14 / 21
第15話:哀しき魔王の『孤独』と、聖女の最後の祈り
しおりを挟む
凍てつく牙の山頂には、巨大な氷の城がそびえ立っていた。
それは、カインの強大な魔力が、万年雪と氷河を捻じ曲げて創り出した、禍々しくも美しい絶望の砦。
城門の前で、俺たちを出迎えたのは、一人の男だった。
「――よく来たね、僕の可愛いセシリア。そして、憎き勇者よ」
玉座に座しているかと思っていた男――カインは、たった一人でそこに立っていた。
セシリアと同じ、美しい銀髪。だが、その肌は病的なまでに白く、瞳には、世界のすべてを憎むかのような、暗い光が宿っていた。その身にまとう魔力は、あまりにも強大で、空気をビリビリと震わせている。
「兄様……!」
「その名で僕を呼ぶな。僕はもう、君の知る優しい兄ではない」
カインは、俺たちを一瞥すると、ふっと自嘲気味に笑った。
「……なるほど。『生命の同調』を済ませたか。愚かな。聖女の伝統に、まんまと囚われおって」
「囚われているのは、あんたの方だ、カイン!」
俺は聖剣を抜き、彼の前に進み出た。
「あんたは、孤独に負けただけだ! 禁忌の力に手を出して、世界を憎むことでしか、自分の心を保てなかった、哀れな男だ!」
「黙れ、小僧!」
俺の言葉に、カインの表情が初めて激しい怒りに染まった。
彼が手をかざすと、地面から無数の鋭い氷の槍が突き出し、俺たちに襲いかかってきた。
「させません!」
セシリアが一歩前に出て、祈りを捧げる。彼女の前には、黄金色の聖なる障壁が出現し、氷の槍をすべて防ぎきった。
完全に同調した俺たちの力は、もはや防御と攻撃の区別がない。彼女が守り、俺が攻める。二つで一つの、完璧な戦闘体勢。
「アレクシス! 騎士たちは下がっていろ! こいつは、俺たち二人の戦いだ!」
「御意!」
俺は、セシリアの手を強く握った。
(いくぞ、セシリア!)
(はい、あなた!)
俺は地を蹴り、カインへと肉薄する。
彼は、指先から黒紫色の破壊光線を放ってくるが、セシリアが展開する聖なる光の盾が、それを的確に弾いていく。彼女の視界は俺の視界。敵の攻撃予測も、俺の次の動きも、すべてが共有されている。
「ちぃっ……!」
懐に飛び込んだ俺の聖剣が、カインの身体を切り裂かんとした、その瞬間。
彼の身体が、黒い霧となって掻き消え、俺の背後に再び姿を現した。
「――お前の相手は、僕じゃない」
カインが指を鳴らすと、周囲の氷の柱から、二つの人影が姿を現した。
一つは、白銀の鎧をまとった、巨大な騎士。その顔には、見覚えがあった。
そして、もう一つの人影を見て、セシリアが息を呑んだ。
「……お父様……お母様……!?」
それは、若き日の国王と王妃――俺たちの両親の姿をした、氷の人形だった。
カインは、俺たちの記憶を読み取り、最も傷つくであろう相手を、幻影として創り出したのだ。
「さあ、どうする? お前たちの愛する者たちを、その聖剣で斬れるかな?」
カインの、残酷な笑い声が響き渡る。
だが、俺は、少しも動じなかった。
「……セシリア。もう、あんたの心は、俺と一つだ。俺の記憶も、あんたのものだろ?」
「……はい」
「なら、分かるはずだ。俺の両親は、遠い、別の世界で、元気にやってる」
俺は、聖剣を構え直した。
「そんな紛い物に、俺たちの心は、もう揺さぶられない!」
俺は、両親の幻影を、一刀のもとに斬り捨てた。
同時に、セシリアが、国王と王妃の幻影に向かって、強い浄化の光を放つ。
人形たちは、悲鳴もなく、光の粒子となって消えていった。
「……な……ぜ……」
カインが、初めて狼狽の色を見せた。
「なぜ、お前たちは、そんなにも強い……。僕が、たった一人で、血の滲むような思いで手に入れた、この孤独の力さえも、なぜ……!」
「――兄様。あなたは、一人ではありませんでした」
セシリアが、静かに、しかし、はっきりと告げた。
「わたくしが、いました。あなたが禁忌の研究に手を出し、王国を追われることになった時も、わたくしは、ずっと、あなたの帰りを信じて、祈っていました。あなたが孤独を選んだのです。わたくしたちから、離れていったのです!」
その言葉は、カインの心の、最も柔らかな部分を抉った。
