MAD SEVEN

ウィリー・ウィムジー

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七人の研究員

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 そうこうしているうちにドアが開き、順に五人の男がホールに入ってくる。20代から30代ほどの、特徴もまばらな人物たちだ。わたしたち四人が立ち話をしているのに気づき、近寄ってくる者や怪訝そうな顔で避けようとしている者がいる。

「あ、みんな!簡単に名前と挨拶だけお願いできるかな」

ヒライが片手を挙げて全員を呼び止める。男たちは足を止め、こちらの様子を伺いながら集まってきた。全員背が高く、囲まれると若干の威圧感を覚えてしまう。

「本当は勤務中に紹介出来たら良かったんだけど、全員が揃うのはここしかなかったから...ごめんね」

ヒライが申し訳なさそうに眉を顰める。聞くところによると、勤務中はそれぞれの研究室に引きこもってしまい、助手はおろか他の研究員や所長だとしても入れないテリトリーがあるらしくタイミングを伺うよりかは帰りの時間を狙ってしまえということだった。多少の強引さを感じながらも納得し、改めて研究員たちを確認する。五人は名前を知らず、アガタとコサカは先ほど挨拶を交わしたばかり。ヒライも会ったばかりだが他の七人よりは共にいる時間が長いとなれば、自然と体はヒライの傍へ寄ってしまう。

「順番に紹介するね、まずはミスミくん。彼はボクの隣の102号室」

ミスミと呼ばれた男は、少し屈んでわたしと目線を合わせてくれた。にっこりと微笑みかけてくれるたれ目が印象的だ。彼が動くと甘いお菓子みたいな香りがする。ふと顔の横を見れば左耳にピンク色の石のピアスがつけられている。

「私はミスミ、よろしくね。男所帯にこんな可愛い子が来てくれるなんて嬉しいわ」

低く蕩けるような耳馴染みの良い声だ。男性としてはとても好感の持てる声なのだが、言葉の端々に女口調の影が見える。いわゆるオネエというやつなのだろうか。これはこれでギャップとして高得点なのだが気になってしょうがない。だがその場で聞く勇気もなく、言われた内容に狼狽してしまい苦笑を返すことしかできなかった。

「次は201号室のフカミくん」

フカミという男はこの中で唯一眼鏡をかけている。覚えやすくて助かるが、名前そのものは覚えていられるだろうかと不安はある。眼鏡を首にかけるためであろう細い金属製のチェーンに緑色の石が装飾されている。

「どうせすぐにいなくなるんです、挨拶なんて必要ありません」

フカミはわたしを睨みつけるでもなく、冷たく何も期待していないというような目で一瞥した後、ヒライに会釈をして階段を登って行ってしまった。

「あ~...ごめんね、フカミくんはちょっと気難しくて...」

ヒライが申し訳なさそうに頬を掻く。フカミのことは気になったが、ヒライが謝ることではないと首を振って微笑む。

「じゃあ、次は202号室のカヤマくん」

カヤマと呼んで指したのは研究所から寮まで案内してくれた彼だった。ここにいる誰よりも背が高い。先ほどは薄暗い廊下で会ったため容姿はさほど確認しなかったが、暗くなって電灯がついた明るいホールであれば全貌が見える。襟足だけ伸ばしたウルフカットと呼ばれるような髪型に、おおよそイケメンと呼ばれるような顔立ちをしていた。カヤマはヒライに挨拶を促されても無言だが、わたしが会釈をすると、視線を外し首を少し横に動かした。気にしていないということだろうか。言葉を介さないやり取りを見てヒライがきょとんとするが、続けて口を開いた。

「こっちは203号室のオカノくん、かっこいいでしょ~」

そういってヒライは自分より少し背の高い青年の背をぽんと叩いた。黒髪のマッシュに派手な柄シャツ、研究員とは思えないくらいの存在感を醸し出している。彼の首元に光るのはオレンジ色の石が施されたネックレスだ。

「ヨロシク~!ほんと人手足りないからマジ助かる~」

予想通りといった感じに軽薄な挨拶をされ、少し身構えてしまう。歓迎してくれているのはありがたいのだが、ここまでの研究員は物静かというイメージが破壊されてしまった。

「最後にイブキくん。彼は最年少だからハツカちゃんともそんなに変わらないよ」

だぼっとした服を着た、前髪の長い青年だ。周りの研究員たちと比べて幾分か背が低く、幼く可愛らしい印象を受ける。イブキはわたしに近づいてくると、握手を求めてきた。

「イブキって言います、後輩で、しかも女の子が来てくれるなんて嬉しいな」

にっこりと笑顔で話しかけてくる彼の柔らかい雰囲気に和み、手を握り返す。手はしっかりと男性の手という感じでギャップがまたいい。

「これで全員だよ。そして、この子が助手をしてくれることになったハツカちゃん」

研究員たちの名前とちょっとした挨拶を聞き終わると、ヒライはわたしを指して全員に聞こえるような声で紹介する。全員の視線が集中すると少し、いやだいぶ緊張する。わたしがぺこりと礼をすると、ヒライが大きく一度手を打ち鳴らす。

「さぁ、自由解散...だけどこの後ハツカちゃんと街まで行くから着いてくる人は支度して戻ってきてね」

そんなことは聞いていない、と思い驚いた顔でヒライを見れば、それに気づいて説明をしてくれる。

「ここでは生活に必要なものとかご飯とかは各自用意しなきゃいけないんだけど、近くにお店がないから車で行かなきゃいけないんだ。ハツカちゃんは車もないしまだ何も用意してないと思うから、ボクが連れて行ってあげる。今日は歓迎会としてご飯屋さんに行って、24時間やってるスーパーでお買い物もしよう」

そういえば入寮の説明の時にそんなことを言っていた気がする。大学時代も一人暮らしで自炊していたからそこは大丈夫だと思うが、材料がなければどうにもならない。お言葉に甘えて連れて行って貰うことにしようとヒライの提案に頷いた。

 結局一緒に行くことになったのはアガタ、ミスミ、オカノ、イブキの四人だった。寮の更に裏に回ると駐車場に五台の車が停まっていた。そのうちの二台はここにいるアガタとミスミのものだという。世間話の一環で聞いたところオカノは免許はあるが滅多に運転はしないらしく、イブキはわたしと同じく免許も持っていないそうだ。駐車場の隅に停まっていた白い大型のバンに向けてヒライが鍵を向けてボタンを押す。大人数が乗れるようにこの車なのだろう、四人の研究員たちは慣れたように後部座席へと乗り込んでいく。ヒライはわたしに助手席に乗るよう促すと自分は運転席に乗り込み、手慣れた様子でエンジンをかけた。
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