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第1章 異空の超戦者たち
海の教界、開戦す⑩
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「…頼みってのは、一体何だい?」
“黄金の淫婦”からの想定外の申し出に、返答に窮したアティーリョ=モラレスはおずおずと“2つ目の依頼内容”の説明を求めた。
先程の言わずもがなの告白によって、自分が熱烈な崇拝者であることを天才女優に認識されてしまった鉄槌士隊々長はもはや完全に主導権を握られてしまったらしかった…この好機を百戦錬磨の祭霊妃が逃すはずもない。
「アラ、緊張してるの?…ふふふ、厳しい外見によらず、中身は可愛いのね、髑髏の勇者さん…。でも困った坊やねえ、私のさっきの話を聴いてなかったのかしら?まず、最初にその醜い死骸を片付けてってお願いしたでしょ?」
天性の表現者たる彼女にとって日常坐臥の全ては演技であるのか、
発せられる言葉は“幸運なる信奉者”
にとって自身にのみ向けられた即興の台詞のごとく響き、彼はいつしか劇中の人物と化したかのような錯覚に陥っていた。
『…だが、ルターナがさっき言ったように、オレは“役者失格”だ…何故なら、こんな状況下にも関わらず、いや、だからこそなのか…おかしなくらい血が滾って…不覚にも勃っちまってるじゃねえか…!そして間違いなく、この醜態を彼女に覚られてしまってるはずだ…』
しかしながら彼にも絆獣聖団員としての崇高なる使命というものがあり、それを完遂するためにも、ここは下手な芝居で乗り切るしかない…。
「ああ、そうだったな…だが死骸を運び出すにしても、床に血の滴りを落とさないためには何かで覆わないといかんだろう…幅の広い布はないか?出来れば厚めの物がいいんだが…」
この申し出に、ルターナは素っ気なく頷く。
「そうね、来客用の掛け布団があるわ…あれなら縦横3レクト(約225cm)はあるから、うすらでかいソイツでもきれいに巻けるんじゃない?」
まるで暴力組織の女ボスを演じているかのような非情な言い回しだが、ルターナとしては殊更に役作りしている訳でもなく、これが舞台女優と女司祭という“因果な稼業”を地続きでこなす
黄金の淫婦の素顔らしい。
かくて館の主が招かざる客人を導いたのは“漆黒の間”の向かいに設えられた、モラレスが地上ですらも見聞したしたことがないほどの豪華客室であり、彼は不謹慎にも?この“王者の寝台”上において憧憬の大女優を貫いている自分を一瞬妄想して大いに恥じ入るのであった…。
「一般人にゃ全く縁のない、これほど上等の代物に“簀巻き”にされるとは、くたばっちまってるとはいえ狂魔酒鬼も果報者よな…まるで白鳥の羽のように軽いが厚みも十分だし、これなら文句の付けようがない…さて、まずは現場の血を拭き取らなきゃならんから、庭の敷石を磨く洗浄液でもあるとありがたいんだがね…」
「ああ、そうね。じゃ、取ってくるから〈祭爛の間〉で待ってて」
全裸のまま、そして愛人の首を抱いたまま踵を返すルターナを呆然と見送った錬装者は、大理石のヴィーナス像も遠く及ばぬ造形美を見せつける、白く耀く祭霊妃の臀部に釘付けとなりつつも、同時に無残に離断した美青年の頸部から滴り続ける血液が何らかの催淫効果を窺わせる艷麗な幾何学模様で飾られた広い廊下に点々と垂れ落ちるのを目の当りにした。
『ま、最愛の人物の血痕なら一向に構わんのだろうな…尤もついでに拭き取ってくれなんて頼まれたら面倒だが…でもまあ、やっぱりオレが辞去してからさっきみたいにあの凄い舌で舐め取ってくんじゃねえのかな?全く想像しただけで寒気のする光景だが…それにしても、これだけの広大な邸宅に彼女と愛人以外の人影を全く見ないのは何故なんだ?
