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第14話:聖女様の『ぬくもり』だけが、凍てつく世界の真実
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カインの嘲笑うかのようなメッセージは、俺たちの心に重たい影を落とした。
だが、それは同時に、俺たちの覚悟をより一層固めるための、最後の楔となった。
浄化された森を抜け、俺たちの旅路は、ついに最終局面へと差し掛かっていた。
地平線の彼方に、天を突くようにそびえ立つ、白銀の山脈が見えてきたのだ。
カインが待つ、『凍てつく牙』と呼ばれる魔の山嶺。
近づくにつれて、空気は肌を刺すように冷たくなり、馬の吐く息も、凍てつくように白い。騎士たちの鎧には、うっすらと霜が降り始めていた。
「……ここから先は、マナを持たぬ者にはあまりに過酷な環境だ」
麓の吹雪が吹き荒れる手前で、アレクシスは馬を止め、全軍に進言した。
「これより、俺と、耐性の高い騎士五名のみで、勇者殿と聖女様に同行する。他の者たちは、ここでベースキャンプを設営し、我々の帰りを待て」
それは、苦渋の決断だった。だが、これ以上の大人数で進めば、カインの思う壺だろう。騎士たちの士気は高かったが、誰もがその判断に従った。
七人となった俺たちは、猛吹雪が吹き荒れる山道へと、足を踏み入れた。
視界は、数メートル先も見えないほどのホワイトアウト。耳元では、風がまるで亡霊の慟哭のように、不気味な音を立てていた。
(カイト……寒い……。心が、凍えてしまいそうです……)
隣を歩くセシリアの、か細い心の声が流れ込んでくる。
この極寒は、ただの自然現象じゃない。カインの魔力が、山全体を支配し、人の精神を内側から蝕んでくるのだ。希望を奪い、絶望を植え付ける、陰湿な呪い。
俺は、彼女の凍える手を、自分の手で強く握りしめた。
(大丈夫だ、セシリア。俺がいる)
俺は、俺たちの『生命』を循環させるイメージを、強く心に描いた。
俺の心臓から送り出された温かい血が、マナとなって彼女の身体を巡り、彼女の心臓を通って、また俺の元へと還ってくる。
俺たちの身体だけが、この極寒の世界で、唯一春のように温かい、小さな聖域だった。
(……あ……。温かい……。カイトのぬくもりが……わたくしの全部を、溶かしてくれます……)
彼女の心が、少しずつ安らぎを取り戻していくのが伝わる。
その時、吹雪の向こうから、幻影が現れた。
それは、幼い頃のセシリアと、優しく微笑む若き日のカインの姿だった。
『――セシリア。おいで。兄さんと、ずっと一緒にいよう? あの男は、お前を穢し、利用しているだけだ。本当のお前の居場所は、ここだよ』
甘く、懐かしい声が、セシリアの心を揺さぶる。
だが、今の彼女には、もう効かなかった。
(いいえ、違います、兄様!)
セシリアは、俺の手を握り返し、幻影に向かって、強く心の声を放った。
(わたくしの居場所は、ここにあります! このぬくもりこそが、わたくしの真実です!)
彼女の強い意志に、幻影は苦悶の表情を浮かべ、掻き消えた。
次は、俺の番だった。
俺の目の前に現れたのは、日本の、見慣れた教室の光景。友人たちが、笑いながら俺に手招きをしている。
『おいカイトー! 何やってんだよ、早く戻ってこいよ! そろそろ受験だぞー!』
『異世界とか、もういいだろ? お前が救う義理なんて、どこにもないんだぜ?』
帰りたい。
その思いが、一瞬、心をよぎる。
だが、俺は、隣に立つ少女の顔を見た。彼女は、心配そうに、しかし絶対の信頼を込めた瞳で、俺を見つめていた。
そうだ。俺の帰る場所は、もう、ここなんだ。
(悪いな、みんな。俺、こっちで嫁さんもらったから、もう帰れないんだわ)
俺が心の中で軽口を叩くと、幻影は呆気なく消え去った。
セシリアの心が、くすくすと、楽しそうに笑うのが伝わってくる。
「……見事だ、お二人とも」
いつの間にか隣に来ていたアレクシスが、感嘆の息を漏らした。
「カインの精神攻撃を、こうも容易く退けるとは。……お二人の絆は、もはや、どんな魔法よりも強い」
俺たちは、頷き合った。
吹雪が、少しだけ弱まった気がした。
山頂は、もう、目と鼻の先だ。
