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第九章 再び潤の部屋にて
窓から
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潤は、僕とは違う世界の住人。振り向いて、ここにいて、僕を見て。僕を見ていながら僕がいないかのように、すり抜けて行かないで。硝子戸の向こうに、独りで行かないで。僕らの間に戸を立てないで。
おじ様が、僕の前に立った。
「君は泣いているのか」
鞭は机の上に置かれていた。机の上の潤は、こうべを回らせて、情欲に潤んだ瞳でこちらを見ていた。
「君を泣かせるつもりではなかったのだよ。怖かったのかい? びっくりさせて悪かったね。これは遊びなんだ。本気で怒っているわけではないんだよ」
僕は頬をつたう涙を指で拭った。おじ様の言葉は、言い訳に聞こえたし、僕は、そんなことで泣いているわけじゃなかった。
「綺麗だよ。泣いた顔も」
おじ様が僕の髪を撫でた。僕は、もっと泣きたくなった。
「抱きしめても、いいかい」
僕は頷いた。
「君は可愛い子だね。忘れていた何かを思い出させる。兄を愛していたころの気持ち。純粋ゆえの切なさを」
潤の叔父様は僕の背を撫でながら言った。
「そうじゃないな。もっと古い何か。私が与えてもらえなかった何か」
男の胸元から、体温の上昇とともにムスクの甘い香りが立ち、僕を蕩かした。おじ様の、手の平の愛撫が、懐かしく心地よかった。髪を、背中を、掌が優しく撫でていた。
「君は甘えたがりだね」
おじ様は微笑んでいるのだろう。
「君とつきあえば私が欲しい何かが得られるんだろうか」
僕は首を振った。
「いいえ。貴方たちは、寂しい人たちですね」
僕は言った。
「ああ、そうだよ。こんなことでしか、互いの愛情を確かめられないんだ。もっと深い快楽があるのなら、それを教えてほしい」
「快楽かは、わからないけれど」
「幸せは快楽だろう? もっと強い快楽、麻薬のような、しかも永遠に続く快楽」
おじ様の口調が、熱を帯びた。
「キスをしたい。君の涙に。君を眠らせる瞼に」
そう言って、おじ様は僕の瞼に唇をつけた。僕は、ぼうっとなった。もっと触ってほしい。物足りない。潤と双子のように調教されたい。入る隙のない関係に、僕も入り込みたい。淫らに三人でもつれ合いたい。
「兄さん!」
突然、潤が叫んだ。おじ様の腕は僕を放し、僕たちは潤の方を見た。潤は窓の取っ手に手をかけていた。
潤の兄の譲が病院から戻ってきたのだろう。タクシーのドアだろうか、バタンと閉まる音がした。
机の上で、手枷足枷、首枷をつけた潤が、伸び上がって、窓の取っ手を捻ろうとしていた。取っ手は金色の金属製で全体のフォルムも植物の蔓のような優美な曲線を描き細かい装飾が入っていた。そのアールヌーヴォー風の取っ手を、潤の優しげな両手がつかみ左右に押し広げようとしていた。窓が急にガクッと開いて潤の身体が、ぐらっとした。僕の前にいたおじ様の身体が跳躍しておじ様の左手が、潤の右足首をつかんだ。足首のカフスが痛々しい。
「兄さぁーん」
潤が窓から身を乗り出して呼んだ。潤は何を考えているんだ。狂ってる! 窓から落ちそうなのに!
「潤、何やってるんだ! 危ない!」
譲の声が下から聞こえた。左側の窓がガクンと開いて、潤の上半身が逆さまになった。潤の叔父は必死の様相で潤の上に乗り、潤の身体を身体で押さえつけた。
「やめろ! 早まるな!」
潤が飛び降りようとしていると勘違いしているらしき譲の声が窓の下から聞こえた。ある意味、勘違いでないような気もした。無意識に、出口の見えない苦しみから脱出しようと思い余った末の混乱した行動にも思えた。この世の苦しみから何とか脱出しようとする悲しい試みのように。潤の裸の上半身が、窓の外に逆さまに宙吊りになっていた。
僕は窓に寄って、
「潤! 手を貸して」
と言ったが持ち上がらないらしい。僕が身を乗り出すと、
「馬鹿な、君まで落ちる! 足を持っていて」
とおじ様に言われ、二人がかりで引っ張り上げた。譲が、階段を駆け上がってくる足音が聞こえドアがバタンと開いた。
「何やってんだよ!」
譲が興奮して言った。
「潤に馬鹿なことさせるなよ! 誰だよ、こんなことさせたのは」
譲は、大洗氏の腕から潤をもぎ取った。
「潤、馬鹿、お前、何やってるんだよ」
潤は、机の上で正座を崩した格好で座りこんで譲の激情に身をまかせていた。
譲は、潤とコツコツと額をくっつけあって、泣かんばかりだった。
「こんな格好して」
全裸に革の拘束具だけの潤を哀れむように譲は潤を抱きしめた。譲は、潤の頭を何度も撫でて顔にいくつもキスをした。潤は譲に、もみくちゃにされていた。
「やりすぎだ。何のプレイか知らないけど、こんな危険な」
譲が、おじ様を睨んだ。
「兄さん、違うんだ。僕が勝手に窓を開けたから」
潤が、おじ様をかばうように言った。
「俺を驚かせようとでも、したのか? 危険なことは、やめてくれよ。もう、安息日の朝っぱらから、おふくろといい、おやじといい、いかれてやがる」
譲は、潤の髪の毛を手のひらで、くしゃくしゃにして、唇を何度もつけた。
「なんで、窓から飛び降りようとしたんだ? 自分は飛べるとでも思ったのか?」
「飛び降りようとしたわけじゃないよ。兄さんって呼んだら落ちそうになっただけ」
「俺は、また、思い余って助けを求めてるのかと思って……」
「うーん、なんでだろ」
