HEAVEN B HELL【BL短編集】

野瀬 さと

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第四章 哀婉

その細い肩1

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その人は煙管を手に窓から外を眺めてた。
紫煙が彼に纏わりつくように漂っている。

サイズの合っていないだぶついた白いシャツを素肌に纏っている。
下にはなにも履いておらず、情事の後を隠そうともしていない。

なのに、不思議と欧州の雰囲気のあるこの部屋に馴染んで見えた。

「あの人が…?」
「ああ、うちでナンバーワンだヨ」
「え?男なのに?」
「…オトコだから、だヨ。…わかる?」

にやりと意味深に支配人が笑う。

「男、だから…」

懐にはたんまりと金があった。
思わず彼を指名した。

「ユウ!日本人がご指名だヨ!」

カタコトの日本語で、支配人が部屋の中に呼びかける。

彼はうっそりと顔を上げた。
死んだ魚みたいな目をしていた。

本当にナンバーワン…?

でも次の瞬間、微笑んだ。
暖かい日だまりのような笑顔。

その笑みに引きこまれた。

見惚れている俺に、支配人がこっそり囁いた。

「今日、あいつ2人目だけどいい?ガバガバだヨ?」
「いいって…彼を抱きたい」

支配人に一晩分の料金を払った。

「ワーサイ…一晩貸し切り?」
「ああ。彼と一晩居たい」
「イイヨ。じゃあごゆっくり」

"ユウ"の手を引いて、言われた部屋へ入る。
この娼館で一番いい部屋のようだ。



ここは上海の日本租界。

俺は毎日、上海と福岡を往復している船の会社に勤めていて、今日から上海勤務になった。
帝国では最近、大戦の景気も落ちてきて、大陸へ進出しようという動きが加速してる。

俺は上海の支店を強化する目的で投入された。

明日から憂鬱な勤務が始まる。

日本人はまだいい。
支那人はとにかく働かない。
時間も守らない。
衛生的にも問題がある。

そんなの相手に、これから仕事をしていかなきゃならない。
もちろん金はたんまりと入る。

親から勝手に結婚を決められそうだった。
そんなの御免だった。
結婚相手なら、自分で決める。

早く家から自立する必要があった。
だから引き受けたんだが…


もちろん支那人以外の外人だって客でいるがね。
英語が使えることを恨んだ。

父が外交官で、幼い頃を海外で過ごさなければならなかった。
こんなことになるなら、喋れないほうが良かった。

じゃなければこんな目には遭わずに済んだのに……

「え…と、お客さん?」
「あ…ごめん」

ユウが遠慮がちに俺の隣に座る。
カウチが軋む音が部屋に響いた。


この娼館は、男も女も売っていて。

上海にやってきて、やけっぱちになった俺は、女でも買って憂さを晴らそうと思い立った。
会社の人間にどこがいいか聞いてやってきたのがこの店だった。

上海で随一。
調度品も楼主が欧州かぶれの人だから、凝っている。
とてもじゃないが支那であんな娼館は他にはない。
女も上玉が揃っている。
日本人だって居る。

あそこなら、間違いないって。
そう教えられた。


それなのに…
俺が指名したのは、男。


「…名前…教えて?」

ゆっくりと俺の肩にしなだれかかってくる。

その温もりが俺を熱くさせた。

「正一郎…」
「いい名前だね…」

俺の右手に、手を重ねてくる。

「こういうとこ、初めて?」
「うん…」
「男も…初めて?」
「うん…」
「そうなんだ…」

ユウは俺の右手を自分の股間に導いた。
遠慮がちに隣に座ってきたのとは別人みたいに積極的で焦った。

「ちょっ…あのっ…」
「人の、触るの初めてでしょ?」

そう言うと、妖艶に笑いかけた。

「君…」
「ユウって呼んで…?」
「ユウ…」

ゆっくりと、カウチに倒れこんでいった。
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