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証拠の一枚、ゆがんだ優しさ
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アユムのスマホに保存されていた動画を見たとき、パパ――花園亜樹人の目が一瞬だけ鋭く光った。
「これ……いつ撮った?」
「この前、戸棚に隠れてたとき。偶然。あの人、書類の写真撮ってた」
アユムはスマホをパパに差し出しながら、小さく肩をすくめた。
画面には、社外秘の書類をスマホで撮影している昭島の姿が、はっきりと映っていた。
背景には、A社のロゴ入りのバッグ。決定的な証拠だった。
「……ありがとう。助かったよ、アユム」
パパはそう言って、そっとアユムの頭をなでた。
でも、どこか――悲しそうな顔をしていた。
---
「――そうか。見つかっちゃったんですね」
会議室で、昭島は苦笑していた。
「言い訳する気はありません。情報は、私がA社に流しました」
「なぜだ?」
パパの問いに、昭島は少し黙ってから、静かに口を開いた。
「社長を……守りたかったんですよ」
その声には、嘘がなかった。
「社長は、奥様と結婚なさってから、少しは人生を楽しめるのかと思ってました。
でも現実は逆。奥様には放っておかれ、社内ではプレッシャーばかり。
それでも社長は、すべてを背負って……壊れるんじゃないかって、本気で思ってたんです」
「……」
「だから、会社ごと売ってしまえば、もう社長は自由になれると思ったんです。
A社が買収に前向きだったのは、私が情報を流したから。全部、仕組んでました」
アユムは言葉を失って、ただじっと昭島を見ていた。
「私は、ずっと社長のことが好きでした」
昭島の声が震えていた。
「だけど、社長は奥様しか見てなくて。……そう思ってたけど、最近はアユムくんばっかり見てる」
その言葉に、アユムはハッとしてパパを見た。
でも、パパは黙って昭島の言葉を聞いていた。
「だから、もう終わりだなって、思ったんです。……ちょうどその頃、A社の社長に食事に誘われて。最初は断るつもりだったんですけど……なんていうか……あの人、案外、悪くなかったんですよね」
昭島はちょっと照れたように笑った。
「はじめは嫌だったけど、今は……まあ、楽しいです。彼と一緒にいるの。変ですね」
不思議と、誰も笑わなかった。
パパも、アユムも、ただ静かにうなずいた。
---
「アユムくん、ありがとう。……あの動画のおかげで、社を守れたよ」
その夜、家に帰ってから、パパはそう言った。
「うん……でも……ごめん。ちょっと、こわかった」
「なにが?」
パパの問いに、アユムはテーブルの上で手を組んだまま、視線を落とした。
「昭島さん、すごく大人で、かっこよくて……パパのそばにいるのが似合ってるって思ってた」
ぽつりと、こぼれるように言葉が落ちる。
「でも……そんな人でも、寂しかったり、ひとりで抱えたり、間違えたりするんだなって」
アユムの声が、少しだけ震えた。
「パパのこと、守りたくてスパイになったって、言ってたけど……
それって、誰にも頼れなかったってことでしょう?」
「……そうかもしれないな」
「そういうの、見てたら、なんかこわくなった」
「こわい?」
「うん……だって、アユムはもっと子どもだし、バカだし、物も知らないのに……
それでも、パパのそばにいたいとか、守りたいとか思ってる」
「……」
「でも、昭島さんですらダメだったなら……アユムなんか、全然だめじゃん、って」
アユムは小さく息をついた。
「パパのこと、好きになってよかったのかな……って、わかんなくなった」
そして、ぽつりとたずねた。
「……パパも、そういうふうに思うこと、ある?」
自分の気持ちを口に出したあとの沈黙は、思った以上に長かった。
パパはしばらく黙っていた。
その間、アユムはずっと目を伏せたままだったけれど――
やがて、ぽつりと、低くてやさしい声が降りてきた。
「今も、たまに、そう思うことはあるよ」
その言葉に、アユムは顔を上げた。
パパの目も、まっすぐこっちを見ていた。
「俺だって、全部に自信があるわけじゃない。
でも、アユムの手を取ったときだけは――間違ってないって思えるんだ」
その一言が、胸の奥に、じんわりと沁みた。
ふいに、アユムの手が伸びる。
そっと、パパの手の甲に自分の手を重ねた。
「……でも、今はアユムがいるから、大丈夫、でしょ?」
少しだけ笑って、冗談っぽく言ったつもりだった。
けれど、パパはふっと目を細めて、小さくうなずいた。
