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第三章 箱庭編

箱庭ⅩⅥ 徒花

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 ギェーラのドニオの家の前、ドニオを組み伏せるクリステラを睨みつけているアムリスとガステイル。

「早くその手を離しなさい、クリステラ・バートリー。」
「もちろん、嫌ですわぁ。この男に魔道具を貸した意味がなくなるもの。」

 クリステラはそう言って、ドニオの首飾りを外す。

「賢者の石ってご存知かしらぁ?」

 クリステラの問いにガステイルはぎょっとする。

「賢者の石……まさかそれが!?いや、あれは竜族とは違い本当に伝説上の物質のはず。」
「ええ、その通り……身につけた者に無限の魔力を与える伝説の魔道具よ。これはその賢者の石を模して作ったニセモノ……言うなれば、愚者の石ってところかしらね。」
「愚者の……石?」

 ピンと来ていない二人に、クリステラは高らかに演説する。

「賢者の石がないなら、それに類するものを作ればいいと思った人間が開発を続け生み出した呪物よ。魔族領で取れる宝石を高熱で混ぜ合わせ、特殊な呪いを編み込んで作るの。効果は……もうご存知よね。この男が人形で街を作れるようになるくらい……」
「今、呪いって……」

 アムリスは目を見開き、ごくりと息を呑む。クリステラはその言葉に反応するように、ニヤリと黒い笑みを浮かべる。

「ふふふ……その無限の魔力って、どこから湧いて出てくるのでしょうねぇ。」

 クリステラはごそごそと胸元をまさぐり、小さな水晶玉を取り出した。

「これが、愚者の石の本体。これに血を登録した者の未来にアクセスして魔力を再現し、その人の魔法を完成させる。その呪いを所持者に刻みつけ、毎日一定の量の魔力をこの魔道具に返し続けるの。」
「……なるほどね。手軽に魔力量を底上げするなんて美味い話はないってことだ。」
「でもガステイルさん、代償としては軽すぎませんか?未来での魔力が制限されるとはいえ、ある程度無限の魔力を前借りできるんですよ。」
「田舎娘にしては、勘がいいですわね。」
「それに、先程彼女が言った『徴収』という言葉が気になります。ただ前借りするだけならそんな権限は彼女にはないし、ドニオさんが借りた魔力がドニオさんに戻るだけのことを徴収と言えるのでしょうか?」
「確かに……」
「うふふ……そこまで分かったなら、正解でもいいでしょう。呪いはもうひとつ……使用者の魔法を刻み込み主導権を奪う呪いがかけられているのですわ。」
「なんだって!?」

 ガステイルは顔面蒼白になり、わなわなと震える。

「持ち主から魔力と魔法を奪い発動し、それでいて魔力はキッチリ徴収するって仕組みかよ……そんなインチキがまかり通るなんて!」
「あら、そんなインチキでも喜んでありがたがる存在がいるのよ……この馬鹿みたいにね。だから愚者の石、って言うのよ。」

 クリステラは押さえつけていたドニオの頭をぐいと上げる。

「くそ……聞いておらんぞ、そんなこと!」
「わたくしに言う義務はありませんもの。」
「きったねぇ……」
「お気持ちは嬉しいけど、女の子に向ける言葉では無いわよぉ。さて、ドニオさん。冥土の土産にもうひとつ教えて差し上げますね。」

 クリステラは大きく顔を歪ませ、ドニオを嘲るように笑いながら、言葉を続けた。

「貴方は未来を費してこの水晶玉に魔力を返し続けるわけですが、当然こちらとしてはそんな長時間待ってられないんですの。なので事前にこの水晶にはもう一つ呪いが込められているのです。」
「まさか……!」

 ガステイルはその言葉を聞き、この後起こることを予測し飛び出した。

「やめろぉぉぉぉ!!」
「水晶を作ったわたくしが『徴収レヴィー』と唱えたら……」

 その瞬間、ドニオの身体が発光し、みるみるうちに萎んでいく。光はクリステラの水晶玉に吸い込まれていき、余すことなく喰らいきった。

「このように、強制的に今の使用者に魔力を払っていただくのですわ。あら、もう聞こえていませんねぇ。」

 声をあげる暇もなくぐしゃりと事切れたドニオに手を伸ばしたまま、ガステイルは蹲り固まってしまう。そしてその背後から弾けるように飛び出した、一発の白き弾丸。アムリスは涙を浮かべながら、クリステラに斬りかかる。

「貴女だけは……絶対に斬ります!」
「あらぁ、物騒ねぇ。」

 しかしクリステラは手のひらで聖剣をあっさりと止める。アムリスはそのままバックステップで間合いを取り、さらに連続で斬りつける。クリステラは剣をいなすのに精一杯であり、徐々に押され始める。

「聖剣って、貴女みたいな未熟者にも抜けるのね。わたくしも昔は憧れていたけど、幻滅ですわねぇ。」
「黙れ!!」

 アムリスは激昂し、徐々に剣が大振りになっていく。対照的にクリステラは動きが機敏になっていき、アムリスを翻弄し続ける。

「ちょこまかと……!」
「アムリス!挑発に乗るな!落ち着け!!」
「分かってる!」

 イライラを抑えきれないアムリスが、横薙ぎに聖剣をぶん回すが、クリステラはあっさりと避け無防備になったアムリスの懐に潜り込んだ。

「お邪魔しますわ。」

 にこりと微笑むクリステラ。その次の瞬間にはアムリスの腹部に、クリステラの右腕が突き刺さっていた。

「かふっ……おご、おえ……」

 腹部を押さえ後ずさるアムリス。その眼前にクリステラの膝が迫る。

「アムリス!!」

 クリステラの膝蹴りをまともに受け、仰向けに倒れるアムリス。ガステイルは彼女に駆け寄りながら、

「『火炎の弾丸フレイムシュート』!!」

 至近距離から魔法を打ち込み、その隙にアムリスを連れて距離をとる。

「アムリス、意識あるか?」

 ガステイルはアムリスの顔に付いた血を拭き取りながら確認する。アムリスは苦悶に顔を歪ませつつも

「うぐ……なんとか。」

 と応答する。ガステイルの視線の先では、炎を強引に振り払ったクリステラが笑顔で佇んでいた。アムリスはそれを見て、よろよろと立ち上がる。

「あらぁ、まだ立てるんですね。いつかの魔族よりよっぽど頑丈なことで。」
「貴女に……言われたくないわよ。」
「しかし困りましたわねぇ。満身創痍の前衛とひ弱な後衛じゃ、これ以上面白くはなさそうにありませぇん。」
「悪かったわね……!」

 挑発に乗り飛び出そうとするアムリスを腕で制すガステイル。その様子を残念そうに見つめるクリステラは続けて、

「あらぁ、そっちの子は冷静なんですねぇ。いずれにしても、わたくしからハンデを差し上げましょう。田舎娘もわたくしの硬さの秘密が知りたいでしょう?」

 予想外の提案に驚くガステイル。

「何を考えている?」
「だからぁ、面白くするためですよぉ。まぁ、言っちゃいますね。」

 ガステイルとアムリスは固唾を呑んで見守る。

「わたくし、常時強化魔法を使っておりますの……ただの強化魔法ではなく、『自身に向けられた負の感情の大きさに応じて効果が増す』という、ちょっとヘンテコな魔法を……ねぇ。」
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