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二章

4 俺とティナ①【カインside】

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 ブラッドファウル家は代々優秀な騎士を輩出する名家だ。
そこの嫡男として生まれた俺も自然と騎士に憧れた。
 幼い頃母から読み聞かせられた絵本も、騎士が出てくる話が好きだった。
特に好きだったのが、寡黙な騎士が美しい姫を悪い奴等から守り続け、最後は結ばれるお話だ。
 俺も結婚するなら絵本の姫のような女の子がいいなと思った。
お淑やかで繊細な深層の令嬢。
そして俺はその子を守る騎士となるのだ。

「クリスティーナ王女との…婚約ですか?」
 だから両親から婚約を打診されていると聞かされた時、舞い上がるくらい嬉しかった。両親は少々浮かない顔をしていた。どうやら王女が訳ありで離れの塔で暮らしているらしい。病弱なのだろうか…?
 俺はわくわくしながら王女と会える日を指折り数えて待っていた。

※※※※※※※


「…来ねえ。」
 約束の時間を過ぎても王女は来なかった。王城の使用人達に聞いても青い顔をして知らず存ぜぬというばかりだった。
俺は失望で肩を落としながら、せめて王女の姿を一目見たいと離れの塔の方向へ足を運んだ。

中庭を通りがかったところで茂みからガサガサと音がした。
そっと覗き込むと、女の子がうずくまっていた。ふわりと流れる金の髪には所々に葉っぱがついている。
「あら?」
鈴の鳴るような声が聞こえた。
「貴方はだあれ?」
女の子が顔を上げた。
澄んだ青空のような色の瞳に吸い込まれそうになる。陶器の様な肌はどこまでも白く柔らかそうだった。
お姫様だ。
絵本の挿絵に描かれていた姫がそのまま現れたようだった。
心臓が興奮と緊張でばくばくとうるさい。
「…カイン•ブラッドファウルだ」
しぼりだすように返事をした。

すると

「私はクリスティーナ•ラルファ=ディオニュリス!
この国の王女よ!
貴方、幸運ね!私を助ける栄誉を差し上げるわ!」

女の子がふんすっと胸を張った。
 俺はぽかんとしてしまった。
どうやらこの子は俺の婚約者となる少女らしい。

「普段私に良くしない使用人達が今日に限って、構ってきておめかしさせるからおかしいと思ったのよ。
どうやら私、コンヤクシャとかいう人喰い狼に差し出されそうになっているの!だから今こうやって逃げ回ってるってわけ。」

クリスティーナがドヤ顔をしている。
 俺は自分の中のお姫様像がガラガラと崩れていくのがわかった。

「俺がその婚約者だ。」

彼女が目を見開く。
「私を…食べるのね!」
「…食べねーよ」
それを聞いてホッとしたらしい。
「そうよね!人間の男の子にしか見えないもの。」
「なんで人喰い狼だと思ったんだ?」
「だってお兄様が男はみんな狼だから気をつけなさいって。ばっくり食べられてしまうって。」
「それ、ただの比喩だろ。本物の狼って意味じゃねーよ。悪い奴もいるから誘拐されないように気を付けろって事だ。」
 おれの婚約者は頭が弱いらしい。
「そうなのね!よかったわー。
それでコンヤクシャってなんなの?」
おまけに何も知らされて無かった。
「結婚の約束をした相手ってことだ。…将来結婚すんだよ、俺とお前。」
 王族に不敬な物言いかとも思ったが、こいつクリスティーナには妹に接する感じでいいだろう。
「まあ!」
彼女は目をまん丸くした後、満面の笑みを浮かべた。
「じゃあ、私貴方のお嫁さんになるのね!こういう時は…えーと、あ、こう言うって聞いたわ!

末永くよろしくね!カイン!」

「…おぅ。」
 俺は唸る様に答えて熱る顔を隠す様に背けた。





※※※※※※※※※

 第一王妃様が亡くなってから、クリスティーナの世話は第一王子がしていたらしい。もう一人世話をしてくれた人物がいたそうだが、顔や名前が思い出せないらしい。
「思い出そうとすると雲ががかったみたいにふわふわするのよねー。」
とクリスティーナが首を傾げていた。
 異国出身の人だったらしく、クリスティーナに変わった風習も教えていたらしい。
 約束事をした時に「嘘ついたら針千本飲~ます!」とぶっそうな事を言い出した時には度肝を抜かれた。
もしかしたら堅気の人ではなかったのかもしれない。



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