彼の瞳から、黒い涙が、一筋こぼれ落ちた。
「……うるさい……うるさい、うるさぁぁい!!」
逆上したカインの身体から、凄まじい魔力が、黒い嵐となって吹き荒れた。
氷の城が、ガラガラと崩れ落ちていく。
彼自身が、巨大な、黒い翼と角を持つ、異形の魔王へと姿を変えていく。
彼が捨てたはずの、人間としての最後の心が、悲鳴を上げていた。
「もう、誰も信じない! 愛も、絆も、すべて、僕がこの手で、破壊してやる!!」
俺は、愛する花嫁の手を、もう一度、強く握りしめた。
その哀しき魔王を、孤独の呪縛から解き放つために。
【続く】
それは、カインの強大な魔力が、万年雪と氷河を捻じ曲げて創り出した、禍々しくも美しい絶望の砦。
城門の前で、俺たちを出迎えたのは、一人の男だった。
「――よく来たね、僕の可愛いセシリア。そして、憎き勇者よ」
玉座に座しているかと思っていた男――カインは、たった一人でそこに立っていた。
セシリアと同じ、美しい銀髪。だが、その肌は病的なまでに白く、瞳には、世界のすべてを憎むかのような、暗い光が宿っていた。その身にまとう魔力は、あまりにも強大で、空気をビリビリと震わせている。
「兄様……!」
「その名で僕を呼ぶな。僕はもう、君の知る優しい兄ではない」
カインは、俺たちを一瞥すると、ふっと自嘲気味に笑った。
「……なるほど。『生命の同調』を済ませたか。愚かな。聖女の伝統に、まんまと囚われおって」
「囚われているのは、あんたの方だ、カイン!」
俺は聖剣を抜き、彼の前に進み出た。
「あんたは、孤独に負けただけだ! 禁忌の力に手を出して、世界を憎むことでしか、自分の心を保てなかった、哀れな男だ!」
「黙れ、小僧!」
俺の言葉に、カインの表情が初めて激しい怒りに染まった。
彼が手をかざすと、地面から無数の鋭い氷の槍が突き出し、俺たちに襲いかかってきた。
「させません!」
セシリアが一歩前に出て、祈りを捧げる。彼女の前には、黄金色の聖なる障壁が出現し、氷の槍をすべて防ぎきった。
完全に同調した俺たちの力は、もはや防御と攻撃の区別がない。彼女が守り、俺が攻める。二つで一つの、完璧な戦闘体勢。
「アレクシス! 騎士たちは下がっていろ! こいつは、俺たち二人の戦いだ!」
「御意!」
俺は、セシリアの手を強く握った。
(いくぞ、セシリア!)
(はい、あなた!)
俺は地を蹴り、カインへと肉薄する。
彼は、指先から黒紫色の破壊光線を放ってくるが、セシリアが展開する聖なる光の盾が、それを的確に弾いていく。彼女の視界は俺の視界。敵の攻撃予測も、俺の次の動きも、すべてが共有されている。
「ちぃっ……!」
懐に飛び込んだ俺の聖剣が、カインの身体を切り裂かんとした、その瞬間。
彼の身体が、黒い霧となって掻き消え、俺の背後に再び姿を現した。
「――お前の相手は、僕じゃない」
カインが指を鳴らすと、周囲の氷の柱から、二つの人影が姿を現した。
一つは、白銀の鎧をまとった、巨大な騎士。その顔には、見覚えがあった。
そして、もう一つの人影を見て、セシリアが息を呑んだ。
「……お父様……お母様……!?」
それは、若き日の国王と王妃――俺たちの両親の姿をした、氷の人形だった。
カインは、俺たちの記憶を読み取り、最も傷つくであろう相手を、幻影として創り出したのだ。
「さあ、どうする? お前たちの愛する者たちを、その聖剣で斬れるかな?」
カインの、残酷な笑い声が響き渡る。
だが、俺は、少しも動じなかった。
「……セシリア。もう、あんたの心は、俺と一つだ。俺の記憶も、あんたのものだろ?」
「……はい」
「なら、分かるはずだ。俺の両親は、遠い、別の世界で、元気にやってる」
俺は、聖剣を構え直した。
「そんな紛い物に、俺たちの心は、もう揺さぶられない!」
俺は、両親の幻影を、一刀のもとに斬り捨てた。
同時に、セシリアが、国王と王妃の幻影に向かって、強い浄化の光を放つ。
人形たちは、悲鳴もなく、光の粒子となって消えていった。
「……な……ぜ……」
カインが、初めて狼狽の色を見せた。
「なぜ、お前たちは、そんなにも強い……。僕が、たった一人で、血の滲むような思いで手に入れた、この孤独の力さえも、なぜ……!」
