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第1章 妖術鬼の愛娘
錬装者の晩餐会
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およそ十畳ほどの、分厚い板張りの山小屋風の大部屋の中央に据え付けられた木製のテーブルを三人の若者が囲んでいた。
窓の外は今しも夏の夕陽が力尽きようとしている刻限で、樹木に覆われている所を見ればどこぞのキャンプ場を思わせる。
微妙な年齢差と著しい体格差はあるものの、身にまとっているものは同じ黒いTシャツと短パン、そして功夫シューズで統一されていた。
室内は肉の焼ける香ばしい匂いに満たされ、テーブルの真ん中には焼肉屋そのものの丸い金網を被せたロースターが埋め込まれており、その周囲には一目で高級肉と分かる鮮紅色の牛スライスが放射状に美しく盛られた大皿が置かれていたが、既に半分近く消費されており、その下には空の皿が四枚重ねられている…。
「…どうやら、あの邪教集団もいよいよ詰んだと見えるな。
だがあの二人が組んだ時だけは敗けたことがないらしい…その意味ではキミたちの責任は重大だぜ…。
上手くいきゃあ一気に〈解散命令〉を突き付けられるかもしれないんだからな…!」
キンキンに冷えた錫のグラスに残ったレモンハイを美味そうに飲み干した日台ハーフのイケメン整体師・宗 星愁は仄かに紅味を帯びた白い貌をニヤつかせて大一番を前にした二人の“戦友”を眺めながら、優雅な箸使いで好物のタン塩を口に運ぶ。
「まあな…そうしたいのはやまやまだが、もし今回もしくじるようなら、【光霊至聖教】の“真の教祖”ともいえるあの〈妖術鬼〉に家族がどんな目に遭わされるか分からんのだから必死だろう…!
ところで黎輔、どの戦法で臨むつもりだ?
また今回も【小型絆獣】を使うのか…?」
星愁の右隣に陣取り、タン、ハツ、ミノ、カルビ等を山盛りにした丼飯を抱えた身長191cm、体重104kgを誇る精悍なる金髪の坊主頭の巨漢・剛駕嶽仁が対面の美少年に問い掛ける。
どう見てもヘビー級の格闘家にしか見えぬ風体と面相だが、意外にもその職業は倉敷市で自称日本一ポップなオカルトショップの経営者なのである。
「いや、まさか…。
もちろん今回は【錬装磁甲】でいきますよ。
…お世話になった牧浦さんの仇も討たなきゃいけませんし、ね!」
整体師提供の、漢方のエキスもたっぷりとブチ込んた秘伝のタレをどっぷり絡め、口に放り込んだ肉片を勢いよく咀嚼しつつ断言する、絆獣聖団の若きホープを頼もしげに見つめて星愁が応じる。
「ああ、そうだったな…。
およそ二年前、あの人を半殺しにしたのは確か長男の…」
殺気に満ちた口調で剛駕嶽仁が割って入る。
「光城玄矢だ…明日のオレの獲物でもある…!」
残りの肉を金網にぶちまけつつ、嶽仁がふてぶてしく宣言する。
「そうだったな。
何でも体格の方もお前さんにヒケを取らんほど御立派だとか…。
…小耳に挟んだ所じゃ、〈覇闘〉始まって以来の“怪物激突”で、聖団内の注目度もハンパないらしいぜ…。
一方の我らが黎輔クンVS光城家次男坊・威紅也も両陣営の未来を担う“プリンス対決”として前者に劣らぬ関心を集めているとかいないとか…」
「ふん、見世物じゃあるまいし…。
注目ったって、どうせまた“雷堂のおっさん”が胴元のトトカルチョでもやってんだろ?
倅の方は異世界で明日をも知れぬ傭兵暮らしだってのに全く神経を疑うぜ…!」
一旦席を立ち、冷蔵庫から取り出した六皿目の新たな肉の盛り合わせをテーブルにドンと叩き付けた嶽仁が、網を空けるために生焼けの肉を丼に移動させ、豪快な一気食いを敢行する。
「そうですよ!
ボクら聖団員を博打の駒にするなんて、ホントにふざけてるッ!!
…いや、狂ってますよッ‼
アレはホントに止めさせなきゃならんですね!
しかも呆れたことに額がドンドン跳ね上がってるそうじゃないですか!?
一体、上層部は何を考えてるんでしょうかねえ?