使用人が10人やそこらいて当然だし、門番でも傭っていればああもあっさりと“不法侵入”を許すこともなかったろうに…尤も、その点に関してはオレも同罪だから大きな顔は出来んがね…。
ま、結局の所、教界きっての大女優がスキャンダラスな“性儀式”に熱中しているのがバレるのが厭さに人払いしてたってのが真相かな…〈電子錠〉や〈非常ベル〉etc…の安全機構をOFFにしてた?のも、我ら門外漢には理解不能の“神聖なる宗教上の理由”かなんかだろ…残念ながらその報いはあまりにも悲惨すぎたようだが…』
たっぷり2セスタ(18分間)は待ちぼうけを食わされた挙げ句、肝心の洗浄剤は結局見つからなかったらしく、一気に不機嫌モードとなった妖艶なる女司祭に尻を叩かれたアティーリョ=モラレスは、バケツに汲んだ水と布巾という古典的手法によって自身が仕出かした惨事の後始末を悄然とこなしたのであった(ついでに画面の死神に噴き付けられた悪臭芬々たる“毒霧”を、ことさら丁寧に拭い去ったことは言うまでもない)…。
公演に必要なルターナ自身の膨大な衣裳や各種アイテムを梱包する、堅牢な金具付きの結束帯を実に8本も使用して“簀巻き”も完成、例え酒鬼の屍に摩麾螺が憑依し渾身の力も振り絞ろうとも、まず身じろぎすることさえ不可能であろう。
「…さて、と。これで1つ目のお仕事は無事完了ね…いよいよ本番に取り掛かるとしましょうか…!」
「本番って…次は一体、何を言いつけるつもりなんですか…?」
今やラージャーラで最強(凶)の“直立歩行戦闘マシン”と畏怖される絆獣聖団の錬装磁甲、中でもモチーフ(髑髏)の突出した禍々しさと、“錬装前”においても平素醸し出しているコワモテのムードの維持に常に腐心しているモラレスが、あろうことか初年兵のようにモジモジしながら本来保護すべき教民の顔色を窺う光景は、もしも聖団員が目撃したならば滑稽を通り越して卒倒しかねない衝撃的な光景といえた。
だが、後から猛省したように、この時の彼は邪心の虜となっていたのだ。
この千載一遇の機会を逃したら、二度と、数奇な運命によって足を踏み入れたこの異界において、初めて心を奪われた女性をその腕に抱くことは叶わぬと…。
だから、純真を演じ、“黄金の淫婦”の母性本能に訴えた…!
…そうとも、“本性”を剥き出しにするのは褥の上だけでいい(余りのギャップに彼女は失神するかも知れぬ、何しろオレ様ことアティーリョ=モラレスは性なる野獣なのだから!)…。
…断言してもいい、最愛の存在を喪い、心にポッカリと風穴の空いた天才女優は、尻切れトンボに終わった〈儀式〉を、目の前にいる逞しい戦士で代用して続行しようとするはずなのだ(全く、我ながら“悪魔の邪推”だ!)…。
果たして、ルターナは慈愛の眼差しと慈悲の微笑みで小刻みに(わざとらしく)全身を震わせる錬装者を手招きした。
「ふふふ、そんなに怯えなくてもいいのよ、可愛い坊や…あなたはただ、私の言う通りにすればいいだけ…でも、“行為”自体はこの上なく神聖なものだから、[火原の美獣]の一員になったつもりで、心を込めて遂行してちょうだいね…じゃ、ついてらっしゃい♡」
竹澤夏月がチラワン=シーソンポップを発見したのは、芸術回廊のほぼど真ん中に聳え立つ、エリアの象徴的存在と言える〈鍵の塔〉においてであった。
この“無用性”こそが芸術というものなのであろうか、高さ200レクト(約150m)に達する黄白色の巨塔の内部は、完全なるがらんどうなのであった。
形状も単なるひょろ長い円柱であり、奇抜なオブジェとして超現実的な可笑しみは感じさせるものの、地上人の感覚では“棒”か或いは“針”には擬えられるものの、何ら“鍵”を連想させるものではない。
だが、意外にも“芸術アレルギー”の竹澤夏月にとって、当地においてこれこそが唯一許せる存在なのであった。
「…何より、気取りがないのがいいやね。見ようによっちゃあ、ちゃんと“鍵”に見えるし。…でもまあ、ウチらにゃ関係ないけど、“税金”でコレを建てるってなったら、ん?ってなるのが正直な所だわな…」
