60 / 165
第四章 自由な旅路
廻り灯籠
しおりを挟む
私は、ずっと普通じゃない事が嫌だった。
人から羨ましいと言われても、嫌だった。
男の人からの目線が嫌だった。
昔はお母さんみたいに、大きくなっていくのが嬉しかったのに。
ある時気付いたのだ。学校の男の子の目線が、私の顔を見ていない事を。
最初は、何を見ているのか理解出来なかった。
その事を友達やお母さんに話すと、苦笑していた。
「塁は大きいから仕方ないよ」
その事を知ってから、周りの視線が気になり始めた。
体育時間が嫌いになった。
ガラの悪い男子に、からかわれる事が増えた。
高校になって、電車通学になると朝の満員電車で痴漢にあった。
突然の事で、怖くて声も出なかった。
恥ずかしくて、親にも相談出来なかった。
親や友達に心配かけたくなくて、学校も休めなかった。
電車乗るのが、本当に苦痛で嫌だった。
子供の頃はお母さんとのお出かけは電車だった。だから電車は大好きだったのに。
「もう…嫌…」
今は電車が大嫌いだった。
今日も痴漢にあった。
その時だった。
「いでぇえええ! 何すんだぁ!」
「あぁ? いい年したおっさんが、痴漢なんて情けねぇことしてんじゃねぇよ!」
後ろ姿で顔が見えなかったが、私と同じ制服を着た男の子が、私を痴漢していたおじさんを締め上げて、ホームで駅員さんに引き渡していた。駅員さんにスマホの画面を見せていたので、証拠の写真か映像でも撮っていたのかも知れない。
それから、何故か全く痴漢されなくなった。
電車に乗るのが、少し怖くなくなった。
学校の体育の時間の時だった。
この日はバレーボールだった。
「おぉお! 今日も派手に揺れてるなぁ! ギャハハ!」
クラスの男子から、笑われた。
私は、苦笑いでその場をいつも耐えていた。
体を動かすのは、昔は好きだった。
でも、今は辛い。
友達には、気にしてないよと笑っていた。
この日も、私は耐える筈だった。
「もっとジャンプしろぶべぇ!」
「何しやがぶぅ!」
「あぁ? 何ってバレーボールだろ?」
「バレーは至近距離で、サーブは打たがはぁ!」
「やめでぇぐばぁ!」
「くだらねぇ事言ってないで、体育に熱血しようぜぇ? 俺達全員余所見する暇なんて、ナイヨナ?」
「「「ひぃ!?」」」
私を馬鹿にしてた男子を、バレーの猛練習で、叩きのめしてから、男子全員を見回して富東君はそう言い放った。
「「鬼がいる…」」
但し、クラスメートの女子にはドン引きされていたけど。
その日から、体育の時間の男子は、何処かの全国制覇を目指してるキャプテンの如きシゴキを富東君から受け始め、私をからかう余裕すらなくなり、最後には本当に全員が何かの運動部に所属したらしい。
「最近、ルイ何だか元気になってない?」
「そうかなぁ? 前から私は元気だよ!」
アリスちゃんに、そう言われた。
きっと元気になってると思う。
この間、気づいちゃったからだ。
「あれ? おはよう。富東君もこの電車なの?」
「ん? えっと、あぁ、この時間の電車だな」
富東君は少しバツが悪そうにそう答えた。不思議に思っていると、電車から降りる際にふと富東君の後ろ姿が目に入った。
「あ……」
「ん? なにか電車に忘れ物か?」
「ううん! 思い出したから大丈夫だよ! 矢那君、早く行かないと遅刻しちゃうよ!」
「急げって言われても、混雑してて走れねぇよ」
「ふふ、そっか! じゃあ、みんな行くまでここで、待てばいいね!」
「それじゃダメだろ……ほら、行くぞ」
私は、別に記憶力が悪い訳じゃない。
今思い出せば、あの誰かが痴漢から助けてくれた日から、私の近くにいつも同じ制服の男の子がいた気がした。
私は、その事を矢那君には言わなかった。
もし、言ったらもう近くで守ってくれないかも知れない。
私は、朝の電車が好きになった。
それから、矢那君と朝の電車で話すようになり、友達になった。
一度、自分の事について聞いた事があった。
