要石の巫女と不屈と呼ばれた凡人

イチ力ハチ力

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第二章 錬磨

命懸け

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「ヤナ君、おはよぉ! 今日からよろしくね!」

 今日もいつも通り朝食前のトレーニングを終え、朝食後のアメノ爺さんとの鍛錬をする為に、塔の外の広場に出たところでルイから声を掛けられた。

「おはよう……って、え?……何で、こっちにルイがいるんだ?」

「いやぁ私もよくわからないんだけど、団長さんにこっちでヤナ君と鍛錬する様にって言われて来たんだよねぇ。何でだろ?」

 二人して顔に疑問符を貼り付けていると、アメノ爺さんがこちらへ向かって歩いて来た。

「ルイ殿には、今日からこちらで鍛錬を行なう事にして貰ったのじゃ。どうやらルイ殿も、ジョブレベルを上げるのに手間取っているという話じゃったでのぉ」

 ルイは『聖女』のジョブを取得しており、それは主に回復と補助がメインのジョブらしい。レベルも回復や補助を掛ける事で上がる為、騎士団のリアルに身体が傷付かない結界付きの訓練場では、満足にレベル上げが出来ず、他の勇者達よりレベルの上がり方が遅かったのだ。

「ヤナ殿もまだ全くレベルが上がって居らぬし、丁度良い機会じゃったでな。ルイ殿と一緒に、鍛錬を行なう事にしたのじゃ。ヤナ殿のレベルが上がらなくとも、少なくともルイ殿のレベルは上がる筈じゃて」

 隣のルイは、まだ何故自分の鍛練になるのか分かっていなさそうだったが、俺は物凄い嫌な予感を感じていた。

「昨日、エイダとヤナ殿のレベルの事に関して話しおうたのじゃよ。儂らが指導を任せられておると言うのに、レベルを上げる事が出来て居らぬのは誠に申し訳ないとの。そこで、『冒険者』と言うものをよく考えてみたのじゃ」

 俺の背中を嫌な汗が流れ始め、此処から離れろと危険信号が全開に鳴っている気がした。

「冒険者とは、過酷な職業じゃ。未踏の地へ探索、魔物の討伐、野盗からの護衛とのぉ。どれも共通する事がある事にの気づいたのじゃ」

 既にこの時点で身体は此処から逃げ出そうと、駆け出せる準備をしていた。

「どれも命懸けなのじゃよ、冒険者と言うのはの。であるからして当然『冒険者』であるヤナ殿も、そんな『命懸け』で『冒険』しないとレベルは上がらんのでないかと結論付けたのじゃ」

「その……方法とは?」

 アメノ爺さんは、いつの間にか両手に大太刀を持ち、切っ先を正面で交差させたいつもの構えで俺を見据えていた。

「ルイ殿、これまでで一番大きな傷を治したのはどの程度じゃ?」

「えっと……兵士さんの訓練場の事故で、腕の切断までなら聖なる癒しハイヒールで復元できましたよ?」

(すげぇな……欠損も復元できるのか……は!? まずい!)

「ほほう、それは頼もしいのぉ。では腕の一本二本は、切り飛ばしても大丈夫じゃのぉ」

「おぃ爺ぃ……その刀の構え方だと、普通に切れる方の刃が当たるんじゃないのか?」

「当たり前じゃろ。今から実際に切るつもりじゃからの。ヤナ殿はルイ殿の護衛という事にしようかの。ルイ殿は自分の傷も治せるじゃろ?」

「はう! 私お姫様ポジション! えっ? はい! 自分の傷も大丈夫です!」

「うむ、なら大丈夫じゃな。儂は当然ルイ殿を殺しに来た悪漢といったところじゃの。ルイ殿も鍛練じゃての、ヤナ殿を補助し傷ついたら回復するのじゃぞ? 当然、儂はルイ殿も斬りかかるでの」

 ルイが完全に青ざめた顔で、俺をみている。

「おい爺ぃ、ルイも斬るってのか?……本気マジで言ってんのか?」

「当たり前じゃ。魔王は女子だからと言って、見逃してはくれんぞい?」

「くそ爺ぃ……ルイ、辞めていいぞ……此処には訓練場のような結界はないから、斬られたら痛いじゃすまんだろう……下手すると死ぬぞ……あの爺ぃ、マジの目してやがるしな」

 ルイは少し考えていたが、俺に返事をする時には決意に満ちた顔をしていた。

「やるよ……私はやるよヤナ君! 皆んなの足手まといになりたくないから!……それに……ヤナ君が護ってくれるんでしょ? 私の護衛さん?……こんな萌えるじゃなかった、燃える展開滅多にないよ!」

「変なスイッチ入ってるけど……大丈夫かよ……」

「腕の二本三本ぐらい再生してあげるよ! 頑張って私の肉壁! じゃなくて、護衛さん! 悪漢から私を護って!」

「このやろう……あぁもう! やったるわ! やってやろうやないか!……悪漢何ぞに俺が倒される訳がねぇだろ! かかってこいやぁ!」

 覚悟を決めて二刀を抜いて、だらりと構えた。俺が構えた所でアメノ爺さんから今にも斬り殺されるような圧力を感じた。

「ヤナ殿、これが殺気じゃよ。これまでの訓練ではなかったじゃろ。一瞬たりとも気を抜くでないぞ、腕の一本二本じゃ済まんでの……死ぬでないぞ? ルイ殿も斬らせるでないぞ? 女子は守り通せねば漢でないぞ?」

