ダークな乙女ゲーム世界で命を狙われてます

夢月 なぞる

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3章 天空寮(ダイジェスト版)

内密の相談事

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 走ってたどり着いたそこは智星寮。天空寮にうつることになってよく耳にするようになって覚えた今までいた寮の名前だった。
 天空寮に移ったため、人に見つかるとあれこれ声をかけられることが多くなった。
 面倒なので見つからないように注意しながら移動し、その扉の前に立った。
 走って乱れた息を整えつつ、そっと扉を開けた。

「ご、ごめん。遅れた!」

 あけた扉の先は寮の通信室だ。
 壁に沿うように置かれた年代物のパソコンと奥にピンク電話が見える六畳ほどの空間。
 備え付けの小さなテーブルセットに腰掛けていた制服姿の大きなメガネをかけた男の子が驚いた顔をしていたが、あたしの顔を確認すると同時に、にこりと微笑まれた。

「……僕も今来たところだから」

 そう言って微笑むのはクラスメイトの霧島くんだ。
 今日は夕方に彼とここで会う約束をしていた。だが、約束の時間は時計を見れば随分過ぎている。
 あきらかにこちらを気遣った言葉にあたしは慌てて頭を下げた。

「ごめんね!ちょっと寝過ごしちゃって!」
「寝過ごす?もしかしてどこか体調が?」

 心配そうに見られて、あたしは慌てて首を振った。

「え?ううん。ただちょっと昼間に寝ちゃっただけなの。むしろなんか今は元気なくらいで」
「そう。よかった。遅いから何か事故にでも巻き込まれたかと思った」

 本当にほっとしたように溜息を吐かれ、罪悪感と同時に少しだけ気持ちが温かくなる。
 本当に霧島君って癒し系だなぁ。
 最近ホント人外関係で普通の人間と話しておらず、気が抜けなかった。
 帰郷して香織たちとは会ったけど、紅原の乱入で落ち着けなかったし。
 比較的常識人ぽいけど、真田さんは吸血鬼サイドの人だし。
 正直普通の人間との接触に飢えていたのだ。
 こうして普通に心配されるのも素直に受け取れる。

「心配かけてごめんね。
 でも事故って学園内の移動で車に接触するようなことないし大げさだよ」

 そう言うと、なぜか霧島くんの顔が曇った。

「そういうことじゃなくて、この学園では…」

 何か言いかけて口をつぐんだ霧島くんにあたしは首をかしげた。
 なんだろう。どこか悲しそうな顔だ。
 だが、彼のことをあまり知らないあたしはその意味がわからない。

(これが、ゲームに関連する人ならわかるんだけど)

 不意に湧いたその考えにあたしはそっと溜息を吐いた。
 相手の感情の意味などわからないのが当たり前だ。
 それが普通だというのにそんな風に考えてしまう自分の思考に心底嫌気がさした。

「……多岐さん?」

 名前を呼ばれハッとする。

「なに?」
「いや、なんだか呆としているから。やっぱり体調が…」
「大丈夫だってば。それよりそれ…」

 あたしは霧島くんの手元を見た。
 そこには白磁のカップとソーサー、それから魔法瓶があった。
 もちろん通信室にそんな備品はない。
 となればこれは彼が持ち込んだものだろう。
 あたしの視線に彼が不安そうに視線を揺らす。

「あ、ごめん。もしかして飲食禁止だった?」
「いや、そんなことはない、と思うけど」

 なにせここはこれまであたししか使う人がいなかったのだ。
 寮母さんたちもここの存在は知っていても、実際にここを使われることなく埃を被った状態だった。もちろんそんな部屋の管理など行われておらず、あたしが掃除をするまで完全に倉庫のような状態で埃まみれ。
 なのでここで飲食禁止など口を酸っぱくしていう人間はいないだろう。

「そう、よかった。一応電気関係の部屋だからそこが心配だったんだけど。よかったら多岐さん飲まない?」
「え?いいの?」

 実は走ってきたので喉が渇いていたのだ。
 思わず喉を鳴らせば、霧島くんが笑った。

「よいよ?多岐さんのために用意していたんだ。相談に乗ってもらうのにこんなお礼しかできないのは心苦しいけど」
「そんなこと。別に気にしなくてもいいのに」
「しかも、わざわざこっちに来てもらってるし。……いや、仕方ないのはわかってるけど」

