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第八章 導き
同級生
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「全部よ! あんたが何を隠して、何を背負っているのか全部よ!」
「アリス! ちょっと、落ち着きなよ。そんなに僕たちの方が興奮してたら、何を聞いたって頭に入ってこないよ」
コウヤが、俺が予め四人分用意していた『火の椅子』から立ち上がったアリスを諌めていた。
「でも、アリスの気持ちもわかるわよ。ヤナ君は、一体何を私達に隠しているの? さっきの話は、何でヤナ君は付いていけたの? 私たちの知らない事ばっかりだったじゃない」
「そうだよ、同じ様に召喚された同級生なのに、何でヤナ君だけ一人で全部抱え込もうとしているの?」
シラユキとルイが、納得するまで動かないと言った態度で椅子に座り、俺を睨みつけていた。
「はぁ……確かに一緒に『召喚された異世界人』だが、俺はお前達と一緒の『召喚されし勇者』じゃない。自らこの世界へ連れて行けと叫んだ『召喚を要求した者』だ。お前達とは、この世界に来た理由が違うんだよ」
「ふぅ……コウヤ、肩を押さえなくても、立ち上がったりしないわよ」
アリスが落ち着きを取り戻し、コウヤはアリスの肩を抑えていた手を離した。
「あんたと私達、来た理由の違いって何よ」
「前にも言ったが、お前らは『召喚されし勇者』であり、この世界の『魔王』を倒すべく召喚された人間だ。お前達は『魔王』を倒す事によって、元の世界の元の時間に帰ることが出来る。俺は違うんだよ。『召喚を要求した者』であって、この世界の人間に呼ばれた訳じゃない。自分でこの世界へ来たんだ。俺はこの世界から、何かを求められている訳でもない。だから、何かを達成したら帰る事が出来るという都合の良いことも起きない」
俺は、全員を見渡してからゆっくりと息を吐いた。
「この世界で生き抜く為に、俺はこの世界のことを知る必要があった。さっきの話だって、俺が生きていく中で自然と俺の耳に入ってきた知識だよ。お前らに話していなかったのは、お前らにはこれまで関係がなかっただけだろ。城の人達だって、『魔王を倒してくれ』以外は、お前らに何も頼んでいないだろ?」
「そうだけど……じゃぁ、あんたは理由がないから、好きに生きてるってを言いたいの? だから私たちは、関係ないって言いたいの?」
アリスは、席を立つ事はしなかったが、俺をその場で睨みつけていた。
「そんなに怖い顔するなって。別にそこまで薄情でもないさ。ただな、お前らはちゃんと地に足つけて、自分たちが無事に戻れる事を、最優先にしたら良いと思っているだけだよ」
俺は、目を逸らさずにアリスを見ながら答える。
「ねぇ? ヤナはさ、本当に帰りたいと思ってないの? 家族だっているんでしょ? もしかしたら、好きな人だって……それでも、此処に居て良いと思っているの?」
コウヤは、少し声を震わせながらも、俺から視線を切る事はしなかった。
「この世界に、最初に来た時の事を覚えてるか? 俺はこう言った筈だ、『しばらく帰るつもりも無かったから調度良い』ってな。それは今も変わらんよ」
俺は、笑いながらコウヤを見ていた。
「そんな訳ないじゃん……」
「ルイ?」
ルイが、これまで見たことないような、苦しげな表情を見せていた。
「ヤナ君だって、本当は帰りたくない訳ないじゃん! この世界に来た時だって、今だって強がって笑ってるけど、目が笑ってないもん!……ずっとそんなんじゃ……潰れちゃうよ……」