「私、普通じゃないから、色々大変でさぁ」
「あぁ、まぁ、うん。そうかもな」
矢那君は苦笑しながら、あさっての方向を向く。
「普通じゃない事が、嫌なのか?」
「うん……だって普通じゃないから、見られたりする訳だし」
「俺は至って普通だからなぁ。結構、普通じゃない事に憧れるんだよなぁ」
矢那君は自分を普通だと思っているらしい。指摘すると可哀想なので、そのまま私は放置した。
「普通じゃない事に、憧れるの?」
「だって、正義の味方は『普通』じゃなれないだろ?」
矢那君は笑いながら、そう言った。
「確かに『普通』じゃ、ヒーローにはなれないね。ふふふ」
矢那君はそう言った後に、しまったという顔をしてそっぽを向いていたが、耳が赤くなっていた。
私は『普通』じゃない事に、少し心が軽くなった。
異世界にみんなと召喚された時、矢那君だけが『召喚されし勇者』ではなかった。
更に矢那君は、私達と違って元の世界に帰る事が出来ないと言われてしまった。
それを聞いて矢那君は私達に笑いながら言った。
『こんな剣と魔法の世界から、しばらく帰るつもりも無かったから丁度良いってなもんだ』
でも、矢那君の目は笑っていなかった。
当たり前だ。帰りたいに決まっている。
白雪ちゃんに責任を感じさせない為や、私達に遠慮させない為に決まっていた。
私は、それを聞いてそこまで、強がらなくても良いのにと思った。
その後も、中々レベルの上がらなかった私を他三人に追いつくまで、一緒に鍛錬してくれた。
自分はあんなに厳しい程に追い込んでも、全然レベルが上がらなかったのに、私のレベルが上がると本当に笑顔で喜んでくれた。
「……かは……ふふ……これを……走馬灯って言うのかな……」
城での鍛錬時にアメノさんにも、何回か軽く斬られた事はあった。自分で治せる程度に、きちんと調節してくれたんだと思う。今は、斬られた所が熱いとしか感じない。自分で回復出来るほどの、集中は今は出来ない。
「……でも……最後が……彼との最初の出逢いを……観れたってのは……私も乙女だね……ふふ」
周りで、私を呼ぶ声がしたけど、もう誰かわからない。
目も霞んできて、誰が泣いているかも分からない。
アリスちゃんかな?
シラユキちゃん?
コウヤ君?
ふふ、彼はさっきまで通話してたから、もう声は聞いたもんね
異世界があるなら、きっと転生もあるよね?
「……また……ね……」
私の意識は、深く暗い闇に沈んでいく
「『ヤナだ! どうなってる! コウヤは通話が繋がらない! アリスは泣きじゃくって話せない! シラユキは話せるか!』」
俺は、ルイとの通話が切れた直後に、神火の水上バイクを全力で走らせアシェリと別れた浜辺に向かった。咄嗟に、ネミアさんも付いてくると言ったので何とか、エディスさんの後ろにくっついてもらった。泳ぐよりこっちの方が速かったからだ。
「『シラユキよ! コウヤは、怪物に変身したAランクの冒険者と戦ってる! かなり激しく戦ってるから通話は無理! アリスは……私は取り敢えず大丈夫!』」
「『よし! ルイはどんな感じだ!』」
「『かなり息は浅いけど、まだあるわ! でも、もう意識はないみたい。今ギルドにミレアさんが治癒師を呼びに行ってる所! あとは持ってる回復薬を、傷口にかけているんだけど、傷口に瘴気が纏わり付いて、殆ど回復してくれないの!』」
「『そうか……生きてさえいれば、俺が何とかする! それまで……俺が行くまで何としても、何をしてでも命を繋ぎ止めろぉおお!』」
そして、俺達は浜辺に向かう入江で、浜辺に向かう大量の魔物の大群と遭遇した。
「エディスさんとネミアさんは、この神火の水上バイクにしがみつく付け! 俺が奴らの間に道を作る! どけぇええ! 『海割り』!」
俺は腕輪と指輪を外し、全力で魔物の群れごと一刀両断で海を叩き割った。
「「「グギャアアアアア!」」」
魔物の断末魔と共に、浜辺へ一直線に道が出来た。そして神火の水上バイクを浜辺に向かって蹴り飛ばした。
