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第22話:毒の味と、空っぽの聖域
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イザベラの唇は、氷のように冷たかった。 だが、その内側は、彼女の野心のように熱く、蓮の抵抗を許さなかった。 雫の優しく、受け入れるようなキスとは違う。全てを奪い、支配し、征服するための、略奪のキス。
蓮は、抵抗しなかった。 雫を失った巨大な空洞は、痛みを通り越し、もはや快感にも似た虚無となっていた。 何でもよかった。この身が、魂が、どうなろうと。 雫がいないこの世界など、壊れてしまえばいい。 その自暴自棄な衝動が、彼の身体を動かした。
蓮は、イザベラの背中に腕を回し、まるで溺れる者が浮木に掴みかかるように、彼女を激しく引き寄せた。 それは、愛ではない。 ただ、自分を罰するための、自分をこの苦しみから一瞬でも解放してくれる毒を求める、本能の叫びだった。
「……ふふ、そうよ。やっと獣の顔になったわね」
イザベラは、恍惚と囁くと、蓮のシャツを、ボタンが弾け飛ぶのも構わずに引き裂いた。 そして、彼をリビングのソファへと突き倒す。 飲みかけの酒瓶が、床に転がり、高価なラグを汚していく。だが、二人とも、そんなことはどうでもよかった。
イザベラは、嵐を纏う女王のように、蓮の上に君臨した。 彼女は、自らのドレスのジッパーをゆっくりと下ろしていく。 その青い瞳は、蓮の苦悶に歪む顔を、愛おしそうに、そしてサディスティックに見つめていた。
「レン、あなたはずっと、ケージの中で飼われていたのよ。あの女が作った、小さな、退屈なケージに」
彼女の衣服がはらりと落ち、月の光に照らされた、神々しいまでの裸体が現れる。 それは、雫の柔らかな曲線とは違う。 極限まで鍛え上げられた、非の打ち所のない、完璧な芸術品。 だが、その肌は、血の通わない、大理石のような冷たさを放っていた。
「今夜、私があなたを解放してあげる。本当の自由を、教えてあげるわ」
彼女は、蓮のベルトを解くと、その絶望の熱を、氷の指で弄んだ。
「……っ!」
蓮の身体が、屈辱に震える。 だが、イザベラはそれを、歓喜の震えだと勘違いしたかのように、妖しく微笑んだ。 そして、ゆっくりと、その完璧な器で、彼の絶望を受け入れ始めた。
「あっ……♡♡」
イザベラの口から、初めて、純粋な快感の声が漏れた。 十数年前の、あの夜の記憶。 自分を唯一屈服させた、若き獣の熱。それが今、再び、自分の中にある。 今度こそ、自分が、この獣を支配している。 その征服感が、彼女の身体を、内側から焼き尽くすほどの快感で満たしていく。
「そう……これよ、レン……! これが、あなたの、本当の姿……っ♡♡」
彼女は、蓮の身体の上で、激しく腰を動かし始める。 だが、蓮の瞳は、虚ろなまま、天井の一点を見つめていた。 肌と肌がぶつかる、生々しい音。 イザベラの、甲高い嬌声。 その全てが、ひどく遠い世界のことのように感じられた。
(……あたたかい)
ふと、そう思った。 雫の肌は、いつも温かかった。 不安そうに、でも、俺を信じて見つめてくる、あの潤んだ瞳。 俺の腕の中で、幸せそうに、とろけていく、あの無防備な顔。
(しずく……)
俺の女王。俺の、唯一の聖域。
(……しずく……っ!)