これは冗談抜きで組織の根幹を揺るがす最低最悪の背信行為ですよ!!」
「全くな…もっとも、元々聖団の年寄り連中にゃロクなのがいねえが、特に〈色事〉の坂巻と〈賭事〉の雷堂…この“悪しきニ大巨頭”にゃ誰かがマジで引導を渡さねえといずれ取り返しのつかねえことになるぜ…」
「…いっそ、我々の手でやってのけませんか、“絆獣聖団浄化大作戦”を?
これはあくまでもボクの個人的意見ですけど、顔を見たこともない妖術鬼なんかより、コイツらの方がよっぽど殺意をかき立てられるんですがね…」
「いやー、おまえがそこまでの過激派だとは思わなかったぜ!
もちろん気持ちは分かるが、殺るのは連中の息子に任しときゃいいんじゃね?
幸いにも両家とも親子仲は最悪らしいからな!」
文字通り生命を賭した〈死合〉を控えているため禁酒を強いられた巨漢が私見を述べてジョッキの烏龍茶をガブ飲みしながら新たな肉をロースターに敷き詰めるが、正義の焔を燃やす高校二年生は眉根に皺を寄せて吐き捨てる。
「でも、今どっちも異世界じゃないですか?
ウチも兄貴が行ってますけど、一旦〈召喚〉がかかったら、ヘタすりゃ一生、向こう暮らしじゃないですか?
きっとジジイども、それを逆手に取って余計に調子に乗ってんですよ!
むしろ、“息子よ、もう二度と帰って来るな!”ぐらいのことを思っててもちっとも不思議じゃない!」
「…こりゃいずれ、我が聖団内に“備前岡山の革命児”こと冬河黎輔クンによる粛清の嵐が吹き荒れることになりそうだな…、
おお、くわばらくわばら…!」
今回は出陣を免除されているため心ゆくまで酒浸り中の星愁がおどけながら身震いするが、その痛飲ぶりからはもし仲間達に不測の事態が生じた場合、問答無用で代打に立たねばならぬ不安定な立場の自覚は微塵も感じられない…。
「我が家は一族の誇りを双肩に担って次男坊が出征してるがな…。
確かに奴が【次元穴】の向こうに消えた瞬間に“今生の別れ”って気分になったもんさ…。
ま、もちろん身内のオレたちにはアイツの記憶は鮮明だが、友人知人の脳裡からは聖団の“超自然的干渉”によって痕跡が完全に消去されちまってんだから残酷な話よ…」
満腹のゲップと共に放たれた剛駕嶽仁の慨嘆に、他の二人は暗然たる表情となったが、黎輔の視線を受けた星愁が軽く頷いた。
「幸いというべきか、オレには兄弟がないが、諸君もご存知のように従兄に星龍っていう3コ下の空手家がいる…。
コイツは慢性人手不足の聖団にとうとう目を付けられちまって(もっとも本人も大ノリ気なんだから余計に救いがないが)、ついこないだ修行を始めたばかりで今のところは我々のような【錬装者】ではないが、戦士としての基礎はすっかり出来上がってるから“デビュー”は時間の問題だろう…。
しかも無知というのは恐ろしいもんで、あの野郎、晴れて磁甲を授かったらぜひとも“琥珀色の凶戦域”に乗り込みたいそうだ…。
もっともこればかりは天響神の思し召しだから人知の及ぶところではないがな…。
果たして、何処が彼の死に場所になるものか?」
「そんなの決まってらあ、
おっ死ぬリスクは異世界の方が断然上よ!」
貪欲にも更に高級焼肉を頬張る巨漢を半ば侮蔑の眼差しで眺めつつ、冬河黎輔が懐疑的に首をひねる。
「…果たしてそうでしょうかね?
確かに向こうじゃ【神牙教軍】とかいう怪物集団と日々熾烈な戦闘を繰り広げてるらしいですけど、開戦以来三十数年も経つっていうのに未だ聖団側の死者数はゼロっていうじゃないですか?
その点、地上の覇闘の生々しい過酷さといったらないですよ…。
実際、広島の牧浦さんなんて一時はホントに危なかったそうですから…」
「大本営発表をまんま真に受けるとは、汝もまだまだケツが青いのう…。
いいか少年、少なくとも今ん所、ラージャーラから生還して懐かしい日本の土を踏めたのはキミが蛇蝎の如く忌み嫌うジイさんたちだけだっていう厳然たる事実を忘れるんじゃねえぜ!
