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第三章 箱庭編

箱庭ⅩⅦ 純粋の毒婦

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「向けられた負の感情に応じて効果が上がる強化魔法……」
「私たちは今まで、無意識に相手を強化しちゃってたわけね……」
「その通りよぉ。貴方達ったら、怒りと正義の心をちょっとくすぐってあげるだけであんなに気持ちのいい負の感情をごちそうしてくれるんだもの。嬉しくて嬉しくてたまりませんでしたわぁ。」

 クリステラは悦に浸り、身体をビクビクと震わせる。

「舐めやがって……だけどよ、本当に手の内を晒して大丈夫だったのか?」
「んぅ?どういうことですの?」
「あんたに負の感情を向けると強くなるってんならよ、俺たちがお前に対して感情を抱かずに戦えばいいんだろ?」

 クリステラはガステイルの言葉に、高らかに声をあげて笑う。

「あはははは!何を抜かすと思えば……とんだ絵空事ね。その証拠に、ほら。」

 クリステラはアムリスの方を指さし、ガステイルはそちらを向く。アムリスは剣を支えにしながら立ち上がり、クリステラを睨みつける。

「そちらの田舎娘から、ビリビリと負の感情が流れ込んで来てますのよぉ。さっきからずっとね。」
「アムリス!落ち着け!」

 アムリスはギリギリと歯を食いしばり、ガステイルに押されて後ろへ下がる。

「よほど、腹に据えかねた何かがあるみたいねぇ。わたくしには心当たりがありませんのに。」

 クリステラはやれやれと首を振り言い放つ。

「ガステイル君……ごめんなさい。私どうしてもあの人のことは許せないの。ドニオさんのこともロマリアって魔族のことも、食べられた孤児院の子供たちのことも……」

 アムリスは目に涙を浮かべながらガステイルに告げ、ガステイルの手を払う。

「あらぁ、なるほどねぇ。わたくしがアタラクシアを追い出された経緯を知ってたのね。だったらその話、もっと詳しく聞きたくない?」

 クリステラはニイと口角を上げながら提案する。

「……罠だな。おおかたより深い憎悪を抱かせて魔法の効果を上げるためだろう。」
「あらぁん、冷たいわねぇ。やむを得ない事情で起きた事故かもしれないのに。それに、そっちの子が少しでも回復できた方があんたたちに有利になるかもしれないでしょう?」

 ガステイルはアムリスとクリステラを交互に見る。剣を地面に突き立て肩で息をしながらなんとか立っているアムリスを見て、ガステイルは歯を食いしばりながら苦渋の決断を下す。

「……アンタの言う通りだ。時間稼ぎがしたい。」

 クリステラは微笑みを浮かべ、自身が追放されるまでの過去を語り始めた。


 聖地アタラクシアを囲む竜の牙と呼ばれる山々、その麓にある都市ゲリュオネシュタットでわたくし――クリステラ・バートリーは生まれた。ゲリュオネシュタットは竜の牙の周囲ではアタラクシアの次に大きな都市で、わたくしの生活に不自由は全くありませんでしたわ。親は二人とも敬虔な信徒としてアタラクシア中で評判の司教様だったわ。街を歩けば

「あら、バートリー司教の子供たちだわ!」
「ご両親に似て、利発そうな子達ね。正教の未来も明るいわね!」

 と、そんな声が飛び交うような環境で育ったわ。だからもう教会に入っていたお兄様達と同じように、わたくしも何の疑問も持つことなく教会に仕えるようになったの。
 修道院に入ってからも評判は止まらなかった。

「バートリーの兄妹は皆優秀だな。」
「去年聖騎士に任命された長子は、魔族の都市を既に四つも落としたらしい。」
「なんと!とんでもない天才だな!」
「ああ。だが、あそこの兄妹の白眉は長女のクリステラだぜ。修道院に入ってからというもの成績も聖魔法の腕もトップを維持し続けているらしいぜ。」

 街ではそんな噂話が止むことは無かったわ。街だけでなく、教会でも噂され続けたの。権力問題が絡む上層部はともかく修道院みたいな下っ端だと、清貧な人間しかいないからほぼ全員が善意100%で私たちのことを褒め称えるの。親兄妹はみなそのことを誇りとし、良き模範たるべく自分を磨き続けたわ。
 私は退屈だったわ。私の中では当たり前だと思っていることを褒められても、嬉しくもなんともないもの。今自分が立って歩けることを褒められてもなんだコイツって思うわよね、それと同じ。でもね、やっぱり私が成績トップを走り続けるとやがて不満を持つ子が出てくるのよね。私の場合はいつも3番目の成績だった子がそうだったわ。成績発表や魔力測定の度に彼女は激しい敵意を向けてきたの。わたくしに向けられた、初めての嫉妬、憎悪、僻み……それまでの人生でで一番心地よかった瞬間よ。だからわたくしは彼女にこう言った。

「良かったらうちの部屋でお菓子でも食べながら一緒にお勉強でもしませんこと?」

 と。彼女もわたくしに追いつくチャンスだと思ったのか、二つ返事で受け入れたわ。その日の修行を終え二人でわたくしの部屋に向かい、中に入ったところでわたくしはその子の後頭部を近くにあった花瓶で思いっきり殴り、気絶させたの。そのうちに手足を拘束し、監禁する準備を進めたわ。ほどなくして目を覚ました彼女は

「なにこれ!解いて!部屋に帰しなさいよ!!」

 と威勢よくわたくしに突っかかってきました。ああ、やはりこの子ならわたくしの望んだ快楽を齎してくれると、その時わたくしは確信いたしました。ですが、流石に立場を少し弁えていただきたかったので、台所から包丁を取り出し両の踵に突き刺しました。

「いやぁぁぁぁぁ!!!いだい!いだいよぉぉぉぉ!!!」
「これでもう逃げられませぇん。貴女はもうわたくしを楽しませる道具に過ぎないのですよ。さあ、もっともっと負の感情をわたくしに捧げるのです……」

 彼女がわたくしを見る目が変わりました。怒りからだんだん恐怖と絶望に染まっていきます。やはりこの二つは格別に美味しい負の感情だとわたくしは思いました。なので……この日から10日間、負の感情の実験がてら彼女でいろいろ試してみることにしました。

 そういえば、彼女の名前を言ってませんでしたね。ええと確か……ああ、忘れてしまいましたぁ。残念ですわぁん。
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