潤は自分でも、わからない風だった。
「叔父様が瑶を可愛いがってるから不安になったの。叔父様が兄さんって言ったから、僕も兄さんって言いたくなったの」
僕は、僕が潤を不安にさせたのかもしれないと、罪悪感を感じた。
「何わけのわからないことを。親父の言う兄さんは俺のことじゃなくて竹秋伯父さんのことだろ? 潤の父親の」
潤の言うことは、いつだってエキセントリックだったけれど、譲は潤の正気を疑って確認するかのように言った。
「まあいいや。後で、ゆっくり聞こう。それより、みんな朝飯食ってないんだろ? 下に行って食おうぜ」
譲が言った。
おじ様が、僕の前に立った。
「君は泣いているのか」
鞭は机の上に置かれていた。机の上の潤は、こうべを回らせて、情欲に潤んだ瞳でこちらを見ていた。
「君を泣かせるつもりではなかったのだよ。怖かったのかい? びっくりさせて悪かったね。これは遊びなんだ。本気で怒っているわけではないんだよ」
僕は頬をつたう涙を指で拭った。おじ様の言葉は、言い訳に聞こえたし、僕は、そんなことで泣いているわけじゃなかった。
「綺麗だよ。泣いた顔も」
おじ様が僕の髪を撫でた。僕は、もっと泣きたくなった。
「抱きしめても、いいかい」
僕は頷いた。
「君は可愛い子だね。忘れていた何かを思い出させる。兄を愛していたころの気持ち。純粋ゆえの切なさを」
潤の叔父様は僕の背を撫でながら言った。
「そうじゃないな。もっと古い何か。私が与えてもらえなかった何か」
男の胸元から、体温の上昇とともにムスクの甘い香りが立ち、僕を蕩かした。おじ様の、手の平の愛撫が、懐かしく心地よかった。髪を、背中を、掌が優しく撫でていた。
「君は甘えたがりだね」
おじ様は微笑んでいるのだろう。
「君とつきあえば私が欲しい何かが得られるんだろうか」
僕は首を振った。
「いいえ。貴方たちは、寂しい人たちですね」
僕は言った。
「ああ、そうだよ。こんなことでしか、互いの愛情を確かめられないんだ。もっと深い快楽があるのなら、それを教えてほしい」
「快楽かは、わからないけれど」
「幸せは快楽だろう? もっと強い快楽、麻薬のような、しかも永遠に続く快楽」
おじ様の口調が、熱を帯びた。
「キスをしたい。君の涙に。君を眠らせる瞼に」
そう言って、おじ様は僕の瞼に唇をつけた。僕は、ぼうっとなった。もっと触ってほしい。物足りない。潤と双子のように調教されたい。入る隙のない関係に、僕も入り込みたい。淫らに三人でもつれ合いたい。
「兄さん!」
突然、潤が叫んだ。おじ様の腕は僕を放し、僕たちは潤の方を見た。潤は窓の取っ手に手をかけていた。
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「兄さぁーん」
潤が窓から身を乗り出して呼んだ。潤は何を考えているんだ。狂ってる! 窓から落ちそうなのに!
「潤、何やってるんだ! 危ない!」
譲の声が下から聞こえた。左側の窓がガクンと開いて、潤の上半身が逆さまになった。潤の叔父は必死の様相で潤の上に乗り、潤の身体を身体で押さえつけた。
「やめろ! 早まるな!」
潤が飛び降りようとしていると勘違いしているらしき譲の声が窓の下から聞こえた。ある意味、勘違いでないような気もした。無意識に、出口の見えない苦しみから脱出しようと思い余った末の混乱した行動にも思えた。この世の苦しみから何とか脱出しようとする悲しい試みのように。潤の裸の上半身が、窓の外に逆さまに宙吊りになっていた。
僕は窓に寄って、
「潤! 手を貸して」
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「何やってんだよ!」
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「潤に馬鹿なことさせるなよ! 誰だよ、こんなことさせたのは」
譲は、大洗氏の腕から潤をもぎ取った。
「潤、馬鹿、お前、何やってるんだよ」
潤は、机の上で正座を崩した格好で座りこんで譲の激情に身をまかせていた。
譲は、潤とコツコツと額をくっつけあって、泣かんばかりだった。
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「やりすぎだ。何のプレイか知らないけど、こんな危険な」
譲が、おじ様を睨んだ。
「兄さん、違うんだ。僕が勝手に窓を開けたから」
潤が、おじ様をかばうように言った。
「俺を驚かせようとでも、したのか? 危険なことは、やめてくれよ。もう、安息日の朝っぱらから、おふくろといい、おやじといい、いかれてやがる」
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「なんで、窓から飛び降りようとしたんだ? 自分は飛べるとでも思ったのか?」
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「うーん、なんでだろ」
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僕は、僕が潤を不安にさせたのかもしれないと、罪悪感を感じた。
「何わけのわからないことを。親父の言う兄さんは俺のことじゃなくて竹秋伯父さんのことだろ? 潤の父親の」
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