ルイは、目から涙を流しながら俺を真っ直ぐ見つめていた。
「ヤナ君は、私の事も背負ってくれるって言ってたわ。今、どれだけの人を背負っているの? ヤナ君は、この世界で、何をしようとしているの?」
シラユキまで、目には涙を溜めていた。
「だから言っているだろう? 俺は、この世界で楽しく生きて……」
「ヤナ! もう良い加減にしなよ!」
コウヤは、完全に椅子から立ち上がっていた。
「おい、コウヤ……落ち着け」
俺は、コウヤに厳しい目を向けた。俺が悪神と戦おうとしていることは、コウヤにしか伝えていない。俺がこの世界に、こいつら以上に関わっていると知っただけで、この有様だ。俺やアシェリ達の事を知ったら、意地でもこの世界に残ると言い出しかねない。
「何が落ち着けだよ! 男だったら、何で全部背負わなきゃいけないの? 確かにそんな事が出来るなら格好良いよ? でもさ、そんなのマンガや小説の話なんだよ! 現にヤナは、笑ってないじゃない! 礼拝堂でシェンラちゃんの話を聞いていた時、ヤナがどんな顔をしていたか自分で知ってるの?」
「……知らんな」
「ヤナは、泣いてたんだよ? 別に涙を流した訳じゃない。顔だって、至って冷静に話を聞いているようだったよ?……でもヤナはさ、泣いてたんだよ。きっとアシェリちゃん達だって気づいてるよ。でも、彼女達はきっと何も言わないんでしょ? きっと、ヤナの涙の理由を知っていて、それを共に乗り越えようとしているんでしょ」
コウヤは、立ったまま俺から目を離さなかった。
「マンガや小説のヒーローじゃなければ、全て背負えないと言うのであれば、俺はそうなるように強くなるだけだ。アシェリ達はこの世界の人間だ、あいつらはこの世界から逃れる事は出来ない。立ち向かうしかないんだよ。この世界の人達は、強くなるしかないんだよ。そして、俺はその手助けをしているだけだよ」
「だったら、あんただけじゃなくて私達だって、その力になるわよ」
「はぁ……駄目だな」
「はぁ!? 何でよ!」
アリスは、コウヤと同じく立ち上がり俺を睨みつけていた。
「二人とも先ず座れ。理由は簡単だ。お前達は、俺達を手助けするには『足りない』んだよ」
俺は、厳しい顔をしながらはっきりと、勇者達が共に戦うには『足りない』と伝えた。
「ヤナ君、『足りない』って言うのは、私達が弱いって事?」
俺は、シラユキを見ながら頷いた。
「強さも覚悟も『足りない』。俺と共に戦うには、唯の高校生のお前達じゃ無理だよ」
突き放す様に、俺は全員に言葉を叩きつけた。実際、勇者達はきっとこのままレベルをあげていけば、『魔王』を倒せるだろう。それだけの力は、これから身につく筈だ。
しかし悪神を相手にするには、どうだろうか?
恐らく無理だろう。
魔族の身体を使って顕現していた悪神でさえも、まるで悪意と絶望が形を成したような存在だったのだ。アシェリ達でさえ、絶望に沈もうとしていた。実際、前のライは悪神から与えられる絶望に屈したのだ。
平和な世界から来た唯の高校生が、そんな存在に立ち向かえる筈がない。
俺にしても『不撓不屈』が、心を強くしてくれてなければ、立ち向かえる絶対の自信はない。
『不撓不屈』も持たず、あくまで『帰る為に戦う』勇者達が『存在を賭けて戦う』者達の戦いに耐えられる筈がない。勇者達は『帰る事が出来る』から、今の状況も何とか耐える事が出来ているのだ。
『魔王』を倒し『戦う理由』がなくなった勇者達が、耐えられるとは到底思えなかった。
「だから、お前達は『魔王』に集中すれば良い。分かったら、もう部屋に戻れ。お前らも今日は大変だった……ろ? 何でお前ら、笑ってるんだ?」
