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第三羽 黒
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「それで君は、月の神の使徒か何かなのかな?」
女性と見間違えるほどに、美しい顔立ちをしている青年は、夜風に腰まで伸ばした黒髪をなびかせながら、目の前に現れたソレに声をかける。
「少なくとも、月に王は居ましたが、神と呼べる者はいなかったですね」
都内でも有数のタワーマンションの屋上ヘリポートの中心で、月を見上げていた夘月 翔輝は、目の前の黒兎に向かって問いかけていた。
「それでは、君は何者かな? 僕の眼で視た限りでは、創作物ではないようだけれども。僕の知る限りでは、兎は人の言葉を話したりはしないのだけれども」
白銀の瞳が月光により煌めき、それはまるで精巧に作られた硝子細工のようであった。
その瞳を黒兎は見つめながら、実に兎らしくぴょこぴょこと軽やかに跳ね、翔輝の足元まで近づいた。
「そんな不審な生物を、足元まで近づけさせても良いのですか?」
「僕の観た限りでは、君からは敵意を見ることは出来ないのだけれども、警戒した方が良いかな?」
「いえ、勿論その必要はありません。私は、貴方の夢を叶える為に訪れたのですから」
「僕の知る限り、君に僕の夢を話したりした記憶はないのだけれども?」
「知っていると言うよりも、感じていると言う方が近いかも知れませんね」
翔輝が〝警戒〟と発したと同時に、黒兎は毛が僅かに逆立つのを感じるも、すぐさま平然と言葉を発していた。
「貴方が叶えたい夢は、私と共にあれば叶うのですから」
「全く要領を得ないけれども……でも、こんなにも月が綺麗な夜だ。この出会いもまた、この月光の導きだと思うことにしようかな」
翔輝が微笑むと、彼自身から光が溢れ出たと言わんばかりに、その存在自体が周りを明るく照らすようだった。
「……本当に素晴らしい……」
足元から翔輝を見上げる黒兎の瞳は、心が踊るのを抑えきれないと言わんばかりに、見事な三日月だった。
そして一度瞳を閉じた黒兎は、ぴょこぴょこと可愛らしく跳ねながら、翔輝から離れると、おもむろに人の様に二本の後脚で立ち上がり、振り返ると翔輝に向かって綺麗にお辞儀をしてみせた。
「私は、月に住まう月兎。数百年に一度、我々はこの地へと舞い降り、人の子と共に王を決めるのです。赤、黄、緑、青、紫の五色の王色に加え、赤黄、黄緑、青緑、青紫、赤紫の中間眷色、合わせて十色の月兎が月を支配しており、彼等はこれからこの地で王位を奪い合うのです」
「僕の眼には、君の身体の色はどの色にも含まれていない黒色に見えているのだけれど」
「黒と白は、単なる明暗であり無色扱いなのです。ですので、白兎と黒兎は隷色として、月では暮らしております」
そう述べながら月を見上げる黒兎の瞳は、月光全てを呑み込まんとする程の黒であった。
「君の話を聞いている限りでは、単なる〝黒〟である君が、僕の夢を叶える為に役に立つとは思えないのだけれども」
「普通の〝黒〟であれば、何の役にも立たないどころか、この地に降り立つことすら不可能でしょう。しかし、私が貴方に話しかけることが出来ているという事実は、私が普通の〝黒〟ではないことを示しています」
「僕の感じている限りでは、周りの光が君に吸い込まれている様に見えるけれども、それも〝示す〟ということなのかな」
「私の黒は、穢れなき暗闇。私という存在が生まれた事が、神からの啓示と言って良いでしょう」
「穢れなき暗闇……ね。本当にこの場に神でも降り立ちそうなほどに神聖な闇を、これまで僕の知る限りでは感じたことはないけれど。僕の夢を叶える為だけに、神様から遣わされたのかい?」
翔輝の問いかけに、一呼吸置いたのちに黒兎は答える。
「貴方の夢を叶える過程で、私の夢も叶うのです」
