああ!」
俺たちは馬から飛び降り、二人で枯れ木に向き合う。
手を繋ぐ。マナが繋がり、混ざり合い、増幅されていく。
「……俺たちの力、見せてやろうぜ」
「はい、あなた……!」
俺は聖剣を、セシリアは祈りの印を結んだ両手を、同時に枯れ木へと突き出した。
「聖域浄化!!」
俺と彼女から放たれた、純白の光の奔流。
それは、螺旋を描きながら一つとなり、巨大な浄化の槍となって、枯れ木の幹に埋め込まれた魔石を貫いた。
――キィィィィィンッ!
魔石が甲高い悲鳴を上げて砕け散る。
すると、枯れ木から黒い瘴気が抜け、森全体に、温かい光が広がっていった。
死んでいたはずの木々に、みるみるうちに緑の葉が芽吹き、地面には可憐な花が咲き始める。
鳥のさえずりが、森に戻ってきた。
「……やった、な」
「はい……!」
俺たちは、顔を見合わせて微笑み合った。
これが、俺たちの力。破壊だけじゃない。世界を、生命を、癒し、育む力。
だが、安堵したのも束の間だった。
砕け散った魔石の欠片から、微かに、しかしはっきりと、声が聞こえてきた。
『……やるじゃないか、セシリア。そして、どこぞの馬の骨……』
それは、冷たく、そしてどこか嘲笑うような、若い男の声。
カインの声だ。
『僕の可愛い妹を誑かした罪は、重いぞ……。歓迎の準備は万端だ。早くおいで……お前たちの“愛”とやらが、どこまで通じるか、試してあげるからさ……』
その声と共に、魔石の欠片は、塵となって消えた。
宣戦布告。
俺は、隣で静かに震えるセシリアの手を、強く、強く握りしめた。
【続く】
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