「「きゃぁああああ!?」」
俺が二人が乗ったままの神火の水上バイクを蹴飛ばすと、割った海が閉じる前に一瞬で魔物の群れを追い抜き、浜辺に近づいた。最後は自動操縦で減速させて、二人を浜辺に下ろした所で『解除』した。
俺は割った海の底で、じっと集中した。街全体のカバーするつもりで、全力の死神の慟哭を発動し、ルイや勇者達の気配を探した。
「……いた! ぜりゃぁあああ!」
全力で海底を蹴り出し、掴んだ気配へ飛んだ。
「ルイ……ルイぃ……目を開けてよぉ……ルイぃいいい!」
「アリスどいて! ミレアさんが、ギルドから治癒師が来てくれたわ! お願いします!」
私は、ルイに覆いかぶさり泣きじゃくっているアリスを退かせて、治癒師に診てもらう。
「これは……兎に角やってみよう!」
治癒師が回復魔法をかけるが、やはり瘴気が邪魔をしている為か、殆ど傷が塞がらない。
「ダメだ……この瘴気が、回復魔法を身体に受け付けさせてくれない。それに……仮に瘴気がなかったとして、ここまで大きい傷を治せる術者は……この街にはいないだろう……すまない……」
「なんで……なんでルイがなのよぉ! 私だったら……ルイが治してくれるのに!」
アリスの悲痛な叫びが、現場を支配した時だった。
「そうだな。怪我したのが、ルイ以外だったらいいんだよな」
不意に聞こえてきた方を振り返ると、ヤナ君が立っていた。
「ヤナ君……全部の回復薬も使って、治癒師の人にも回復をかけ続けてもらってるけど……どうにもならないって……息はあるけど……もうダメだって……」
私は我慢してきた涙をヤナ君を見た瞬間、止めることが出来なかった。
ヤナ君は私の頭に手を置き、優しく撫でた。
「任せろ。生きているなら何とかしてやる。もたせてくれてありがとな、シラユキ」
そう言いながら、ヤナ君はルイにゆっくりと近づいていった。
「ヤナぁ……ルイがぁ……死んじゃうよぉ……」
アリスの頭も優しく撫でて、ヤナ君はしっかりと力強い言葉で、私達に告げた。
「心配するな。ルイの傷は治す。ただ、頼みがある。俺がルイを治したら、例え寝ててもルイを叩き起こして、俺を治してくれる様に言ってくれ」
「「え?」」
そして、ヤナ君は魔法を唱えた。
「『神火の清め』」
ヤナ君の神々しい炎でルイが包まれ、傷口の瘴気が消えていった。
「任せたぞ? 『神火の身代わり』」
ヤナ君とルイが炎に包まれたと思ったら、ルイの傷口が塞がり出した。
「……うぐ……ぐぁあああ! ルイ! まだ逝かせねぇぞぉおお!」
「傷が! ルイの傷が治っていってる!」
アリスがルイの様子を見て叫ぶ。
私もその様子を見ていて、喜ぼうとした時に、ヤナ君が明らかに苦しんでいる事に気がついた。
「ヤナ君? え!? 凄い血が流れてるけど! どうしたの!?」
「ぐぁあああ! 俺に構うなぁあ! ルイを見ていろ!」
私はまた誰かに呼ばれた気がして、深い闇から呼び起こされた。
「ん……あれ? 私……生きてる?」
「ルイ! よかった! 治っていきなりだけど、ヤナ君を治して! 早く! 今度はヤナが死んじゃう!」
「え!?」
振り返ると仁王立ちで立っているヤナ君の足元には、大量の血溜まりが出来ていた。
「……ルイ……たの……むわ……」
「よくわかんないけど、いつも通り無茶したんだね! 『聖女の抱擁』!」
私がヤナ君に抱きつき、『聖女の抱擁』でヤナ君を癒す。
「はぁ……助かった。ルイ? 別にこれは実際に抱きつかなくても、回復するだろ?」
「『聖女の抱擁』は、抱きついた方が効果が高いの!」
私は、ヤナ君の胸に顔を埋めて泣いていた。
「まぁ、いいけど……恥ずかしい上に、後ろでコウヤが結構苦戦してるんだけどな?」
「少しくらいほっといても、死にはしないよ。私が治すもの」
「……コウヤ……どんまい……」
死にかけて、ヒーローに助けられたんだもん
助けられたヒロインは、少しくらいワガママ言ってもいいよね?
