ダークな乙女ゲーム世界で命を狙われてます

夢月 なぞる

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3章 天空寮(ダイジェスト版)

幼馴染

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すみません。
ちょっと更新遅くなりました。
ちょっと急展開とシリアス入ります。
********************************************

「ごめんね。結局、話聞いてあげれらなくて」

 結局あのあと相談の本題に入れないまま、雑談に興じてそのままである。
 時間を見れば本格的に帰らなければならない時間になっており、今日はお開きになった。

「いいよ、また今度で。それに一度で終わったらつまらないし……」
「え?ごめん、最後が聞こえなかったんだけど、なにか言った?」
「ううん。別に大したことじゃない。それよりごめんね。さっきはハンカチ汚してしまって」

 彼がしきりに気にしているのは彼の手の中にあるあたしのハンカチだ。
 実はさっき誤ってお茶をこぼしてしまった。
 台拭きの準備がなく、あたしが持っていたハンカチを使ったのだ。
 別にあと帰るだけだからなくても困らないのだが、やたらと霧島くんが恐縮してしまった。
 ちゃんと洗って早めに返すから、と霧島くんが意気込む姿に笑みが溢れる。可愛いなあ。

「いいよ。気にしないで。返すのはいつでもいいし」

 笑って応じれば、霧島くんの顔が赤くなる。
 そう言えば先程から霧島くんの顔は赤い気がする。
 なんだか心配になってきた。

「ねえ、霧島くん。なんかさっきから顔赤いんだけど大丈夫?」
「え?」
「熱でもあるんじゃない?
 ねえ、そうならすぐに部屋に帰ったほうがいいよ?
 風邪だったらこじらせたら大変だし」

 先日風邪をこじらせ本気でひどい目にあったあたしがいうのです。
 間違いなくこじらせるとしんどい。死ぬかと思った。

「ね?だから見送りとかいいから」
「そんな、こんなに暗いのに女の子一人で返すなんて」

 心配そうな霧島くんの言葉にあたしはむしろ困ってしまった。
 彼はあたしを女の子扱いしてくれて、先程から寮まで送ると言って聞かないのだ。
 だが、申し訳ないけどあたしと彼が並んで歩いていればどちらが狙われるか一目瞭然だ。
 あたしでは彼を守れないし、むしろ彼を囮に一人で逃げるくらいしかできない。
 流石に彼にそんな真似はさせられない。それならあたしは危険でも一人で帰ったほうがよほど気が楽だった。
 しかし流石に正直にこんな話できない。どう考えても彼の自尊心を粉々にくだいてしまいかねない。

「やっぱり天空寮の近くまで……」
「大丈夫だよ!走れば十分かからないんだから!それじゃあ、また明日!」

 門限も迫っており、なにか言いたそうな霧島くんの言葉を遮り、部屋を出る。
 部屋の外が無人であることは確認済みだ。一応あたしはこの寮の人間じゃないし、こんな時間にいることがばれると何かと面倒なのだ。……くっそう、聖さんのせいだ。
 心の中で愚痴りながらも辺りに気を配りながら、あたしはそのまま玄関から外に出た。
 外はすっかり暗くなっていたが、今日は満月のせいか思ったより明るかった。
 ここまでの道のりで天空寮への街灯が少ないことはわかっていたので、少し安心する。
 霧島くんにはああ言ったものの、やはり一人で暗闇を歩くというのは怖い。
 微かな虫の音も聞こえる石畳の道を戻るべく、鉄製の門を押しあけた。
 だが歩きだそうと動かそうとした足は動かせなかった。
 門をあけた先、すぐ目の前に男の子が立っていたためだ。
 智星寮の門柱には明かりがあるため、その顔ははっきり見えた。
 彼の姿を認識するなり、頭が真っ白になる。
 だって、どうして?そんな疑問すら浮かばないほど。
 決して裏戸学園でなど見ることなどないと思っていたのに。

 ロードワークをこなしてきた後なのかジャージの下履きにTシャツと言う出で立ちの彼はあたしより頭一つ分ほど背が高い。短く刈られた髪がいかにもスポーツマンらしい。わずかに垂れた目元は幼い頃と変わらないが、男性らしい精悍さの増した顔立ちは先日見て、変わりように驚いたのを覚えている。
 相手もあたしに会うとは思っていなかったためか、目を開いて運動後のわずかに乱れた息の合間に声を発した。