…つまり、“今現在の異世界戦争”は幸運なる第一世代がかいくぐって来たモノとは比べ物にならんほど苛烈な次元にまで達してるってこった!!」
容貌魁偉なオカルトショップ主人による目を血走らせての断言の後、テーブル上の彼の黒いスマホから不気味な鎮魂曲のメロディが流れ出した…。
窓の外は今しも夏の夕陽が力尽きようとしている刻限で、樹木に覆われている所を見ればどこぞのキャンプ場を思わせる。
微妙な年齢差と著しい体格差はあるものの、身にまとっているものは同じ黒いTシャツと短パン、そして功夫シューズで統一されていた。
室内は肉の焼ける香ばしい匂いに満たされ、テーブルの真ん中には焼肉屋そのものの丸い金網を被せたロースターが埋め込まれており、その周囲には一目で高級肉と分かる鮮紅色の牛スライスが放射状に美しく盛られた大皿が置かれていたが、既に半分近く消費されており、その下には空の皿が四枚重ねられている…。
「…どうやら、あの邪教集団もいよいよ詰んだと見えるな。
だがあの二人が組んだ時だけは敗けたことがないらしい…その意味ではキミたちの責任は重大だぜ…。
上手くいきゃあ一気に〈解散命令〉を突き付けられるかもしれないんだからな…!」
キンキンに冷えた錫のグラスに残ったレモンハイを美味そうに飲み干した日台ハーフのイケメン整体師・宗 星愁は仄かに紅味を帯びた白い貌をニヤつかせて大一番を前にした二人の“戦友”を眺めながら、優雅な箸使いで好物のタン塩を口に運ぶ。
「まあな…そうしたいのはやまやまだが、もし今回もしくじるようなら、【光霊至聖教】の“真の教祖”ともいえるあの〈妖術鬼〉に家族がどんな目に遭わされるか分からんのだから必死だろう…!
ところで黎輔、どの戦法で臨むつもりだ?
また今回も【小型絆獣】を使うのか…?」
星愁の右隣に陣取り、タン、ハツ、ミノ、カルビ等を山盛りにした丼飯を抱えた身長191cm、体重104kgを誇る精悍なる金髪の坊主頭の巨漢・剛駕嶽仁が対面の美少年に問い掛ける。
どう見てもヘビー級の格闘家にしか見えぬ風体と面相だが、意外にもその職業は倉敷市で自称日本一ポップなオカルトショップの経営者なのである。
「いや、まさか…。
もちろん今回は【錬装磁甲】でいきますよ。
…お世話になった牧浦さんの仇も討たなきゃいけませんし、ね!」
整体師提供の、漢方のエキスもたっぷりとブチ込んた秘伝のタレをどっぷり絡め、口に放り込んだ肉片を勢いよく咀嚼しつつ断言する、絆獣聖団の若きホープを頼もしげに見つめて星愁が応じる。
「ああ、そうだったな…。
およそ二年前、あの人を半殺しにしたのは確か長男の…」
殺気に満ちた口調で剛駕嶽仁が割って入る。
「光城玄矢だ…明日のオレの獲物でもある…!」
残りの肉を金網にぶちまけつつ、嶽仁がふてぶてしく宣言する。
「そうだったな。
何でも体格の方もお前さんにヒケを取らんほど御立派だとか…。
…小耳に挟んだ所じゃ、〈覇闘〉始まって以来の“怪物激突”で、聖団内の注目度もハンパないらしいぜ…。
一方の我らが黎輔クンVS光城家次男坊・威紅也も両陣営の未来を担う“プリンス対決”として前者に劣らぬ関心を集めているとかいないとか…」
「ふん、見世物じゃあるまいし…。
注目ったって、どうせまた“雷堂のおっさん”が胴元のトトカルチョでもやってんだろ?
倅の方は異世界で明日をも知れぬ傭兵暮らしだってのに全く神経を疑うぜ…!」
一旦席を立ち、冷蔵庫から取り出した六皿目の新たな肉の盛り合わせをテーブルにドンと叩き付けた嶽仁が、網を空けるために生焼けの肉を丼に移動させ、豪快な一気食いを敢行する。
「そうですよ!
ボクら聖団員を博打の駒にするなんて、ホントにふざけてるッ!!
…いや、狂ってますよッ‼
アレはホントに止めさせなきゃならんですね!
しかも呆れたことに額がドンドン跳ね上がってるそうじゃないですか!?
一体、上層部は何を考えてるんでしょうかねえ?
これは冗談抜きで組織の根幹を揺るがす最低最悪の背信行為ですよ!!」
「全くな…もっとも、元々聖団の年寄り連中にゃロクなのがいねえが、特に〈色事〉の坂巻と〈賭事〉の雷堂…この“悪しきニ大巨頭”にゃ誰かがマジで引導を渡さねえといずれ取り返しのつかねえことになるぜ…」
「…いっそ、我々の手でやってのけませんか、“絆獣聖団浄化大作戦”を?
