海鳴り

野瀬 さと

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明希子と行信の話

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それに、あいつは言わねえんだ。
だから俺は放っておいている。



8月の終わり、親父が二度目のぎっくり腰になった。

「こりゃあ…漁は難しいねえ…」

接骨院せっこついんの先生に言われて、親父は泣きそうになりながら俺にかつがれている。

ゆきよぉ…おらぁもうだめだぁ…」
「またそんなこと言ってる…」
「船も売っちまおうか…しげさんとこで船を買うって言ってたから…」
「おい。勝手に決めんな」

グダグダ言う親父を車に詰めて家に帰ってきたら、お袋が帰ってきていた。

「あれ?仕事は?」
「だってあんた…お父さんが泣きながら電話寄越よこすから…帰れって言われたわよ」
「あちゃー…」

俺の見ていないところで連絡していたらしい。

「じゃあ親父の世話頼むわ」
「なによ、あんたどこ行くのよ」
「ん?漁協。明日っから、誰か手が空いてないか聞いてくる」

操業そうぎょうするもしないも、いろいろと仕事がある。
しばらく親父が動けないから、誰か手伝いをやとわなくてはならない。

「そんなの電話すればいいじゃないの」
「しばらく世話になるんだから直接行ったほうがいいだろ?」
「そんなのいいのに…」

なんとか誤魔化して家を出た。

車で漁協まで行って、人の手配を頼んだ。
あいにくすぐには無理そうだという回答で。

明日、どうすっかな…

ぼんやりと、漁協の外の喫煙所きつえんじょでタバコに火を付ける。
今日は食堂の前には、明希子あきこの姿はなかった。

というか、ここしばらくあいつの顔を見ていない。
高校は夏休み中だというのに、姿を見かけなかった。

ぼんの頃に家に来たのが最後だ。

一体どこに行ったのか。
おじいさんの家でも行ったのか。
それとも母親が連れに来たのか。

「…ああ、もう…」

ぐしゃっと髪をくと、タバコを灰皿で消した。


車に乗り込むと、明希子の住むアパートのある地区に向かう。
暑くて人通りもないから、近くに車を停めてアパートまで行ってみた。

なにも変わった様子はなかった。

海風うみかぜびたトタンの壁は色がげていて。
なんともみすぼらしい外観がいかんの2階建てのアパートを、ぼけっと見上げていた。

アパートの部屋には人の気配はなかった。
あの飲んだくれのアル中がいるはずなんだが、静かなものだった。

あきらめて車に戻ろうとしたら、セダンがアパートの前に停まった。
運転席に明希子のおじいさん、助手席におばあさんが乗っているのが見えた。

なんだかバツが悪くて、物置ものおきの陰に咄嗟とっさに隠れてしまった。

後部座席から、制服姿の明希子が降りてきた。

なんだ…おじいさんの家に行っていたのか…
心配してそんした。

明希子の後ろから、太った中年男が降りてきた。
こいつは見たことのない顔だ。

スーツを着ているが、髪も顔もだらしない印象だ。
どっかの企業で働いてそうには、とてもじゃないが見えなかった。
かといって、俺たちみたいな肉体労働にくたいろうどうをしているようにも見えない。
日焼けしてないんだ。
白豚しろぶたのようだった。

反対側のドアから、明希子の父親が出てきた。

「なんだぁ…?」

なんでこんな大所帯おおじょたいでこんな狭いアパートに来てるんだ?
つか、あのおっさんは誰だ?

父親はふらふらと一階の自分の部屋のかぎけて中に入っていった。
中年のおっさんは、明希子の肩を抱くと一緒に歩き出した。

「!?」

なんだあれは…

叔父おじめいに接するとかそういうんじゃなくて。
べっとりといやらしい援交親父えんこうおやじみたいな肩の抱き方だった。
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