俺が話し合いをお開きにしようと、全員に声をかけると、何故か全員が笑っていたのだ。
「ヤナさ、僕は何も言ってないからね」
「あんたって、本当にチョロいわね」
「ヤナ君、なんだかんだ言って熱くなりやすいから」
「ヤナ君! 私の涙は本当なんだからね!」
「だから、何を言って…」
俺が困惑していると、シラユキが口を開いた。
「ヤナ君、さっき私達に何て言ったの? 『足りない』って言ったのよ。ヤナ君が立ち向かおうとしていると相手は、魔王すら倒せるとヤナ君が言ってくれた私達が、『足りない』相手だと言ったのよ。分かる? そんな魔王よりも凶悪な存在と、ヤナ君は戦おうとしているって、私達に自分の口で言ったのよ!」
シラユキは立ち上がり、俺の失言を指摘してきた。
「あ……」
「そして礼拝堂の話を聞いていれば、それが悪神だと分かるわよ。あんたが、戦おうとしている相手ぐらい。そして、あんたが背負っているのは、この世界。一人で背負うにはあまりにも大きいわね。一人で格好つけてんじゃないわよ!」
アリスは、子供を叱り付けるような目で俺を見ていた。
「ヤナ君は、私達がどんな人間か分かっているから、自分の敵を口に出さなかったんでしょ? でも今、ヤナ君の口から聞いちゃったよね? 私達がこれからどうすると思う? 『知らなかった』ヤナ君の今の状況を『知った』私達が、引き下がる訳ないじゃん!」
ルイは、強い意志を感じさせる目をしていた。
「しかしだな……」
「ヤナさ、『足りない』と言われたら、ヤナならどうするの? 諦めるの? 仕方がないと思うの? そうじゃないよね? 今の僕らに『足りない』のは、何だと思っているの? 覚悟? 強さ? 『覚悟』なら『今』出来たよ!」
コウヤがそう叫ぶと、他の三人も同じ表情を見せていた。
「お前らなぁ、只の同級生くらいほっとけばいいだろ? 命を賭ける程、同級生ってのは重いのか?」
「ヤナ、本気で言ってるの? 僕達全員が、ヤナに命を助けられてるんだよ?」
「他の三人はわかるが、コウヤを助けた覚えがないんだが?」
「東都でゲソ魔族と戦った時に、ヤナの言葉がなかったら僕は折れてたよ」
「そうか……だから、今度は俺を助けるってか? 俺がお前らの命を助けたって言っても、一回だろ。もし、俺と共に戦うという事は、『一回命を救われた』くらいじゃ割に合わんぞ?」
俺は、再度勇者達に問いかけた。
こいつらは、未だ巻き込まなくて済む筈だ。この世界に生きる者にとって、悪神が存在する限り瘴気は結局無くならず、世界を終わらせたくなければ、戦わなければならない。
悪神が執着していたのは、女神であり巫女であり、詰まる所はこの世界だ。
関わらなけば、恐らく勇者達は帰れる筈だ。
「あんたも頑固ね。言っておくけど、私達は引かないわよ。あんたが何と言っても、知ったからには、絶対に引かない」
アリスは、俺に拳を向けていた。
「そうか……ならば試させて貰おうか。お前らの『覚悟』ってやつをさ」
俺は、座ったまま腕輪と指輪を外した。
「今から、お前らに今の俺の全力の威圧と殺気をぶつける。アシェリ達は、これくらいは耐えられる。これに耐えられないくらいなら、やめておけ。最後の忠告だと思えよ……俺はさ、お前らにはちゃんと帰って欲しんだよ。わざわざ、殆ど死ぬかも知れない事をしなくて良いんだ。ちょっと、お前らは熱くなって、そんな自分に酔っているだけだ。冷静になれ。死ぬかも知れないって時に、後悔してからじゃ遅いんだよ」
俺は、最後に諭すように全員に語りかけた。
「ヤナさ……しつこい!」
「さっさと、かかってきなさいよ!」
「なめないでくれる!」
「ばっちこいだよ!」
勇者達は全員が立ち上がったまま、身構えた。