これはあくまでもボクの個人的意見ですけど、顔を見たこともない妖術鬼なんかより、コイツらの方がよっぽど殺意をかき立てられるんですがね…」
「いやー、おまえがそこまでの過激派だとは思わなかったぜ!
もちろん気持ちは分かるが、殺るのは連中の息子に任しときゃいいんじゃね?
幸いにも両家とも親子仲は最悪らしいからな!」
文字通り生命を賭した〈死合〉を控えているため禁酒を強いられた巨漢が私見を述べてジョッキの烏龍茶をガブ飲みしながら新たな肉をロースターに敷き詰めるが、正義の焔を燃やす高校二年生は眉根に皺を寄せて吐き捨てる。
「でも、今どっちも異世界じゃないですか?
ウチも兄貴が行ってますけど、一旦〈召喚〉がかかったら、ヘタすりゃ一生、向こう暮らしじゃないですか?
きっとジジイども、それを逆手に取って余計に調子に乗ってんですよ!
むしろ、“息子よ、もう二度と帰って来るな!”ぐらいのことを思っててもちっとも不思議じゃない!」
「…こりゃいずれ、我が聖団内に“備前岡山の革命児”こと冬河黎輔クンによる粛清の嵐が吹き荒れることになりそうだな…、
おお、くわばらくわばら…!」
今回は出陣を免除されているため心ゆくまで酒浸り中の星愁がおどけながら身震いするが、その痛飲ぶりからはもし仲間達に不測の事態が生じた場合、問答無用で代打に立たねばならぬ不安定な立場の自覚は微塵も感じられない…。
「我が家は一族の誇りを双肩に担って次男坊が出征してるがな…。
確かに奴が【次元穴】の向こうに消えた瞬間に“今生の別れ”って気分になったもんさ…。
ま、もちろん身内のオレたちにはアイツの記憶は鮮明だが、友人知人の脳裡からは聖団の“超自然的干渉”によって痕跡が完全に消去されちまってんだから残酷な話よ…」
満腹のゲップと共に放たれた剛駕嶽仁の慨嘆に、他の二人は暗然たる表情となったが、黎輔の視線を受けた星愁が軽く頷いた。
「幸いというべきか、オレには兄弟がないが、諸君もご存知のように従兄に星龍っていう3コ下の空手家がいる…。
コイツは慢性人手不足の聖団にとうとう目を付けられちまって(もっとも本人も大ノリ気なんだから余計に救いがないが)、ついこないだ修行を始めたばかりで今のところは我々のような【錬装者】ではないが、戦士としての基礎はすっかり出来上がってるから“デビュー”は時間の問題だろう…。
しかも無知というのは恐ろしいもんで、あの野郎、晴れて磁甲を授かったらぜひとも“琥珀色の凶戦域”に乗り込みたいそうだ…。
もっともこればかりは天響神の思し召しだから人知の及ぶところではないがな…。
果たして、何処が彼の死に場所になるものか?」
「そんなの決まってらあ、
おっ死ぬリスクは異世界の方が断然上よ!」
貪欲にも更に高級焼肉を頬張る巨漢を半ば侮蔑の眼差しで眺めつつ、冬河黎輔が懐疑的に首をひねる。
「…果たしてそうでしょうかね?
確かに向こうじゃ【神牙教軍】とかいう怪物集団と日々熾烈な戦闘を繰り広げてるらしいですけど、開戦以来三十数年も経つっていうのに未だ聖団側の死者数はゼロっていうじゃないですか?
その点、地上の覇闘の生々しい過酷さといったらないですよ…。
実際、広島の牧浦さんなんて一時はホントに危なかったそうですから…」
「大本営発表をまんま真に受けるとは、汝もまだまだケツが青いのう…。
いいか少年、少なくとも今ん所、ラージャーラから生還して懐かしい日本の土を踏めたのはキミが蛇蝎の如く忌み嫌うジイさんたちだけだっていう厳然たる事実を忘れるんじゃねえぜ!
…つまり、“今現在の異世界戦争”は幸運なる第一世代がかいくぐって来たモノとは比べ物にならんほど苛烈な次元にまで達してるってこった!!」
容貌魁偉なオカルトショップ主人による目を血走らせての断言の後、テーブル上の彼の黒いスマホから不気味な鎮魂曲のメロディが流れ出した…。
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