人から羨ましいと言われても、嫌だった。
男の人からの目線が嫌だった。
昔はお母さんみたいに、大きくなっていくのが嬉しかったのに。
ある時気付いたのだ。学校の男の子の目線が、私の顔を見ていない事を。
最初は、何を見ているのか理解出来なかった。
その事を友達やお母さんに話すと、苦笑していた。
「塁は大きいから仕方ないよ」
その事を知ってから、周りの視線が気になり始めた。
体育時間が嫌いになった。
ガラの悪い男子に、からかわれる事が増えた。
高校になって、電車通学になると朝の満員電車で痴漢にあった。
突然の事で、怖くて声も出なかった。
恥ずかしくて、親にも相談出来なかった。
親や友達に心配かけたくなくて、学校も休めなかった。
電車乗るのが、本当に苦痛で嫌だった。
子供の頃はお母さんとのお出かけは電車だった。だから電車は大好きだったのに。
「もう…嫌…」
今は電車が大嫌いだった。
今日も痴漢にあった。
その時だった。
「いでぇえええ! 何すんだぁ!」
「あぁ? いい年したおっさんが、痴漢なんて情けねぇことしてんじゃねぇよ!」
後ろ姿で顔が見えなかったが、私と同じ制服を着た男の子が、私を痴漢していたおじさんを締め上げて、ホームで駅員さんに引き渡していた。駅員さんにスマホの画面を見せていたので、証拠の写真か映像でも撮っていたのかも知れない。
それから、何故か全く痴漢されなくなった。
電車に乗るのが、少し怖くなくなった。
学校の体育の時間の時だった。
この日はバレーボールだった。
「おぉお! 今日も派手に揺れてるなぁ! ギャハハ!」
クラスの男子から、笑われた。
私は、苦笑いでその場をいつも耐えていた。
体を動かすのは、昔は好きだった。
でも、今は辛い。
友達には、気にしてないよと笑っていた。
この日も、私は耐える筈だった。
「もっとジャンプしろぶべぇ!」
「何しやがぶぅ!」
「あぁ? 何ってバレーボールだろ?」
「バレーは至近距離で、サーブは打たがはぁ!」
「やめでぇぐばぁ!」
「くだらねぇ事言ってないで、体育に熱血しようぜぇ? 俺達全員余所見する暇なんて、ナイヨナ?」
「「「ひぃ!?」」」
私を馬鹿にしてた男子を、バレーの猛練習で、叩きのめしてから、男子全員を見回して富東君はそう言い放った。
「「鬼がいる…」」
但し、クラスメートの女子にはドン引きされていたけど。
その日から、体育の時間の男子は、何処かの全国制覇を目指してるキャプテンの如きシゴキを富東君から受け始め、私をからかう余裕すらなくなり、最後には本当に全員が何かの運動部に所属したらしい。
「最近、ルイ何だか元気になってない?」
「そうかなぁ? 前から私は元気だよ!」
アリスちゃんに、そう言われた。
きっと元気になってると思う。
この間、気づいちゃったからだ。
「あれ? おはよう。富東君もこの電車なの?」
「ん? えっと、あぁ、この時間の電車だな」
富東君は少しバツが悪そうにそう答えた。不思議に思っていると、電車から降りる際にふと富東君の後ろ姿が目に入った。
「あ……」
「ん? なにか電車に忘れ物か?」
「ううん! 思い出したから大丈夫だよ! 矢那君、早く行かないと遅刻しちゃうよ!」
「急げって言われても、混雑してて走れねぇよ」
「ふふ、そっか! じゃあ、みんな行くまでここで、待てばいいね!」
「それじゃダメだろ……ほら、行くぞ」
私は、別に記憶力が悪い訳じゃない。
今思い出せば、あの誰かが痴漢から助けてくれた日から、私の近くにいつも同じ制服の男の子がいた気がした。
私は、その事を矢那君には言わなかった。
もし、言ったらもう近くで守ってくれないかも知れない。
私は、朝の電車が好きになった。
それから、矢那君と朝の電車で話すようになり、友達になった。
一度、自分の事について聞いた事があった。
「私、普通じゃないから、色々大変でさぁ」
「あぁ、まぁ、うん。そうかもな」