「爺い……悪漢のあんたが言うな……俺が倒れるまでルイを斬れると思うなよ」

「ふぉっふぉっふぉっ、頼もしいのぉ。そら……行くぞ」

 一気にアメノ爺さんが間合いを詰めてきた。目的が鍛練だからだろう、目に見える・・・速さで斬りかかってきた。アメノ爺さんの一本目の刀を、右手の大太刀で捌き、もう一本の刀で斬りかかろうとするが、それよりも速くアメノ爺さんのもう一本の大太刀が迫る。

「取り敢えず、一回斬られてみんさい!」

 アメノ爺さんの声が聞こえた様な気がした刹那。俺の胸をアメノ爺さんの大太刀が、真一文字に斬り裂いた。

「う……うがあぁあ!」

「ヤナ君!」

 俺の革鎧レザーアーマーごと切り裂かれた胸からは、血が噴き出した。

聖なる癒しハイヒール!」

 ルイの回復魔法ヒールによって、俺の傷が癒されていった。

「ルイ……助かった……」

「ほほう、ルイ殿は『無詠唱』のスキルをお持ちでしたか、結構結構」

 アメノ爺さんは、俺の血が滴る大太刀を構えながら、俺を見ている。

「ヤナ殿も斬られた痛みで、心が折れるかと思ったがたが、中々どうして案外大丈夫そうじゃな」

「痛覚耐性(小)が……効いているんだろうよ……スキルがあってこの痛みなら、もしスキルが無かったら危なかったかもな」

 初めて斬られた割には何とか耐えられているのは、不撓不屈折れない心と痛覚耐性(小)のお蔭だろうと思われた。それくらい斬られるというのは、衝撃的だった。

「ルイは痛覚耐性系のスキルは……取得しているか?」

「ううん……無いかな」

「ヤナ殿が倒れるという事は、護るべき相手がこの痛みを味わうことという事じゃ。そして、相手を討つということは、この痛み以上を与えるという事じゃ。先ずは、その覚悟を作りなされ」

 俺が『覚悟』を作れと言われ、少し怯んだ所を見た為か、アメノ爺さんが更に追い込んでくる。

「先ずは絶対に倒れず護るという覚悟からじゃの。では、結構きついの見舞うでの、気張るのじゃよ? 諦め倒れると、後ろのルイ殿まで斬り刻むことになるでの?」

「くそ爺ぃ……絶対殴ってやる……」

「ふぉっふぉっふぉっ、その意気じゃ。それじゃ気合を入れなされ、剣戟の舞のご披露じゃ」

 そう言ってアメノ爺さんは2本の刀をダラリと下げて、剣技の名を告げた。

「参る……『桜吹雪舞い散る剣戟』」

 静かなアメノ爺さんの声が聞こえたと思った瞬間に、目の前に既に大太刀が迫って来ていた。必死に刀で弾くと、すぐさま大太刀が胴体目掛けて斬り込んで来ていた。アメノ爺さんがまるで、舞でも踊るかの様に回転しながら俺を斬りつけていた。

「ぬあああ! 捌き……きれな……ぐう!」

 致命傷こそ避けてはいるものの、嵐の様な剣戟を身体中に受けてしまっていた。

「止めねば舞は終わらぬよ! このままルイ殿にも、お見舞いして終いかの!」

 この舞から離脱すると後ろのルイが、この剣戟の嵐に呑まれてしまう為、回避の選択は取れない。

「ぐぉおおあ! 舐めるなぁ!」

不撓不屈折れない心派生スキル『心堅石穿火事場の馬鹿力』を取得しました】

 頭にアナウンスが流れて来た。直感でこのスキルを使うべきだと感じ、叫んだ。

「うぉおおお!『心堅石穿火事場の馬鹿力』! 負けるかぁああ!」

心堅石穿火事場の馬鹿力』を発動させた瞬間に、身体に力が溢れる。その力のままに、アメノ爺さんの剣戟の嵐を止めにかかった。

「新しいスキルとな! なんのぉこれしき!」

「俺は……絶対に倒れはしない! うぉおおお!」

 俺の二刀とアメノ爺さんの二刀が同時に交差した。そしてその場でお互いの力が拮抗し、ついに嵐が止んだ。

「ふぉっふぉっふぉっ、まさか止められるとはのぉ。まだ続けられそうかの?」

 アメノ爺さんが不敵に嗤う。

「ヤナ君! 駄目だよ! これ以上は死んじゃうよ! やめて!」

「大丈夫さ……俺は死なんよ……絶対に俺は倒れない……だから……安心してそこで待ってろ」

「ヤナ君……それはフラグって言うんだよ……」

 その場でルイの聖なる癒しハイヒールで回復させて貰い、昼飯まで斬り刻まれた。

「乗り切ったぞ……俺は……ルイを……護れたか?」

「うんうん! 良くやったよヤナ君!」

「そうじゃった、昼飯の後はエイダとの鍛錬じゃがの、ルイ殿も同席する様にとの事じゃ。彼奴も張り切っておったぞ? ふぉっふぉっふぉっ」

「ルイ……俺に構わず逃げろ……必ず俺も後から追いつく……」

「それはもう完璧なフラグだよ、ヤナ君……がんばろ?」

 俺たちの『冒険』は、まだ終わらない。
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