「わかったよ。全く、人の優しさを蹴飛ばしやがって。遠慮なく叩き潰してやるよ」
俺はゆっくりと立ち上がり、全員を睨みつけ、全力で勇者達の心を折りにかかった。
「さぁ、最後まで何が起きても立っていられるなら……一緒に戦おう」
そして、全力で威圧と殺気を込めながら、言葉を発した。
「『大人しく帰れ』」
俺は最初から全力で、勇者達に仕掛けた。
折れるなら、綺麗に折れた方が良い。
俺の全力の威圧と殺気を受けた瞬間から、勇者達は呼吸が荒くなり、玉のような汗が額を伝う。自分が惨殺される姿を幻視するほどに、濃密な殺気をぶつけられ、ガタガタと身体を震わせ、歯を打ち鳴らしている。
身体全体には、気を一瞬でも抜けば失神する程の威圧をかけている。膝は崩れそうになり、足も既に震えている。
「どうだ? 怖いだろ? 辛いだろ? 逃げ出したいだろ? もう止めとけよ。そんなに頑張らなくて良いんだよ。魔王だって、俺も手伝ってやるからさ。お前らをちゃんと帰らせてやるよ」
言葉を全く発する事が出来ず、必死に歯を食いしばり耐えている四人に、俺は優しく語りかけた。
「帰れば、家族もいる。安全な家があって、死の危険を常に感じなくていい。ゲームや友達、テレビや音楽だってある。どうして、此処に残る必要がある? お前らにも、将来の夢だってあるだろう? 少なくともこの世界に、それは無いぞ?」
俺がそう言うと、四人は苦しそうにしながらも顔を上げた。
「どうして……此処に残る……かだって?」
「そんなの……決まってるじゃない……」
「この世界に……私の夢がない?」
「本当に……何もわかってないよね?」
勇者達は、目からは涙を流し、額からは大量の汗を流し、身体だって震わせている。
それでも、倒れなかった。
俺は本気で、帰って欲しいと思っていた。
今の威圧も、実はアシェリ達以上に厳しく、全力で心を折りにかかっている。
「何故……そこまで耐えられるんだよ?」
俺は、流石に勇者達の様子に驚かずにはいられなかった。
勇者達は、俺のそんな問いかけに声を揃え一斉に答えた。
「「「「貴方と一緒に生きたいから!」」」」
「は?………ふふ……あっはっはっは!」
俺は、勇者達の答えを聞いて笑い、同時に威圧と殺気も解いてしまった。そして勇者達は、肩で息をしながらも最後まで倒れることなく、全員がその場に立っていた。
「ぜぇぜぇ……今の……笑うとこだった?」
「はぁはぁ……結構勇気出して……言ったんだけど?」
「そうだよね?……全員、同じとは思わなかったけど……ん? 全員?」
「流石に……笑うって……ヤナ君、酷い……」
何やら、勇者達から非難の声が聞こえてくるが、そんな理由であれほどの威圧と殺気を耐えられるとは思わなかった。
笑っても仕方ないだろう。
「いやいやいや、子供かお前ら。『一緒に行きたい』って、神殺しは遠足じゃねぇんだぞ? ハッハッハ」
「嘘でしょ?」
「今までの流れで、そこを誤読する?」
「むしろ、へこんできた……今だったら耐えられないかも……」
「気をしっかり持って! 脳筋ってことを考慮しなかったのが、私達の敗因だよ! 次に活かそう!」
俺は笑った
こっちの世界に来て一番笑った
笑いすぎて涙が出てきた
神に喧嘩を売るようなバカな俺に
目の前の同級生達は言ってくれる
『一緒に生きたい』
俺は笑い続けた
涙が止まるまで
「アリス! ちょっと、落ち着きなよ。そんなに僕たちの方が興奮してたら、何を聞いたって頭に入ってこないよ」
コウヤが、俺が予め四人分用意していた『火の椅子』から立ち上がったアリスを諌めていた。