「……ああ。大丈夫だよ」
「これ……いつ撮った?」
「この前、戸棚に隠れてたとき。偶然。あの人、書類の写真撮ってた」
アユムはスマホをパパに差し出しながら、小さく肩をすくめた。
画面には、社外秘の書類をスマホで撮影している昭島の姿が、はっきりと映っていた。
背景には、A社のロゴ入りのバッグ。決定的な証拠だった。
「……ありがとう。助かったよ、アユム」
パパはそう言って、そっとアユムの頭をなでた。
でも、どこか――悲しそうな顔をしていた。
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「――そうか。見つかっちゃったんですね」
会議室で、昭島は苦笑していた。
「言い訳する気はありません。情報は、私がA社に流しました」
「なぜだ?」
パパの問いに、昭島は少し黙ってから、静かに口を開いた。
「社長を……守りたかったんですよ」
その声には、嘘がなかった。
「社長は、奥様と結婚なさってから、少しは人生を楽しめるのかと思ってました。
でも現実は逆。奥様には放っておかれ、社内ではプレッシャーばかり。
それでも社長は、すべてを背負って……壊れるんじゃないかって、本気で思ってたんです」
「……」
「だから、会社ごと売ってしまえば、もう社長は自由になれると思ったんです。
A社が買収に前向きだったのは、私が情報を流したから。全部、仕組んでました」
アユムは言葉を失って、ただじっと昭島を見ていた。
「私は、ずっと社長のことが好きでした」
昭島の声が震えていた。
「だけど、社長は奥様しか見てなくて。……そう思ってたけど、最近はアユムくんばっかり見てる」
その言葉に、アユムはハッとしてパパを見た。
でも、パパは黙って昭島の言葉を聞いていた。
「だから、もう終わりだなって、思ったんです。……ちょうどその頃、A社の社長に食事に誘われて。最初は断るつもりだったんですけど……なんていうか……あの人、案外、悪くなかったんですよね」
昭島はちょっと照れたように笑った。
「はじめは嫌だったけど、今は……まあ、楽しいです。彼と一緒にいるの。変ですね」
不思議と、誰も笑わなかった。
パパも、アユムも、ただ静かにうなずいた。
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「アユムくん、ありがとう。……あの動画のおかげで、社を守れたよ」
その夜、家に帰ってから、パパはそう言った。
「うん……でも……ごめん。ちょっと、こわかった」
「なにが?」
パパの問いに、アユムはテーブルの上で手を組んだまま、視線を落とした。
「昭島さん、すごく大人で、かっこよくて……パパのそばにいるのが似合ってるって思ってた」
ぽつりと、こぼれるように言葉が落ちる。
「でも……そんな人でも、寂しかったり、ひとりで抱えたり、間違えたりするんだなって」
アユムの声が、少しだけ震えた。
「パパのこと、守りたくてスパイになったって、言ってたけど……
それって、誰にも頼れなかったってことでしょう?」
「……そうかもしれないな」
「そういうの、見てたら、なんかこわくなった」
「こわい?」
「うん……だって、アユムはもっと子どもだし、バカだし、物も知らないのに……
それでも、パパのそばにいたいとか、守りたいとか思ってる」
「……」
「でも、昭島さんですらダメだったなら……アユムなんか、全然だめじゃん、って」
アユムは小さく息をついた。
「パパのこと、好きになってよかったのかな……って、わかんなくなった」
そして、ぽつりとたずねた。
「……パパも、そういうふうに思うこと、ある?」
自分の気持ちを口に出したあとの沈黙は、思った以上に長かった。
パパはしばらく黙っていた。
その間、アユムはずっと目を伏せたままだったけれど――
やがて、ぽつりと、低くてやさしい声が降りてきた。
「今も、たまに、そう思うことはあるよ」
その言葉に、アユムは顔を上げた。
パパの目も、まっすぐこっちを見ていた。
「俺だって、全部に自信があるわけじゃない。
でも、アユムの手を取ったときだけは――間違ってないって思えるんだ」
その一言が、胸の奥に、じんわりと沁みた。
ふいに、アユムの手が伸びる。
そっと、パパの手の甲に自分の手を重ねた。
「……でも、今はアユムがいるから、大丈夫、でしょ?」
少しだけ笑って、冗談っぽく言ったつもりだった。
けれど、パパはふっと目を細めて、小さくうなずいた。
「……ああ。大丈夫だよ」
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