「……環姉?」

 ここで聞くはずのないと思っていた声。それが懐かしい響きと共に耳に響いた。
 幼馴染であり大親友の弟である竜くんがなぜかそこにいた。

「りゅ、竜くんなの?」
「ああ」
 
 あたしの存在に竜くんも驚いているのか短く言葉を発するのみだ。
 だがその竜くんらしい反応に、目の前の存在が幻でないことが分かり、全身に冷水を浴びせられたような心地がした。


「な、なんで竜くんがここに…」
「それは……。環姉、ちょっと待っててくれる?」

 あたしの問いに少し気まずそうな竜くんは突然あたしの横をすり抜け寮に入っていく。
 取り残されたあたしはどうしてよいか分からず、呆然と佇むしかない。
 一体なんの幻だと言うのか?なぜゲームの舞台にいるはずのない人が立っている?
 関わることなどなく、外で平穏に暮らしているはずのあたしの大事な親友の弟幼馴染がどうしてここにいる?
 そう言えば、竜くん。あたしを呼ぶ名前が昔のものに戻っていた。
 よっぽど驚いていたのか。
 ―――あるいはあたしの願望が見せる夢か。

 ……ああ、そうだ。うふふふ。夢だ。これは夢。
 だって、そうじゃなきゃ、こんなのおかしい。
 あたしは思わず頭を抱えてしゃがみこんだ。
 思い出されるのは学園崩壊エンドを含めたバットエンドの数々。
 ゲームの年齢制限ギリギリの表現でオブラートに包まれたそれらの舞台は決してテレビの向こう側ではない。
 あたしの目の前にある寮や森の奥の学校、天空寮などまさに今あたしたちが立っている場所だ。
 これはゲームの世界だ。それはずっと理解していた。
 これを乗り越えなければあたしに未来はない事もわかっていた。
 だが、それはゲームに登場する人物たちだけの話だと思っていた。


(なのにどうして竜くんがここにいるの?)

 竜くんもあのゲームに登場していたと言うのだろうか。
 そんなはずはない。あたしのゲームの記憶には竜くんなど存在しないのだ。

(するはずがないのに、どうして?)

 疑問に対する答えなどもちろんない。
 
 「……環姉?どうした、大丈夫か?」
 
 しゃがんだ状態で見上げればいつの間に戻っていたのか竜くんが心配そうにこちらを覗き込んでいた。
 その顔はどこかあどけなくそれがとても懐かしくて、その分その背後に見えるゲームと重なる背景が現実の残酷さを知らしめる。
 思わず泣きたい気がしたが、そんなことをしている場合ではない。
 どうしてこうなったのか。知らなければ。
 ヨロヨロと立ち上がれば、そっと竜くんが支えてくれた。
 
「大丈夫。ちょっと疲れてただけ」
「本当に?」

 あたしの言葉に疑わしそうに竜くんが覗き込んでくる。
 年下に心配なんてさせられないけれど、今は作り笑いすらできなかった。

「それより、竜くんがどうして裏戸学園にいるの?」

 思わず震えそうになる手を抑えて聞けば、竜くんがおそらく部屋からとってきたのだろう紙袋を差し出してくる。

「これは……?」
「姉貴から。手紙も入ってる」

 言われてそれをひったくる様にして受け取った。
 慌てて中を探れば、ビニールに包まれたなにかと一通の白い封筒が入っていた。
 見慣れた幼馴染の文字で宛名が書かれているので間違いない。
 紙袋を地面に置くのももどかしくて腕に通して持つと、封筒の封を切った。
 中を開けば数枚に続き認められた便箋が出てくる。『親愛なるわが親友、環へ』から始まるその手紙は見慣れた幼馴染のものだと瞬時に理解できるものだった。

『親愛なるわが親友、環へ

 やっほー。元気してる?
 まあ、数日しか経ってないからどうせ元気だろうけど!
 ちゃんとご飯食べてる?
 あんたに偏食がないのはわかってるけど、栄養には気をつけて食べるのよ?』

 冒頭はそんな体の心配をする母親のような文章が続いている。
 状況をまるで理解していないのは仕方がないが、あまりに深刻さのわかっていない能天気な内容に苛立つ。
 だが、焦っても何もならない。あたしは気持ちを落ち着けるため、一つ深呼吸をしてから、冒頭を読み飛ばし、今迅速に知りたいと思える内容の箇所を探す。

『……っと。まあ挨拶はこの辺にして。
 どうせ、あんたのことだから現状混乱して読み飛ばしていると思うけど、人間冷静になることのほうが肝心よ。』

 妙に見透かされている手紙の内容に相変わらずの様子が思い浮かぶ。
 あたしなんかより彼女はずっと頭が切れる。彼女があたしと同じ立場ならもっとうまく立ち回れるのだろうか。埒もない考えが浮かんだが、慌てて思考を振り、続きを読み進める。

『まあ、あまり焦らして頭の血管が切れても悲しいから、本題を語るわね。
 どうせ目の前の木偶の坊は満足な事情説明なんぞする気もないでしょうからね?
 まず事実だけ言えば。
「裏戸学園に藤崎竜輝を転校させました」以上!』

 この一文を読んだ瞬間あたしはくらりとした。
 あまりに軽い一文に青ざめた。真実を知らぬとはなんと残酷なことなのか。

「……環姉、大丈夫か?なんか顔色が悪い」

 あまりのことに震えるあたしを竜くんが肩を掴んで支えてくれた。
 体は大きくなったが、さりげない優しさと変わらない体温にホッとする一方、ここに彼がいる事実を再認識させられているようで怖かった。
 ブルブルと震える指先を抑えて、先を読みすすめる。

『転校には一芸推薦とか言うのを使ったんだ。竜の頭じゃ裏戸は絶対ダメだからね!
 あ、もちろんこれはりょうちゃんの知恵です。普通の人にはほとんど知られてない入試なんだって。
 そんなの知ってるなんてさっすが亮ちゃん!博識よね!
 あ、あと亮ちゃんからの差し入れも入れときました。
 なんて気の利く彼氏!最高でしょ?
 この間なんて……』

 それ以降岩崎先輩に対する賞賛が続く。思わず破り捨てたくなる内容だが、あたしは読み飛ばすことで必死に耐えた。便箋数枚に渡った惚気が終わり最後の文はこう締められていた

『一応言っておくけど、無理強いすることはこれっぽっちもやってないから。
 裏戸学園への転入は竜も納得の上、なおかつあいつなりにあんたを心配してのことだからね。
 帰省の時のあんたの様子がおかしかったから、そばにいたいんだとさ。』

 「帰省の時」「心配だから転校」。
 その一つ一つに心が冷えた。
 あの時帰らなかったら、こんなことにはならなかった?
 

『だから気にせずあんたも竜を頼んのよ?転校までしての想いなんだから少しは汲んでくれると姉としてあたしは嬉しい。
 でも、嫌なら気にせず返り討ちにしても構わないから。それはそれで美味しい……いや、なんでもない。
 とにかく、理由なんかはこれ以上は姉の立場からは恥ずかしくて言えないので本人から聞いてください。
 それじゃ、また近いうち帰ってくんのよ?』

 最後に名前で締められた便箋を呆然と抱える。正直最後の方の言葉はほとんど頭に入らない。
 数枚に綴られている割にはほとんど内容のない、しかし読み拾えば実に簡潔な親友の文章にくらくらする。
 あまりのことに夢かと思って自分の頬をつねってみたが、頬は痛みを訴えるばかりでまったく目覚める気配はない。いっそ全てが夢だったらと思って現実逃避しかけた時だった。

「……環姉」

 呼ばれて見上げれば竜くんの顔がある。
 懐かしい呼び名。またいつか呼ばれたいと思っていたのにこんな状況じゃ全然喜べなかった。
 竜くんの背後を見れば見慣れた学校の風景が広がる。
 蘇るのは凄惨なゲームスチル。この学園はその舞台だ。
 ルートによっては学園の一般生徒もただでは済まない。
 もちろん今までだって一般の生徒たちがどうなってもいいなんて考えたことはなかった。
 だが、それでもあたしはあたし以外の人間がこのゲームの悲惨な結末に巻き込まれることをはっきりと意識したことはなかったのではないだろうか。
 血まみれの地面。そこかしこに倒れる人の体。その転がる顔の一つが竜くんだとでも言うのか。

(ダメっ!)

 瞬間自分の想像を否定する。
 そんなの、そんなのはダメだ。ダメだダメだダメダメダメダメダメダメ!
 そんなことさせない!絶対!

「ごめん。環姉に相談もせずに勝手に決めて」

 自分の想像に頭を抱えるあたしの横で竜くんが謝罪の言葉を口にした。
 竜くんは昔から自分の気持ちを語るのが苦手だった。ボツボツと切れるような不器用な声は懐かしく本来であればひどく温かい気持ちにしてもらえるだろう。しかし。

「でも俺、心配だったんだ。どうしても心配だったから……」
「……心配?何を心配することがあるの?」

 自分でもびっくりするくらい低い声が出た。竜くんも驚いているようで固まっている。
 支えるようにそばにあった竜くんの体を乱暴に押し返し、距離を取る。
 その行為に驚いたように立ち尽くす竜くん。少し傷ついたような顔に罪悪感を覚えるが、これから口にしようと思ったことはきっと彼を深く傷つけるだろう。
 しかし言わなければ。例え竜くんから永遠に姉と認めてもらえない、いや二度と顔も見たくないと思われてもやらなければ。
 一呼吸おいて、あたしは目を開いた。あたしは今から女優だ。

「た、環姉?」
「なんで来たの?こんなところまで来て欲しいなんて一度でも言った?」

 精々冷たく見えるよう感情を押し殺して問えば、竜くんはばつが悪そうに視線を逸した。

「それはそうだけど……」
「そもそも心配だって言うけど、別に心配されるようなことはなんにもない」

 やれやれとばかりにため息を吐けば、こちらをじっと観察するような視線を感じたが、ここで動揺するわけにはいかない。
 精々余裕とばかりに笑ってみせる。

「あたしはこの学園で不自由なく暮らしてるの。学園の生徒も先生もいい人たちだし。
 親切にしてくれる人もいるしあたしは今の生活に満足してるし、幸せよ?」
「……嘘だ」

 この言葉には瞬時に否定される。もちろん嘘だけど。
 ここでそれを肯定するわけにはいかない。あたしは目を細めた。

「どうしてそんなこと竜くんに言えるの?ここでのあたしを竜くんは知らないのに」
「そんなの、環姉のことす……だから、わかる」

 竜くんはなぜか一瞬赤くなったかと思うと、視線を反らせてごもごもと呟くように反論してくる。
 そのため合間の言葉はあまりはっきりと聞き取れなかった。

「?何が分かるというの?まさか、長い付き合いだからとか?」
「そう!それに、この間の帰省の時環姉、全然学校のことはなさなかった。そんなに楽しいところなら教えてくれているはずだろう?」

 言われてしまえば、つくづく実に先日の帰省が悔やまれる。
 あれさえなければ、竜くんがここに居ることも、藤崎家がゲームの世界と関わることもなかったのに。
 あたしは嘘でない深いため息を吐いて、考えた言葉を口にした。

「……まあ、この間までならね。でもあの時と状況変わったの。あたし、天空寮に入ったの」

 以前クラスメイトが夢見るように天空寮について語っていた様子を思い出す。
 それを真似るようにしながら、必死で天空寮がいかに素晴らしいところか語ってみせた。

「この普通の寮より豪華だし、ずっといい暮らしさせてもらってる。
 一緒の寮に住んでる人も素敵な人たちばかりだし。裏戸に入ったばかりの竜くんは知ってるかな?あの寮にいる人って皆すっごいお金持ちなの」

 知り合いになれたら成功が約束されているんだって、と語って見せれば、竜くんの顔が険しくなる。

「それの中にこの間来てた紅原って奴もいるのか……?」

 なぜ、ここで紅原が出てくるのかわからないが、嘘ではないので頷く。

「うん。紅原様も一緒。あの人もすっごいお金持ちだし、知り合いになって仲良くなれば将来安泰だよね」

 そこまで言い切って、あたしは一呼吸おいて、竜くんを見上げる。
 あたしより大きいはずの竜くんはあたしの目を見て少しだけたじろいだ。

「ねえ、竜くん。わかるでしょ?」
「……なにが?」

 そこであたしは精々女優らしく笑ってみせた。

「心配なんて不要だし。できるならすぐに前の高校に戻ってくれないかな?」

 あたしの言葉に竜くんの目が最大まで大きくなる。
 
「……それは俺が邪魔ってことか?」

 どこか縋り付くような悲しい声を胸が抉られる気がした。
 泣きたかった。すがりついて否定したかった。しかし傷つけた人間にそんなこと許されない。
 あたしは耐え切れずに背を向ける。
 ちらりと見えた竜くんの顔は泣いてはいないけど、まるで泣いているように見えた。
 泣かせたいわけじゃない、悲しませたいわけじゃない。
 あたしの大切な親友の大事な弟。家族と呼べるくらい大切な人。一番傷つけたくない相手なのだ。
 だからこそ言わなければならない。死亡フラグあたしに関わってはいけない。

「そう聞こえなかった?わかったら、すぐに裏戸学園から出てって。そして、あたしに関わらないで」

 あたしはそのまま振り返ることなく歩き出す。
 竜くんは追ってくることはなかった。
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