「でも、アリスの気持ちもわかるわよ。ヤナ君は、一体何を私達に隠しているの? さっきの話は、何でヤナ君は付いていけたの? 私たちの知らない事ばっかりだったじゃない」
「そうだよ、同じ様に召喚された同級生なのに、何でヤナ君だけ一人で全部抱え込もうとしているの?」
シラユキとルイが、納得するまで動かないと言った態度で椅子に座り、俺を睨みつけていた。
「はぁ……確かに一緒に『召喚された異世界人』だが、俺はお前達と一緒の『召喚されし勇者』じゃない。自らこの世界へ連れて行けと叫んだ『召喚を要求した者』だ。お前達とは、この世界に来た理由が違うんだよ」
「ふぅ……コウヤ、肩を押さえなくても、立ち上がったりしないわよ」
アリスが落ち着きを取り戻し、コウヤはアリスの肩を抑えていた手を離した。
「あんたと私達、来た理由の違いって何よ」
「前にも言ったが、お前らは『召喚されし勇者』であり、この世界の『魔王』を倒すべく召喚された人間だ。お前達は『魔王』を倒す事によって、元の世界の元の時間に帰ることが出来る。俺は違うんだよ。『召喚を要求した者』であって、この世界の人間に呼ばれた訳じゃない。自分でこの世界へ来たんだ。俺はこの世界から、何かを求められている訳でもない。だから、何かを達成したら帰る事が出来るという都合の良いことも起きない」
俺は、全員を見渡してからゆっくりと息を吐いた。
「この世界で生き抜く為に、俺はこの世界のことを知る必要があった。さっきの話だって、俺が生きていく中で自然と俺の耳に入ってきた知識だよ。お前らに話していなかったのは、お前らにはこれまで関係がなかっただけだろ。城の人達だって、『魔王を倒してくれ』以外は、お前らに何も頼んでいないだろ?」
「そうだけど……じゃぁ、あんたは理由がないから、好きに生きてるってを言いたいの? だから私たちは、関係ないって言いたいの?」
アリスは、席を立つ事はしなかったが、俺をその場で睨みつけていた。
「そんなに怖い顔するなって。別にそこまで薄情でもないさ。ただな、お前らはちゃんと地に足つけて、自分たちが無事に戻れる事を、最優先にしたら良いと思っているだけだよ」
俺は、目を逸らさずにアリスを見ながら答える。
「ねぇ? ヤナはさ、本当に帰りたいと思ってないの? 家族だっているんでしょ? もしかしたら、好きな人だって……それでも、此処に居て良いと思っているの?」
コウヤは、少し声を震わせながらも、俺から視線を切る事はしなかった。
「この世界に、最初に来た時の事を覚えてるか? 俺はこう言った筈だ、『しばらく帰るつもりも無かったから調度良い』ってな。それは今も変わらんよ」
俺は、笑いながらコウヤを見ていた。
「そんな訳ないじゃん……」
「ルイ?」
ルイが、これまで見たことないような、苦しげな表情を見せていた。
「ヤナ君だって、本当は帰りたくない訳ないじゃん! この世界に来た時だって、今だって強がって笑ってるけど、目が笑ってないもん!……ずっとそんなんじゃ……潰れちゃうよ……」
ルイは、目から涙を流しながら俺を真っ直ぐ見つめていた。
「ヤナ君は、私の事も背負ってくれるって言ってたわ。今、どれだけの人を背負っているの? ヤナ君は、この世界で、何をしようとしているの?」
シラユキまで、目には涙を溜めていた。
「だから言っているだろう? 俺は、この世界で楽しく生きて……」
「ヤナ! もう良い加減にしなよ!」
コウヤは、完全に椅子から立ち上がっていた。
「おい、コウヤ……落ち着け」
俺は、コウヤに厳しい目を向けた。俺が悪神と戦おうとしていることは、コウヤにしか伝えていない。俺がこの世界に、こいつら以上に関わっていると知っただけで、この有様だ。俺やアシェリ達の事を知ったら、意地でもこの世界に残ると言い出しかねない。