遠目には天に向けて佇立する巨針のごとく見なされた鍵の塔は、地獄絆獣の凄まじい飛翔力によって、前代未聞の装飾を施されているさまを晒け出した。
即ち、ズアーグの蛇体にその頂上付近から全体の5分の1余りを蔓草のごとく何重にも巻き付かれてしまっていたのである。
「カッコいい!…まるで、お不動さんの剣に巻き付いた倶利伽羅竜そのものじゃないか…まさにこれこそが芸術ってもんだよ!さすがは雷吼剣蛇、我が相棒が一目置く唯一の存在、“裏最強の女帝の貫禄”だね…!」
その威容が生来の戦闘者の気質にマッチするのか、厳然たる“芸術の一ジャンル”であるはずの仏教美術に対する殺戮姫の不可解な?傾倒ぶりは相方の貌を“世界一の美女=般若”という自身の強迫観念に忠実に従って整形
させたことにも窺えたが、現在ズアーグが体現している魔神のごとき凄みを前にしては正直、一歩を譲らざるを得ない。
だが、雷吼剣蛇の金色の瞳は哀しみに曇り、唯一の理解者ともいうべき地獄絆獣を視界に入れようとしない。
総隊長として、いやそれ以前にチラワンと邂逅して以来、特別に目をかけてきた“ラージャーラにおける育ての親”として、とっくに事情は承知している。
だが、事態は遂に一線を越えてしまったようだ。
ただ、唯一救いがあるとすれば、拗ねているのは操獣師であって、絆獣ではないということ…もしこれが逆であったら、その時こそ“両者の関係”は終わる…そして、修復はあり得ない…永遠にだ。
『チラワン…アンタ、本当にバカだよ…ズアーグに選ばれたってのはホントに名誉なことなのにさ…“彼女“はただの絆獣じゃない、あたしのギャロードと同じく、自分で操獣師を選べる殆ど唯一無二の存在なんだよ…言っちゃ悪いが、萩邑も、そしてメデューサでさえもレオーランやリジルガ自身が選んだ訳じゃない…巡り合わせは単なる偶然…いわば聖団のお仕着せだ…でもチラワンは違う…本当の意味で“選ばれし存在”なんだ…こう言ったら分かって貰えるかい、アンタは機会さえあればいつでも麗翼光鵬と融魂出来るが、萩邑は絶対にズアーグに受け容れられることはない、と…。でも、あたしはこの真実を言葉では伝えないよ…アンタとズアーグの“不滅の絆”が必ず、しかもこのミッションの中で教えてくれるはずだからね…!』
“黄金の淫婦”からの想定外の申し出に、返答に窮したアティーリョ=モラレスはおずおずと“2つ目の依頼内容”の説明を求めた。
先程の言わずもがなの告白によって、自分が熱烈な崇拝者であることを天才女優に認識されてしまった鉄槌士隊々長はもはや完全に主導権を握られてしまったらしかった…この好機を百戦錬磨の祭霊妃が逃すはずもない。
「アラ、緊張してるの?…ふふふ、厳しい外見によらず、中身は可愛いのね、髑髏の勇者さん…。でも困った坊やねえ、私のさっきの話を聴いてなかったのかしら?まず、最初にその醜い死骸を片付けてってお願いしたでしょ?」
天性の表現者たる彼女にとって日常坐臥の全ては演技であるのか、
発せられる言葉は“幸運なる信奉者”
にとって自身にのみ向けられた即興の台詞のごとく響き、彼はいつしか劇中の人物と化したかのような錯覚に陥っていた。
『…だが、ルターナがさっき言ったように、オレは“役者失格”だ…何故なら、こんな状況下にも関わらず、いや、だからこそなのか…おかしなくらい血が滾って…不覚にも勃っちまってるじゃねえか…!そして間違いなく、この醜態を彼女に覚られてしまってるはずだ…』
しかしながら彼にも絆獣聖団員としての崇高なる使命というものがあり、それを完遂するためにも、ここは下手な芝居で乗り切るしかない…。
「ああ、そうだったな…だが死骸を運び出すにしても、床に血の滴りを落とさないためには何かで覆わないといかんだろう…幅の広い布はないか?出来れば厚めの物がいいんだが…」
この申し出に、ルターナは素っ気なく頷く。
「そうね、来客用の掛け布団があるわ…あれなら縦横3レクト(約225cm)はあるから、うすらでかいソイツでもきれいに巻けるんじゃない?」