「……しずく……っ!!!!」
絶頂の瞬間、蓮の口から迸ったのは、イザベラの名前ではなく、彼が失った、ただ一人の女の名前だった。 彼の身体から放たれた熱は、イザベラの最奥を、灼熱で満たした。
その瞬間、イザベラの動きが、ピタリと止まった。 彼女の青い瞳が、快感の陶酔から、凍てつくような怒りへと変わる。 自分を抱きながら、別の女の名を呼んだ。 この、自分が、全てを捧げて解放してやったというのに。
「……いいわ」
イザベラは、蓮の首筋に、牙を立てるように噛みついた。
「いいわよ、レン。その女の名前を、泣きながら叫びなさい。あなたが、私に抱かれながら、あの女を求めているという、その屈辱的な事実が……私を、もっと興奮させるのだから……っ!」
彼女は、再び、獣のように激しく腰を動かし始めた。 それは、もはや快楽のためではない。 蓮の身体に、雫の記憶など一片も残さないとでもいうように、自分の存在を、上書きし、刻みつけるための、狂乱の儀式だった。
蓮は、何も感じなかった。 ただ、涙が、頬を伝っていく。 自分は、雫を失っただけでなく、自らの手で、二人の聖域を、汚してしまった。 その、どうしようもない絶望感だけが、彼を満たしていた。
その頃。 雫は、都心から遠く離れた、古いビジネスホテルの一室にいた。 着の身着のまま、小さなボストンバッグ一つだけが、彼女の荷物の全てだった。 ベッドに座り、彼女は、左手の薬指を、ただ、じっと見つめていた。 あの日、蓮が嵌めてくれた、誓いの指輪。 世界で一番幸せだった、あの日の記憶。
(……さようなら)
彼女は、意を決すると、指輪を、ゆっくりと、引き抜こうとした。 だが、指輪は、まるで彼女の指の一部になったかのように、固く、動かない。 まるで、行かないで、と、蓮が、泣き叫んでいるかのように。
「……っ!」
その瞬間、堪えていた涙が、堰を切ったように溢れ出した。
「……れん、さん……っ!」
彼女は、指輪を嵌めたままの左手を、もう片方の手で強く握りしめ、声を殺して、泣いた。 ペントハウスで繰り広げられる、背徳の儀式も知らずに。 ただ、ひたすらに、自分が捨てた愛を想い、泣き続けた。
天空の城の玉座は、空っぽのまま。 王は毒に侵され、女王は遠い場所で涙に暮れる。 二人の夜は、まだ、明ける気配すらなかった。
【続く】
蓮は、抵抗しなかった。 雫を失った巨大な空洞は、痛みを通り越し、もはや快感にも似た虚無となっていた。 何でもよかった。この身が、魂が、どうなろうと。 雫がいないこの世界など、壊れてしまえばいい。 その自暴自棄な衝動が、彼の身体を動かした。
蓮は、イザベラの背中に腕を回し、まるで溺れる者が浮木に掴みかかるように、彼女を激しく引き寄せた。 それは、愛ではない。 ただ、自分を罰するための、自分をこの苦しみから一瞬でも解放してくれる毒を求める、本能の叫びだった。
「……ふふ、そうよ。やっと獣の顔になったわね」
イザベラは、恍惚と囁くと、蓮のシャツを、ボタンが弾け飛ぶのも構わずに引き裂いた。 そして、彼をリビングのソファへと突き倒す。 飲みかけの酒瓶が、床に転がり、高価なラグを汚していく。だが、二人とも、そんなことはどうでもよかった。
イザベラは、嵐を纏う女王のように、蓮の上に君臨した。 彼女は、自らのドレスのジッパーをゆっくりと下ろしていく。 その青い瞳は、蓮の苦悶に歪む顔を、愛おしそうに、そしてサディスティックに見つめていた。
「レン、あなたはずっと、ケージの中で飼われていたのよ。あの女が作った、小さな、退屈なケージに」
彼女の衣服がはらりと落ち、月の光に照らされた、神々しいまでの裸体が現れる。 それは、雫の柔らかな曲線とは違う。 極限まで鍛え上げられた、非の打ち所のない、完璧な芸術品。 だが、その肌は、血の通わない、大理石のような冷たさを放っていた。