「君の夢とは?」
「月の王となることです」
「そう……ならば、この星の王となることを夢見る僕とは、惹かれ合って当たり前なんだね」
黒兎の〝月の王〟という答えを聞くと、翔輝もまた自分の夢を初めて口にした。
初めて会った相手、ましてやそれが人でもない。それなのにも関わらず、彼は無性に語りたくなった。
「この星は、酷く息苦しく、それでいて醜い。飢え、争い、そして奪う。繰り返してきたこの世界の歴史が、未来でさえもそれは変わらないと証明するのだけれども」
その瞳は潤み、悲しみの表情で口にしたその言葉には、そこに一切の偽りがないことを物語っていた。
「だからこそ、僕は考えたのだけれど」
翔輝が語れば語るほど、不思議と周りの闇は深くなる。
「僕がこの世界を導く〝王〟となり、この世界を照らす光となることが、僕が知る限りの唯一の世界を救う方法だと結論づけたのだけれど」
もはや翔輝の足元さえも闇に染まり、まるでこの空間だけが闇の檻に囚われているかのようだったが、翔輝だけは全く闇に染まらないばかりか、その存在は決して闇に呑まれる事はなかった。
「黒の化身である私は、光と共にあることで力を増すのです。貴方が、光を放てば放つほどに……闇は深くなるのですから」
再び翔輝の足元に近づいた黒兎に、周囲の闇が吸い込まれるように消えていく。すると、黒兎が完全に闇と同化し不定形のモノへと形を虚ろわせる。
「……それが、君の本当の姿?」
翔輝のすぐ手の届く位置に立っていたのは、長く美しい黒髪が月光を煌めかせ、吸い込まれそうな程に黒い瞳を持つ女であった。
「貴方の命と私の命。共に生きる為には、この姿の方が都合が良いのですよ」
翔輝の頬に、女の掌が優しく触れる。
「光の君、私を受け入れてくれますか」
白銀の瞳が、対となる漆黒の瞳を真っ直ぐに見つめる。そして翔輝もまた、女の頬に優しく掌を触れた。
「僕が君を視るかぎり、この出会いこそが僕には必要なことだったと、いま理解したのだけれど」
そして二人は、唇を重ねたのだった。
女性と見間違えるほどに、美しい顔立ちをしている青年は、夜風に腰まで伸ばした黒髪をなびかせながら、目の前に現れたソレに声をかける。
「少なくとも、月に王は居ましたが、神と呼べる者はいなかったですね」
都内でも有数のタワーマンションの屋上ヘリポートの中心で、月を見上げていた夘月 翔輝は、目の前の黒兎に向かって問いかけていた。
「それでは、君は何者かな? 僕の眼で視た限りでは、創作物ではないようだけれども。僕の知る限りでは、兎は人の言葉を話したりはしないのだけれども」
白銀の瞳が月光により煌めき、それはまるで精巧に作られた硝子細工のようであった。
その瞳を黒兎は見つめながら、実に兎らしくぴょこぴょこと軽やかに跳ね、翔輝の足元まで近づいた。
「そんな不審な生物を、足元まで近づけさせても良いのですか?」
「僕の観た限りでは、君からは敵意を見ることは出来ないのだけれども、警戒した方が良いかな?」
「いえ、勿論その必要はありません。私は、貴方の夢を叶える為に訪れたのですから」
「僕の知る限り、君に僕の夢を話したりした記憶はないのだけれども?」
「知っていると言うよりも、感じていると言う方が近いかも知れませんね」
翔輝が〝警戒〟と発したと同時に、黒兎は毛が僅かに逆立つのを感じるも、すぐさま平然と言葉を発していた。
「貴方が叶えたい夢は、私と共にあれば叶うのですから」
「全く要領を得ないけれども……でも、こんなにも月が綺麗な夜だ。この出会いもまた、この月光の導きだと思うことにしようかな」
翔輝が微笑むと、彼自身から光が溢れ出たと言わんばかりに、その存在自体が周りを明るく照らすようだった。
「……本当に素晴らしい……」
足元から翔輝を見上げる黒兎の瞳は、心が踊るのを抑えきれないと言わんばかりに、見事な三日月だった。