まるで暴力組織の女ボスを演じているかのような非情な言い回しだが、ルターナとしては殊更に役作りしている訳でもなく、これが舞台女優と女司祭という“因果な稼業”を地続きでこなす
黄金の淫婦の素顔らしい。
かくて館の主が招かざる客人を導いたのは“漆黒の間”の向かいに設えられた、モラレスが地上ですらも見聞したしたことがないほどの豪華客室であり、彼は不謹慎にも?この“王者の寝台”上において憧憬の大女優を貫いている自分を一瞬妄想して大いに恥じ入るのであった…。
「一般人にゃ全く縁のない、これほど上等の代物に“簀巻き”にされるとは、くたばっちまってるとはいえ狂魔酒鬼も果報者よな…まるで白鳥の羽のように軽いが厚みも十分だし、これなら文句の付けようがない…さて、まずは現場の血を拭き取らなきゃならんから、庭の敷石を磨く洗浄液でもあるとありがたいんだがね…」
「ああ、そうね。じゃ、取ってくるから〈祭爛の間〉で待ってて」
全裸のまま、そして愛人の首を抱いたまま踵を返すルターナを呆然と見送った錬装者は、大理石のヴィーナス像も遠く及ばぬ造形美を見せつける、白く耀く祭霊妃の臀部に釘付けとなりつつも、同時に無残に離断した美青年の頸部から滴り続ける血液が何らかの催淫効果を窺わせる艷麗な幾何学模様で飾られた広い廊下に点々と垂れ落ちるのを目の当りにした。
『ま、最愛の人物の血痕なら一向に構わんのだろうな…尤もついでに拭き取ってくれなんて頼まれたら面倒だが…でもまあ、やっぱりオレが辞去してからさっきみたいにあの凄い舌で舐め取ってくんじゃねえのかな?全く想像しただけで寒気のする光景だが…それにしても、これだけの広大な邸宅に彼女と愛人以外の人影を全く見ないのは何故なんだ?
使用人が10人やそこらいて当然だし、門番でも傭っていればああもあっさりと“不法侵入”を許すこともなかったろうに…尤も、その点に関してはオレも同罪だから大きな顔は出来んがね…。
ま、結局の所、教界きっての大女優がスキャンダラスな“性儀式”に熱中しているのがバレるのが厭さに人払いしてたってのが真相かな…〈電子錠〉や〈非常ベル〉etc…の安全機構をOFFにしてた?のも、我ら門外漢には理解不能の“神聖なる宗教上の理由”かなんかだろ…残念ながらその報いはあまりにも悲惨すぎたようだが…』
たっぷり2セスタ(18分間)は待ちぼうけを食わされた挙げ句、肝心の洗浄剤は結局見つからなかったらしく、一気に不機嫌モードとなった妖艶なる女司祭に尻を叩かれたアティーリョ=モラレスは、バケツに汲んだ水と布巾という古典的手法によって自身が仕出かした惨事の後始末を悄然とこなしたのであった(ついでに画面の死神に噴き付けられた悪臭芬々たる“毒霧”を、ことさら丁寧に拭い去ったことは言うまでもない)…。
公演に必要なルターナ自身の膨大な衣裳や各種アイテムを梱包する、堅牢な金具付きの結束帯を実に8本も使用して“簀巻き”も完成、例え酒鬼の屍に摩麾螺が憑依し渾身の力も振り絞ろうとも、まず身じろぎすることさえ不可能であろう。
「…さて、と。これで1つ目のお仕事は無事完了ね…いよいよ本番に取り掛かるとしましょうか…!」
「本番って…次は一体、何を言いつけるつもりなんですか…?」
今やラージャーラで最強(凶)の“直立歩行戦闘マシン”と畏怖される絆獣聖団の錬装磁甲、中でもモチーフ(髑髏)の突出した禍々しさと、“錬装前”においても平素醸し出しているコワモテのムードの維持に常に腐心しているモラレスが、あろうことか初年兵のようにモジモジしながら本来保護すべき教民の顔色を窺う光景は、もしも聖団員が目撃したならば滑稽を通り越して卒倒しかねない衝撃的な光景といえた。
だが、後から猛省したように、この時の彼は邪心の虜となっていたのだ。
この千載一遇の機会を逃したら、二度と、数奇な運命によって足を踏み入れたこの異界において、初めて心を奪われた女性をその腕に抱くことは叶わぬと…。
だから、純真を演じ、“黄金の淫婦”の母性本能に訴えた…!
