海鳴り

野瀬 さと

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海鳴り

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もう二度と戻ることはないであろう職場を思った。

今日もきっとあのコンクリートの箱の中では歯車とロボットがせめぎ合いをしてるんだ…

そう思ったら、なんかおかしくなった。


俺が居なくたって…
俺なんかが居なくったって、アイツらには関係ない。

アイツらの世界から俺が消えたところで、部品が一個だけなくなっただけで。
せいせいした、そう思うだろう。

そこには俺によく似た歯車がまたハマるんだ
そうして永遠に機関車みたいに走り続けるんだ


真っ黒な煙を吐き出しながら…


秋津あきつさん…?」

優也ゆうやの声が聞こえる。
でも笑いが止らない。

「どうしたの…」

心配そうな声。

ああ…人間の声だ…

「秋津さんっ!」

突然、優也が俺の肩を掴んだ。

「え…?」
「何、泣いてるんだよ…」


泣いてる…?


俺が…?


強引に首に巻いていたタオルを外して、俺の顔をゴシゴシ拭いた。

「ほんと…どうしたの…?」

優也のほうが泣きそうになりながら俺の涙を拭った。

「…どうもしねーよ…」

手の甲で顔を拭ったら、涙が付いていた。
ホントだ…俺、泣いてる…

「なんか…辛いことあったの…?」

優也の声が遠くに聞こえる。

おまえにはわからない…

わかりようがないんだ。
こんな幸せに暮らしてるおまえらには。

だから俺は何も言うことができなかった。

「秋津さん…だめだよ…?」

何がだよ…

「死んじゃだめだ…」
「え…?」

優也はいきなりガバッと俺を抱きしめた。

「秋津さんは、健康な身体がある…だからっ…」

ぎゅうっと優也の腕に力が入った。

「死んじゃだめだぁっ…」


…なんでわかったんだろう…


俺の涙は止まったのに、優也の涙はいつまで経っても止まらなかった。

太陽が、だんだん頭上に上がってくる。

海面が明るい。


直也なおやは…治らないんだ…」
「え?」
「国の難病指定されてる病気なんだ。一生、病気と付き合っていかなきゃいけない」

声が震えてる。

「でも、直也はすごく前向きに生きてる…だって、生きてるんだもん…」

優也はぐいっと身体を離した。

「…なのに健康な秋津さんが、なんで死ななきゃいけないの…?」
「優也…」
「直也は、一歩間違えたら死んじゃう体なのに……」

真っ赤な目からぽろりぽろりと涙が落ちる。

「命を捨てるほど、辛いことあったの…?」

優也の手が温かい。

喉の奥から、熱い塊が上がってきて何も言えない。


違う…


違うんだ優也


俺は、辛いことがあったから死にたくなったんじゃない


「違う…優也…」

優也の腕をぎゅっと握った。

「俺は…なんにもないんだ…」
「え?」


俺はからっぽだ


長いこと、ネジやロボットの中で人間の仮面を被って、人間のふりをしていたら、からっぽになっちまったんだ…


だから


死ぬ


「生きてる意味が…わからないんだ…」
「秋津さんっ…生きてるだけでっ…意味が…ちゃんと意味があるんだよっ!?」


意味…?

俺の命に意味が…?

そんなはずない。


俺は無駄に生きてるんだ。
そんな奴の命が直也くんと同じくらい意味があるわけがない。

だって、俺は誰からも何からも必要とされていない。
俺が居なくなったって、何も変わらないし、変えられない。

優也の腕をそっと解いた。

「お前がなんで泣くんだよ?」
「だって…秋津さんっ…」
「俺なんかのために、泣くな」

立ち上がると、大きく息を吸い込んだ。



…だから釣りに出るのを躊躇ためらってたんだ…



優也の前で死ぬわけにいかない。


そう思ってたのに…


俺の足は船の柵に掛かった。


フィッシングベストを脱ぎ捨てた。


そのまま、腕に力を入れて柵を乗り越える。





空が


青い…






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