そして一度瞳を閉じた黒兎は、ぴょこぴょこと可愛らしく跳ねながら、翔輝から離れると、おもむろに人の様に二本の後脚で立ち上がり、振り返ると翔輝に向かって綺麗にお辞儀をしてみせた。
「私は、月に住まう月兎。数百年に一度、我々はこの地へと舞い降り、人の子と共に王を決めるのです。赤、黄、緑、青、紫の五色の王色に加え、赤黄、黄緑、青緑、青紫、赤紫の中間眷色、合わせて十色の月兎が月を支配しており、彼等はこれからこの地で王位を奪い合うのです」
「僕の眼には、君の身体の色はどの色にも含まれていない黒色に見えているのだけれど」
「黒と白は、単なる明暗であり無色扱いなのです。ですので、白兎と黒兎は隷色として、月では暮らしております」
そう述べながら月を見上げる黒兎の瞳は、月光全てを呑み込まんとする程の黒であった。
「君の話を聞いている限りでは、単なる〝黒〟である君が、僕の夢を叶える為に役に立つとは思えないのだけれども」
「普通の〝黒〟であれば、何の役にも立たないどころか、この地に降り立つことすら不可能でしょう。しかし、私が貴方に話しかけることが出来ているという事実は、私が普通の〝黒〟ではないことを示しています」
「僕の感じている限りでは、周りの光が君に吸い込まれている様に見えるけれども、それも〝示す〟ということなのかな」
「私の黒は、穢れなき暗闇。私という存在が生まれた事が、神からの啓示と言って良いでしょう」
「穢れなき暗闇……ね。本当にこの場に神でも降り立ちそうなほどに神聖な闇を、これまで僕の知る限りでは感じたことはないけれど。僕の夢を叶える為だけに、神様から遣わされたのかい?」
翔輝の問いかけに、一呼吸置いたのちに黒兎は答える。
「貴方の夢を叶える過程で、私の夢も叶うのです」
「君の夢とは?」
「月の王となることです」
「そう……ならば、この星の王となることを夢見る僕とは、惹かれ合って当たり前なんだね」
黒兎の〝月の王〟という答えを聞くと、翔輝もまた自分の夢を初めて口にした。
初めて会った相手、ましてやそれが人でもない。それなのにも関わらず、彼は無性に語りたくなった。
「この星は、酷く息苦しく、それでいて醜い。飢え、争い、そして奪う。繰り返してきたこの世界の歴史が、未来でさえもそれは変わらないと証明するのだけれども」
その瞳は潤み、悲しみの表情で口にしたその言葉には、そこに一切の偽りがないことを物語っていた。
「だからこそ、僕は考えたのだけれど」
翔輝が語れば語るほど、不思議と周りの闇は深くなる。
「僕がこの世界を導く〝王〟となり、この世界を照らす光となることが、僕が知る限りの唯一の世界を救う方法だと結論づけたのだけれど」
もはや翔輝の足元さえも闇に染まり、まるでこの空間だけが闇の檻に囚われているかのようだったが、翔輝だけは全く闇に染まらないばかりか、その存在は決して闇に呑まれる事はなかった。
「黒の化身である私は、光と共にあることで力を増すのです。貴方が、光を放てば放つほどに……闇は深くなるのですから」
再び翔輝の足元に近づいた黒兎に、周囲の闇が吸い込まれるように消えていく。すると、黒兎が完全に闇と同化し不定形のモノへと形を虚ろわせる。
「……それが、君の本当の姿?」
翔輝のすぐ手の届く位置に立っていたのは、長く美しい黒髪が月光を煌めかせ、吸い込まれそうな程に黒い瞳を持つ女であった。
「貴方の命と私の命。共に生きる為には、この姿の方が都合が良いのですよ」
翔輝の頬に、女の掌が優しく触れる。
「光の君、私を受け入れてくれますか」
白銀の瞳が、対となる漆黒の瞳を真っ直ぐに見つめる。そして翔輝もまた、女の頬に優しく掌を触れた。
「僕が君を視るかぎり、この出会いこそが僕には必要なことだったと、いま理解したのだけれど」
そして二人は、唇を重ねたのだった。
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