 流石に霧島くんを女子寮である天空寮に来てもらうわけには行かない。
 ……いや、なんとなく彼を女装させればなんとかなりそうな気はするのだが。
 それに学校では何かと人目に付くと面倒だった。
 まったく迷惑な話だが、天空寮行きであたしの名前は今や学園で知らないものはほぼいない状態になってしまった。
 まだ顔は知れ渡っていないとは思うが、一々好奇の目で見られることは必至だろう。
 そんな状態で霧島くんに会っていることが知れ渡れば、彼まで面倒事に巻き込んでしまう。
 その点この部屋は寮生にも認知度は低い。
 寮の入口からも近く、帰宅時間を外せばこの部屋の周囲に人がいることはほとんどないし、入る時さえ注意すれば問題はない。
 部屋に入ってしまえば、鍵はあたしが持っているし、ここで会うのが安全だとアタシが指定したのだ。

「気持ちは嬉しいけど、本当に気にしないで。あたしがここがいいって言ったし。
 それよりお茶が欲しいのだけど」
「え?…ああ、ご、ごめん。……じゃあ、これをどうぞ」

 口に合うかわからないけど、と霧島くんが茶器に入った紅茶を出してくれる。
 良い香りに思わず、目を見開く。

「これ、霧島くんが淹れたの?」
「うん。ちょっと冷めちゃってるし、市販のティーバックで申し訳ないけど」

 恥ずかしそうに頬を染める彼だが、それが謙遜であることはお茶を飲めばわかる。
 口に含むと芳醇な香りがいっぱいに広がるこれが市販のティーバック?
 一応これでも客にお茶を出す仕事をやった事のある身としては彼の技術がプロ並みと言えるものだということはわかった。
 これは専門店で出しても遜色のない味だと。
 一口口をつければ、広がる香りとしぶすぎない絶妙な味に、やけどしない程度に冷めたそれをあたしは思わず一気に飲み干してしまった。
 あたしの様子に霧島くんが目を丸くする。

「え?一気飲み?そんなに喉渇いてた?」

 その言葉にあたしは急に恥ずかしくなる。
 お茶を一気飲みなんて。ジュースじゃあるまいし。
 照れ隠しにもごもごと言い訳をしてしまう。

「……美味しいかったから、つい」

 あたしの様子にまた目を丸くした霧島くんだったけど、すぐに照れたように頬を染めた。

「そう、よかった。もう一杯どう?」

 照れたままちょっと視線を逸らしておかわりを促す様子にあたしは思わず、頷いてしまう。

「うん。お願い。……て、ごめん。遅れてきておいて霧島くんにばっか、給仕させて…」

 あたしの言葉に、ようやくこちらに視線を向けて霧島くんは笑う。

「気にしないで。得意だし、好きでやってるんだ」
「そっか、だからこんなに美味しく淹れられるんだね?」
「それはただの場数かな?親戚にお茶にうるさいのがいたからね」

 そう言えば吸血鬼ハンターって、ゲームで紅茶をよく飲んでいる。彼の親戚というのはおそらく委員長のことだろう。優等生の仮面かぶっておきながら、結構実生活は自堕落で料理以外の生活能力が壊滅的な人だ。
 となればやはり彼は委員長の身内なのだ。
 ゲームや世界観への直接の関与があるのかわからない。
 ただあたしの知識にはまるで引っかからなかった。
 だからだろうか。妙な安心感が彼にはある。
 会話も普通にできるし、なんとなく彼の発する空気は居心地がいい。
 だがいつまでものんびりしているわけには行かない。流石に寮に門限がある以上そう長くここにはいられない。
 面倒なことに今のあたしはここの住人ではない。
 注いだ紅茶を渡され、受け取りながら、気を引き締めた。

「ありがとう。で、相談事っていうのは?」

 ここに来たのは彼の相談事に乗るためだ。
 先日、通信室でネットを使っていて、そのまま眠り込んでしまったのだが、そこに彼が来たのだ。
 薄暗い中で、ひどく不安そうで今にも倒れそうな彼の様子につい声をかけてしまった。
 もともと彼にはさほど警戒心はない。
 この学園において珍しくあたしを好奇心や嫌悪を示さず見てくれるクラスメイトだ。
 とはいえ、彼は物静かな質だしあたし自身他人と積極関わってこなかったから、一年の時に殆ど接触はなかった。会話をするのも精々挨拶程度だ。