カインが作り上げた、孤独と絶望の城。
その玉座で待つ、哀れな魔王の元へ、俺たちは、確かな足取りで進んでいった。
【続く】
だが、それは同時に、俺たちの覚悟をより一層固めるための、最後の楔となった。
浄化された森を抜け、俺たちの旅路は、ついに最終局面へと差し掛かっていた。
地平線の彼方に、天を突くようにそびえ立つ、白銀の山脈が見えてきたのだ。
カインが待つ、『凍てつく牙』と呼ばれる魔の山嶺。
近づくにつれて、空気は肌を刺すように冷たくなり、馬の吐く息も、凍てつくように白い。騎士たちの鎧には、うっすらと霜が降り始めていた。
「……ここから先は、マナを持たぬ者にはあまりに過酷な環境だ」
麓の吹雪が吹き荒れる手前で、アレクシスは馬を止め、全軍に進言した。
「これより、俺と、耐性の高い騎士五名のみで、勇者殿と聖女様に同行する。他の者たちは、ここでベースキャンプを設営し、我々の帰りを待て」
それは、苦渋の決断だった。だが、これ以上の大人数で進めば、カインの思う壺だろう。騎士たちの士気は高かったが、誰もがその判断に従った。
七人となった俺たちは、猛吹雪が吹き荒れる山道へと、足を踏み入れた。
視界は、数メートル先も見えないほどのホワイトアウト。耳元では、風がまるで亡霊の慟哭のように、不気味な音を立てていた。
(カイト……寒い……。心が、凍えてしまいそうです……)
隣を歩くセシリアの、か細い心の声が流れ込んでくる。
この極寒は、ただの自然現象じゃない。カインの魔力が、山全体を支配し、人の精神を内側から蝕んでくるのだ。希望を奪い、絶望を植え付ける、陰湿な呪い。
俺は、彼女の凍える手を、自分の手で強く握りしめた。
(大丈夫だ、セシリア。俺がいる)
俺は、俺たちの『生命』を循環させるイメージを、強く心に描いた。
俺の心臓から送り出された温かい血が、マナとなって彼女の身体を巡り、彼女の心臓を通って、また俺の元へと還ってくる。
俺たちの身体だけが、この極寒の世界で、唯一春のように温かい、小さな聖域だった。
(……あ……。温かい……。カイトのぬくもりが……わたくしの全部を、溶かしてくれます……)
彼女の心が、少しずつ安らぎを取り戻していくのが伝わる。
その時、吹雪の向こうから、幻影が現れた。
それは、幼い頃のセシリアと、優しく微笑む若き日のカインの姿だった。
『――セシリア。おいで。兄さんと、ずっと一緒にいよう? あの男は、お前を穢し、利用しているだけだ。本当のお前の居場所は、ここだよ』
甘く、懐かしい声が、セシリアの心を揺さぶる。
だが、今の彼女には、もう効かなかった。
(いいえ、違います、兄様!)
セシリアは、俺の手を握り返し、幻影に向かって、強く心の声を放った。
(わたくしの居場所は、ここにあります! このぬくもりこそが、わたくしの真実です!)
彼女の強い意志に、幻影は苦悶の表情を浮かべ、掻き消えた。
次は、俺の番だった。
俺の目の前に現れたのは、日本の、見慣れた教室の光景。友人たちが、笑いながら俺に手招きをしている。
『おいカイトー! 何やってんだよ、早く戻ってこいよ! そろそろ受験だぞー!』
『異世界とか、もういいだろ? お前が救う義理なんて、どこにもないんだぜ?』
帰りたい。
その思いが、一瞬、心をよぎる。
だが、俺は、隣に立つ少女の顔を見た。彼女は、心配そうに、しかし絶対の信頼を込めた瞳で、俺を見つめていた。
そうだ。俺の帰る場所は、もう、ここなんだ。
(悪いな、みんな。俺、こっちで嫁さんもらったから、もう帰れないんだわ)
俺が心の中で軽口を叩くと、幻影は呆気なく消え去った。
セシリアの心が、くすくすと、楽しそうに笑うのが伝わってくる。
「……見事だ、お二人とも」
いつの間にか隣に来ていたアレクシスが、感嘆の息を漏らした。
「カインの精神攻撃を、こうも容易く退けるとは。……お二人の絆は、もはや、どんな魔法よりも強い」
俺たちは、頷き合った。
吹雪が、少しだけ弱まった気がした。
山頂は、もう、目と鼻の先だ。
カインが作り上げた、孤独と絶望の城。
その玉座で待つ、哀れな魔王の元へ、俺たちは、確かな足取りで進んでいった。
【続く】
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