「何が落ち着けだよ! 男だったら、何で全部背負わなきゃいけないの? 確かにそんな事が出来るなら格好良いよ? でもさ、そんなのマンガや小説の話なんだよ! 現にヤナは、笑ってないじゃない! 礼拝堂でシェンラちゃんの話を聞いていた時、ヤナがどんな顔をしていたか自分で知ってるの?」
「……知らんな」
「ヤナは、泣いてたんだよ? 別に涙を流した訳じゃない。顔だって、至って冷静に話を聞いているようだったよ?……でもヤナはさ、泣いてたんだよ。きっとアシェリちゃん達だって気づいてるよ。でも、彼女達はきっと何も言わないんでしょ? きっと、ヤナの涙の理由を知っていて、それを共に乗り越えようとしているんでしょ」
コウヤは、立ったまま俺から目を離さなかった。
「マンガや小説のヒーローじゃなければ、全て背負えないと言うのであれば、俺はそうなるように強くなるだけだ。アシェリ達はこの世界の人間だ、あいつらはこの世界から逃れる事は出来ない。立ち向かうしかないんだよ。この世界の人達は、強くなるしかないんだよ。そして、俺はその手助けをしているだけだよ」
「だったら、あんただけじゃなくて私達だって、その力になるわよ」
「はぁ……駄目だな」
「はぁ!? 何でよ!」
アリスは、コウヤと同じく立ち上がり俺を睨みつけていた。
「二人とも先ず座れ。理由は簡単だ。お前達は、俺達を手助けするには『足りない』んだよ」
俺は、厳しい顔をしながらはっきりと、勇者達が共に戦うには『足りない』と伝えた。
「ヤナ君、『足りない』って言うのは、私達が弱いって事?」
俺は、シラユキを見ながら頷いた。
「強さも覚悟も『足りない』。俺と共に戦うには、唯の高校生のお前達じゃ無理だよ」
突き放す様に、俺は全員に言葉を叩きつけた。実際、勇者達はきっとこのままレベルをあげていけば、『魔王』を倒せるだろう。それだけの力は、これから身につく筈だ。
しかし悪神を相手にするには、どうだろうか?
恐らく無理だろう。
魔族の身体を使って顕現していた悪神でさえも、まるで悪意と絶望が形を成したような存在だったのだ。アシェリ達でさえ、絶望に沈もうとしていた。実際、前のライは悪神から与えられる絶望に屈したのだ。
平和な世界から来た唯の高校生が、そんな存在に立ち向かえる筈がない。
俺にしても『不撓不屈』が、心を強くしてくれてなければ、立ち向かえる絶対の自信はない。
『不撓不屈』も持たず、あくまで『帰る為に戦う』勇者達が『存在を賭けて戦う』者達の戦いに耐えられる筈がない。勇者達は『帰る事が出来る』から、今の状況も何とか耐える事が出来ているのだ。
『魔王』を倒し『戦う理由』がなくなった勇者達が、耐えられるとは到底思えなかった。
「だから、お前達は『魔王』に集中すれば良い。分かったら、もう部屋に戻れ。お前らも今日は大変だった……ろ? 何でお前ら、笑ってるんだ?」
俺が話し合いをお開きにしようと、全員に声をかけると、何故か全員が笑っていたのだ。
「ヤナさ、僕は何も言ってないからね」
「あんたって、本当にチョロいわね」
「ヤナ君、なんだかんだ言って熱くなりやすいから」
「ヤナ君! 私の涙は本当なんだからね!」
「だから、何を言って…」
俺が困惑していると、シラユキが口を開いた。
「ヤナ君、さっき私達に何て言ったの? 『足りない』って言ったのよ。ヤナ君が立ち向かおうとしていると相手は、魔王すら倒せるとヤナ君が言ってくれた私達が、『足りない』相手だと言ったのよ。分かる? そんな魔王よりも凶悪な存在と、ヤナ君は戦おうとしているって、私達に自分の口で言ったのよ!」