「――兄様。あなたは、一人ではありませんでした」
セシリアが、静かに、しかし、はっきりと告げた。
「わたくしが、いました。あなたが禁忌の研究に手を出し、王国を追われることになった時も、わたくしは、ずっと、あなたの帰りを信じて、祈っていました。あなたが孤独を選んだのです。わたくしたちから、離れていったのです!」
その言葉は、カインの心の、最も柔らかな部分を抉った。
彼の瞳から、黒い涙が、一筋こぼれ落ちた。
「……うるさい……うるさい、うるさぁぁい!!」
逆上したカインの身体から、凄まじい魔力が、黒い嵐となって吹き荒れた。
氷の城が、ガラガラと崩れ落ちていく。
彼自身が、巨大な、黒い翼と角を持つ、異形の魔王へと姿を変えていく。
彼が捨てたはずの、人間としての最後の心が、悲鳴を上げていた。
「もう、誰も信じない! 愛も、絆も、すべて、僕がこの手で、破壊してやる!!」
俺は、愛する花嫁の手を、もう一度、強く握りしめた。
その哀しき魔王を、孤独の呪縛から解き放つために。
【続く】
0
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ドすけべボディのクイーンドラゴンゾンビ娘にスキルもレベルも吸収され、快楽に溺れてラブラブ夫婦状態になるまでマゾイキする話【戦闘ログ風】
フォトンうさぎ
ファンタジー
◆勇者は魔王を倒した! しかしなんと、むちむちたぷたぷなドスケベボディのクイーンドラゴンゾンビ娘がいる部屋に落ちてしまった!
◆勇者はクイーンドラゴンゾンビ娘に劣情を抱いてしまった! クイーンドラゴンゾンビ娘のアビスヴェルは、勇者に興味を抱いている!
◆勇者とアビスヴェルは舌を絡め合いながらキスを続けている! 勇者のエナジーが吸い取られていく……!
戦闘ログ風な話です。勇者がどちゃシコ体形で惚れやすい白髪クイーンドラゴンゾンビ娘に惚れてしまい、エナジードレインでレベルもスキルも何もかも捧げて、状態異常になりながら婚約交尾します。
表紙は『NovelAI』に出力していただきました。
※旧題『むちむちドスケベボディのクイーンドラゴンゾンビ娘にスキルもレベルも何もかもを奪われてマゾイキする話 戦闘ログ風』
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
学年一可愛いS級の美少女の令嬢三姉妹が、何故かやたらと俺の部屋に入り浸ってくる件について
沢田美
恋愛
名門・雄幸高校で目立たず生きる一年生、神谷悠真。
クラスでは影が薄く、青春とは無縁の平凡な日々を送っていた。だがある放課後、街で不良に絡まれていた女子生徒を助けたことで、その日常は一変する。救った相手は、学年一の美少女三姉妹として知られる西園寺家の次女・優里だった。さらに家に帰れば、三姉妹の長女・龍華がなぜか当然のように悠真の部屋に入り浸っている。名門令嬢三姉妹に振り回されながら、静かだったはずの悠真の青春は少しずつ騒がしく揺れ始める。
【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~
双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。
なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。
※小説家になろうでも掲載中。
※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。
淫紋付きランジェリーパーティーへようこそ~麗人辺境伯、婿殿の逆襲の罠にハメられる
柿崎まつる
恋愛
ローテ辺境伯領から最重要機密を盗んだ男が潜んだ先は、ある紳士社交倶楽部の夜会会場。女辺境伯とその夫は夜会に潜入するが、なんとそこはランジェリーパーティーだった!
※辺境伯は女です ムーンライトノベルズに掲載済みです。
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる