HEAVEN B HELL【BL短編集】

野瀬 さと

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第二章 約束

5

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「…そうです。愛しています」

その声に、なにか異様な圧みたいな物を感じた。
崖のギリギリに立っている…追い詰められた者のような。

じんわりと、ノートと手の間に敷いたハンカチに汗が滲んでいくのがわかった。

新居はゆっくりとアクリルの壁に顔を近づけてきた。

「だから…榊先生…」
「はい…?」

男だと言うのに、綺麗な顔をしていて…
白い頬はなめらかな皮膚に覆われていて、桜色に染まっている。
髭が剃れないのか無精髭が生えているが、それもほんの僅かで。
唇は赤く、艶かしく輝いてみえた。

「……なんでしょう」

思わず、低い声が出た。
腹に力を入れていないと、新居の世界に引きずり込まれそうだった。

「俺を……」

子犬みたいに濡れている瞳は、赤く…
また泣き出しそうだと思った。

笑っているのに。

「俺を、死刑にしてください」



こんな厄介な客は初めてだった。

最初はイカれているんだと思った。
自殺願望でもあるんじゃないかと思った。
だから精神鑑定も申し立てた。
希死念慮もなく正常だという結果で、意味がなかったが。

それから新居は逮捕され、検察による取り調べが進んで、起訴されて公判になって。
世間では、男同士の痴情のもつれということで少しだけ騒がれたが、それもあっという間に報道もされなくなった。

俺は弁護士だ。
だから、新居が何を願おうと、依頼人である新居の両親の願いを無視するわけにはいかなかった。

だいたい、このくらいの事件では、極刑にはならない。
むしろ、裁判員は新居に同情的なくらいだった。

男だとわかって付き合っておきながら、急に子供が欲しくなって女に産ませることにしたから別れてくれと言われたわけだから。

それに新居は、素直に隠し立てせずなんでも公判で喋った。
検察からの質問にも淀みなく答えたし、弁護人である俺からの質問にも素直に答えた。

その答えにはブレがなく、そして新居自身が供述していた事と矛盾もなかった。

なにより、新居は事件が発覚する前に自首している。
だから量刑は、殺人事件としては軽いものになるだろう。

それに、岡野の遺族感情も新居に同情的だった。
岡野は新居をパートナーとして紹介していた。
自分の息子がそんな事言うなんて申し訳なかったと、岡野の両親はむしろ新居に大きな同情を示した。

これは新居にとても有利な方向に働いた。

俺の主張する「当時の異常な興奮状態」を認められて、殺人罪ではなく傷害致死罪と認められるかもしれない。

それほど、状況は新居の極刑には向いていなかった。




ただ…
俺には、ずっと新居が異常に見えていた。


どうして、そんな顔をしていられるんだって…


俺が今まで見てきた事件の被告人は…
激しく後悔してるか、何が悪いと喚き散らすか、嘘で塗り固めてなんとか罪を逃れようとしたり。
はたまたイカれているか。シャブ中ってのも居たな…

巻き込まれた善良な人など一握りで。

とにかく、今まで見てきた客とは、なにかが違った。

穏やかで…泣いた顔は、初めて接見した日以降、見ていない。
声を荒げることもなければ、取り繕うような嘘もつかない。
ただただ、淡々と日々が流れていくに任せているようだった。

それが、どうしても俺には、理解できなかったんだ。

愛する人を、我が手にかけながら…
どうしてそんな穏やかに微笑んでいられる…?

愛していると…自分の手で殺したのに…愛していると…

それが、恐ろしくもあった。
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