矢那君は苦笑しながら、あさっての方向を向く。
「普通じゃない事が、嫌なのか?」
「うん……だって普通じゃないから、見られたりする訳だし」
「俺は至って普通だからなぁ。結構、普通じゃない事に憧れるんだよなぁ」
矢那君は自分を普通だと思っているらしい。指摘すると可哀想なので、そのまま私は放置した。
「普通じゃない事に、憧れるの?」
「だって、正義の味方は『普通』じゃなれないだろ?」
矢那君は笑いながら、そう言った。
「確かに『普通』じゃ、ヒーローにはなれないね。ふふふ」
矢那君はそう言った後に、しまったという顔をしてそっぽを向いていたが、耳が赤くなっていた。
私は『普通』じゃない事に、少し心が軽くなった。
異世界にみんなと召喚された時、矢那君だけが『召喚されし勇者』ではなかった。
更に矢那君は、私達と違って元の世界に帰る事が出来ないと言われてしまった。
それを聞いて矢那君は私達に笑いながら言った。
『こんな剣と魔法の世界から、しばらく帰るつもりも無かったから丁度良いってなもんだ』
でも、矢那君の目は笑っていなかった。
当たり前だ。帰りたいに決まっている。
白雪ちゃんに責任を感じさせない為や、私達に遠慮させない為に決まっていた。
私は、それを聞いてそこまで、強がらなくても良いのにと思った。
その後も、中々レベルの上がらなかった私を他三人に追いつくまで、一緒に鍛錬してくれた。
自分はあんなに厳しい程に追い込んでも、全然レベルが上がらなかったのに、私のレベルが上がると本当に笑顔で喜んでくれた。
「……かは……ふふ……これを……走馬灯って言うのかな……」
城での鍛錬時にアメノさんにも、何回か軽く斬られた事はあった。自分で治せる程度に、きちんと調節してくれたんだと思う。今は、斬られた所が熱いとしか感じない。自分で回復出来るほどの、集中は今は出来ない。
「……でも……最後が……彼との最初の出逢いを……観れたってのは……私も乙女だね……ふふ」
周りで、私を呼ぶ声がしたけど、もう誰かわからない。
目も霞んできて、誰が泣いているかも分からない。
アリスちゃんかな?
シラユキちゃん?
コウヤ君?
ふふ、彼はさっきまで通話してたから、もう声は聞いたもんね
異世界があるなら、きっと転生もあるよね?
「……また……ね……」
私の意識は、深く暗い闇に沈んでいく
「『ヤナだ! どうなってる! コウヤは通話が繋がらない! アリスは泣きじゃくって話せない! シラユキは話せるか!』」
俺は、ルイとの通話が切れた直後に、神火の水上バイクを全力で走らせアシェリと別れた浜辺に向かった。咄嗟に、ネミアさんも付いてくると言ったので何とか、エディスさんの後ろにくっついてもらった。泳ぐよりこっちの方が速かったからだ。
「『シラユキよ! コウヤは、怪物に変身したAランクの冒険者と戦ってる! かなり激しく戦ってるから通話は無理! アリスは……私は取り敢えず大丈夫!』」
「『よし! ルイはどんな感じだ!』」
「『かなり息は浅いけど、まだあるわ! でも、もう意識はないみたい。今ギルドにミレアさんが治癒師を呼びに行ってる所! あとは持ってる回復薬を、傷口にかけているんだけど、傷口に瘴気が纏わり付いて、殆ど回復してくれないの!』」
「『そうか……生きてさえいれば、俺が何とかする! それまで……俺が行くまで何としても、何をしてでも命を繋ぎ止めろぉおお!』」
そして、俺達は浜辺に向かう入江で、浜辺に向かう大量の魔物の大群と遭遇した。
「エディスさんとネミアさんは、この神火の水上バイクにしがみつく付け! 俺が奴らの間に道を作る! どけぇええ! 『海割り』!」
俺は腕輪と指輪を外し、全力で魔物の群れごと一刀両断で海を叩き割った。
「「「グギャアアアアア!」」」
魔物の断末魔と共に、浜辺へ一直線に道が出来た。そして神火の水上バイクを浜辺に向かって蹴り飛ばした。
