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明希子と行信の話
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網を片付けて、道具も手入れして。
全部終わった頃には、お天道様は頭上にいた。
やっぱり陸は海の上より暑い。
汗びっしょりで作業を終えた。
「おい、明希子ちゃんよ。かあちゃんに飯できたか聞いてきてくれや」
親父が言うと、明希子ははーいと返事をして母屋に駆けていった。
水道で長靴を洗っていると、親父も歩いてきた。
「おい、行よ。見たか?あの腕…」
「ああ。後で親父の余った湿布やっとくわ」
「…午後から、病院、連れてってやれや」
「んなことしたら、また増えんだろうが」
無言の親父の長靴にホースで水を掛けてやった。
以前、俺達が怪我をしてる明希子を病院に連れて行ったあと…
痣が増えていたことがあった。
余計な世話をするなと警告されているようで。
それからは病院にも連れて行けていない。
「なんであんないい子がよぉ…」
「うっせーな…どうともできねえんだからしょうがねえだろ」
ぐずっと親父が鼻を鳴らした。
あのとき、明希子は暴力を振るわれたと言っていた。
ちょうど風呂から上がったところに殴りかかられたから、そのまま外に飛び出したそうだ。
バスタオル一枚で、外をさまよい歩いていたところを、お袋が拾ってきた。
お袋は漁協の連中と、山の上の神社に集まるとこだった。
毎年、漁協の職員は年越しきっかりに参拝して祈祷を受ける。
一年の漁の安全を祈願してくれてるんだ。
俺や親父の世話をしてから家を出たもんだから、ちょっと遅れてしまったのが幸いだった。
一人で車を運転していたから、他の誰にも見られずに済んだとお袋は泣いていた。
お袋のダウンジャケットを羽織って、バスタオル一枚でガタガタ震える明希子の姿は忘れられない。
『だれにもいわないで』
ただ、明希子はそう繰り返すだけで…
風呂に入れてやって飯を食って落ち着いた頃、ぽつりぽつりと事情を語った。
だが、誰にやられたかは絶対に口を割らなかった。
今でも思い出すと、ムカつくやらなにやらで腹の中が熱くなる。
それは親父もお袋も同じで。
どうやら明希子の父親は働きもせず一日中飲んだくれているとの噂で。
あんな暴力を振るうアル中のところに帰せるかと、いろいろ手を打ってみた。
実際に父親に会いに行って、直談判もした。
しかし酔っ払っていて、話にならなかった。
おまけに明希子の祖父母が面倒みると言うから、俺達は手が出せなくなった。
まだ明らかに暴力を振るわれているし児相も入ったようだが、じいさんやらばあさんが出てきて有耶無耶にしてしまうようだった。
俺たちには口止め料を払うから黙ってろと来たもんだ。
もちろん撥ね付けてやったがな。
なにより明希子が、父親と住んでいるアパートを離れたがらなかった。
『お父さん…私まで居なくなっちゃったら、死んじゃう…』
明希子の母親は、他に男を作って出ていったという噂だ。
まあ…よくある話じゃねえのかと推測した。
嫁さんに逃げられて、酒浸りになって。
どうにもこうにもならなくなって田舎に逃げ帰ってきたんだろう。
父親の実家は、漁師町からは少し離れた山あいの農業集落にあって。
俺も親父もよく知らない家だった。
年末のあのとき、年が明けてからじいさんとばあさんがうちに明希子を引き取りに来たが…
離婚されて帰ってきた息子がみっともないとかほざいていたんだよな。
だから漁師町に父親と明希子は二人暮らしをしているんだ。
じいさんとばあさんがそんな調子だから、父親はよくなるどころか悪化の一途を辿っている。
働きもせず、酒ばかり飲んでいるそうだ。
明希子には金も渡してやらないようだ。
だから明希子は外でバイトをしていたんだが、そのバイト先にじいさんとばあさんが来て辞めさせてしまう。
うちの孫がバイトなんてみっともないとかなんとか。
金はやるから家で父親の面倒を見ろときたもんだ。
その金を父親が全部酒に変えてしまうのだろう。
明希子はガリガリに痩せたまんまだった。
年末の件で、お袋と親父は明希子を助けてやろうと決めた。
だからこうやって飯を食わせている。
毎日食わせたいところだが、明希子のほうが遠慮してしまって来ない。
だからバイトだと言って、家に来るよう仕向けているんだ。
…俺は…