「今夜、私があなたを解放してあげる。本当の自由を、教えてあげるわ」
彼女は、蓮のベルトを解くと、その絶望の熱を、氷の指で弄んだ。
「……っ!」
蓮の身体が、屈辱に震える。 だが、イザベラはそれを、歓喜の震えだと勘違いしたかのように、妖しく微笑んだ。 そして、ゆっくりと、その完璧な器で、彼の絶望を受け入れ始めた。
「あっ……♡♡」
イザベラの口から、初めて、純粋な快感の声が漏れた。 十数年前の、あの夜の記憶。 自分を唯一屈服させた、若き獣の熱。それが今、再び、自分の中にある。 今度こそ、自分が、この獣を支配している。 その征服感が、彼女の身体を、内側から焼き尽くすほどの快感で満たしていく。
「そう……これよ、レン……! これが、あなたの、本当の姿……っ♡♡」
彼女は、蓮の身体の上で、激しく腰を動かし始める。 だが、蓮の瞳は、虚ろなまま、天井の一点を見つめていた。 肌と肌がぶつかる、生々しい音。 イザベラの、甲高い嬌声。 その全てが、ひどく遠い世界のことのように感じられた。
(……あたたかい)
ふと、そう思った。 雫の肌は、いつも温かかった。 不安そうに、でも、俺を信じて見つめてくる、あの潤んだ瞳。 俺の腕の中で、幸せそうに、とろけていく、あの無防備な顔。
(しずく……)
俺の女王。俺の、唯一の聖域。
(……しずく……っ!)
「……しずく……っ!!!!」
絶頂の瞬間、蓮の口から迸ったのは、イザベラの名前ではなく、彼が失った、ただ一人の女の名前だった。 彼の身体から放たれた熱は、イザベラの最奥を、灼熱で満たした。
その瞬間、イザベラの動きが、ピタリと止まった。 彼女の青い瞳が、快感の陶酔から、凍てつくような怒りへと変わる。 自分を抱きながら、別の女の名を呼んだ。 この、自分が、全てを捧げて解放してやったというのに。
「……いいわ」
イザベラは、蓮の首筋に、牙を立てるように噛みついた。
「いいわよ、レン。その女の名前を、泣きながら叫びなさい。あなたが、私に抱かれながら、あの女を求めているという、その屈辱的な事実が……私を、もっと興奮させるのだから……っ!」
彼女は、再び、獣のように激しく腰を動かし始めた。 それは、もはや快楽のためではない。 蓮の身体に、雫の記憶など一片も残さないとでもいうように、自分の存在を、上書きし、刻みつけるための、狂乱の儀式だった。
蓮は、何も感じなかった。 ただ、涙が、頬を伝っていく。 自分は、雫を失っただけでなく、自らの手で、二人の聖域を、汚してしまった。 その、どうしようもない絶望感だけが、彼を満たしていた。
その頃。 雫は、都心から遠く離れた、古いビジネスホテルの一室にいた。 着の身着のまま、小さなボストンバッグ一つだけが、彼女の荷物の全てだった。 ベッドに座り、彼女は、左手の薬指を、ただ、じっと見つめていた。 あの日、蓮が嵌めてくれた、誓いの指輪。 世界で一番幸せだった、あの日の記憶。
(……さようなら)
彼女は、意を決すると、指輪を、ゆっくりと、引き抜こうとした。 だが、指輪は、まるで彼女の指の一部になったかのように、固く、動かない。 まるで、行かないで、と、蓮が、泣き叫んでいるかのように。
「……っ!」
その瞬間、堪えていた涙が、堰を切ったように溢れ出した。
「……れん、さん……っ!」
彼女は、指輪を嵌めたままの左手を、もう片方の手で強く握りしめ、声を殺して、泣いた。 ペントハウスで繰り広げられる、背徳の儀式も知らずに。 ただ、ひたすらに、自分が捨てた愛を想い、泣き続けた。
天空の城の玉座は、空っぽのまま。 王は毒に侵され、女王は遠い場所で涙に暮れる。 二人の夜は、まだ、明ける気配すらなかった。
【続く】
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