「「きゃぁああああ!?」」
俺が二人が乗ったままの神火の水上バイクを蹴飛ばすと、割った海が閉じる前に一瞬で魔物の群れを追い抜き、浜辺に近づいた。最後は自動操縦で減速させて、二人を浜辺に下ろした所で『解除』した。
俺は割った海の底で、じっと集中した。街全体のカバーするつもりで、全力の死神の慟哭を発動し、ルイや勇者達の気配を探した。
「……いた! ぜりゃぁあああ!」
全力で海底を蹴り出し、掴んだ気配へ飛んだ。
「ルイ……ルイぃ……目を開けてよぉ……ルイぃいいい!」
「アリスどいて! ミレアさんが、ギルドから治癒師が来てくれたわ! お願いします!」
私は、ルイに覆いかぶさり泣きじゃくっているアリスを退かせて、治癒師に診てもらう。
「これは……兎に角やってみよう!」
治癒師が回復魔法をかけるが、やはり瘴気が邪魔をしている為か、殆ど傷が塞がらない。
「ダメだ……この瘴気が、回復魔法を身体に受け付けさせてくれない。それに……仮に瘴気がなかったとして、ここまで大きい傷を治せる術者は……この街にはいないだろう……すまない……」
「なんで……なんでルイがなのよぉ! 私だったら……ルイが治してくれるのに!」
アリスの悲痛な叫びが、現場を支配した時だった。
「そうだな。怪我したのが、ルイ以外だったらいいんだよな」
不意に聞こえてきた方を振り返ると、ヤナ君が立っていた。
「ヤナ君……全部の回復薬も使って、治癒師の人にも回復をかけ続けてもらってるけど……どうにもならないって……息はあるけど……もうダメだって……」
私は我慢してきた涙をヤナ君を見た瞬間、止めることが出来なかった。
ヤナ君は私の頭に手を置き、優しく撫でた。
「任せろ。生きているなら何とかしてやる。もたせてくれてありがとな、シラユキ」
そう言いながら、ヤナ君はルイにゆっくりと近づいていった。
「ヤナぁ……ルイがぁ……死んじゃうよぉ……」
アリスの頭も優しく撫でて、ヤナ君はしっかりと力強い言葉で、私達に告げた。
「心配するな。ルイの傷は治す。ただ、頼みがある。俺がルイを治したら、例え寝ててもルイを叩き起こして、俺を治してくれる様に言ってくれ」
「「え?」」
そして、ヤナ君は魔法を唱えた。
「『神火の清め』」
ヤナ君の神々しい炎でルイが包まれ、傷口の瘴気が消えていった。
「任せたぞ? 『神火の身代わり』」
ヤナ君とルイが炎に包まれたと思ったら、ルイの傷口が塞がり出した。
「……うぐ……ぐぁあああ! ルイ! まだ逝かせねぇぞぉおお!」
「傷が! ルイの傷が治っていってる!」
アリスがルイの様子を見て叫ぶ。
私もその様子を見ていて、喜ぼうとした時に、ヤナ君が明らかに苦しんでいる事に気がついた。
「ヤナ君? え!? 凄い血が流れてるけど! どうしたの!?」
「ぐぁあああ! 俺に構うなぁあ! ルイを見ていろ!」
私はまた誰かに呼ばれた気がして、深い闇から呼び起こされた。
「ん……あれ? 私……生きてる?」
「ルイ! よかった! 治っていきなりだけど、ヤナ君を治して! 早く! 今度はヤナが死んじゃう!」
「え!?」
振り返ると仁王立ちで立っているヤナ君の足元には、大量の血溜まりが出来ていた。
「……ルイ……たの……むわ……」
「よくわかんないけど、いつも通り無茶したんだね! 『聖女の抱擁』!」
私がヤナ君に抱きつき、『聖女の抱擁』でヤナ君を癒す。
「はぁ……助かった。ルイ? 別にこれは実際に抱きつかなくても、回復するだろ?」
「『聖女の抱擁』は、抱きついた方が効果が高いの!」
私は、ヤナ君の胸に顔を埋めて泣いていた。
「まぁ、いいけど……恥ずかしい上に、後ろでコウヤが結構苦戦してるんだけどな?」
「少しくらいほっといても、死にはしないよ。私が治すもの」
「……コウヤ……どんまい……」
死にかけて、ヒーローに助けられたんだもん
助けられたヒロインは、少しくらいワガママ言ってもいいよね?