シラユキは立ち上がり、俺の失言を指摘してきた。
「あ……」
「そして礼拝堂の話を聞いていれば、それが悪神だと分かるわよ。あんたが、戦おうとしている相手ぐらい。そして、あんたが背負っているのは、この世界。一人で背負うにはあまりにも大きいわね。一人で格好つけてんじゃないわよ!」
アリスは、子供を叱り付けるような目で俺を見ていた。
「ヤナ君は、私達がどんな人間か分かっているから、自分の敵を口に出さなかったんでしょ? でも今、ヤナ君の口から聞いちゃったよね? 私達がこれからどうすると思う? 『知らなかった』ヤナ君の今の状況を『知った』私達が、引き下がる訳ないじゃん!」
ルイは、強い意志を感じさせる目をしていた。
「しかしだな……」
「ヤナさ、『足りない』と言われたら、ヤナならどうするの? 諦めるの? 仕方がないと思うの? そうじゃないよね? 今の僕らに『足りない』のは、何だと思っているの? 覚悟? 強さ? 『覚悟』なら『今』出来たよ!」
コウヤがそう叫ぶと、他の三人も同じ表情を見せていた。
「お前らなぁ、只の同級生くらいほっとけばいいだろ? 命を賭ける程、同級生ってのは重いのか?」
「ヤナ、本気で言ってるの? 僕達全員が、ヤナに命を助けられてるんだよ?」
「他の三人はわかるが、コウヤを助けた覚えがないんだが?」
「東都でゲソ魔族と戦った時に、ヤナの言葉がなかったら僕は折れてたよ」
「そうか……だから、今度は俺を助けるってか? 俺がお前らの命を助けたって言っても、一回だろ。もし、俺と共に戦うという事は、『一回命を救われた』くらいじゃ割に合わんぞ?」
俺は、再度勇者達に問いかけた。
こいつらは、未だ巻き込まなくて済む筈だ。この世界に生きる者にとって、悪神が存在する限り瘴気は結局無くならず、世界を終わらせたくなければ、戦わなければならない。
悪神が執着していたのは、女神であり巫女であり、詰まる所はこの世界だ。
関わらなけば、恐らく勇者達は帰れる筈だ。
「あんたも頑固ね。言っておくけど、私達は引かないわよ。あんたが何と言っても、知ったからには、絶対に引かない」
アリスは、俺に拳を向けていた。
「そうか……ならば試させて貰おうか。お前らの『覚悟』ってやつをさ」
俺は、座ったまま腕輪と指輪を外した。
「今から、お前らに今の俺の全力の威圧と殺気をぶつける。アシェリ達は、これくらいは耐えられる。これに耐えられないくらいなら、やめておけ。最後の忠告だと思えよ……俺はさ、お前らにはちゃんと帰って欲しんだよ。わざわざ、殆ど死ぬかも知れない事をしなくて良いんだ。ちょっと、お前らは熱くなって、そんな自分に酔っているだけだ。冷静になれ。死ぬかも知れないって時に、後悔してからじゃ遅いんだよ」
俺は、最後に諭すように全員に語りかけた。
「ヤナさ……しつこい!」
「さっさと、かかってきなさいよ!」
「なめないでくれる!」
「ばっちこいだよ!」
勇者達は全員が立ち上がったまま、身構えた。
「わかったよ。全く、人の優しさを蹴飛ばしやがって。遠慮なく叩き潰してやるよ」
俺はゆっくりと立ち上がり、全員を睨みつけ、全力で勇者達の心を折りにかかった。
「さぁ、最後まで何が起きても立っていられるなら……一緒に戦おう」
そして、全力で威圧と殺気を込めながら、言葉を発した。
「『大人しく帰れ』」
俺は最初から全力で、勇者達に仕掛けた。
折れるなら、綺麗に折れた方が良い。
俺の全力の威圧と殺気を受けた瞬間から、勇者達は呼吸が荒くなり、玉のような汗が額を伝う。自分が惨殺される姿を幻視するほどに、濃密な殺気をぶつけられ、ガタガタと身体を震わせ、歯を打ち鳴らしている。