…そうとも、“本性”を剥き出しにするのは褥の上だけでいい(余りのギャップに彼女は失神するかも知れぬ、何しろオレ様ことアティーリョ=モラレスは性なる野獣なのだから!)…。
…断言してもいい、最愛の存在を喪い、心にポッカリと風穴の空いた天才女優は、尻切れトンボに終わった〈儀式〉を、目の前にいる逞しい戦士で代用して続行しようとするはずなのだ(全く、我ながら“悪魔の邪推”だ!)…。
果たして、ルターナは慈愛の眼差しと慈悲の微笑みで小刻みに(わざとらしく)全身を震わせる錬装者を手招きした。
「ふふふ、そんなに怯えなくてもいいのよ、可愛い坊や…あなたはただ、私の言う通りにすればいいだけ…でも、“行為”自体はこの上なく神聖なものだから、[火原の美獣]の一員になったつもりで、心を込めて遂行してちょうだいね…じゃ、ついてらっしゃい♡」
竹澤夏月がチラワン=シーソンポップを発見したのは、芸術回廊のほぼど真ん中に聳え立つ、エリアの象徴的存在と言える〈鍵の塔〉においてであった。
この“無用性”こそが芸術というものなのであろうか、高さ200レクト(約150m)に達する黄白色の巨塔の内部は、完全なるがらんどうなのであった。
形状も単なるひょろ長い円柱であり、奇抜なオブジェとして超現実的な可笑しみは感じさせるものの、地上人の感覚では“棒”か或いは“針”には擬えられるものの、何ら“鍵”を連想させるものではない。
だが、意外にも“芸術アレルギー”の竹澤夏月にとって、当地においてこれこそが唯一許せる存在なのであった。
「…何より、気取りがないのがいいやね。見ようによっちゃあ、ちゃんと“鍵”に見えるし。…でもまあ、ウチらにゃ関係ないけど、“税金”でコレを建てるってなったら、ん?ってなるのが正直な所だわな…」
遠目には天に向けて佇立する巨針のごとく見なされた鍵の塔は、地獄絆獣の凄まじい飛翔力によって、前代未聞の装飾を施されているさまを晒け出した。
即ち、ズアーグの蛇体にその頂上付近から全体の5分の1余りを蔓草のごとく何重にも巻き付かれてしまっていたのである。
「カッコいい!…まるで、お不動さんの剣に巻き付いた倶利伽羅竜そのものじゃないか…まさにこれこそが芸術ってもんだよ!さすがは雷吼剣蛇、我が相棒が一目置く唯一の存在、“裏最強の女帝の貫禄”だね…!」
その威容が生来の戦闘者の気質にマッチするのか、厳然たる“芸術の一ジャンル”であるはずの仏教美術に対する殺戮姫の不可解な?傾倒ぶりは相方の貌を“世界一の美女=般若”という自身の強迫観念に忠実に従って整形
させたことにも窺えたが、現在ズアーグが体現している魔神のごとき凄みを前にしては正直、一歩を譲らざるを得ない。
だが、雷吼剣蛇の金色の瞳は哀しみに曇り、唯一の理解者ともいうべき地獄絆獣を視界に入れようとしない。
総隊長として、いやそれ以前にチラワンと邂逅して以来、特別に目をかけてきた“ラージャーラにおける育ての親”として、とっくに事情は承知している。
だが、事態は遂に一線を越えてしまったようだ。
ただ、唯一救いがあるとすれば、拗ねているのは操獣師であって、絆獣ではないということ…もしこれが逆であったら、その時こそ“両者の関係”は終わる…そして、修復はあり得ない…永遠にだ。
『チラワン…アンタ、本当にバカだよ…ズアーグに選ばれたってのはホントに名誉なことなのにさ…“彼女“はただの絆獣じゃない、あたしのギャロードと同じく、自分で操獣師を選べる殆ど唯一無二の存在なんだよ…言っちゃ悪いが、萩邑も、そしてメデューサでさえもレオーランやリジルガ自身が選んだ訳じゃない…巡り合わせは単なる偶然…いわば聖団のお仕着せだ…でもチラワンは違う…本当の意味で“選ばれし存在”なんだ…こう言ったら分かって貰えるかい、アンタは機会さえあればいつでも麗翼光鵬と融魂出来るが、萩邑は絶対にズアーグに受け容れられることはない、と…。でも、あたしはこの真実を言葉では伝えないよ…アンタとズアーグの“不滅の絆”が必ず、しかもこのミッションの中で教えてくれるはずだからね…!』
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