HEAVEN B HELL【BL短編集】

野瀬 さと

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第六章 コーヒー

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「先のこと…?」

珍しく、真面目な顔をしている峻に戸惑いしかない。
いつも笑ってるか、笑ってるか…
目尻に笑い皺を思いっきり寄せて、笑ってる顔しか思い浮かばない。

さっきまであんなに怒ってたのに、俺の怒りがしゅーんと引っ込んでいった。

「ん。俺達の職業ってさ技術職じゃん?だけど、会社っていう組織にいたらさ、充分生かし切れないじゃん?」

そりゃそうだ。
職人とは呼ばれているけども、自分の腕で仕事を貰っているわけでなく、会社に仕事を貰ってる状態なんだから、それはしょうがないことだ。

「だからなんだよ…毎月決まった給料貰えるんだったら、生活安定していいんじゃねえの?」

正直…仕事はおもしろいし、老練の職人からはまだまだいろんなことを教えてもらえる。
俺は自分自身が気分にムラのある人間だってわかってるから、会社って組織の一員で不満はなかった。

「俺は…勝負したい」
「え…?」
「俺の腕、試したいんだ…」
「試す…」
「うん。独立、しようかと思うんだ」

頭に雷でも落ちたような衝撃を受けた。

「どく…りつ…」
「うん」

峻の独立…それは、俺の前からいなくなるってこと──

「でもお前…そんな金あるの…?」

動揺して、ちょっと声が震えるのを必死で抑えた。

「うん…資金は貯めたんだ」
「えっ?」
「だから、開業はできる」
「そうなの…?」

そっか…

そんなこと思ってたんだ…

知らなかった。

今までそんなこと、一言も話してくれなかった。

峻にとって、俺って…

そこまで止まりなのかな…

苦い思いが喉までこみ上げる。

「そっか…頑張れよ」
「あのさ…春紀…」

なにか言いかけたのを、遮るように大きな声を出した。
これ以上話してたら、泣いてしまいそうだった。

「あーあ…お前、年下なのに偉いよな…俺なんかなーんも考えてないよ!」
「春紀…」
「金、使わねーから、貯金だけはしてるけどさ。お前みたいに目的があるわけじゃないしさ!」
「春紀」

今度は峻が俺の話を遮るように、ちょっと強めに名前を呼ばれた。

「な、なんだよ…」
「あのさ…」

そっと峻が近づく。

「これ、真剣な話なんだけど…」
「え?」
「春紀も…一緒に、どうかな?」
「えっ…」

あまりのことに、頭が真っ白になった。

「決して、無理にとは言わない。けど、春紀が居てくれたら、俺…」
「峻…」
「春紀のこと、俺、すげー尊敬してる。職人として、凄いと思ってる。だから…」

峻が真剣な目を俺に向ける。
ちょっと待て…これ、夢じゃないだろうな。

「だから…春紀さえよかったら。一緒にやっていかない?」

目が、眩みそうだった。

そんなプロポーズみたいなこと言われたら、うんって言いたくなるだろ…

「ば、か…何言ってんだよ…」

恥ずかしくなって顔を逸してしまう。

「ちょっと…考えさせてくれよ…」
「うん、わかってる。考えて欲しい」

峻が俺の肩をぽんと叩いた。

「即答でうん、て言われたほうが不安になるよ」

苦笑いしながらリビングに消えた。

「……」

よかった…即答しなくて…



ポリポリと頬を掻く。ほんと夢じゃないだろうな…

まさか、峻にあんな風に思われているなんて。

今日はなんて良い日なんだ!

尊敬してるって…嬉しいこと言われた。

なんだか顔がにやけてくる。

「仕事…頑張ってきてよかった…」

ふと、台所の食器棚のガラスに写った顔をみると、相当だらしなかった。

「だめだろ…この顔…」

ぐにゃっと片手で顔を直した。

マグカップの残ったコーヒーを飲み干すと、俺もリビングへ行く。
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