お袋と親父に付き合ってやってるだけだ。
ションベンくせえガキには興味がねえからな。
全部終わった頃には、お天道様は頭上にいた。
やっぱり陸は海の上より暑い。
汗びっしょりで作業を終えた。
「おい、明希子ちゃんよ。かあちゃんに飯できたか聞いてきてくれや」
親父が言うと、明希子ははーいと返事をして母屋に駆けていった。
水道で長靴を洗っていると、親父も歩いてきた。
「おい、行よ。見たか?あの腕…」
「ああ。後で親父の余った湿布やっとくわ」
「…午後から、病院、連れてってやれや」
「んなことしたら、また増えんだろうが」
無言の親父の長靴にホースで水を掛けてやった。
以前、俺達が怪我をしてる明希子を病院に連れて行ったあと…
痣が増えていたことがあった。
余計な世話をするなと警告されているようで。
それからは病院にも連れて行けていない。
「なんであんないい子がよぉ…」
「うっせーな…どうともできねえんだからしょうがねえだろ」
ぐずっと親父が鼻を鳴らした。
あのとき、明希子は暴力を振るわれたと言っていた。
ちょうど風呂から上がったところに殴りかかられたから、そのまま外に飛び出したそうだ。
バスタオル一枚で、外をさまよい歩いていたところを、お袋が拾ってきた。
お袋は漁協の連中と、山の上の神社に集まるとこだった。
毎年、漁協の職員は年越しきっかりに参拝して祈祷を受ける。
一年の漁の安全を祈願してくれてるんだ。
俺や親父の世話をしてから家を出たもんだから、ちょっと遅れてしまったのが幸いだった。
一人で車を運転していたから、他の誰にも見られずに済んだとお袋は泣いていた。
お袋のダウンジャケットを羽織って、バスタオル一枚でガタガタ震える明希子の姿は忘れられない。
『だれにもいわないで』
ただ、明希子はそう繰り返すだけで…
風呂に入れてやって飯を食って落ち着いた頃、ぽつりぽつりと事情を語った。
だが、誰にやられたかは絶対に口を割らなかった。
今でも思い出すと、ムカつくやらなにやらで腹の中が熱くなる。
それは親父もお袋も同じで。
どうやら明希子の父親は働きもせず一日中飲んだくれているとの噂で。
あんな暴力を振るうアル中のところに帰せるかと、いろいろ手を打ってみた。
実際に父親に会いに行って、直談判もした。
しかし酔っ払っていて、話にならなかった。
おまけに明希子の祖父母が面倒みると言うから、俺達は手が出せなくなった。
まだ明らかに暴力を振るわれているし児相も入ったようだが、じいさんやらばあさんが出てきて有耶無耶にしてしまうようだった。
俺たちには口止め料を払うから黙ってろと来たもんだ。
もちろん撥ね付けてやったがな。
なにより明希子が、父親と住んでいるアパートを離れたがらなかった。
『お父さん…私まで居なくなっちゃったら、死んじゃう…』
明希子の母親は、他に男を作って出ていったという噂だ。
まあ…よくある話じゃねえのかと推測した。
嫁さんに逃げられて、酒浸りになって。
どうにもこうにもならなくなって田舎に逃げ帰ってきたんだろう。
父親の実家は、漁師町からは少し離れた山あいの農業集落にあって。
俺も親父もよく知らない家だった。
年末のあのとき、年が明けてからじいさんとばあさんがうちに明希子を引き取りに来たが…
離婚されて帰ってきた息子がみっともないとかほざいていたんだよな。
だから漁師町に父親と明希子は二人暮らしをしているんだ。
じいさんとばあさんがそんな調子だから、父親はよくなるどころか悪化の一途を辿っている。
働きもせず、酒ばかり飲んでいるそうだ。
明希子には金も渡してやらないようだ。
だから明希子は外でバイトをしていたんだが、そのバイト先にじいさんとばあさんが来て辞めさせてしまう。
うちの孫がバイトなんてみっともないとかなんとか。
金はやるから家で父親の面倒を見ろときたもんだ。
その金を父親が全部酒に変えてしまうのだろう。
明希子はガリガリに痩せたまんまだった。
年末の件で、お袋と親父は明希子を助けてやろうと決めた。
だからこうやって飯を食わせている。
毎日食わせたいところだが、明希子のほうが遠慮してしまって来ない。
だからバイトだと言って、家に来るよう仕向けているんだ。
…俺は…
お袋と親父に付き合ってやってるだけだ。
ションベンくせえガキには興味がねえからな。
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