身体全体には、気を一瞬でも抜けば失神する程の威圧をかけている。膝は崩れそうになり、足も既に震えている。
「どうだ? 怖いだろ? 辛いだろ? 逃げ出したいだろ? もう止めとけよ。そんなに頑張らなくて良いんだよ。魔王だって、俺も手伝ってやるからさ。お前らをちゃんと帰らせてやるよ」
言葉を全く発する事が出来ず、必死に歯を食いしばり耐えている四人に、俺は優しく語りかけた。
「帰れば、家族もいる。安全な家があって、死の危険を常に感じなくていい。ゲームや友達、テレビや音楽だってある。どうして、此処に残る必要がある? お前らにも、将来の夢だってあるだろう? 少なくともこの世界に、それは無いぞ?」
俺がそう言うと、四人は苦しそうにしながらも顔を上げた。
「どうして……此処に残る……かだって?」
「そんなの……決まってるじゃない……」
「この世界に……私の夢がない?」
「本当に……何もわかってないよね?」
勇者達は、目からは涙を流し、額からは大量の汗を流し、身体だって震わせている。
それでも、倒れなかった。
俺は本気で、帰って欲しいと思っていた。
今の威圧も、実はアシェリ達以上に厳しく、全力で心を折りにかかっている。
「何故……そこまで耐えられるんだよ?」
俺は、流石に勇者達の様子に驚かずにはいられなかった。
勇者達は、俺のそんな問いかけに声を揃え一斉に答えた。
「「「「貴方と一緒に生きたいから!」」」」
「は?………ふふ……あっはっはっは!」
俺は、勇者達の答えを聞いて笑い、同時に威圧と殺気も解いてしまった。そして勇者達は、肩で息をしながらも最後まで倒れることなく、全員がその場に立っていた。
「ぜぇぜぇ……今の……笑うとこだった?」
「はぁはぁ……結構勇気出して……言ったんだけど?」
「そうだよね?……全員、同じとは思わなかったけど……ん? 全員?」
「流石に……笑うって……ヤナ君、酷い……」
何やら、勇者達から非難の声が聞こえてくるが、そんな理由であれほどの威圧と殺気を耐えられるとは思わなかった。
笑っても仕方ないだろう。
「いやいやいや、子供かお前ら。『一緒に行きたい』って、神殺しは遠足じゃねぇんだぞ? ハッハッハ」
「嘘でしょ?」
「今までの流れで、そこを誤読する?」
「むしろ、へこんできた……今だったら耐えられないかも……」
「気をしっかり持って! 脳筋ってことを考慮しなかったのが、私達の敗因だよ! 次に活かそう!」
俺は笑った
こっちの世界に来て一番笑った
笑いすぎて涙が出てきた
神に喧嘩を売るようなバカな俺に
目の前の同級生達は言ってくれる
『一緒に生きたい』
俺は笑い続けた
涙が止まるまで
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私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
魔法属性が遺伝する異世界で、人間なのに、何故か魔族のみ保有する闇属性だったので魔王サイドに付きたいと思います
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◇以前に別名で連載していた『草食系ヴァンパイアは何をしていいのかわからない!!』の再連載となります。この度、完結いたしました!!ありがとうございます!!評価・感想などまだまだおまちしています。ピクシブ、カクヨム、小説家になろうにも投稿しています◇
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