 それなのに今になって、彼に近づこうとするのは、つい放っておけない彼の様子もあったが、打算の方が大きい。
 彼がなんとなくハンターと繋がりがあるのは先日なんとなくわかっていた。
 さらに調べれば彼らが同室のルームメイトだということも。

 ハンターは実はかなり他の攻略キャラクターのルートで関わりの多いキャラクターだったりする。もちろん各種バッドエンドでも彼の動向も見ていれば、かなりの頻度で彼は関わってくる。
 そんな委員長の動きを彼を介してハンターの動きを見張れないかと思うのだ。
 直接委員長に近づくのは危険すぎる。
 彼を使うことに罪悪感を覚えないわけではないが、命には変えられない。
 心の中だけで彼に謝る。

「あ、でも相談って言われても。
 あたしそんなに頭よくないし、うまい助言なんかできないけど」

 自分の罪悪感にいいわけでもしたいのか、そんな言葉が口に出る。
 だがあたしの内心など知らない霧島くんはあたしの机をはさんだ先の椅子に座りながら、少し暗い顔だが笑った。

「いや。相談事の内容自体、多岐さんの知らない奴のことなんだ。
 正直聞いてくれるだけでも嬉しんだ。
 多岐さんには退屈かも。ごめんね。」
「……知らない人?」
「うん。僕の親戚のこと」

 そっと悲しそうに目を伏せる彼の言葉にあたしはぎくりとする。
 親戚とはハンターのことだろう。
 ハンターのことで相談なんて。
 いや、動向が知りたいとは思っていたが、そうこちらの知りたいことまんまの内容だと近づいた意図が読まれたのかと内心背に冷たい汗が伝う。
 しかしこちらを見ず深刻そうな様子の彼の顔にそんな様子はない。
 その様子にあたしはなんだか不安を覚えた。

「親戚?もしかしてさっき言ってた紅茶の好きな?」
「……うん。ごめんね。名前は伏せさせて。
 一応この相談、あいつにも内緒なんだ。僕が話したなんていったら殺される」

 溜息を付きながら紡がれる言葉に、流石に冗談だろうとは思うが、一瞬記憶にある人外に対し、冷たい視線を向ける委員長の立ち絵を思いだす。
 すべての表情を消し、ただ殺すという行為だけに忠実たろうとするその姿が現実にあると思うだけでなんとなく体が震える気がした。
 本当にあの凄惨な事件が現実に起こり得るのだと告げられているようで、あたしは笑えなかった。

「流石にそれは冗談だけどね?……多岐さん?」

 呼ばれて顔を上げれば心配そうな霧島くんの顔が目に入る。

「なんか顔色が悪いよ。やっぱり今日はやめたほうが……」
「ううん。大丈夫だってば。霧島くんは心配性だね?」
「そりゃ、心配くらいするよ。君は……女の子だし」

 僅かに頬を染め、指をもじもじ動かす霧島くん。
 大きなメガネに隠されているが、僅かに隙間から覗く顔立ちは可憐な少女のそれで、その様子はむしろあたしなんかよりよほど可愛いく見えた。
 彼に女の子と言われてもなんだかすでに可憐さでは段違いに負けている気しかしない。
 だが流石に男の子である彼にそんなことを告げる気はない。
 あたしは一瞬見蕩れたことをごまかすために咳払いをした。

「ごほん。まあ、今日は遅れたのもあるし、あんまり長く話聞けないけど」
「そうだね。あまり長居させちゃうと門限に間に合わなくなるし。
 天空寮って、門限は智星寮こっちと一緒なの?」
「うん。変わらない」
「ねえ、天空寮からここってどれくらいかかるの?
 どのくらいに出れば間に合う?学校とどっちが近い?」
「え?ここからはちょっと遠いけど、学校とはどうかな。あそこ場所的に……」

 なんだかそこからは相談を聞く雰囲気じゃなくなって、雑談に興じてしまう。
 本格的に門限が近くなるまであたしは結局霧島くんの質問に答える形で過ごしてしまった。
 結局相談事は聞けずに終わる羽目になったが、紅茶を飲みながらあたしは久しぶりに普通の楽しい時間を過ごしたのだった。
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