0
あなたにおすすめの小説
白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!
ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。
ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!?
「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」
理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。
これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
喪女だった私が異世界転生した途端に地味枠を脱却して逆転恋愛
タマ マコト
ファンタジー
喪女として誰にも選ばれない人生を終えた佐倉真凛は、異世界の伯爵家三女リーナとして転生する。
しかしそこでも彼女は、美しい姉妹に埋もれた「地味枠」の令嬢だった。
前世の経験から派手さを捨て、魔法地雷や罠といったトラップ魔法を選んだリーナは、目立たず確実に力を磨いていく。
魔法学園で騎士カイにその才能を見抜かれたことで、彼女の止まっていた人生は静かに動き出す。
異世界の花嫁?お断りします。
momo6
恋愛
三十路を過ぎたOL 椿(つばき)は帰宅後、地震に見舞われる。気付いたら異世界にいた。
そこで出逢った王子に求婚を申し込まれましたけど、
知らない人と結婚なんてお断りです。
貞操の危機を感じ、逃げ出した先に居たのは妖精王ですって?
甘ったるい愛を囁いてもダメです。
異世界に来たなら、この世界を楽しむのが先です!!
恋愛よりも衣食住。これが大事です!
お金が無くては生活出来ません!働いて稼いで、美味しい物を食べるんです(๑>◡<๑)
・・・えっ?全部ある?
働かなくてもいい?
ーーー惑わされません!甘い誘惑には罠が付き物です!
*****
目に止めていただき、ありがとうございます(〃ω〃)
未熟な所もありますが 楽しんで頂けたから幸いです。
魔法属性が遺伝する異世界で、人間なのに、何故か魔族のみ保有する闇属性だったので魔王サイドに付きたいと思います
町島航太
ファンタジー
異常なお人好しである高校生雨宮良太は、見ず知らずの少女を通り魔から守り、死んでしまう。
善行と幸運がまるで釣り合っていない事を哀れんだ転生の女神ダネスは、彼を丁度平和な魔法の世界へと転生させる。
しかし、転生したと同時に魔王軍が復活。更に、良太自身も転生した家系的にも、人間的にもあり得ない闇の魔法属性を持って生まれてしまうのだった。
存在を疎んだ父に地下牢に入れられ、虐げられる毎日。そんな日常を壊してくれたのは、まさかの新魔王の幹部だった。
薬師だからってポイ捨てされました!2 ~俺って実は付与も出来るんだよね~
黄色いひよこ
ファンタジー
薬師のロベルト=グリモワール=シルベスタは偉大な師匠(神様)とその脇侍の教えを胸に自領を治める為の経済学を学ぶ為に隣国に留学。逸れを終えて国(自領)に戻ろうとした所、異世界の『勇者召喚』に巻き込まれ、周りにいた数人の男女と共に、何処とも知れない世界に落とされた。
『異世界勇者巻き込まれ召喚』から数年、帰る事違わず、ロベルトはこの異世界で逞しく生きていた。
勇者?そんな物ロベルトには関係無い。
魔王が居るようだが、倒されているのかいないのか、解らずとも世界はあいも変わらず巡っている。
とんでもなく普通じゃないお師匠様とその脇侍に薬師の業と、魔術とその他諸々とを仕込まれた弟子ロベルトの、危難、災難、巻き込まれ痛快世直し異世界道中。
はてさて一体どうなるの?
と、言う話のパート2、ここに開幕!
【ご注意】
・このお話はロベルトの一人称で進行していきますので、セリフよりト書きと言う名のロベルトの呟きと、突っ込みだけで進行します。文字がびっしりなので、スカスカな文字列を期待している方は、回れ右を推奨します。
なるべく読みやすいようには致しますが。
・この物語には短編の1が存在します。出来れば其方を読んで頂き、作風が大丈夫でしたら此方へ来ていただければ幸いです。
勿論、此方だけでも読むに当たっての不都合は御座いません。
・所々挿し絵画像が入ります。
大丈夫でしたらそのままお進みください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる